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転生王子と白虹の賢者 作者:楠 のびる

第一章

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第一章 王子と新年会と不意打ち その一

 新しい年を迎えた冬のグレイシス王国。雪により白く塗り替えられた大国の王都にある城の大広間は本日、王族から貴族、高官達一同が出席する宴が模様されていた。
 年に一度、年の最初に行われる新年を祝うこの宴は、貴族や高官だけでなくその家族も招待され盛大に行われる。誰もが着飾り、談笑し、立食式の食事を楽しむ。ダンス会場も設けられ、一流の楽士達が流行の音楽を奏で、紳士淑女が優雅に踊っていた。

 そんな賑わう会場を、広間の隅で大人しく椅子に座って眺めている子供が一人いた。春の日差しを集めたような淡い色の金髪、新緑を思わせる碧眼、色白で肌理の細かい肌、少女とも見間違えそうな美少年である。
 あと数か月で七歳となるその子供は表面上微笑みを浮かべながら、内心うんざりしていた。時々思い出したかのように挨拶にくる貴族や高官を適当に相手をし、親の同伴できた子息や令嬢を適当にあしらい、会場を見回す。

(面倒くさい……)

 その心の中での呟きも何度目になるだろうか。だがその表情は一切出さないのは、今までの生きた経験からくる処世術である。

 彼の名前はハーシェリク・グレイシス。大国グレイシス王国の末の第七王子であり、親しい者はハーシェと呼ぶ。
 そんな彼には以前、もう一つ名前があった。今よりも身長が高く性別も違う、とある上場企業で事務員として働くオタクだが平凡で普通だった女性だった。名前は早川涼子。三十五歳の誕生日前日に交通事故により人生を終えたハーシェリクの前世。
 ハーシェリクは前世早川涼子の記憶を持つ、身体は金髪碧眼の正統派王子、中身はアラサーオタク女という残念仕様でこの剣と魔法の世界に転生した。

 再度、王族とお近づきになりたい下級貴族が挨拶にきたので、営業スマイルで彼をあしらいつつ、内心愚痴る。

(まあ、上司に酌をされるよりもましか。)

 ハーシェリクは生まれる前のことを思い出す。
 その上司は酒を注がれるより注ぐことが好きで、忘年会や新年会、歓送迎会で部下の席を回り酒が大丈夫な人間には酒を、苦手な者にはノンアルコールのドリンクを注いでいく。あれをされた新人はとても恐縮してしまうのだが、本人はいたって普通。その割に自分は注がれる前に注ぐという上司だった。かくいう前世の自分も随分と気まずい思いをした記憶がある。あの気まずさに比べたら、近寄ってくる人物に笑顔を振りまくなんて楽なものである。

 懐かしい過去の事を思い出し、思わずくすりと笑みが零れるハーシェリク。そんな彼に付き従うように待機していた隣の人物が、顔を覗き込んだ。

「ハーシェ、どうした?」

 ハーシェリク以外には聞こえない小声で、彼は話しかけた。
 まずハーシェリクの目に飛び込んだのは、鮮やかな夕焼けを連想させる髪。橙色に金がメッシュのように混じった色の肩につかないくらいの長さの髪は、普段無造作に後頭部で一つに結ばれているが、現在は丁寧に項で上質なリボンで纏められている。整った顔には少し垂れ気味の青玉のような瞳嵌っている、温和な雰囲気を醸し出す青年だった。
 彼の名はオクタヴィアン・オルディス。グレイシス王国を代表する元将軍、烈火の将軍と呼ばれ他国から恐れられているローランド・オルディス候の三男であり、ハーシェリクの筆頭騎士である彼は、ハーシェリクからオランジュやオランと呼ばれている。

「なんでもないよ、オラン。思い出し笑いしただけ。」
「ならいいが……なんかあったら言えよ?」

 そうオランは言うとハーシェリクの横で姿勢を伸ばす。本日のオランも他の貴族達や高官達と同様着飾っていた。とはいっても決して華美ではない。刺繍が施された紺色の衣装は、背が高くやや他の騎士と比べれば痩せているようにみえるが、訓練で鍛えられた体躯の彼にとても似合っていた。ただその腰には服装にもこの場にも不釣り合いな、装飾が一切施されていない剣が佩いである。それは彼が長年愛用してきた剣であり、筆頭騎士である彼が警護担当の騎士の他に唯一この場に武器を持ち込める存在だということを証明していた。

