【第四章】 未来への挑戦
第一節 完璧なシナリオ
数日後、留学に関する資料を和也がもって来た。
世界中の仲間から解決策を見つけたようだった。
和也は、春樹がMITに一発合格するのは不可能だと知っている。
その上で、復学とMITへ留学できるシナリオが出来上がっていた。
「すっげえな、持つべきものは親友、か。」
失って初めてわかった、夏子という支え。
四面楚歌の状況にある春樹を、今度は和也と世界中のネット仲間が支えてくれた。
春樹は嬉しかった。
「そうだ、俺は一人じゃなかったんだ。」
春樹は、自ら作った引きこもりの殻を、
今、自らの力で破ろうとしていた。
「春樹、ちょっと、演技力必要だぜ。
まあ、これでMITの学内には入れそうだ。
あとは、頑張れよ。」
もし、和也のストーリ通りに事が運べば、確かにMITへ潜入できるチャンスはあるが、、
「よし、、、」
突然の春樹の主張に学校側が驚くことになる。
「先生、俺、ずっといじめられていました。
担任は知っていても知らんぷりでした。」
イジメを隠蔽した学校、本当は違うのだが、、。
しかし、これで、学校の態度が一変した。
和也のアドバイス通りだった。
しかも、事なきに徹する時の学校の対応には素早いものがあった。
翌日には、校長と担任がやってきた。
「春樹君の留学についてですが、この際、環境を変えることもいいことかもしれませんよ。」
土日に補講をうけ、残りの夏休みを全て返上してテストも受けて、むりやり単位をもらうことになった。
9月は、アメリカの新学期である。
留学生は来年の進学に向けて、10月から準備に入るのである。
ボストンの10月は語学スクールの開講ラッシュである。
2007年9月、春樹は、単身ボストンへ渡った。
第二節 行動開始
春樹は、海外は初めてであるし、数週間前までニートで人と話すことすらできなかった人間である。
成田ですら不安なものがあったのに、ローガン空港に降り立った春樹は、しばし呆然とした。
不安と緊張で頭はぐわ〜んとなり、目眩がしていた。
「足が重い。」
それでも、歩こうとしていた。
夏子への想い、それだけが、今の春樹を支えていたのであるが、それは、十分なパワーを春樹に与えていた。
突然、怪しい黒人が親しそうに話しかけて来た。
ボストンバッグを盗まれそうになったり、チップを請求されたりといきなり、アメリカの洗礼を受けていた、、その時。
「ジャパニーズ、こっちだ。」
と腕を引っ張る青年がいた。
モノレール乗り場まで連れて行ってくれて、ケンドールの宿までの行き方まで親切に教えてくれた。
春樹のパスポートを見ながら、
「春樹、地下鉄を乗りこなせるようにならないとな。」
そう言い残すと、マイク・ケレハーと名乗るその青年とは、モノレール乗り場で別れた。
空港からモノレールに乗るだけでも一苦労である、
地下鉄などわかるはずがないが、なんとか、MITとハーバード大学との中間に位置するケンドールにたどり着いた。
ここに宿を予約しておいたのである。
しかし、宿に入る前に、ハーバードにある語学スクールの入学試験を受けなくてはならない。
このスクールはハーバードでも伝統ある一流語学スクールで、和也からは、ここでなくてはダメだと強く言われていた。
でも、何故?
なにしろ名門である。
倍率は10倍をゆうに超えていそうな受験者数であった。
マークシート回答用紙に、自分の名前とパスポートNoを書き込んだものの、、。
あとは、、、悲惨な状況であった。
無試験で入学できる語学スクールもあったのに、、、。
春樹は後悔した。
第三節 キムタク
夜になって、宿に入ると、大家さんが友人を紹介してくれた。
この宿には、実は、ハーバード大学院生である和也のハッカー仲間が住んでいた。
「あっ、マイク。」
空港で春樹を助けてくれた、あの、マイクであった。
「マイク・ケレハーだ、俺がネオだ。
キムタクから全て聞いている。
よろしくな。」
どうやら、和也はハッカー仲間にはキムタクと名乗っているらしい。
「ふざけた奴だ。」と春樹は思ったが、試験の後で、顔が引きつって笑えなかった。
「入学試験に不合格になると全ての計画が水の泡になる。
みんなの協力がパーだ。」
そうはいっても、春樹はつい最近まで、ニート直前の状態にあったわけで、
彼の語学レベルでは、伝統ある語学スクールへの入学など不可能なのであった。
しかも、昼の入学試験ではミラクルは起きなかった。
はっきり言って、出来が悪かったことを、ネオに正直に話すと、ネオは笑っていった。
「おまえはもう、合格している。
不思議かい?
