コッコ伯爵の冒険
霜が降りる季節は、鳥たちにとって試練である。特に、チュン太のようなスズメにとっては、いっそ絶望的とも言うべき状況だった。秋に落ちた雑草の種はとっくに食べ尽くしていたし、小さな虫はくちばしの届かない土の中。要するに彼は腹ぺこで死にかけていた。
「小さな友よ、気をしっかり持つのだ」
威厳のある声が、チュン太を励ました。朝霜に染まった冷たい地面にうずくまるチュン太が、重たいまぶたを持ち上げると目の前には金網があって、その向こうに大きな赤いトサカを戴く、霜よりも真っ白い立派な雄鶏の姿が見えた。彼はくるりとお尻を向けるなり、鱗におおわれた黄色く頑丈な足でもって、えさ箱の底を何度もひっかいたから、チュン太の頭の上には米やら麦やらトウモロコシの粒やらが、ばらばらと降り注いだ。チュン太はすっかり凍えてこわばり掛けた身体を起こし、夢中でそれをついばんだ。ひとしきり食べ終えた彼は、ほっと息を吐き、命の恩人――もとい、恩鶏に深々と頭を下げた。
「おいしいゴハンをありがとうございます。おかげで命拾いしました。僕はチュン太。見ての通り、卑しいスズメです。優しい旦那様、お名前をうかがってもよろしいですか?」
すると雄鶏は胸を張り、こう答えた。
「我が輩はコッコ伯爵。この王国における最後の貴族である。されどチュン太よ。出自は違えど、お前と我が輩は同じ鳥族。かつて世界を支配した誇り高き恐竜族が血を引く同胞なのだ。自らを卑しいなどと蔑むべきではない」
「恐竜族……」
初めて耳にする言葉だが、それを聞いたチュン太の胸の中は誇らしさで一杯になった。
「伯爵様」
チュン太はコッコ伯爵に敬礼した。
「僕は今まで、ずっと惨めでした。街を歩けばカラスに馬鹿にされ、公園へ行けばドバトにいじめられ、屋根で休めばヒヨドリに追っ払われ、ちっぽけな僕なんか何の価値もないんだって思いながら生きてきました。でも、僕を同胞と呼んでくれた伯爵様のおかげで、そうじゃないことに気付くことができました。どうか、僕を伯爵様のおそばに仕えさせてください。命だけじゃなく、心まで救ってくれた伯爵様に、僕は恩返しをしたいんです」
するとコッコ伯爵は天を仰ぎ、涙を一粒こぼした。
「チュン太よ。お前が鳥族の誇りを取り戻してくれたことこそ、我が輩への何よりの恩返しだ。そして、我が臣下となることを望むお前の心は、我が輩にとって生涯の宝である。されど我が輩は見ての通り虜囚の身。お前の忠誠に報いることは出来ぬのだ。許せ」
「なぜあなたのように立派な方が、牢の中にいるんですか。僕には、ひどくたちの悪い冗談にしか見えません」
コッコ伯爵は優しく微笑んで答えた。
「これはブロイラー族の宿命なのだ。いずれ我が輩は、しめられ羽をむしられバラバラにされ、油でこんがり揚げられてフライドチキンとなるであろう」
自らの恐ろしい運命を平然と語る伯爵の姿を見て、チュン太はショックを受けた。ヘビに襲われたチュン太の兄弟が、あきらめきった顔でヘビの口の中へ消えていく姿がちらりと頭を過ぎる。
「伯爵様。あなたは僕のちっぽけな命を、惜しんで救ってくれました。どうか同じように、ご自分の命も惜しんでくださいませんか」
コッコ伯爵は、ほうと大きなため息を落とす。
「命を存えようと望むのであれば、我が輩はこの檻を出なければならぬ」
「おっしゃるとおりです」
チュン太は認めた。
「暖かな寝床やじゅうぶんな食事をふいにしてまで、檻の外へ出よと申すか。では、外には一体、何があるのだ?」
「正直、辛いことだらけです。寒いしひもじいし、僕たちを食べようと考える恐ろしいヘビや鷹や猫もいます。でも、ここでは生きたいと望むなら、そのチャンスが誰にでも手に入るんです。自分の寿命を決めるのは、生きるために飛んだり食べたり走ったりする自分です。丁度いい頃合に肥ったなあと考える人間ではありません」
コッコ伯爵は瞑目し、チュン太の訴えを黙って聞いた。チュン太が話し終えても、彼は岩のように動かずじっとそうしていた。チュン太は地面に残った麦粒を突きながら、彼が答えるのを辛抱強く待ち続けた。
「よかろう、チュン太よ。我が輩は牢を出て、お前と共に行こうぞ」
「よかった!」チュン太は跳び上がって喜んだ。「それなら、さっそく牢から逃げ出す手はずを考えましょう。やっぱり人間がゴハンを持ってきた隙を突くのが一番かな?」