「わかっている。それよりオラン、私の会いたかった方々との挨拶はほとんど終わったよね?」

 そうハーシェリクは言ってあたりを見回す。何人かの貴族、高官がこちらの様子を窺っていたが、ハーシェリクと目が合うと慌てて視線を逸らした。その様子にハーシェリクは満足そうに微笑む。

「ああ、一通りな。」

 オランも頷きつつ視線を周囲に走らせる。ハーシェリクと同じように、オランに睨まれた人物は視線を逸らした。そんな彼らの背後に影が出現する。

「戻った。」
「お帰り、クロ。」

 ハーシェリクの背後から声がかかる。他の人間だったら、気配もなく背後から声をかけられたら驚き飛び上がっただろうが、王子とその騎士は慣れたもので微動せず、もちろん振り返りもせずその人物……ハーシェリクの筆頭執事であるシュヴァルツことクロを迎え入れた。

 ハーシェリクにクロと呼ばれた青年は、艶やかな黒髪に暗い紅玉を思わせる瞳、鍛えられたオランとは違いしなやかな体躯の持つ、雰囲気に影のある人物だった。本日も執事に相応しく黒を基調とした服装で纏めているが、その服の下には、なにもないように見えて複数の暗器が仕込んであるのだろうとハーシェリクは予想する。彼は元凄腕の密偵であり、武器を隠し持つなどボタンを留めることと同じ普通のことなのだ。過去の経歴からか影のある雰囲気がミステリアスと女性には人気が高い。

ちなみにオランは優しげな雰囲気と騎士の鏡のように紳士的なところがいいと人気である。まるで太陽と月の様に対照的な雰囲気を持つ二人だ。

「遅いぞ、黒犬。」
「口を閉じとけ、不良騎士。」

 二人とも表情はそのまま言い合い、その様子にハーシェリクは苦笑を漏らす。彼らが出会って一年と半年がすぎた。二人のこの程度の軽口は日常茶飯事であり、これが彼らのコミュニケーションの取り方だと慣れてしまった。傍から見れば仲が悪いように見えるが、お互いに実力を認めて信頼しているようにも見える。ただお互いに信頼していると口が裂けても言わないだろうが。

「お疲れ様クロ。どうだった?」

 このままだとまた口喧嘩が始まりそうだった為、ハーシェリクが口を挟む。

「一通り確認した。皆約束を守っているようだ。」
「そう、ならよかった。」

 クロの返答に満足し、ハーシェリクは極上のお菓子を目の前にした子供のような顔になる。事情を知らない人物からみたら無邪気な子供の笑顔だが、事情を知る彼らにしたら邪気塗れな笑みである。

「私も心苦しいことをしなくて済む。」

 ハーシェリクはそう呟き、やや芝居がかったように技とらしく胸を撫で下ろした。

 彼はここ一年半の事を思い出す。
 薬と孤児院の事件の後、何もなかった。何もなさ過ぎて不気味だった。大臣一派も、薬事件に関与していたとみられる教会側からも一切接触がなかった。

(嵐の前の静けさ、としか思えない。)

 何事もなく一か月が過ぎたあたりで、ハーシェリクは行動を起こすことした。

(虎穴にいらずんば虎児を得ず、だ。)

「ごめん、二人とも。巻き込むから。」

 そう筆頭達に宣言したハーシェリクは行動を開始した。
 筆頭達をお供に西に困った国民がいると聞けば飛んでいき助けの手を差し伸べ、東に悪事に手を染める貴族がいれば証拠を持って笑顔で追い詰める。印籠代わりの銀古美の懐中時計を手に、腹心二人を引き連れ、兄と筆頭騎士の実家にちょっと口裏を合わせてもらい、まるで前世の某時代劇の如く世直しを始めた。

「相手が動き出してからじゃ遅い。だったら向こうが仕掛けたくなるくらい目障りになってやろうじゃないか。」

 ハーシェリクは人の悪い笑みを浮かべてそう腹心達に言った。やっていることは決して悪いことではないのに、なぜか悪役が似合うと思ったが口には出さなかった筆頭達である。

「人助けもできるし一石二鳥でしょ。それに……」

 薬の事件で矢面に立ったのは第一王子のマルクスだった。つまり関係者にとって、表向き一番の危険人物はマルクスである。それは本人も危険を承知で矢面に立ったし、第一王子で有り強力な後ろ盾がある彼は身の危険はハーシェリクと比べて低い。だが低いというだけで危険なのは変わりない。ハーシェリクは自分も前に出ることにより、危険の分散を試みたのだ。

