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転生王子と白虹の賢者 作者:楠 のびる

第六章

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第六章 デートと花達と存在意義 その三

 周囲を建物に囲まれた小さな広場。普段は子供や主婦達の溜まり場となっているその場所は、中央に大きな樹木がありその側にいくつかのベンチが配置されているだけの場所だ。
 いつもなら城下町の人々の憩いの場になっているが、夕方が近い今の時間帯は、人一人いなかった。

「疲れていませんか?」

 城下町に入った時と比べ暗い雰囲気となってしまった一行に、ハーシェリクは勤めて明るく言う。だがその努力も無駄に終わる。

「ごめんなさい、ハーシェリク様……」

 俯いたままヴィオレッタが言葉を紡ぐ。今にも泣きそうな声を出す彼女にハーシェリクは穏やかな声で答えた。

「ううん、気にしないで。彼らが言うとおり、僕達王族は彼らに負担を強いているんだから。」
「だけど!」

 ヴィオレッタは自分の幼稚さが恥ずかしかった。あそこで声を荒げれば騒ぎになるとわかっていた。それでも王族を、ハーシェリクを馬鹿にするいいように我慢ができなかった。
 だがその結果、ハーシェリクに頭を下げさせることとなったのだ。

「ヴィオレッタさんが僕たちの為に怒ってくれたって解ってます。ありがとう。」

 微笑むハーシェリク。だがそれはヴィオレッタの続く言葉を完全に拒否していた。

 国の責任は王の、そして王家の責。部外者であるヴィオレッタが立ち入るべきではない。たとえその責が彼らとは別の者が原因であっても、王家の者は逃げることは許されない。

 ヴィオレッタは年齢の割に聡い。それは貴族の令嬢に生まれそういう空気に触れて来たからだ。そして聡明な性格はハーシェリクの心情も察知していた。だからそれ以上言葉を重ねることはできなかった。

「日も傾きましたしここで休憩をしたら城に戻りましょうか。僕疲れちゃいましたし、お菓子も食べたいですし。」
「ハーシェリク様、私さきほどあった売店のジュースを買ってまいります!」

 ヴィオレッタが張り切って立候補する。本来なら男である自分が行くべきだが、今にも飛び出して行きそうな彼女にハーシェリクは譲ることにした。
 それにジュースを買いに行くことで、彼女の気が紛れるのなら安いもんである。


「わかった。オランジュ、一緒に行ってもらえる?」
「了解しました。」

 オランは頷き彼女と共に出かける。それを見送りハーシェリクはベンチへ腰かけた。シロも別のベンチへ腰かけ、この場にいる者で立っているのはジーンのみだ。

「ジーンさんも座ったらいかがですか?」
「……殿下は城下の皆さんに慕われているんですね。」

 立ったままジーンはハーシェリクに言う。さりげなく自分の言葉は無視されたが、ハーシェリクは彼女の言葉を苦笑して受け取った。

「慕われている、というか構ってくれているんですよ、みなさんいい人達だから。」

 そして苦笑が寂しげな表情に変わる。

「それに僕が王族だと知らないから。」

 彼らは自分の正体を知らない。リョーコという貴族の若様として接してくれている。もし自分が王族と知ったら、彼らはどう思うだろう。受け入れてもらえる、なんて楽観的で希望的な事は考えられない。

「僕が王子だと知ったら、きっとみんな離れてしまいます。」
「……ならなぜ、おまえはそこまでして城下町に来る?」

 沈黙をしていたシロが口を挟む。

「見たところ、日常的に城下町に来ているんだろう。今日みたいな場面に遭遇するのも初めてではないはずだ。」

 シロの言うとおり、ハーシェリクは今回が始めではない。耳が痛くなる話は何度も数えきれないくらい聞いてるし、場面も遭遇している。

 国への不平不満
 上流階級への侮蔑
 騎士や兵士、警邏の横暴
 それらは最後、全てが王家の批判へと繋がった。

「自分から傷つきに行く必要はない。」

 シロが吐き捨てるように言った。

「嫌なことは目を瞑ればいい。聞きたくなければ耳を塞げばいい。」

 人間は選択することができる。シロはいつもそう思う。自分に不要なことは切り捨てればいい。

(そうすれば傷つかなくてすむ……全て消えてしまえばいいのに。)