しかし、コッコ伯爵は「無用だ」と言って、トサカを揺らしながら鶏小屋の出入り口を睨み据えた。それから助走をつけて跳び上がり、黄色い両足でそれを力いっぱい蹴りつけた。錠前を取り付けていた掛け金が吹っ飛び、扉は派手な音を立てて開いた。
「すごい……」
目を丸くするチュン太に、コッコ伯爵はにやりと笑って見せた。
「この程度、造作もない。扉の木枠が傷んでいると人間が言っておったのでな。それよりも、音を聞きつけて彼らがやって来ては大変だ。さっさと逃げるとしよう。チュン太、案内を頼むぞ」
「わかりました、伯爵様」
チュン太は敬礼を一つ置いて、飛び上がった。
黄色く枯れた草の上を、チュン太はびゅんびゅん飛んだ。その後ろを、コッコ伯爵が追い掛ける。彼はニワトリでチュン太のようには空は飛べないが、空を飛ぶチュン太に負けないくらい早かった。その走りっぷりを見て、やっぱり伯爵様はすごい方なんだと、チュン太は自分の主を誇らしく思った。
そうやってしばらく飛び、走り続けた後、彼らは森の中へとやって来た。しんと静まり返る冬の森はひどく寂しい場所だったが、木々が冷たい北風を遮ってくれているし、降り積もった落ち葉や腐葉土がふかふかで暖かかったから、居心地は悪くなかった。しかも、ここには素敵なものがたくさん落ちていた。
「おや、これはなんだ?」
コッコ伯爵は地面に落ちている木の実を興味深げについばむと、目を丸くして立て続けにそれを六個も食べた。
「ドングリです、伯爵様」チュン太は言った。「僕には堅すぎてとても食べられないのに、伯爵様にはご馳走みたいですね」
コッコ伯爵は頷いた。
「うむ。今まで食べてきたものが、おがくずに思えるほどだ。いっそ、ここで暮らすのも悪くないように思えてきたぞ」
「それは、名案ではないかも知れません」
コッコ伯爵がドングリを探すために、ひっくり返したりほじくり返したりした地面から、ころころとコガネムシの幼虫が出てきたので、チュン太は急いでそれをお腹におさめた。確かに、この場所は暖かく食べ物も豊富で、追っ手から身を隠すにも最適の場所かもしれないが、彼には一つ気懸かりな事があったのだ。
「この森にはイタチがいるんです。僕はまだ会ったことはありませんが、他のスズメが危うく食べられ掛けて、命からがら逃げ出したと言っているのを聞いたことがあります。なんでも、片目で恐ろしく大きなヤツだとか」
するとコッコ伯爵はドングリを食べるのを、ぴたりとやめて顔を上げた。
「我が輩の鶏小屋は一度、イタチの襲撃を受けた事があるのだ。かつて王国での地位を賭けて、我が輩と覇を競った諸侯の一羽が、その時に命を失っておる。あれは侮れぬ敵だ。何度も会いたくなるような相手ではない。貴殿はそう思わぬか?」
彼は、じろりと背後の下生えをねめ付けた。
「気付いていたか、ニワトリめ」
下生えの中から恐ろしげな声が響き、チュン太は思わずぴょんと跳ねて後退った。下生えをごそごそ言わせて現れたのは、白くて大きな片目のイタチだった。
「なぜ俺の森にいる、コッコ伯爵。ひょっとして、俺の残りの目玉をえぐりにきたのか?」
イタチは低く身を沈め、今にも飛び掛からんと後ろの脚に力を込めた。コッコ伯爵は羽毛を逆立て、そんな仇敵を真正面に見据える。
「我が輩は家臣のチュン太とともに旅の途上にある。イタチの不味い目玉を食らうつもりはない。貴殿に無用な争いを避ける意思があれば、我が輩も速やかに貴殿の縄張りを後にしよう」
「一時休戦ってわけか」
イタチは用心深くコッコ伯爵の動きを窺いながら、彼の申し出を考えた。しばらく経ってイタチはようやく構えを解き、言った。
「いいだろう。お前たちがこの森を出るまで、俺はお前たちを喰わないと約束してやる。しかし、また俺の森に戻ってきたら、その時は容赦しないぞ。いつもいつも隠れた俺を見付けられると思うなよ」
そう言い捨てイタチは下生えの中へ潜って消えた。現れた時と違い、草はかさりとも揺れなかった。それでようやくコッコ伯爵も羽毛を逆立てるのを止め、ほうとため息を落とした。
「あのイタチと知り合いなんですか?」
チュン太はぶるぶる震えながら聞いた。
「あれこそが我が輩の鶏小屋を襲ったイタチなのだ。我が輩は彼奴の目玉をくり抜いたが、その代償として友の命を支払うこととなった。さあ、狩人の気が変わらぬうちに退散するとしよう」
