化け猫の集いは明日もまた
年を重ね過ぎた猫は、猫又という化物に変ずる。
兄貴分であるトラにそう聞いて以来、タマは自分が猫又になる日を夢見ていた。けれどタマの齢は五。若いというほど若くはないが、猫又になるにはまだ早いらしく。もっとも、兄貴分のトラがまだ普通の猫なので、早いのは当り前なのだが。
いつも通り陽だまりの散歩道を抜け、トラとの待ち合わせ場所に急ぐ。何をするわけではないけれど、日向ぼっこをしながらトラと他愛のない話をすることが、タマにとっての日課だった。
家猫のタマは、夜の集会に出たことがない。
だからこそ、野良猫のトラに聞く色々な話が、タマにとって興味深く新鮮なのだった。猫又の話など、家の人間は教えてくれない。朝方のカラスとの攻防の話や、隣町の強いボス猫の話。どれもこれも、聞いているだけでわくわくする。
人間には通れないだろう細い路地を抜け、駐車場へと向かう。日中ほとんど空いているそこは、タマたちの憩いの場所だった。
「ごめんね、遅くなっちゃったよ」
言いながら、しっぽを一振り。そのまま、大きな身体のトラ猫の元へ。
「いいって、気にするなよ、タマ」
振り返りにっこりと微笑むトラは、今日も貫禄に溢れていた。
トラ柄のトラは、ここいら辺のボス猫だ。タマよりも二回りほど大きな身体に、筋肉質な太い脚。何でも知っている博識ぶりは、タマにとって憧れそのもので。
「ねえねえ、トラはまだ猫又になんないの?」
自分はなんて小さいのだろう、と、タマはいつも思う。家に帰らずに過ごせば、トラのようになれるのだろうか。そう考えてはいるものの、夕方になると、自然と足が家に向いてしまうのだった。
タマが帰らないと、家のみいちゃんが寂しがるから仕方がない。トラと過ごす時間も大切だが、タマにとって、みいちゃんは大事な家族なのだから。
「そろそろ、かな」
駐車場の端に置かれたご飯と水の容器を見ながら、ぶっきら棒にトラは言う。あまり嬉しそうでない口調に、タマは小さな不安を覚えた。
「嬉しくないの?」
トラの見つめる先に視線を送り、タマが問う。容器の中の水が滴り、地面に大きな染みが出来ている。
猫又になるのは素敵なことだと、タマは信じていた。猫又になれば、化物になれば。今よりももっと大きく、隣町のボス猫よりも強い、トラのように格好良い猫になれる、と。
「うーん。まあ、なるようにしかならねえな、と」
けれど呟くトラの身体が、いつもより小さく感じるのだ。居た堪れない気持ちになり、タマはそっと目を逸らす。勢い、青く晴れた空を見上げた。雲ひとつない、澄み切った空。遠くで黒い鳥が飛んでいる。
「タマ」
おそらくは、カラスだろう。黒く大きな身体を持つ鳥は、カラスという名前のはずだ。食事を巡っての攻防の話を思い出し、タマは少し、気持ちが軽くなった。
トラたちとカラスの攻防は、カラスの全敗らしいのだ。空が飛べて大きいのに、カラスはあまり強くはないようで。
「何?」
猫又になれば、空が飛べる。トラが猫又になったなら、もうカラスは手も足も出せなくなってしまう。そう考えると、無性に可笑しくなった。
「オレはもうすぐ猫又になるけど、オマエは元気でいろよ?」
猫又になれば、普通の猫には姿が見えなくなるらしい。
トラと話せなくなるのは寂しいが、タマが猫又になる頃には、また仲良く話せるはずだ。忘れなければ。覚えていれば。
「判ってるよ」
それまでの我慢。少しの辛抱。
早く猫又になりたいと、タマは切に願っていた。けれどなってしまったら、みいちゃんとは遊べなくなる。だからそれまでは毎日家に帰り、毎日みいちゃんと仲良く過ごそう。一所懸命家族と過ごし、そのあと猫又に変ずるのだ。
「じゃ、ま。明日にはもうオレ、猫又になってるかもしれねえけど」
「うん」
どうして年老いた猫が猫又になるのかを、タマは知らない。
「タマ。せっかく飼われてんだし、飼い主と仲良く長生きしろよ?」
「うん」
猫又が何を意味しているのかを、トラは知っている。
「今のオレより長く生きて、とにかく立派な猫又になれよ? な?」
「うん」
澄み切った青い空の下、二匹、仲良く過ごす時間。
明日もまた日課として、タマはここを訪れるだろう。猫又となり消えてしまった、トラを探して過ごすだろう。
いつしかタマが死期を悟り、猫又になるその日まで。