 その言葉はシロが自分自身に言い聞かせているようにハーシェリクには聞こえた。それに自分にとっても甘い言葉だった。だけどハーシェリクは首を横に振る。

「うん、だけどね。僕は王族だから。」

 それがこの世界に生まれた自分の存在意義。
 だからシロの甘い言葉を受けいれることはハーシェリクにはできない。
 ハーシェリクは立ち上がり歩き出す。

「ハーシェリク殿下?」

 いきなり動き出したハーシェリクにジーンは声をかける。だがハーシェリクは歩みを止めない。

「毎日の食事も着ている服も、全部国民が毎日働いてくれているから手にできるもので、僕には彼らにできる事は今のところない。」

 彼らが納めてくれる税金が、衣食住を与えてくれる。でも自分にはそれを返すすべはない。
 ピタリと歩みを止め、振り返る。その位置はジーンとシロ両人が見ることができる場所だ。

「見たくないから、聞きたくないからと目を逸らしちゃいけない。僕にはその義務がある。」

 彼らの声は国の声、彼らの嘆きは国の嘆き、そして彼らの喜びは国の喜びなのだ。
 どんな言葉にも小さな呟きでも聞き逃してはいけない。全てが無理でもその努力を惜しんではいけない、とハーシェリクは思う。

「……別にお前がやらなくていいだろう。誰も求めていない。」

 絞りだすようなシロの言葉。彼の中で何かが戦っているようだった。ハーシェリクは彼の言葉を否定する。

「求められたからじゃなくて、僕がやりたい。」

 誰か命令されたからじゃない。感謝されたいわけでもない。自分がやりたい。自分が守りたい。だから、とハーシェイクは言葉を続ける。

「だから、私の邪魔する者、私の家族を傷つけようとする者には容赦しない。」

 いつものハーシェリクには考えられない冷めた声だった。春の日差しと例えてもいいくらい温和で和やかな雰囲気を纏う末王子。だが今は極寒の地の肌を刺すような冷たい空気を彼は纏っていた。
 ハーシェリクに見据えられた二人が言葉も発せられず、動くこともできない。その空気を破る様に明るい声が響く。

「ハーシェリク様!」

 ハーシェリクは先ほどの雰囲気を霧散させると、ヴィオレッタのほうを向いた。

「ヴィオレッタさん……オランジュ!」

 いつもの温和な笑顔を向けたハーシェリクの表情が固まる。そしてすぐに自分の騎士に注意を発した。
 その時点でオランは手に持っていたジュースの入ったコップを宙に投げ、剣を鞘から抜き放ち背後に迫っていた凶刃を受け止める。金属と金属がぶつかりあう音が響き、ヴィオレッタが振り返り固まる。ヴィオレッタを背後に庇いつつ、オランは相対する者を睨みつけた。

「破落戸なら去れ。今なら見逃してやる……だが、この方を誰かと知って襲ってきたら容赦はしない。」

 それはオランの相手への最後の警告だった。オランの言葉を無視し、相手は交差した剣を一旦引くとすぐさまオランに斬りこむ。激しい斬撃全てをオランは受け止め弾く。
 ただ反撃に転じないには背後の人物がいたからだ。それを察したハーシェリクは叫ぶ。

「ヴィオレッタさん、早くこっちへ!」

 ハーシェリクの声に我に返ったヴィオレッタもコップを手放し、その場から離れようとする。ハーシェリクの元まで十歩をきった時、別の襲撃者が現れた。この場所は四方に通路がある。その建物の陰に隠れていたのだろう。

