【第一章】 小山内の恋
第一節 学生・小山内英治
「3月17日かぁ、え〜っと、25だっけな。」
2089年3月、小山内英治は25才の誕生日を、MIT(マサチューセッツ工科大学)の宇宙物理学研究室で迎えていた。
この男、落ち着きが無く、おっちょこちょいで、照れ隠しなのか、いつもへらへら笑っている。
研究の事しか頭にない大学院生で、テレビも新聞も見たことがない。
世間の事は全く知らず、サッカー選手も野球選手も知らければ、女性はみんな同じに見えてしまっている。
趣味は、、、研究。特技は、、、研究。夢は、、、研究者。
当然、ファッションには全く無関心で、服装や髪型には無頓着。
研究室で着ている作業着は、5年くらい同じで、いつ洗濯しているのか甚だ疑問の汚さである。
今朝も、いつもの、ぼさぼさ寝グセ髪に無精ひげであった。
「おはよう、ボッサー」
「あ、ナンシー、おはよう。今日はね、ぼくの、、、。」
「ボッサー、またロビーで寝てたのね。カップラーメンこぼしたとこ、掃除しといてよ。」
女子学生からは、「ボサボサ頭のBOSSA」と呼ばれている。
「ハッピーバースデ〜ぇ。
う〜ん、自分で言ってもつまらんなぁ〜。」
このような男に、彼女からの誕生日プレゼント、などあろうはずがない。
小山内は、、まあいつもこんなものである。
第二節 一目惚れ
学食に行くために、大学のキャンパスに出ると、いろいろな国籍の見知らぬ学生が
うろうろしていた。
環太平洋環境学会という名目で、
学生最後の海外旅行を格安で済まそうとする観光客まがいの学生たちが世界中から集まっていた。
日本からも、、。
「写すわよ、はいチーズ、
冬実、もっと笑ってよ。」
「千佳、今度は二人で撮りたいねぇ〜」
学会発表よりもボストン観光を楽しんでいるちゃっかり女子大生、冬実と千佳、22歳がそこにいた。
冬実が、たまたま通りかかった小山内を見つけた。
「あ、日本人だ!すいませ〜ん。
写真とってもらえますかぁ。」
小山内は、冬実のその美しさと、あっけらかんとした話しっぷり、
屈託の無い笑顔に、心拍数があがったまま下がらない。
「い、あ、い〜いっすよ。」
いわゆる一目惚れというやつである。
突然、自分の無精ひげと寝グセが気になりだした小山内、しかも、何か話しかけようと必死だ。
「あ、学会ですか。
あ、私、小山内って言います。
あの、この上の研究室にいて、
あの、あ、いままでちょっと、徹夜だったものですから。
その、ヒゲとかなんかが、ちょっと、あ、それで、、。」
くすっと笑い、冬実は言った。
「すいませ〜ん、シャッター早く押してもらえますかぁ。」
「あ、あら、、、、、。」
小山内は、、まあいつもこんなものである。
しかし、一旦気になると、とことん追求しないと気がすまない性格、の小山内は、気になってしまったヒゲを剃って散髪をした。
ドミトリーに戻り、スーツにも着替えた。
再び研究室に戻ってきたときには、もう4時を回っていた。
もちろん二人の女子大生はとっくにいなくなっている。
なんとも意味のない行動である。
第三節 ウィルスメール
「はぁ〜、しょうがないな。さぁて、やるか。」
研究室に戻ってメールをあけると、いきなりウィルスメールが入ってきた。
「C60@C240@C540K_?|=J&FJJK G D$#")?>M<+*」
小山内は自分の携帯を取り出した、ピピピポ、ツー、ツー、、、
「あ、サーバ管理室ですか、宇宙研の小山内ですが、おかしなメールが入っていましてね。
タイムスタンプが80年くらいずれているので、ウィルスのようなんです。
C60@C240@C540なんとか、っていうタイトルです。
削除よろしっくぅ。」
ガチャッ!
