【第七章】 真の目的
第一節 最終戦争
「次はあの娘だ。」
ケインズは、春実のいる世界政府ビルへ向かった。
セイラの武器セキュリティチェックをくぐり、総裁室へ向かった。
世界政府ビル103階の総裁室からは、マンハッタンの夜景が妖しく、そして美しかった。
「ふうっ。」
深い深呼吸のようなため息をついた後、ケインズは誰かに話しかけるように呟いた。
「もう少しだよ、力を貸してくれ。」
ケインズは、総裁室の壁に堂々と飾ってある、昔の銃のディスプレイに手を伸ばした。
それは、150年前のデジニトクマッシ製のピストルであった。
セイラが開発された時代は、武器はすべてレーザ銃かTMP砲であったため、
火薬を使った銃をセイラは危険物として認識しなかったのである。
ケインズのピストルの壁飾りは、セイラには武器とは理解できない、ただのオブジェであった。
「ケインズ総裁、レベル1武器所有なし。実験室への入室を許可します。」
セイラのクリアーメッセージが響いた。
「もう少しだ。」
そして、春実のいる、世界政府ビルの地下研究室へ向かった。
そこには、テクノクラートから指示された秘密警察がいた。
かれらは、レーザ銃を持ち、体には光反射スーツを身に着けていた。
「ボスッ、ボスッ、ボスッ!」
鈍い銃声はPSSサイレントピストルのものであった。
春実の部屋の外には、3人の秘密警察が倒れていた。
レーザを完全反射する薄い反射スーツはピストルには何の役にも立たない。
春実は、死を覚悟しなくてはならなかった。
銃を持って、ケインズが部屋に入ってきたからである。
ところが、ケインズは意外な言葉を発した。
「急いでここから出なさい、奴らに、ばれた。」
セイラの人工知能が、ケインズのピストルを武器と学習しはじめた。
テクノクラートからは、ケインズ抹殺の指示がセイラに出されていた。
世界政府ビルを抜け出すと、ケインズはもう歩けなかった。
セキュリティゲートでセイラから攻撃を受けた、ケインズの背中は血で染まっていた。
歩くことがやっとのようであった。
薄れかけていく意識の中で、ケインズは春実にゆっくりと話し始めた。
「春実君、最終戦争だよ。」
それは、、未来との最後の戦いであった。
第二節 本当の敵
「今、この時まで、奴らに悟られてはならなかったのだよ。」
ケインズ博士にとっての最終戦争、それは、この騒ぎが治まっても、世界政府が崩壊しないこと。
紛争が発生しない人類を作り上げることであった。
「政府の役人のほとんどは、利権に目がくらんだ特権階級だ。」
ケインズにとっての戦争は、彼らとの戦争であった。
「奴らは権力の影に隠れて、利権を貪り、人類を破滅へと導いている。」
「げふっ。」
ケインズの生暖かい血が、春実の白衣を赤黒く染めた。
「奴らは、クローンだ。」
「奴らの実体は、未来の中産階級のテクノクラートたちなんだ。
奴らは自分の時代では中流で、富とは縁のない、ごく普通の二流官僚たちだ。
そこで、彼らは、老いて死ぬ前に、タイムスリップのシステムを不正に使い、
自分たちの記憶を過去のクローンへ移植して、第二の人生を楽しんでいる。
クローンは、時代、時代の利権を貪り、裕福で快楽な人生を楽しむためだけに、
過去の歴史に登場し、
その無責任で身勝手な行動は、いつも人類を破滅へ導いてきた。」
春実の手をしっかりと握り、ケインズは最後の力をふりしぼって話し続けた。
「テクノクラートを、この時代で全て抹消し、正常な歴史に戻さなくてはならない。
そうしなければ、世界政府は存続しない。
馬鹿げた争いは無くならないんだ。」
ケインズは、テクノクラートが長い時を経て作り上げた、クローン技術を使った歴史支配のしくみを破壊して、しがらみから歴史を開放しようとしていたのである。
これが、ケインズ博士のやろうとしていた真実であった。
最後に言った、「春実君、小山内の元へ、、早く。」
ケインズが自分の命と引き換えに作動させた、サーバールームの三つのカプセルの生命維持装置が動き始めた。
一つのカプセルには、初老の老人が眠っていた。
春実は、小山内の地下研究室で、夏子に向けてフラーレンを放った。
2008年6月、夏子は奇跡の回復を遂げていた。
春樹は、5月まで脳死状態だったが、6月には既に帰らぬ人となっていた。
春樹のいない現実に生きようとは思っていない夏子である。
フラーレンは、夏子の命を繋ぎとめる為のメッセージであった。
その日の病室には光がいくつも光っていた。
夏子と春実はお互いを分かり合った。
夏子は、自らの使命感から、死ぬことを諦めねばならなかった。
春実は、自らの使命感から、生きることを諦めねばならなかった。
春実は夏子のために、夏子は春実のために、それぞれの、過酷な使命を受け入れたのである。
世界中の合成たんぱく投与センタにある、タイムスリップ装置に向けて自爆ナノマシンが転送された。
あらゆる時代に飛んだナノマシンの追尾マシンが転送された。
ケインズと小山内の思いがつながった。
一切が、破壊されようとしていた。
第三節 ケインズからの贈り物
2130年の6月、人類の滅亡まであと一週間となっていた。
「春樹さん、春樹さん。」
春樹は甘い声に眼を覚ました。
「夢? 俺は、さっき死んだはず。」
目の前では、春実が微笑んでいる。
「死後の世界か?