二羽が森を抜けた先は田んぼだった。収穫後の田んぼにある落ち籾や二番穂は、鳥たちにとって冬の貴重な食糧なのだが、生憎とこの田んぼにはめぼしいものがなかったので、彼らは早々に見切りを付け、今はアスファルトの敷かれた田舎道を歩いている。太陽は山のてっぺんを越え、辺りの霜は日陰になった場所を残して消えていた。辺りの空気はまだ少し冷たかったが、それでもずいぶんと暖かくなってきたので、チュン太はうきうきした気分になっていた。
「朝が目一杯冷え込むと、その日は春みたいに暖かくなるんです。すると虫たちが重たい石の下から這い出してくるので、僕たちはそれを捕まえます」
路肩の草地をぴょんぴょん跳ねながら、チュン太は説明した。そうして自分の身体ほどもある石を見つけると、彼は首を傾げてじっと待った。果たせるかな、ダンゴムシが這い出してきたので、チュン太はそいつをぱくりと食べた。
「ほらね?」
コッコ伯爵も首を左右に傾けながら、しばらく石を眺めていたが、彼はやおら石に足を掛けてひっくり返し、その下に隠れていた大きなミミズを捕まえた。
「なるほど、石の下は虫たちの隠れ家になっておるのか」
「ずるいです、伯爵様」
チュン太がむくれて言うと、コッコ伯爵は愉快そうに笑いながら、さらに大きな石をごろんとひっくり返した。石の下には虫ばかりか、風で吹き寄せられた草の種まであった。伯爵は自分ではそれを食べようとせず、チュン太に頷いて見せた。
「伯爵様、大好きです!」
チュン太はご馳走を夢中で食べ、伯爵は「現金なヤツめ」と言って大笑いした。そうしてお腹いっぱいになった二羽が、路肩に座って日向ぼっこをしていると、道の向こうから一台の軽トラックが走って来た。軽トラは二羽の前を通り過ぎ、不意にピタリと停止する。すぐにドアが開き、中から老人が降りてきた。彼の姿を見て、コッコ伯爵はすくと立ち上がった。
「逃げるぞ、チュン太。あれは我が輩を閉じ込めていた人間だ」
駆けてくる老人を見て状況を察したチュン太は、飛び上がるなり「こっちです!」と叫んで田んぼへと向かった。コッコ伯爵はその後へ続き、老人は彼を捕らえようと追ってきた。しかし、田んぼには稲の切り株がたくさん並んでいたので、老人はたちまちそれに足を取られて何度もすっ転び、とうとう息を切らして地面に座り込んでしまった。二羽は追っ手を置き去りに、何本もあるあぜ道と用水路を跳び越え、コンクリートで護岸された川縁へたどり着き、近くに架かる橋の下に身を隠した。
「いやはや、スリル満点ではないか」
コッコ伯爵はこそこそと声をひそめて言った。
「僕は肝が冷えました」
チュン太はふうと大きなため息をついてから続けた。
「この川を下れば街があって、街の真ん中には公園があります。公園にはドングリの木がたくさん生えているので、伯爵様が追っ手から隠れ住むにはちょうどいい場所かも知れません。でも、公園はドバトたちの縄張りになってます」
「追われる身であれば是非もあるまい。それに、見よ。おあつらえ向きに船も来たぞ」
「船?」
コッコ伯爵がくちばしで示した方へ目をやれば、川の上流から流れ来る発泡スチロールの箱が見えた。それが二羽の真下へ近付いたところで、伯爵は羽根をばさばさ鳴らしながら数メートル下の川面へ向かって飛び降りた。チュン太がぎょっとする間もなく、彼はどすんと発泡スチロールの箱に見事な着地を決める。チュン太は急いで主を追い掛け、箱の縁に舞い降りた。
「伯爵様、あまり無茶をしないでください。川に落ちたらどうするんですか」
「その時は、その時だ」と、コッコ伯爵は愉快そうに笑った。「しかし、檻の外にこのような冒険があるとはな。我が輩は、もっと早くに逃げ出すべきだったと思わぬか?」
しかし、チュン太は首を振った。もしチュン太がやって来る前に伯爵が逃げ出していたら、チュン太は今頃、霜に埋もれて死んでいたし、伯爵に仕えることもできなかったからだ。
「そうか。そうだな、チュン太よ。そうなれば我が輩は、お前のような素晴らしい家臣を、得る前に失っていたであろう」
そう言って、コッコ伯爵はほろりと涙をこぼした。頑丈な扉を蹴破り、矢のように地面を駆け、恐ろしいイタチを相手にしても一歩も退かない勇敢なニワトリなのに、彼はどうにも涙もろいところがあるようだ。チュン太は、そんな自分の主がますます好きになった。
