人は必ず失ってはならないものがある。
それは人それぞれに違うけれど、人それぞれに分かれているけれど、人それぞれに望んでいない物かもしないけれど。それでも人は失ってはならないものがある。
これは「人の絆を深める」物語。
……ものすごく嫌な気分で、それでもなんだか起きなければならないと言う、「普通」の日常を歩む自分が其処に居た。
世界はひとつじゃない。
その答えに辿り着くまでにどれほど時間が掛かったか。……しかし自分は糸も簡単にその答えをずっと握っていた。その答えを握り壊そうとはせず、ただ握っていただけだ。何も考えずにそれを余していた。「宝の持ちぐされ」などと言う言葉もあるが、これは宝ではなく「答え」だ。自分は興味すら持てなかった。
「……」
布団を握り締めて、強く唇を噛み締めた。
どうして世界は自分の心一つで180°価値が変わるのか。
いつもと同じ朝。いつもと同じゆったりとした生温い風。いつもと同じ時刻。いつもと同じ部屋の香り。いつもと同じ虫の合唱。そして、いつもと同じ気分。
この世界は狂ってる。
だって世界は一つじゃないから。だから世界=地球とかそんなんじゃなく、自分のなかでの世界、それを私は自分自身で否定する。可笑しいんだよね。自分の内の世界は否定したら自ら壊して創り直す。もちろん、続けてやれば何時しか自分の世界を大事に思い始めて、もしくは世界は此処だけでいいと考える、いわゆる「引きこもり」になる。だから、それを毎日ずっと私は可笑しい。狂ってる。だって繰り返してる。ループって知ってる? 私はずっとそれの中を彷徨ってる。
抜け出せない永遠に続く迷路。
私を助けて。「普通」と言う地獄から。
「貴方は生きたい? それとも死にたい?」
突然の声に私は起き上がった。今までにないこと。今までに訪れなかった「普通」の中の「特殊」だった。けれど……
其処には誰も居なかった。
「……私も、狂い始めたわけ……」
すっと布団を何時の間にばら撒かせるほどの、自分自身を見失わせるほどの「興味」が一瞬にして奪われた。何時しか私も自らの「夢」に喰い殺される訳か。
自らの夢に喰い殺される。それは自らの夢に取り込まれるのと同じ。自身暗鬼に陥る、とでも言われる。少なくとも、今の私は違うと感じてる。
「……結局は抗えない。だって――」
「私は矛盾してるから?」
さっきと同じ声。今の声は何所からか。しかし、誰も居ない。居るのは自分だけだ。そう、居るのは自分だけで気配が無いわけじゃない。研ぎ澄ませれば分かる。何か居る、って。
「なんて言っても分かるかって……」
自分で納得してしまった。だって見えない=信じられないに私は繋がってしまうタイプだから。タイプは性格とか体格をみて判断する、「各」のこと。もちろん、辞書とかで引いてみれば違う答えが返ってくるかもしれない。現に勝手に私が解釈しているだけだから。
そしてタイプは重要でもあり重要では無い物でもある。
人それぞれ違う、と言ういわゆる「特殊」と思いがちだけれど、ただの変わりようの無い「普通」、または「日常」。私のタイプもそれのひとつ。
世界には何億、……幾重にも構成され幾億の生命が育まれている。だから自分と同じタイプは一人や二人は居るから、私もまた「特殊」ではない。
それが嫌だ。
人が歩むべき道を歩んで何が面白いのか?
ゲームだって、読書だって、勉強方法、睡眠時間、起床時間、全部個人によって定められてるけれど、それは世界の誰かと同じ行動かもしれない。……もしくはそのとき何人もの生命を落としたものも居るかもしれない。
だけれど、人は何をしようとも自分以外のことなどどうでもいいのだ。
現に人は自分が優位に頂点に立ちたいが為に友を蹴落とすではないか。人の悪口を言うではないか。人を傷つけるではないか。表と裏の仮面を被っているではないか。行動全てが自分の為で、友達のことなど動でもいいではないのか。そして私は思ってしまう。
――それの何がいけないんだ?