だとしたら、死もまんざら悪くないな。」
ぼぅっとした感覚の中で、春樹はそう思った。
「やっと会えましたわ、春樹さん。」
春樹が叫んだ。
「春実!」
二人は夢中で抱しめ合い、
互いの愛を確かめ合った。
「この感触、確かにいる。
夢じゃない、俺もいる、春実もいる。」
誘われるままに、春樹は春実に連れられてベッドにもぐりこんだ。
「時間がないの、会いたかった、早くきて。」
すべるような、そして透き通るような白い肌、やさしく甘い春実の声、
そして、やがて激しい声に変わっていく。
いつもの春樹の夢のようであった。
今は、互いの実体の存在を確かめ合っていた。
春実が言った。
「ありがとう、春樹さん、私、幸せだったわ。」
はっとする春樹、
「だった? え、あれ? 俺は?」
春樹は、夢と現実の区別がつかなかったあの頃と同じ、疑惑と不安が一気に湧き上がってきて抑えきれなくなっていた。
「春実、俺は110年間も眠っていたのか?
夏子は、夏子は、助かったのか?
俺はあの時、確かに、死んだはずだ。」
振り返ると、そこに春実の姿はもうなかった。
「春実っ!」
飛び起きてシーツ巻きでドアを飛び出した。
第四節 対面
そこには、広々とした大理石床のリビングだった。
そして、リクライニングチェアに揺られ、初老の老人がゆっくりパイプを燻らせていた。
「春樹君、座りたまえ、その前に着替えかな。」
真っ白い壁、白い家具、老人、まるでスタンリーキューブリックの世界のようだった。
混沌とする意識の中で、ここがどんな世界なのか、春樹には理解できていなかった。
「あなたは誰、ですか、、、、春実は、春実さんは?。」
老人はゆっくりと話し始めた。
「私は小山内、小山内英治です。春実の父親です。」
「えっ、小山内博士。」
博士は事故死したと聞いていた。
「春樹君、今は、2130年です。」
「そして君は、122年前の2008年に、確かに死にました。」
「はぁ。」
唯一、自分の考えが当たっていた事なので、
ショックというより、だよねっ、という安堵の感覚が走った。
「じゃあ、俺は? 俺は死んでるんですね?
