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科学者 小山内英治
作:波多野成一郎



【第二章】 二人の天才


第一節 天才科学者誕生

さて、2095年、平和といえば平和ともいえる相変わらずの人類の様を呈していたこの時、
小山内は人生最高の時を迎えようとしていた。
この3月で、31才になったばかりの小山内である。
彼は、MIT(マサチューセッツ工科大学)超越時空学研究所の准教授を勤めていた。
そして今、彼は研究者にとって最高の栄誉である、世界科学アカデミーの優秀論文賞を受賞し、記念講演の壇上に立っていた。
「多重フラーレン構造を持ったTMR素子の特性が解明されました。
 実験の結果は、TMR素子が時空跳躍に対する耐性を有していることを証明しております。
 私が確立した時空跳躍理論により、多重フラーレンを用いて時空を跳躍させることが、
 可能となりました。
 これは、人類のタイムトラベルへの第一歩です。
 以上で研究成果の発表を終わります。
 ご清聴、有難うございました。」
MITのクレスゲ・オーディトリアムのホールに、ゴーッという、うなるような拍手が響き渡った。
天才科学者・小山内英治が誕生した瞬間である。
壇上から降りる小山内を一人の科学者が迎えた。
「おめでとう、小山内。
 君は私の誇りだよ。」
ケインズ博士が満面の笑みで祝福していた。
ケインズ博士は、小山内が最も尊敬する偉大な科学者であり、研究の指導者であり、人生の師であり、親友でる。
小山内はケインズ博士と固い握手を交わして言った。
「ケインズ博士、先生のご指導があったからです。
本当にありがとうございます。」

第二節 栄誉と苦悩

グレートドームの前で記念式典が催される中、当の主役である小山内は、プルデンシャル・センターのレストランに居た。
「ここのクラムチャウダーは最高だね。」
前に座っている女性が、にっこり微笑んで言った。
「おめでとう。
素敵よ、あなた。」
小山内は、彼女を見つめて言った。
「全ては君の支えがあったからだ。
冬実、ありがとう。」
冬実は、小山内英治の妻である。
多くの人から祝福を受けるに値する偉業を成し遂げた小山内であったが、
ここは、二人だけのひっそりとしたディナーであった。
一介の大学の准教授から、世界が認める天才科学者への転身である。
二人にとってもっとも祝福すべき瞬間であるにもかかわらず、これからの決意を秘めた、切羽詰った暗い面持ちであった。
時空跳躍の発明によって、二人は何か大きなものを背負ってしまったように思えた。
突然、PRU.RU.RU.RU...携帯が鳴った、助手のサンドラからだった。
「博士、タイムトラベルの可能性について、各界と新聞社からのインタビューがきていますよ。
 研究室の電話とFAXがとまりません、メールだって。
 うぁあ、サーバがパンクしそうです、どうすればいいんですか!」
 小山内は、パニック状態のサンドラを落ち着かせるように話していた。
「想定内だよ、予定通りあと48分で戻る。」
くすっと笑い、冬実は言った。
「あなた、48分は中途半端ね。」
小山内は答えた。
「そうじゃないさ、君とあと14分話しをして、車に乗るのに3分、
車で移動に13分、大学の駐車場から研究所まで歩いて7分、
エレベータを待つのに4分、研究室まで歩いて6分、
それに確率的不確定誤差がプラス1分だ。」
すべてがこの調子の小山内であった。