まったく、キムタクはすごい奴だよ。」
実は、ネオは、春樹のパスポートナンバーをチェックした後、ジャックへ連絡していた。
ジャックは、フランス人の彼女がこの語学スクールに通っていて、
内部に精通している。
語学スクールのサーバへ侵入し、春樹の入学試験のマークシートの集計が終わった時に、
春樹の結果をすぐに書き換えて合格にしておいてくれたのであった。
「まったく、和也はすごい奴だ。」と春樹は思った。
春樹は、語学に加え、宇宙物理学、電子回路、ITネットワークの勉強が必要であったが、
これらも、和也がネオとジャックへ頼んでおいてくれていたのだった。
もともとMITに合格などするつもりの無い春樹である。TOEFLの英語テストや、入学試験に必要な受験勉強などは一切やっていない。
目当ては和也のアドバイス通り、翌年3月に開校されるMITスプリングスクールであった。
3月に開校するMITスプリングスクールは、高校在学中の成績がA、日本では4以上であることと学校推薦、さらに面接テストが課される。
春樹のスプリングスクールへの参加は不可能であった。
しかし、昔からの伝統で、春樹が通っている語学スクールからは推薦だけで参加できることになっていた。
「まったく、キムタクはすごい奴だ。」と春樹は思った。
実は、キムタクは、ハッカーの間では、サンダーバードと呼ばれていた。
キムタクは自分で、ハッキングを実行することはしない。
世界中のハッカーがハッキングに失敗してSOSを送ってきた時に、システムからの離脱や、痕跡の抹消を手伝う、まさにハッカーにとっては国際救助隊であり、この道ではかなり有名なのである。
春樹は、あの和也がこんなすごい仲間を持っているハッカーだとは信じられなかった。
「みんないろんな才能を持っているんだなぁ。
おれはどうかな。
夏子を助けることができるだろうか。」
夏子はいつ容態が悪化しても不思議ではない。
春を迎えることが難しいと医者に宣言されていた。
今は、ICUでかろうじて息をしてる。機械によってなんとか命をつなぎとめていた。
第四節 メール発信
3月、スプリングスクールに参加するやいなや、春樹は、大学のあらゆる施設のサーバールームへ直行した。
更にMITの学内の研究室のいくつかにも。
どこに、どんなサーバを設置すればよいか、ジャックがすべて教えてくれた。
ジャックはMITの学生であった。
彼に助けられながら、ウェブサーバを設置していった。
目的は、100年後に向けてのメール送信である。
大学のネットワークを利用して、春実の父、小山内英治に向けてメールを送ることである。
小山内のメールアドレスも定かではない、設置したウェブサーバは、80年後に動き始め、そこから毎日すこしずつ、いろんなメールアドレスへ向けて発信し続けるようになっていた。
「C60@C240@C540多重フラーレンによる時空跳躍について」
春樹は焦っていた。
「メールが100年後の、小山内教授に届けば、すぐにでも、助言してもらえるはずだ。」
桜は散っていた。
夏子の最後が来ようとしていた。
時間との戦いであった。
春樹は、待ち続けた。
スプリングスクールが始まって約一週間後、夢でメッセージが伝えられた。
「よかった、成功したんだ。」
春実からではなかった。誰からか、はっきりとは分からなかった。
その方法とは、わりと原始的な方法であった。
17.10MHzの短波にデジタルデータを周波数変調させる。
さらに、ピンクノイズを混合することで、短波放送の局間ノイズに見せかけ、これを送り出す方法である。
電離層の中を反射しながら100年は回り続け、この信号を100年後に受信するのであった。
普通に受信しても、局間ノイズとしか思われない。
誰にも気づかれず、100年後へメッセージを伝える簡単で確実な方法であった。
しかも通信装置は、現在のアマチュア無線の送信機を少し改造すれば済むものである。
今夜死ぬかもしれない夏子の治療方法について、事は緊急であった。 |