ここは死後の世界?」
博士はニヤッと笑って答えた
「ここは死後の世界ではない、外を見なさい。」
そう言って、カーテンを開けると、眼前にはサウサリートの海岸が広がっていた。
遠くにアルカトラズやベイブリッジも見えた。
「春樹君、歩きましょう。」
博士と一緒に外に出た、高台の家を出て、結構急な坂道を下ると、ブリッジ・ウェイに出る。
ちょっと歩くと、海岸にはアザラシを見る観光客が群がっていた。
アザラシと人間の頭、どっちが群れかわからない。
「平和だと思いませんか、春樹君。」
小山内はどこか嬉しそうだった
「君がいなければ、この人たちは、あと一週間で絶滅していたんですよ。
君たちのおかげで、分解酵素は間に合った。
人類は滅亡を逃れました。
地球上の人類、動物を代表して感謝したい。
本当にありがとう。」
小山内は彼方のベイブリッジの方を見つめていた、
「ケインズは、私が思ったとおりの男だった。
彼は、常に全てを予測し、必ず完璧に実行した。
私は、彼が友であったことが誇らしい。
この体もね、ケインズが残したものだ。」
小山内は続けた、
「私に、最後の仕上げを実行させるためにね。
これで、私の役目も無事に終わることができた。
本当に君のおかげだ。」
春樹はあまり話しに夢中になれない。
「あの、春実は、春実はどこに行ったのですか。」
「娘は、戻るのにちょっとかかる。」
何かを隠しているようであった。
博士の瞳から一筋の涙が走り落ちた。
春樹は嫌な予感がした。
「春実は!、博士は何を隠しているんですか。」
「俺は、俺は誰なんですか!」
声を荒げ、博士に詰め寄ったその時であった。
突然後ろから、
「あなたは春樹よ、私の大好きな、は・る・き。」
耳にキスをされて振り向くと、そこには春実がいた。
「あ、春実が突然いなくなるから、何かあったかと思ったんだよ。」
抱きしめてもさっきの春実だ、間違いない。
第五節 再会
しかし、さっきとは全く違う、込み上げてくる抑えきれないこの思い、これは一体何なのだろう。
理解し難い、衝動にかられる春樹、
思わず、春実を強く抱きしめてしまった。
すると、、
「春っち、痛い。」
「えっ!」
春樹の中で、込み上げてくる、抑えきれない想いと、鮮明な記憶が、この時完全に重なった。
アザラシの群れから逃れて、桟橋のレストラン脇のテトラポットに腰掛ける。
「私の体は、今、バラバラにされているわ。」
春実はゆっくりと話し始めた。
「私の体の、どこかのDNAに、分解酵素の構造式が隠されているのよ。」
春樹は疑問に思った。
「え、DNAはどの細胞でも同じじゃないか。髪の毛でも取ればいいんじゃないのか。」
春実は言った、
「そうじゃないの、構造式は悪意のある未来人に見つからないように隠蔽されているの。
X染色体の中の塩基配列の一部が特殊な構成になっているの。
でもどの細胞のX染色体なのか、それが分からないの、だから全部調べるしかないのよ。」
春実は続けた。
「人間の細胞を構成する、DNA二重らせんの塩基配列は、ほとんどが解明されているけど、その中には、意味を持たない配列があるわ。
でも、それは、意味が無いのではなくて、それだけでは意味が無いということよ。」
そういえば、そんな話もあったなぁ、くらいにしか春樹には分からなかった。
「男女の愛の結果として、初めて、人類にとって意味をもつ塩基配列になるの。
途中で、テクノクラートに気づかれたり、突然変異で歴史が変わったりしないために、
遺伝を何世代か繰り返して、少しずつ配列が変わって発現するようになっているの。
2100年に、分解酵素の構造式を、私の体に発現させるためには、2007年から意図的な交配が必要だったのよ。」
春実は春樹を見つめて言った。
「その半分の情報を持っていたのが、あなた、春樹なの。」
春樹にとって意外な話であった。
「私だけじゃないわ、人類の歴史のいたるところで、この方法は取られてきたわ。」
「ヨーロッパの百年戦争を早期に終結させるため、1412年にジャンヌダルクを誕生させたのよ。」
「彼女の性格を決定づけ、神の声を聞かせるためには、その1380年前から交配を行う必要があったのよ。」
春樹だってキリスト教のさわりくらいは知っている。
「それって紀元、
キリストが磔になるあたりじゃないか。」
春実は真剣な面持ちで答えた。
「そう、ジャンヌは、イエスの末裔。
遺伝子制御は、イエスとマグダラのマリアと共に、始まったのよ。」
春樹の、頭の中のもやもやが、一気に晴れた瞬間だった。
第六節 神とは
そうか、神とは、未来の人類、春実たちのことか。
マリア様の馬やで光が放たれたという、あの光も。
「私たちの所業は、過去においては、神と言われてきたわ。
必要に応じて奇跡を起こすこともあった。
時空を超えて情報を確実に伝えるためには、遺伝子に組み込むしかなかったのよ。
歴史を変えずに過去を制御して、未来を守るためには、人間が自ら情報を保持し、
そして、確実に継承するためには、愛が重要な制御パラメータだったの。」
「えっ!