自分が優位に立ってはいけないのか。頂点に立ってしたいことをしてはいけないのか。人にぶつけたい思いがあったら我慢して、我慢して……そして耐えられなくなって自殺でもするのか。
私はそんなのは嫌。
だから「普通」なんて要らない。
「特殊」を。
「日常」を「非日常」に変えて見せて――
「……分かった」
返事がした。背筋が凍る。息が、詰まりそうだ。呼吸が上手くできない。風が窓から入り込んで去っていく。
ゆっくりと振り返る。
「貴方が……?」
……風に揺れる白髪と混じったピンク色の髪。余裕に肩につく髪が何とも良い。紫色の瞳が微かに黒味を帯びている。金の模様が施された白いローブのようなものを着て、其処に彼女は座っていた。
紫色の瞳が私を捉えていた。
「……っ」
「安心してください。危害は加えません」
丁寧とした口調。年齢は十四、十五に見えるぐらいだが、そのはっきりとした口調はとてつもなく私にはプレッシャーを与えていた。
私はすっと自分の格好がどれほど相手を侮辱していたかを改めて知った。ぶちまけられた布団に、それに座り込んだ自分。すっと自分の顔が熱く、そして紅潮していくのを感じた。
「……私の用件をお伝えしても宜しいでしょうか?」
「え? は、はいっ」
「では単刀直入に」
そう言った瞬間に、間をわざと空かし溜め込んで、彼女は言った。
「――…貴方は殺されました」
驚愕した。恐怖と驚き、いろんなものが一瞬にして体を突き抜けた気がした。
私が、殺された? 誰に? 何処で? どんな風に? どうして? いろんな疑問が頭の中をぐるぐると回り、支配していた。何故私が殺されなければならないのか。私が何をしたのか。
でも、そんな恐怖や驚きよりも少しだけ……一方的に思う。
じゃあ私はどうして此処にいるのか。
「分かったようですね」
「……どういうことですか?」
「簡単に言えば貴方は殺されました。そして貴方は今此処に居ます」
目を細め、彼女は言った。
「私と“契約”しませんか?」
契約とは――相対立する意思表示の合致によって成立する法律行為である。よくある漫画や小説やアニメに出てくるものでも出てくる言葉。何かと何かを結ぶ役割をもつだとか、いろいろある。
「貴方が望む「特殊」についてもお話しましょう。どうしますか?」
どうする、ではない。ちゃんとした内容すらも聞かされていないのに、はい、などと勝手に言えるものか。でも――
「……勝手にして」
「……本当にわかって仰っていますか?」
「分からないからやるのよ。私はもう飽きた。「普通」じゃない「特殊」が良いの。誰とも違う道を歩んでみたいの……」
分からない未知の世界を知る時、初めての戦い、初めての友達や部活。楽しいと聞かれれば頷いた。けれどももう駄目なのだ。もう、飽きてしまった。誰も同じことだけを持ち、周りに合わせる。それがもう嫌になるくらい嫌いになった。人と同じ道を歩んで、そして死ぬなんて。
それこそ残酷じゃないのか?
人の道を歩んで何が楽しいの?
何時しか私は自ら孤独になりたがっていた。それはきっと自分の本当の目的を知ってしまったからだと思う。そう、「特殊」でありたいという。
「さぁ言って? その“契約”の代償と内容を……」
少し彼女は黙り込んだ。そして私を見つめて言う。
「――…貴方の心を」
その内容はあまりにも要らないもので無くしてはならないものだった。
心とは――人間の体の目に見えないもの。そう称しているが私は思う。心とは根本的にあることを指している。それは他でもなんでもない。
そう……自分自身のことだ。
自分自身に潜むある意味「精神」とは「心」だと思っている。そして精神は脳があって存在しているので、やはり脳が心か、といわれればそれは違う。
心なんてありはしない。
心と称して自分自身が要るだけだ。
私はずっとそう思ってた。だからこの契約は自分自身を渡すようなこと。
「いいよ、奪って」
体から何かが抜けていく気がした。すこしずつ何かが縮まっていく。それが何かとかしか言いようがない。少しずつ体から力が抜けてきた。視界も悪くなっていく。瞼が閉じようとしているのだ。少しずつ視界が霞み、そして瞼が重く、閉じていく。それと同時に布団に覆い被さるように私は倒れた。
倒れたという実感はあるのに、目覚めたくない気分。
そして頬に添えられた小さな手が優しく私を撫でる。
「“契約成立”です。内容は簡単。ただ貴方が――……」
―――三年後