船旅は順調だった。始めのうちこそ流れが速く、発泡スチロールの箱はあちらへぶつかり、こちらへぶつかり、渦に巻かれてくるくる回ったりと、何度か肝を冷やすこともあったが、大きな川に合流すると流れは緩やかになり、彼らはのんびりと川下りを楽しんだ。しかし、問題が起きた。せっかく街までたどり着いたと言うのに船が川の真ん中にあったので、どちらの岸にもたっぷり遠く降りられない。このままでは海まで流れていってしまうぞと焦ったチュン太は、箱の縁を掴んで懸命に羽ばたいた。しかし、船は頑なに下流へと流れるのみ。
「チュン太よ、控えておれ。後は我が輩に任せよ」
コッコ伯爵はすくと立ち上がり、船底に爪を喰い込ませると、少々短いが分厚く頑丈な翼でもって、ばさばさと何度も羽ばたいた。船はぐんぐん水面を滑り、彼らはたちまち岸へとたどり着いた。伯爵は岸へ飛び移るなり、言った。
「我が輩はニワトリであるから空を飛んだことは一度もないが、今のは少し飛んでいるように思えたぞ」
「はい。確かに船を漕ぐのって、空を飛ぶのに似てますね」
「やはり、そうであるか」
伯爵は短く呟き、流れ去る発泡スチロールの箱を名残惜しげにしばらく見送ってから、チュン太に目を向けた。
「さて。ドングリにあふれる公園とやらは、どこかな?」
「ちょっと待ってくださいね。まず、上の道路へ昇る階段を探さなきゃ」
チュン太は高く飛び上がり、周囲を見渡した。すぐに階段を見付け、伯爵へ知らせようと降下を始めた時、何かに背中を蹴られ、彼はくるくると落下した。川岸に落っこちるすんででどうにか態勢を立て直し、不時着すれば大きなカラスが目の前に降りてきた。
「俺の縄張りになんの用だ、チュン太」
カラスはチュン太をぎょろりと睨んで言った。チュン太は恐ろしくなってぶるぶる震えるが、それでも胸を張って睨み返した。小さくても僕だって、こいつと同じ鳥族なんだ。負けてなるものか。
「僕は伯爵様を公園へ案内する、大事な仕事の途中なんだ。邪魔をするな、ヤスケ」
ヤスケは「へえ」と馬鹿にするような口ぶりで言った。
「そうして欲しいなら、俺の縄張りの外を通ることだな」
「どっちにしたって、公園へ行くにはここを通るしかないじゃないか」
チュン太はむっとして言った。
「だったら、俺をやっつけて通ることだな!」
ヤスケはやにわに跳び上がって、鋭い爪でチュン太を掴もうとする。チュン太は間一髪、攻撃をかわし――と言えば聞こえはよいが、実際は尻もちを突いた弾みで、後ろにころころ転がっただけだった。もっとも、それでヤスケの爪から逃れられたのだから、結果オーライである。
「ちょこまかしやがって」
ヤスケがいらいらと言って、再び跳び上がろうとしたとき、鋭い気合いとともに突進してきたコッコ伯爵が、ヤスケを激しく蹴り飛ばした。不意を突かれ、しかも扉を破る威力の蹴りを受けたのだからたまらない。ヤスケは吹っ飛び、チュン太の頭上を越えて川の中にざぶんと落ちる。
「チュン太よ、無事か」
「僕は平気です、伯爵様」
駆け寄ってきたチュン太に怪我がないのを見て、コッコ伯爵はほうと安堵のため息をついた。しかし、水の中からヤスケが顔をだすと、彼は再び表情を引き締めた。
「カラスよ。無駄は承知で尋ねるが、穏便に済ますつもりはあるか」
「生憎と、こけにされて捨て置けるほど、できちゃいないんでね」
ヤスケはぶるっと身を震わせて、羽根についた水滴を弾き飛ばした。
「是非もあるまい」コッコ伯爵は毛を逆立てた。「我が輩はコッコ伯爵。いざ、勝負」
「俺はヤスケだ。行くぞ、コッコ伯爵!」
鋭い爪で飛び掛かるヤスケ。コッコ伯爵も跳躍し、黄色い鱗の足で蹴り上げ、その攻撃を弾き返す。ヤスケは空中で羽ばたき態勢を整えてから着地を試みるが、伯爵はどすんと尻もちを突き、その反動で身を起こしてヤスケに突進した。着地の隙を突かれたヤスケは間一髪で伯爵の攻撃をかわすと、彼の背中を踏み台にして宙高く舞い上がった。
「手強いな」
伯爵は呟き、上空を旋回するヤスケの姿を目で追った。チュン太も倣って見上げるが、ヤスケは彼の視界からふっと消えた。次の瞬間、ぱっと白い羽毛が散った。コッコ伯爵は、がくりと脚を折って河原にうずくまり、彼の上空ではいつの間にかヤスケが再び現れ、羽ばたきなが旋回していた。チュン太が起こったことを理解したのは、ヤスケの二度目の攻撃が伯爵に加えられた時だった。ヤスケは不意に羽根を畳むとハヤブサのように落下し、踏ん張って立ち上がろうとするコッコ伯爵の背中にかぎ爪を叩き込んだ。羽毛が辺りに飛び散り、伯爵はまたもやがくりと脚を折った。ヤスケは攻撃の反動を利用して再び宙高く舞い上がり、ぐるぐると旋回する。