人類滅亡を救う唯一の手がかりはウィルスメールとして処理されてしまった。
事の重大さを小山内はもちろん知るよしもなかった。
ところで、、、小山内は、恒星の間隔を測定し、宇宙の膨張速度が全宇宙で一定ではなく、恒星間の引力などさまざまな影響で異なることを立証するためのデータを収集していた。
光速を超える膨張速度のある場所を探し出すためである。
この研究が何の役に立つのか、MITといえども理解者は皆無であったが、
『宇宙ワープの可能性について』
とにかく、これが、小山内の研究テーマであった。
「あ、バイトに行かないと。」
昼間に開催された、環太平洋環境学会の講演会は、5時には、親睦パーティになっていた。
そして、大学のホールで行われている、パーティの基調講演を、小山内がやることになっていた。
割りの良い学生のバイトなのである。
いつもは、無精ひげで風采の上がらない研究生のいでたちであったが、昼間の一件で、服装どころか髪型まで、ばっちりキマッテいた。
ビシッとしたスーツ姿で、壇上に上る小山内の顔は、わりとイケ面であった。
普段と全く違うイケ面系に、周囲の女子大生から、
「ちょっと、あれが、ボッサー? 私のタイプじゃない!」「素敵よ、ボッサー!」
と驚きの声が上がっていた。
こんな声が聞こえる中、天体の美しさについて、20分ほど講演してきた。
しかし、小山内の頭の中は、
(さっさと戻らないと、M78の天体観測データが消えてしまう。)
このことで一杯だった。
第四節 運命の再会
イケ面の小山内は、懇親会では、なかなかの人気である。
間違いなく、小山内の人生で最高にモテた瞬間である。
「あのぉ、お昼はありがとうございました。」
突然の声に振り向くと昼間の女子大生が立っていた。
「私、向山千佳っていいます、金沢大学で環境学を専攻していました。
小山内先生の話とても面白かったです。」
「あ、あのときの、、」
心拍数が、また上がりっぱなしとなったのだが、
「ああ、どうも。」と小山内。
千佳の誘いより、M78の観測データの方が気になるのか、
照れているのか、愛想笑いをしながらも、そわそわ、、
千佳のことなど全く眼中になく、きょろきょろ、、、
この男、実に落ち着かない。
しかし、突然、小山内の動きが止まった。
小山内の視線の向こうには、、。
ぺこっとお辞儀をして、その学生は近寄ってきた。
「あ、小山内先生。
私、高柳冬実と申します。」
小山内の心拍数上昇の原因であった。
冬実と小山内は、冬実の意思に関係なく、小山内がそばを離れなかったため、懇親会でずっと一緒であったが、特に弾んだ会話もなく、時間だけが過ぎ去ろうとしていた。
しかし、アルコールの勢いもあったのか、
「あ、あ、あのぉ、、冬実さん。
星でも見ませんか。」
小山内は冬実との再開に、勝手に運命を感じていた、そして、懇親会もピークを過ぎたあたりで、小山内は、生まれて初めて、自分から女性を誘ったのである。
「小山内先生のお話の通りだわ、今の時期は雲も少ないから星が綺麗なのね。」
「あ、そう、とても美しいです。本当に、あ、あなたは、と、とても、きれいだ。」
「はぁ〜?、小山内さん、おもしろ〜い。」
なんとも、ダサイ会話で、決してかみ合わない二人であった。
しかし、小山内の天体知識は相当なものだ。
夜空を見ながら、チャールズ川に面する芝生に、二人だけで寝転がって会話する天空物語は冬実にとって、とても神秘的なものであった。
「あ、流れ星、結構あるんですねぇ、何をお願いしようかな。」
冬実は小山内の手を握り、
「小山内さん、何かお願いしましたかぁ。」
突然の冬実の大胆な行動に、小山内は醒めかけた酔いがさらに回ってきたような気がした。
体がカーッと熱くなっていくのと同時に頭の中は真っ白になっていくのがわかった。
「あ、ふ、冬実さんと、ま、また会えることをお願いしました。」
突然の告白ともいえるような答えに、小山内自身がうろたえていた。
しかし、冬実はあいかわらずあっけらかんとして、
「えっ、うれしいなぁ、でも私、明日、日本に帰るんですぅ。」
「あ、え、そうですか、ぁ、、。」
小山内は、、まあいつもこんなものである。
翌日、小山内は、いつもどおり研究室で朝を迎えた。
なんとなく小山内は、冬実と寝転がった芝生へ行き、横に立っている掲示板の柱にもたれかかって、チャールズ川を眺めていた。
すると、