じゃあ、2130年の今は、神はいないんだね!」
春樹は複雑な心境であった。愛とは、、、。
春実との愛はパラメータなんかではなかったから。
愛は他人から強制されるものではなかったから、唯一春樹が信じていたもの、それは、
春実、いや夏子への愛だったから、、。
春樹は、はっと思った。
小山内博士は死んだり生き返ったり、いろんなことを知っている。
(神とは小山内博士のことなのか?)
春樹の考えを見透かすように、春実が続けた。
「父もケインズ博士も、神ではないわ。
それだけじゃないの、遺伝子構造の中に、必要な情報があることを、父は知ってたわ。
でも、なぜ、それを知っていたのかは、分からないの。
もっと未来の人類なのか、本当に神なのか。
そういう人たちから、今の私たちも、制御されているのよ。
私たちにとっても、神は、存在しているのよ。」
春実は続けた、
「14世紀のペストを急速に消滅させたのは、吸収性抗生物質をヨーロッパ全土に散布したからよ。
至るところで光の奇跡が報告されているわ。
ペストは細菌だったから、容易に抗体を持った抗生物質を開発することができたみたいだけれど。
あれは、私たちより、未来の神が、手を加えたことで、私たちより、過去の歴史には無かったことなの。
私たちより、もっと未来の神が、過去を制御した結果なのよ。」
春実は、一息つくと、じっと春樹を見つめ、にっこり微笑んだ。
「うれしい。
春っち、気がついてくれたんだね。
そう、私は夏子よ。」
「そうか、でもなぜ、、。
あ、そういえば、俺死んだんだよな。」
春樹は、自分の疑問をようやく思い出したようだった。
「そう、あなたもクローンよ。」
「生身の春樹は、2008年に死んだわ。
そのとき光が見えたでしょ。」
「春実が作ったナノマシンが、春樹の死ぬ直前の記憶情報を取り出してこの時代に転送したの。」
夏子が続けた。
「だから、あなたも、私も、クローンなの。」
「生身の春実はもう、、、仕方がないの、これが私たちの使命なの。
春実は、分解酵素製造情報のために、、」
泣き崩れようとする夏子を春樹が支えた。
第七節 愛とは
「愛をパラメータと呼ぶなら、すばらしいパラメータを考えついたものだ、やはり神は偉大だよ。
だって、ナッチンは、俺の女神だから。」
夏子の険しい真顔がやさしさを取り戻した瞬間だった。
「ナッチンはどうしてた?」
春樹が聞いた。
「春実さんからのメッセージを見たのよ。
あなたと同じ、夢を通して。」
夏子は、夢の中で、春実を知った。
そして、時空を超えた親子として、語り合っていたのであった。
「私は、春樹の精子で人工授精したのよ。
それで生まれたのが秋菜、その子供が小山内博士の奥さん、冬実よ。
春実は私のひ孫なの。」
突然、夏子は、プイッとした顔で言った。
「春樹、春実と夢でエッチしてたでしょ。
その時に漏れた春樹の精子を分子分解して、この時代に持ってきていたの。
それを2015年の生身の私が受け取ったのよ。」
あの、ニートまっしぐらの時を思い出して、春樹は懐かしくもあり、恥ずかしくもあった。
(なるほど、つまり俺は、
夏子が好きで、
夢で自分のひ孫を愛して、
さっきも、ひ孫とエッチして、、、
また夏子に会って、)
「ねぇ、これって歴史変わってないの?」
「変わってないわ、だってあなたは2008年に死んで、私も2017年に死んだから。」
「えっ。何だって!」
春樹は驚いた表情を隠せなかった。
「本当はね、私は、植物状態のまま、2015年に人工授精で、秋菜をこの世に残すことが、ケインズ博士が予測した歴史だったのよ。
2018年に、秋菜が原因不明の病気になったとき、ケインズ博士が秋菜を助けてしまったの。
私が2018年に存在したら、その歴史が変わって秋菜が死んでしまうの。」
ケインズ博士の唯一のミスは愛を理解していなかった事にある。
「でも、私は生きたの。
春実さんや未来の人類のために。
DNAの世代間情報伝達に必要なものは、
単なる遺伝子の交配だけじゃないの。
愛が必要なの。
愛がパスワードとなって、遺伝子の交配結果が変化するのよ。」
春樹には驚くことばかりの、夏子の告白であった。