飛べないコッコ伯爵にとって、空からの攻撃ほど苦手なことはないだろう。素早く彼の弱点を読み取って、攻撃に活かすヤスケのセンスもさすがと言うほかない。しかし、指をくわえて見過ごすわけにはいかなかった。チュン太は上空のヤスケをきっとにらんで、跳び上がろうと翼を開く。
「手出し無用」
と、伯爵は言って、身体を震わせながら立ちあがった。でもと言う言葉を、チュン太は飲み込んだ。窮地にあってもなお、伯爵の目から闘志は失われていなかったからだ。
コッコ伯爵は逆立てた羽を収め、静かに瞑目した。不吉に旋回していたヤスケが、またもや急降下する。しかし、その爪が背中に届く寸前、伯爵はかっと目を見開き身体を翻した。ヤスケの爪は河原をえぐり、彼は「くそったれ!」と悪態をついた。コッコ伯爵は攻撃をかわした流れのまま、ふわりと宙を舞い、ヤスケの上にどすんと降りた。ヤスケはぐえっと声を上げ動かなくなる。
「降参か、ヤスケ?」
「ああ、降参だ。頼むから早く降りてくれ、伯爵」
伯爵が足をどけても、ヤスケはしばらくぐったりして動かなかった。
「貴殿は恐るべき敵であった、ヤスケよ。されど我が輩は勝利した。すなわち我々は、貴殿の縄張りを邪魔されずに通過する権利を得たのである。これに異論はあるか」
「ねえよ。本当なら、俺は縄張りを取られたって文句は言えねえんだ。ただ通り過ぎたいってだけなら、好きにすればいいさ」
ヤスケは立ち上がると、よろめきながらチュン太たちの前から飛び去った。街並みの向こうへと消える彼を見送った後、チュン太は言った。
「もういっその事、伯爵様の縄張りにしてしまっても良かったんじゃないかなあ」
コッコ伯爵は笑いながら首を振った。
「飛べない我が輩では、広い縄張りを見回ることなどできぬからな。公園の片隅に、少しばかりの領地を分けてもらえれば、それでじゅうぶんだ」
伯爵の言うことはもっともだった。しかし、もし彼が自在に空を飛べたとしたら、どうなることだろう。ひょっとするとコッコ伯爵はコッコ皇帝となって、この辺りには巨大な帝国が生まれていたかも知れない。チュン太は想像して、ちょっとだけぞくぞくしたが、それはなんだか伯爵様らしくないやと思い直した。彼は自分の務めを思い出し、「公園はこっちです」と案内を再開した。
「突撃、突撃!」
公園へやって来ると、身体の大きな一羽のドバトが、他の鳩たちにがなり立てては自らも、人間の男の子がばら撒くパンくずへと突進を繰り返していた。男の子は歩み寄ってきたコッコ伯爵とチュン太を見るなり、ぱっと笑みを浮かべて彼らの前にもパンくずをばら撒く。チュン太がつと前へ出てパンくずをついばもうとすると、先ほどのドバトが叫んだ。
「四時の方角、向け。突撃!」
ドバトたちは一斉にこちらへ向かってやって来ると、チュン太を蹴散らしあっと言う間にパンくずを食べつくしてしまった。男の子は腰に手を当てて何やら鳩たちを叱り、少し遠くへパンくずを投げて鳩たちが「突撃!」と言いながらそちらへ走り去るのを見届けると、彼らに気付かれないよう、再びチュン太たちの前にパンくずを撒いた。おかげでチュン太とコッコ伯爵は、落ち着いてパンくずをついばむことができた。
「彼らは大体、こんな調子なんです。こうやって人間が餌を撒いている間は、ろくに話しもできません」
チュン太が説明する間にも、鳩たちは幾度も突進を繰り返し、とうとう男の子のパンを食べつくしてしまった。男の子は鳥たちに手を振って立ち去り、他の鳩たちを指揮していた大きなドバトが、ようやくチュン太たちの前へとやって来た。
「私はチップ軍曹だ。貴官らの階級と姓名を述べよ!」
軍曹が大声で言うものだから、チュン太は思わず首をすくめた。コッコ伯爵は堂々と胸を張り、ドバトの誰何に応じた。
「我が輩はコッコ伯爵である。そして、これに控えるは我が家臣のチュン太。貴殿が、この公園の主か」
「私は部隊の指揮にあたっているだけだ。ひょっとして貴様は、この公園を縄張りにしようと目論んでいるのか?」
軍曹はじろりと睨みつけてきた。