風を斬る音がした。それと同時に血飛沫を浴びる。紅い血は鮮やかで私の瞳に映る。頬に浴びた血を手で触ってみる。指に付いたその雫を眺めると直ぐに隠すように拳を作った。
「……慣れてきたようですね」
背後からの声は彼女の声だ。振り返ることをせず、そのまま黙り込んだ。
「貴方は三年前に私と“契約”をした」
まるで物語のように彼女は語り始めた。
「そして……貴方は私と同じになった」
物語はさらに進む。
「後悔はしてませんか? “死神”になった貴方は」
物語はそこで第二章へと話を変える。
私は彼女の言うとおり、人である「普通」から死神と言う「特殊」へと変わったのだ。もちろん彼女も“死神”だった。それは嬉しいこと。やっと「普通」から「特殊」になったのだから。
けれど、その実感すら私は感じることが出来ない。
なぜなら私には「心」が無いから。心が感情を表しているとは思ってはいない。でも、何故だろうか。「心」が無いからなのか分からない。何故か、何かをなくしてしまったかのように見える。
「してない。それどころか嬉しいの」
嘘か本当かなんて分からない。
「私はこうやって人をこの鎌で刈るから、人がどれだけ「普通」すぎて脆いかなんて分かる」
肩から足元までに及ぶその大鎌を愛おしいように触る。これを振り下ろすだけで、人の自然から受け継ぐ大切な生命が刈り取られる。
そして私がこんな風になるのはそんな死に方なんて嫌だから。……けれど私は誰かに殺されている。その誰かも知りたい。
そして生きているのならば、私は思うがままに振り下ろすだろう。
「貴方は自分を殺した相手も殺したいのね」
「50点だね。私は奴を殺し、そして死神の“時間操作”であえて奴が生きているように見せ付けるの。そして、楽しくなった瞬間に戻すのよ」
「もう心も死神ですね」
彼女はくすり笑った。彼女と会話している内に何時しか新たな依頼が来たらしい。
黒い鳥のようなものが何時の間にか自分の肩にとまっていた。黒い鳥は鳥の形をしていて、紅い宝石を持っていてるような感じで、何時も依頼を届けてくれるのだ。
依頼とは――人の頼みごと、人から頼まれること、と自分は解釈している。そして私“死神”についての依頼ということは簡単だ。人を殺せということ。
「死神できることはただ刈るだけ……」
「だから無駄なことはしない」
彼女は私の微かな呟きを聞き取り、そう応えてくれた。
「行きなさい。今回はとても重要です。貴方に関係のあることですから」
静かに告げた。
下界に降り立つのはやはり慣れないものだった。“死神”は本当に限りなく少なく、だが射てもいい場所として簡単に言うと“死神界”と言うものが存在する。なぜ死神にいい場所がないと言うのは簡単である。死神はほぼ霊的存在であるため、さらに霊でも質量が大きすぎる為に――世界のバランスが崩れると言うことであまり下界には長く居られないのだ。
だから早く終わらせる。
直ぐに降り立つと雨だった。冷たいなどとは感じない。
死神と言うかのように彼女とは違うローブを纏い、そして何故か仮面を被った。
「貴方は誰……?」
私が見えるものは純粋過ぎる魂を持っているか、死ぬ直前のものだけ。目の前に居る少女はもう死んでしまうということだ。それも自分と同じぐらいの、私と言う死神に。
それにしても……何故か目の前の少女が普通より少しだけ気になるのは何故だろうか。
「私は死神。おまえの魂を刈り取りにきた」
いつもと同じセリフを吐く。
「そうなの……」
「驚かないのか?」
「だって死神は悪を刈るものでしょう。私はそう解釈してる。そして私を憎む者は幾らでも居るからね。他の人から見れば私は悪なのね……」
違う、と言いたくなった。
死神は確かに人を殺す。だが、その人は死神にとってはどうでもいいが、人には悪などと言うことはない。ただ、純粋過ぎるから。
純粋すぎる心は悪に染まりやすいからこそ、死んだとき、又は死ぬ前に刈って置く。
だから貴方は悪くない、違うのと言いたくなった。
「話が早いなら越したことは無い」
すっと大鎌を構える。だが彼女は目を逸らさなかった。
「一つだけお願いを聞いて」
驚いたが、こんなにも簡単に受け入れてくれる人は居なかった。考えながらも頷いた。
ありがとう、と一言呟いて少女は言う。
「私は千佳って言うの。私の友達の咲って子が行方不明なの。だからっ! 彼女を助け出して欲しいの……っ!!」
その悲痛の叫び声はとても哀しく胸を打った。
そしてその言葉に含まれる名前が物凄く気になった。
まさか――チカ……香川千佳、咲……美空咲……のこと?