 その事について一度マルクスに叱られたハーシェリク。

「マーク兄様、私も兄様が大切です。いくら後ろ盾があるからと言って、敵がそのことを考えなくなったらどうするんですか。それに兄様は第一王子だから気軽に行動できないでしょう?」

 逆にハーシェリクがマルクスを諭すという結果になった。
 ということで表向きは温和な末の王子。裏ではお供を引き連れ世直し道中。本丸は尻尾を出さないが、こちらもやられてばかりではない。弱みを握った貴族達は逆らわないように脅し、真っ当な仕事をさせ、自分のことは口外しないようにする。助けた国民達にも自分の正体は誰にも言わないよう念押しする。正体はわからずともハーシェリクを知る敵は、知っているならば不可解なこの行動をするハーシェリクが目に付くのだ。それがハーシェリクの虎穴を入らずんば虎児を得ず作戦、略して虎穴作戦である。虎穴作戦はまこと密やかに進んでいた。

 そして本日、脅した貴族や高官達一同が出席するこの宴はハーシェリク達にとっては絶好の、相手貴族一同にとっては最悪の機会となった。ハーシェリクは脅しが効いていることを確認するのと同時に、もう一度脅しをかける。脅しと言ったら聞こえは悪いが、されている側にしては立派な脅しだろう。

 怯える彼らに「お元気ですか?」と長年培った営業スマイルで言うだけで、彼らは勝手に圧力を感じて肝を冷やすのだ。余りにも自分を恐れて近づいてこない者もいた為、クロに行って確認してもらったのだ。クロは多数の人が犇めくこの会場で、難なく確認し戻ってきた。きっと彼の事だからこっそりと圧力をかけてきてくれただろう。

 ハーシェリクは自分の側で控える二人を見る。
 彼らは虎穴作戦を完璧にこなしてくれた。

(本当にクロもオランも自分には勿体ないくらい優秀だよね。)

 ハーシェリクは優秀すぎる二人に頼もしさを感じつつ、自分が情けなく隠れてため息を漏らす。

 クロは裏では『影の牙』と異名を持つほどの凄腕の密偵。戦闘能力はもちろん、情報収集能力はピカ一。
 オランもさすが元将軍の息子というべきか、武術に関する全ての事が他者を圧倒している。剣だけでなく槍などの武器の扱いはもちろん、馬術や戦術の能力も高い。

 そんな才能あふれる二人の主であるハーシェリク。彼はいたって普通、というかなにもなかった。
 小説でよくある転生した主人公補正が悉く全滅。運動能力も人並み以下、戦闘センスなんて壊滅的、魔法なんて元となる魔力自体がないし、これといった特殊能力もなくあるのは第七王子という肩書と前世からの知識や経験、そして一般人よりは整った容姿のみ。その唯一の取り柄と言ってもいい容姿さえ、兄弟の中では霞んでしまう程度のものだ。

「ハーシェ? 気分でも悪いのか?」

 急に黙ったハーシェリクにクロが心配そうに声をかける。その言葉にハーシェリクは我に返ると首を横に振った。

「ううん、何でもない。じゃあ用事も終わったしもう遅いから戻ろうか。」

 ポケットから取り出した銀古美の懐中時計を開くと、既に時間は夜の八時を回っていた。いつもならまだ子供ということで一時間前には部屋に引っ込んでいたんだが、本日はみなさんに挨拶というなの脅しがあった為、ずいぶんと夜更かしをしてしまった。

「子供はもう寝る時間だしね。」

 わざらしく言うハーシェリクに、腹心達は吹き出す。二人ともハーシェリクが見た目通り無力な子供ではないとわかっている。だがハーシェリクがしばし都合よく子供ということを利用することも知っていた。

「クロ、悪いけどルークさんに連絡いれといて。急に消えたら父様は心配するから。ルークさんに伝えとけば問題ないよね。」

 そう言い椅子から降りるハーシェリクに一つの影が近づいた。

「殿下! ハーシェリク殿下!」

 部屋に戻ろうとしたハーシェリクを、貴族の男が一人駆け寄り引きとめた。
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