「いや」伯爵は首を振った。「我が輩は、この公園のどこか一角に、慎ましく腰を据える場所を探しておるだけだ」
「我々は支配者ではなく兵士だ。貴様たちのような当たり前の鳥とは違うルールに従っている。もし我らの戦場に足を踏み入れると言うのであれば、貴様たちもそれに従ってもらおう。しかし、それ以外の場所であれば、好きにして構わん」
その時、軍曹よりもやや小柄な鳩が、飛んでくるなり「軍曹」と言って敬礼した。チップ軍曹も「伍長」と言って敬礼を返す。
「中央池にて人間が鯉に餌をやり始めました」
「他の部隊は?」
軍曹は素早く聞いた。
「まだ気付いていません」
伍長はにやりと笑って見せた。
「でかしたぞ、伍長。急いで隊をまとめろ。出撃だ!」
二羽のドバトは慌ただしく飛び去った。
チュン太は、しばらくその背中を見送った後、少しきまりの悪い気分を味わいながら白状した。
「前にこの公園へ来たとき、僕はさっきみたいにドバトたちに蹴散らされて、ひどく惨めな気分になったんです。それはてっきり、彼らが僕に意地悪をしてるんだと思ってました」
「誤解とは、そうしたものだ」コッコ伯爵は頷いた。「彼らにとって戦場にいる者は、それがスズメであろうとニワトリであろうと、いずれも等しく兵士なのであろう。厳しいが公平な連中ではないか」
「そうですね。でも、蹴っ飛ばされるのは勘弁してほしいなあ」
チュン太がぼやくと伯爵は大笑いした。しかし、彼の笑い声は唐突に途切れた。二羽の背後からぬっと黒い影が現れるのと同時に大きな網が振り下ろされ、その中にコッコ伯爵は囚われてしまったのだ。チュン太が振り向けば、たも網の柄を持つ老人がしめしめと言った笑みを浮かべて立っている。田んぼで伯爵を追い回した、あの老人だった。
「おのれ、油断したか」
伯爵は歯噛みして暴れるが、老人はひょいと網を返して引き寄せると、素早く彼の両脚を掴んで身動きを封じ公園の外へ向かって歩き出した。チュン太は彼らを追い掛け、麦わら帽子をかぶった老人の頭に体当たりを仕掛けるが、彼はうるさそうに手で払うだけで大して気にも留めず歩き続ける。そのうちに老人は公園の口にやって来て、そこに停めてあった軽トラの荷台のケージの蓋を開け、伯爵を放り込んでから運転席に乗り込んだ。伯爵は何度もケージの網を蹴り続けるが、それはびくともしなかった。ほどなく軽トラはきゅるきゅるとエンジンを始動し、伯爵と老人を乗せたまま走り去った。
チュン太は急いで追いかけるが、軽トラはぐんぐんスピードを上げて彼を引き離す。このままでは見失うのも時間の問題だと思ったところで、彼は自分の間抜けさ加減に気付いた。行き先はわかっているのだから、馬鹿正直に後ろをついて行く必要などないのだ。チュン太は上昇し、電線に降りて一旦、羽を休めた。
「主人を見捨てるのか?」
いつの間にか、電柱のてっぺんにヤスケが留まっていた。
「そんなわけないよ」
「だったら、どうしてこんなところでぐずぐずしている?」
「ちょっと羽を休めてるのさ。行先はわかってるから、全速力で飛んで先回りする。それから隙を見付けて伯爵様を助け出すんだ。手を貸すつもりはある?」
ヤスケはふと首を傾げた。
「俺が知っているチュン太は、こんな風に話しかけられたらぶるぶる震えるか、逃げ出すかしかできなかったもんだけどな。伯爵に負けた俺は、もう怖くないってことか?」
「今でも怖いさ。けど、お前なんかより伯爵様がいなくなる方が、もっと怖いんだ。それで、どうするの?」
チュン太がじろりと睨むと、ヤスケは短く笑って羽をばたつかせた。
「俺に何をさせようって言うんだ?」
チュン太は伯爵の鶏小屋まで一直線に飛んだ。しかし、スズメは本来、長い距離を飛べないので、彼の胸の筋肉はすぐにきりきりと痛み始めた。かと言って休んでいては、伯爵は再び鶏小屋に囚われてしまう。恐らく小屋の扉は修理されているだろうし、そうなっては二度と脱出できない。なんとしても、老人の軽トラより先に、鶏小屋へたどり着かなければならなかった。
ヤスケがチュン太を追い越し、彼の前を飛び始めた。不意にチュン太の翼に掛かる抵抗が薄れ、彼はずっと楽に飛行できるようになった。
「渡りをする連中は、こうやって長い距離を飛ぶらしい。お前はその位置を外れずついて来い」
「わかった」
