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野良怪談百物語

清浄

作者: 木下秋

 私が小学校に上がるくらいの頃。家族旅行に行った先で、あるお寺に寄った。お堂の暗がりの奥には、閻魔様の坐像があった。


 お堂に入る前から、嫌な予感がしていた。部屋の入り口から、奥の閻魔様が見える。凄まじい形相でこちらを睨むその顔が、もう怖くて仕方がない。


 お堂に入ると、線香の匂いが充満していた。――しかしそれだけでなく、妙な気配で満ちているのを感じていた。窮屈で、息苦しい……。


 閻魔様の姿を見て、「地獄」の様子が描かれた絵本を思い出した。――想像力が勝手に働き、私にある景色ビジョンを見せる。私たちの周りで見えない地獄の罪人達がひしめき、うごめいている場面を――。


 逃げ出したい気持ちを必死に抑え、ギュッとスカートの裾を掴んで奥へと進む。



 母がお賽銭を投げ入れた時、閻魔様を見上げた。



 ――前を見ていた閻魔様が急に私を見下ろし、睨んだ。


 両のまなこが、真っ赤に光る……!



 ワッ、と泣き出し、お堂から逃げ出た。


 母は私のそんな様子を見て笑っていたが、私としては「冗談じゃない!」そんな気持ちだった。



 ――今思えば、あれは恐怖心が見せた幻覚だったのかもしれない。……でも、確かに幼かった私は、見たのだ。赤く光る、閻魔様の両眼を。いつまで経っても、その光景を忘れることはなかった。




     *




 それから、二十年近く後。母になった私は家族旅行で再びその地を訪れ、久々に閻魔様の坐像があるそのお寺に足を踏み入れた。


 (懐かしいなぁ……)強烈なあの日の思い出が、鮮明に蘇る。幼かった私を“かわいいなぁ”と思えるほどに、私は大人になっていた。



 お堂に入ると、幼い頃に感じたそれとは全く違う印象を受けた。線香の匂いはするものの、以前感じた窮屈で息苦しい、嫌な感じは全く受けない。五才になる息子も、閻魔様を見ても全く怖がらない。



 ――私はむしろ、“神聖な場所”といった印象を受けた。


 あの日の母のようにお賽銭を投げ込む。――閻魔様の眼は、光らない。



 わかっていながらも少しホッとし、お堂を出ようと振り向いた。すると――




 出口付近で――あの日には無かった何かが――緑色の強い光を発している……‼︎




 一瞬ドキリとしながらも、出口に向かって歩く。



 そこにあったのは――



 某メーカーの、“空気清浄機”だった。


 緑色に光っていたのは、電源ボタンだ。



(……まさかね)



 嫌な気を吸い込んでくれたのは、この“空気清浄機”……? そんな考えが頭をかすめる。


 お堂を出る前、最後にもう一回振り返って、閻魔様を見た。



 何も言わない閻魔様は、ただジッと前を睨んでいた。

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