「ヴィオレッタ!」

 ハーシェリクが襲撃者を視認した瞬間、その場から駆け出す。そしてヴィオレッタに手を差し出した。彼女が自分の手を掴むと同時に力任せに引き寄せ、彼女を抱きとめる。

「ハーシェリク様!」

 ヴィオレッタが悲鳴が広場に響いた。ハーシェリクはその悲鳴さえも抱え込むように彼女を抱きしめ、そして襲撃者に背を見せる。襲撃者の手には光るナイフが握られていたのだ。

 襲撃者はナイフを王子に突き立てようと迫りくる。

 ハーシェリクが痛みを覚悟した時、一陣の風が吹いた。そのあとに何かが激突した音とくぐもった男の声。
 ハーシェリクが恐る恐るそちらを向くと、襲撃してきた男が遠く離れた建物の、亀裂の入った壁の下で完全に意識を手放していた。オランを確認すると彼の足元にも破落戸の男が倒れていた。

「……雑魚が。」

 ハーシェリクが声のした方向を見る。本来純白である彼の髪が、薄い緑色に光っていた。
 彼が魔法で助けてくれたことは一目瞭然だった。

「ありがとう、シロさん。」

 恐怖でしがみ付くヴィオレッタの頭を撫でつつ、ハーシェリクは彼にお礼をいったのだ。







 空には星が輝いき始めた時刻、ハーシェリクは姉妹を送りだす為正門まできていた。
 襲撃者は暴漢ということで警邏に引き渡し、無事に城に帰還を果たした一行。すでにシロは教会に帰り、今日最後の客人達を見送っていた。 

「今日は危ない目にあわせてすみませんでした。」

 ジーンにハーシェリクは謝る。ヴィオレッタは疲れと恐怖で寝込み既に馬車の中である。
 ちなみにヴィオレッタは寝込む前、ハーシェリクに「これからもヴィオレッタと呼んでくださいませんか?」と言われ、危険な目にあわせた負い目があるハーシェリクは了承した。それを聞いたヴィオレッタは安心して眠りに落ちて行った。

「いえ、殿下こそ……」

 そう言ってジーンはハーシェリクを気遣う。そう言いつつジーンの顔色は悪いのだが、彼女は気丈にふるまっていた。

「……殿下は、どうしてそんなに強くいられるんですか?」
「強い?」

 ジーンの問いにハーシェリクは首を傾げる。

(どこが?)

 ハーシェリクは自分の身体を見下ろす。何度見ても筋肉が付きにくい貧弱な体だ。再度首を傾げつつ、何度思い返してもハーシェリクは自分の強さに思い当たらない。

「ええ、とても強いです。」

 その内心を見透かしてか、ジーンは言葉を重ねる。再度考えるが思い当たらず、ハーシェリクは困惑する。

「ジーンさん、僕は強くないですよ。貧相な体ですし。」
「ちがいます。体格ではなく……心や意志がとても強いと思います。」

 ジーンの言葉に言外に貧相だと肯定されちょっと落ち込む。

「それこそ、強いわけではないですよ。」

 ハーシェリクは苦笑しつつ言葉を続ける。

「いつも間違っているんじゃないか、やめてしまおうか、そう考える事だってあります。」

 いいわけではないが、時々疲れてしまうこともある。だけど、思い出すのは過去、自分に託して逝った彼の思い、その道しか選べなかった彼、そして自分を信じ支えてくれる人達。

 自分の願いはただ一つ、この国を変える事。世界を変える事。後悔はもうたくさんだ。だから自分は後悔をしない為、自分の願いを叶える為に進む。

「僕はもう後悔はしたくないんです。」

 そう答えるハーシェリクは、後ろ暗さはまったくない。ただ己を信じ、仲間を信じ、突き進むのみ。

(自分では強いと思わない……だけど自分の願いの為に進む力。それが殿下の強さ。)

 自分とは正反対の、自分を持つ強さ。

(彼はきっと取り込めない。自分を偽るくらいなら死を選ぶ。)

 ジーンは深々と一礼し、馬車へと乗り込むと城を後にした。



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