チュン太は短く答え、二羽は懸命に羽ばたき続けた。その甲斐あってか、彼らは空っぽの鶏小屋の上に降り立つことができた。案の定、伯爵が蹴破った扉は新調され、掛け金とそれを留めるネジもピカピカになっている。掛け金に開いた南京錠が掛けられていてるのを目ざとく見つけたヤスケは、それを咥えると少し離れた草むらへ持って行って隠した。さらに彼は掛け金をぱちんと外し、その穴に枯れ枝をぎゅうぎゅうに詰め込んだ。何をしているのかとチュン太が問えば、彼はにやりと笑って言った。
「人間は、あれを使って扉を開かないように出来るのさ。けど、ああやって穴を塞いじまえば、扉は雛鳥みたいにぱっくり口を開けたままになる」
チュン太はぽかんとヤスケを見た後、言った。
「カラスって賢いんだね」
「街で長い事暮らしてりゃ、このくらいの知恵は付くさ。それより、来たみたいだぞ」
エンジン音が近付いてきた。すぐに軽トラが姿を現して、鶏小屋から少し離れた場所に停車する。運転席から降りてきた老人は、伯爵を入れたケージを荷台から降ろすと、それを抱えて鶏小屋へやって来た。彼は鶏小屋の扉を開けると、ケージから小屋の中へ伯爵を移した。そうして小屋の扉を閉め、掛け金を掛けようとして、それが使い物にならなくなっていることに気付き、悪態をつきながら穴に詰まった枝を取り除き始めた。
「ヤスケ、お願い」
「おう」
ヤスケは鶏小屋の上をぴょんぴょん跳ねて移動してから、老人の頭の上で「カア」と大音声で鳴いた。老人はぎょっとして顔を上げ、ヤスケはわざとらしく羽音を立てながら老人の頭上を飛び回った。老人は頭をかばい何事かをわめきながら後退りを始める。すかさずチュン太は屋根から降りて、鶏小屋の伯爵に言った。
「伯爵様、今です。逃げてください!」
コッコ伯爵は一つ頷くと、体当たりで扉を開けるや外へと飛び出した。老人は、ヤスケのしつこい蹴りから頭をかばうのに忙しく、伯爵が逃げ出したことに気付いていない。今のうちに距離を稼ぎ、急いで身を隠さねばならなかった。ところが老人の家の敷地は三方をジャガイモ畑に囲まれており、しかも収穫はとっくに終わっていたから、辺りは赤っぽい地面がひたすら広がるばかりで、頭を突っ込む茂みすらない。そして、残る一方はと言えば、恐ろしいイタチの棲む森である。
「是非もない、ですよね?」
チュン太が言うと、伯爵はにやりと笑い返した。二羽はそれぞれ駆けて飛び、森へと向かった。
ぴりぴりと神経を尖らせながら、チュン太は木々の間を飛び続けた。彼は斥候であり囮だった。イタチがいればそれを見付け、伯爵に伝える。見付けられなければ我が身を餌におびき出し、伯爵の進路から遠ざける――恐ろしかった。ほんの一息の後にも、イタチの鋭い牙が身体に突き立てられるかも知れないのだ。しかし、それは自分で思い立ち、決めたことだった。
チュン太の計画は、この森がある山の頂を越え、その先にある海を目指す手筈だった。伯爵には逃走ルートを探るとだけ言って、先行を許してもらっている。それは、伯爵からイタチを遠ざけるための方便だけではなかった。彼は森の地理には詳しくなかったから、そうせざるを得なかったのだ。
不意に森が切れ、チュン太は息を飲んだ。眼下に海と、海岸に張り付くように広がる人間の集落が現れる。翼を傾け振り返れば、そこには切り立った岩壁が見えた。このまま進めば飛べない伯爵は、断崖から真っ逆さまに落っこちることになる。しくじったとチュン太はもと来た道を急いで戻る。そして、思いの外近くまで来ていた伯爵の姿を認め、彼は大声で叫んだ。
「伯爵様、戻ってください。この先は崖です!」
その時、真っ白い影が樹上から矢のように落ちてきて、コッコ伯爵に襲い掛かった。伯爵は素早く跳んで攻撃をかわし、影は腐葉土の地面を深くえぐった。
「これをかわすか。さすがだな、コッコ伯爵」
片目のイタチは舌打ちして言った。伯爵はコーコッコと低く唸るだけで、それには答えない。
「しかし、何度も幸運はないぞ!」