「あ、小山内せんせ〜い。」
声をかけてきたのは、
なんと冬実であった。
第五節 冬実の想い
「冬実さん、
あ、今日帰るんじゃぁ?」
「ええ、今から空港へ向かうところです、その前に一度お会いしたくて。」
“一度お会いしたくて”、この言葉で舞い上がる、小山内英治25才であった。
「あ、そ、そうですかぁ、
願うものですね〜。
私の願いが叶いました。」
「バリッ!」
あわてた小山内は、掲示板に貼ってあったサークルのチラシをはぎとり、自分のメルアドを書き込んで渡した。
「あ、よかったら、その、あ、もう少しお話を、っていうか、あ、これ私のメルアドです。」
チラシを持つ手が震えていた。
やっぱりくすっと笑った冬実であるが、目を合わせるのがどこか恥ずかしそうであった。
しかし、舞い上がっている小山内は、冬実の微妙な動きに全く気がついていない。
うれしそうに、小山内のチラシを受け取った春実は、
「小山内さん、これを返そうと思って来たんです。」
ちょっとはにかみながら、、
「すぐに渡せてよかったぁ〜。それじゃあ。」
「あ、ああ、。」
気の利いたセリフを言うわけでもなく、小山内は、去っていく冬実に見とれていた。
冬実の気持ちを察するより、冬実の姿を目に焼き付けることに集中していた。
彼女のことより、自分のことで精一杯だったのだ。
いままで、女性とあまり会話したことさえない小山内は、まあこんな男である。
冬実からのプレゼント、ところが、何を期待していたのか、、、。
「はぁ〜、これか。」
それは、昨晩のパーティでこぼれたビールを拭いてあげた、小山内のハンカチだった。
ハンカチはきちんとクリーニングされていた。
「はぁ〜やっぱりな。」
ため息をつくと、ハンカチを無造作にポケットに突っ込んだ。
小山内は、、まあいつもこんなものである。
しかし、、、
「グシャ、、。」
なにか手に触った。
「あれっ、おっ、カードだ。」
小山内は、、、、今回は違っていた。
折れたカードを開くと、かわいい丸文字が飛び出した。
「これが、冬実さんの字かぁ〜。」
小山内先生へ
とても楽しかったです。
日本に戻られるときは
連絡くださいねっ。
また、ボストンに
会いに来てもいいですか。
素敵な星の話
聞かせてくださぁ〜い。
これ、私のメルアドです。
by 冬実
「うっ、、、ほほ〜い!」
一旦気になると、とことん追求しないと気がすまない性格、の小山内であるが、地獄へようこそ、といわれる、MITの過酷なカリキュラムに追われる、MITの学生の勉強量は、半端ではない。
普通の学生なら、日本まで追っかけをやっている余裕などないのである。
4月、冬実は、地元の金沢で、県庁に就職していた。
第六節 絶頂
石川県庁港湾環境課の冬実のデスクのPCには、アメリカから毎日メールが届くようになっていた。
それだけではなかった。
金沢城下の、古い街並みが残る東茶屋街から浅野川に架かる梅ノ橋を渡り、主計町へ向けてゆっくりと歩く二人の姿があった。
「英治さん、金沢はまだ寒いでしょう。桜の咲く頃になると急に冷え込むんですよね。」
「今頃だと、花冷えですね。
それにしても、浅野川の桜吹雪はまるで映画のようだ。
こんな景色の中を、冬実さんと歩けるなんて。」
冬実は、小山内に寄り添うように、手を小山内の腰に回した。
「冬実さんこそ、寒くないですか。」
小山内の手が冬実の肩に回る。
「ここは本当に素晴らしい町ですね。」
何と、小山内は冬実の住む金沢へ出向き、毎月のデートを楽しんでいたのである。
実は、小山内は、京都大学工学部を中退し、マサチューセッツ工科大学の博士後期課程にいきなり飛び級で進学した天才であった。
MITでの山のような課題と超ハイレベルのレポートは彼にはたいした負担ではなかったようである。
内向的で、会話に乏しく、物事に徹底的に打ち込む研究者向きの性格を、冬実は、寡黙で誠実な人間と勘違いし、好意的に受け止めていた。
間違った解釈であったが、的外れではない。
実際、小山内は誠実で正直な男であった。
そして何より、、、勇敢な男である。
翌2090年、9月の博士号授与式を目前に控えた、最終試験の真っ最中の6月。
小山内は余裕の表情で金沢にいた。
冬実は6月の花嫁となった。
小山内は幸福の絶頂にいた。
しかし、これは人類滅亡への悲劇の始まりである。
そして、その悲劇は、こことは異なる時代、2007年で始まっていた。 |