第三節 もう一人の天才

小山内の親友である、ロバート・ケインズは薬学博士である。
彼はちょうど小山内より一回り年上である。
彼は、背が高く、細く見えるが、がっしりした体格で足が長い。
服装のセンスも良く、ダンディで一流品のスーツがよく似合う。
しかし、笑うことはほどんとなく、沈着冷静、眼光が鋭く、睨みが効く。
英雄と称えられる彼は、近くに座るだけで、存在のオーラを感じる。
つまり、今風のちょい悪オヤジというより、マフィアの幹部といったコワ鋭い存在感なのである。
2086年、ケインズが34才のときから、製薬会社リチャードソン&ケインズの、主管研究員兼CEO、を勤めてきた天才科学者である。
ケインズは薬学のエキスパートというだけではなく、正義感が強く、人格にすぐれ、
多くの人々から尊敬されていた。
アルツハイマー、エボラ出血熱、エイズなどの不治とされた病に対して、根治的薬剤を開発し、数々の滅亡の危機から人類を救ってきたのである。
天才という意味では、小山内も同類であるが、その他の事は対極的な二人である。
しかし、気が合うというのはこういうことをいうのであろう。
コワ鋭く、人前で笑顔を見せることのないケインズが、
小山内の前では人柄が変わったかのように無邪気になり、ジョークを飛ばす。
ケインズは戦略的で先読みを得意とする自分の性格に対して、小山内のどんな事にも一途で
ひたむきである性格を羨ましくもあり、好んでもいた。
ケインズにとって、小山内は、自分の心を開放できる特別の存在、唯一無二の親友であった。
そして小山内は、彼を、親友というより、人生の師と崇め、心から尊敬していた。
地球上で考えられる、あらゆる才能に恵まれていたケインズは、
将来を的確に予測しうるほどの天才で、過去の歴史の相似性について研究していた。
2115年1月に63才の誕生日を迎えた時、突然、ケインズは小山内に奇妙な事を話し始めた。
「小山内、歴史においては、あるおかしな共通点がある。
 歴史上にある特定の性質をもった人間が出てくるとき、必ず人類は破滅の危機を迎えている。
 そして今、この時代にもな。」
自分の悩みや心配事を他人に話すことなど絶対になりケインズであったが、小山内には別であった。
そして、小山内とは対照的で、強靭な精神力と行動力を持つ、英雄ケインズは、
人類破滅の危機を、黙って手をこまねいている事を善しとはしなかった。
しかし、、それから6年後。

第四節 暴走

2121年、ロバート・ケインズが69才になった時のことである。
世界的な食糧難により、各国間で紛争が相次いでいる中、人類を絶滅へと導くその事件は、アメリカの田舎町で突然発生した。
ここ、アメリカ合衆国カリフォルニア州、パロ・アルトの郊外に、世界事情とは無縁の、牧畜農家を営む男がいた。
気のいい親父で、町でも人気のある50才の働き盛りである。
週末に仲間と飲みすぎたせいか、どうも気分がすぐれない。
「飲みすぎかなぁ、俺も年だな。
さて、牛の様子でもみてくっかな。」
大きな体をだるそうに動かしながら、牛舎に行った。
「おお、なんだ、これは!
 一体どうなってんだ。」
彼の眼前には信じられない悲惨な光景が広がっていた。
彼の牧場では、昨日まで普通だった乳牛120頭が、たった一晩で突然死したのである。
その後も突然死は止むことなく、被害は町全体の鶏や犬などの動物へ拡大していった。
彼も衰弱が激しく、町の住民からも死者が出始める事態となった。
何が起こったのか。
謎のウィルスによる感染症であった、特効薬はなく、感染源も不明であった。
そして、それだけでは済まされなかった。
アメリカでの怪事件として世界へ報道されるのとほぼ同時に、世界全体で、同じ感染症が発症したのである。
世界紛争に続くウィルス感染という、度重なる人類絶滅の危機で、世界がパニックに陥ろうとしていた。
この時、ケインズがまたも奇跡を起こした。
彼が開発した『合成たんぱく質』が人類を絶滅の危機から救ったのである。
ケインズ博士と世界各地から集まったテクノクラート(技術官僚)たちは、救世主と崇められ、強大な権力と膨大な富を持つことになった。
しかし、実にタイミングのよい救世主の出現に疑惑の念を抱く者がいた。
小山内英治57才である。







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