イタチの攻撃が始まると、伯爵はたちまち防戦一方となった。強靭な蹴り足で応戦しようにも、縦に横にと駆けて跳ぶイタチの動きを捉えることができない。迂闊な攻撃は隙となって、コッコ伯爵は何度も白い羽毛を散らすこととなった。チュン太は彼らの周りを飛び交いながら、首を傾げた。一度は片目をくり抜くほどの痛手を与えた相手に、伯爵はどうしてこれほど苦戦を強いられるのか。ほどなく彼は、そのわけに思い至った。ここは狭い鶏小屋ではないのだ。イタチの俊敏な動きを妨げる金網や天井も、伯爵に匹敵する力を持つ盟友の助けも、ここにはない。それならばとチュン太は素早く上昇する。彼は梢に達すると、枝葉の隙間から、いよいよ仇敵にとどめを刺そうと、動きを止めて力を溜めるイタチの姿を目に捉えた。そうして頭を真下に向けると、ヤスケがそうしていたように畳んだ翼をぎゅっと身体に押し付け急降下し、イタチの脳天に渾身の蹴りを叩き込んだ。イタチはぎゃっと声を上げ、頭を地面にめり込ませる。チュン太はバランスを崩して地面をごろごろ転がり、落ち葉の山に突っ込んだ。
「チュン太!」
「僕は平気です」
落ち葉からひょっこり顔を出し、チュン太はぎょっとする主を安心させる。
「生意気なスズメめ!」
イタチは頭を振りながら立ち上がり、チュン太を見てかっと赤い口を開く。しかし、それは失策だった。コッコ伯爵はその隙を見逃さず、地面を蹴り突進してイタチの横っ腹に頭突きを叩き込んだ。イタチはぐえっとうめき、その細長い無い体は宙を舞った。しかし、コッコ伯爵の攻撃はそれにとどまらなかった。彼はイタチの尻尾をミミズのようにくわえると、足を止めずに突き進み山の斜面を駆け上がる。イタチは「やめろ、離せ!」と叫ぶが、なすすべもなく引きずられていく。チュン太は伯爵が駆けて行く方角を見て、はっと息を飲んだ。彼は慌てて落ち葉の山から飛び立つと、全速で主を追い掛けその背に叫ぶ。
「ダメです、伯爵様。そっちは崖です!」
しかし、伯爵は真っ直ぐ正面を見据えて駆けるばかりで、チュン太の言葉に耳を貸さない。イタチは仇敵の意図を察したのか、ぎょっと目を見開く。
「よせ、伯爵!」
伯爵はイタチに答える代りに翼を広げ、ばさばさと羽ばたきさらに加速する。前方の木立が薄れ、彼の行く手が明るくなった。ふと森が終わり、辺りは狭いが平坦な草地に変る。登りの抵抗から解放された伯爵は、ぐんぐん加速した。そして地面が途切れた時、彼らは不意に崖下へと姿を消した。
「伯爵様……」
チュン太は飛ぶのを止め、草地に降り立った。彼は後悔していた。断崖へと主を導いてしまった事ではない。彼はここへきて、ようやく思い至ったのだ。狭い鶏小屋の中に囚われている伯爵を、哀れに思った事こそが、間違いだった。コッコ伯爵は、いつでもあの鶏小屋から逃げ出すことができた。ただの一蹴りで、その扉が打ち破れることを知っていた。それでも敢えて、そこに留まっていたのは、おいしいゴハンや暖かな寝床のためではない。彼はブロイラー族として、誇り高く生きることを選んでいたのだ。それを勝手に可哀想だと決めつけたチュン太の行いは、おこがましと言うほかない。そして彼の思いあがりは、ついに大切な主の命を奪ってしまった。チュン太は泣きながら、呆然とコッコ伯爵が姿を消した崖の際を見つめ続けた。
ひょうと強い風が吹いた。
崖の下から上昇気流に乗って、白く大きな鳥が姿を現した。彼は立派な赤いトサカを風に震わせながら短い翼をぴんと張り、滑るように真っ青な海へと飛んでいく。チュン太は笑った。笑いながら泣いた。そうして地面を蹴って飛び上がり、世にもまれな空飛ぶニワトリの背中を追った。
「伯爵様!」
「おお、チュン太か。見よ、我が輩は飛んでいるぞ。飛んでいるのだ!」
コッコ伯爵は輝く笑顔で言った。
「はい、伯爵様。本当に、本当に立派な飛びっぷりです」
チュン太はぼろぼろ涙を流しながら言った。
「感謝しているぞ、チュン太よ。お前がいなければ、我が輩は生涯、この素晴らしい景色を見ることはなかったであろう」
伯爵が見据える先は、空と海の境目だった。彼の目から涙がこぼれ、それは風に乗って二羽の後ろに消えて行った。
「しかし、あの先には何があるのだろう」
「わかりません」チュン太は首を振った。「僕も、海を越えたことはありませんから。でも、一個だけわかっていることがあります」
「なんだ?」
「きっと、すごい冒険が待ってますよ」
伯爵は短く笑い、一つ羽ばたいて高度を上げた。
「そうか、そうだな。ならば、是非もあるまい」
「はい、伯爵様!」
チュン太とコッコ伯爵は、翼を並べて飛び続けた。彼らの行く空はどこまでも青く、いっぺんの雲もなかった。二羽は飛び続けた。まだ見ぬ海の向こうを目指して。
最初から読み直したら、女っ気が全く無いことに気付いた。