ドクン。
胸が、高鳴る。大鎌がいきなり重くなった気がした。体が震えだして、止まらない。何なのか分からない。でも何かが、何かが体を走り回ってる。ある場所を目指して。
シュッ。
風を斬る音がした。
すっと目の前の少女が倒れる。其処からは魂が無いのが直ぐに分かる。背後にはあの彼女が居た。
「何をしているのですか? 彼女は貴方の魂回収相手のはずですが?」
「……聴こえるの……聴こえるのっ! 私を呼ぶ声が何度も、何度も……っ!!」
「やはり貴方はまだ切り捨てられなかったのですね」
彼女はそういうと、直ぐに死神界へと私ごと転移させる。
直ぐに彼女は私の肩を支えてくれた。
「貴方はね、心を失った瞬間に記憶を失ったのです」
彼女の顔を見た。悲しい顔だ、見たことが無かった。
「貴方の名前は美空咲。そしてあの子は香川千佳。友達どうしだったのです」
じゃあどうして、と新たな疑問が浮かんだ。
「何故貴方が生きているのか、ですね。そう彼女は『行方不明』だと仰った。しかし実際は“死神”になったものはそのまま居なかったことになるのです。しかし、彼女が『行方不明』といえたのは、貴方と深いかかわりがあったから。……しかし、彼女もまた純粋過ぎる心を持っていた。かかわりのあるものどうしが死神になってしまうと、そこである共鳴が起こりうる。
死神は心が無いものだけがなれる。それも純粋過ぎる心を持っているものなのです」
つまり、言ってしまえば千佳は、私が忘れていても忘れないで居てくれたということ。嬉しいことで、そして居なくなったのに涙が出ない。
「だから言ったでしょう。『後悔はしてませんか?』と」
体が耐えられなくなって、そのまま崩れ落ちた。
涙が出ない。
彼女を思い出す前に何も言えなかったことが、なによりもつらい。
「貴方は「特殊」が良いと言った。だから死神にしようと思った。ですが、それが今となって鎖となって貴方を縛り付けている。分かりますか?
貴方はなるべきではなかったのです」
彼女の言っている事はもっともだ。私は何も構わずただ、でもやはり自分を見続けていた。彼女に私はなにもしてあげられなかった。せめて、自分自身の手で刈ってやるべきだったのだ。
「忘れますか?」
たった一言、彼女は告げた。
「私の力で貴方の記憶を全て消します。そして人であったことだけを残します。もちろん、貴方の名前を言ったりや強く残る出来事があったりすれば、記憶全ては蘇ります」
私は迷わず選ぶ。なら、と。
「私の記憶を消して……っ」
彼女は悲しい顔をして、あるものを渡した。髪飾りのようなもの。羽のような形をしている金色とピンクの模様が刻まれている。
「……彼女が持っていたものです」
私はそれをぎゅっと手に包んだ。そして彼女は私に大鎌を向けた。
「忘れろ。“永遠の眠り”」
あの日から、彼女――美空咲は人としての記憶を封印して今でも死神をしている。
あのことが彼女にとってどういうことだったのかはいまだに分からない。けれど、彼女は今でもきっと友達――香川千佳のことを覚えている筈だ。
―――なぜなら彼女は今でも……
「レースア!」
私の名前を呼ぶ彼女。そう、彼女には私の名前を教えておいた。それ以外にあげるものがなかったから。
レースア・ローフォン。それが私の名前。未だに本当の名かは自分でも分からないけれど。
「依頼に行って来る。もちろん、この髪飾りも一緒に!」
―――香川千佳の髪飾りを身につけているのだから。
Fin. |