「だから、愛がなければ、正しい継承ができないようになっているの。
秋菜は、私が生きた証。
秋菜は、私と春樹の愛の証。
でも、その後、私は存在してはならなかったの。」
春実と夏子、、
時空を超えた、二人の絆は、これほどまでに強いものであったのか。
春実のために生き、そして使命のために命を絶った、夏子。
夏子の意思の強さ、それは春樹への想い、ひたむきな愛であった。
「だから、今は、春樹も私も存在していないのよ。
そして春実もさっき、、死んだ。
私は、春実の体に夏子の記憶。
私たちは、人類の歴史から離れた存在なの。
未来に向けて歴史に影響を与えない限り、何をやっても自由よ。
本当は、たぶん、神に制御された生活になっているはずだけど。
でも、私たちは、それを感じることはないわ。
小山内博士はテクノクラートに殺されたの。
でも、ケインズ博士は、全てを予測していて、小山内博士と春実と春樹の三体のクローンを用意していたのよ。」
夏子は続けた。
「つまり、今朝の小山内博士はクローンなのよ。
心配しないで、人類はまだ生身の人間よ、クローン技術は、今の時代では、実現が無理な技術なの。
クローンは、もっと未来から来たものよ。
今では、私たちを含めて数人しかいないわ。」
2007年にはフィーッシャーマンズ・ワーフへ向かうフェリーの桟橋だった場所も、130年経つと電界モーターカーの発射ステーションになっていた。
30分の観光船の旅も、今ではたった7秒で、終わってしまうそうだ。
桟橋近くの三角地帯に、二人で寝転がった。
緑の芝生が気持ちいい。
夏子は晴れ渡った空を見上げて言った。
「ケインズは、最後に分かったようだって、博士が言ってたわ。
ケインズが最後に理解したもの、それはDNAの制御よ。
ケインズは、DNAを高度なテクノロジで操作しなくてはならないと最初は考えていたのね。
人類の遺伝子に巧みに隠されたDNAをコントロールするものは、テクノロジじゃないの。
それが、、愛なのよ。
愛のない結果と、愛した結果とでは、同じ遺伝子でも、塩基配列が異なるように制御されているの。
愛は、偶然じゃなくて必然なの。
神にとって、愛は、人間の行動をコントロールするための可制御パラメータなのよ。
テクノクラートには、子孫を残すということと、愛の関係が理解できていなかったようだわ。」
第八節 二人
夏子は、春樹を見つめて言った。
「結果的に、世界は一つになって世界政府が誕生したわ。
歴史を狂わす危険なテクノクラートのクローンもいなくなって、政権は安定する。
中近東での戦争もなくなった。
これが神が望まれた結果だったんだと思う。」
春樹にとっては納得しがたい神の説明であったが、夏子は間違いなく夏子であった。
ゴールデンゲートの先に、夕日が沈む頃、二人はゆっくりと起き上がった。
上空をロケット雲が何本もよぎっていた。
小山内が開発した、Gプロテインの分解酵素を地球全体にばら撒いているらしい。
欲に駆られたテクノクラートはGプロテインを人間には渡さず、自分たちだけのものとしていた。
「分解酵素で、Gプロテインを摂取した昆虫とテクノクラートは、細胞分解して土に還るわ。」
まもなく、肉食昆虫と危険なクローン人間は繁殖期前に絶滅するであろう。
同時に大気中のウィルスもあと数分で死滅する。
拒たんぱく質症も、風邪よりもずっと弱い、アレルギーだから数日間で自然治癒するはずだ。
サンフランシスコ湾が赤紫に染まっていく。
2007年から130年経っても景色は何も変わっていない。
人類も、愛も、何も変わってはいなかった。
全てはこの時のために、そして未来のために、、、。
愛を理解した、ケインズ博士の粋な計らいにより、時空を経て結ばれた二人。
「春っち、
おなかすいたぁ、
カレー食べよっ。」
「ナッチン、おまえなぁ。」
二人の時間はあの時から、また動き始めた。
歴史から隔離された二人の恋人は、肩と腰に手を回してサウサリートの急な西斜面へ向かっていった。
「春っち!」
「あぁ?」
「会いたかったわ。」
(完)
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