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片道15分の恋人 作者:桜庭かなめ

恋人編

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5月2日(金)-①-

 午前八時五十五分。
 今日は健康診断なので、いつもよりも遅い時間に鳴瀬駅のホームに立っている。きっと、空いた電車で八神駅まで行くことができるだろう。あのメール以降、何も連絡はないけれどいつもの電車には乗らないことを栞にメールをしておいた。
 いつもの電車でなくても、先頭車両の一番後ろで待つのは一緒。もうこの場所が定着したな。
 僕の考えている仮説は一つも証拠がないものだけれど……僕の推理をある人物にぶつけるつもりだ。その仮説とは、今週の月曜日からの出来事を思い出して考え出したもの。正直、それは信じたくないんだけど、何故か真実味があって。
 この状況はもう今日で終わりにさせる。
『間もなく、一番線に各駅停車八神行きが参ります』
 さあ、今日も学校に行くか。
 八神行きの電車がやってきて、扉が開く。すると、そこには今日、僕が対峙すべき相手が乗っていた。
「おはよう、悠介」
「おはよう、亜実」
 亜実は僕の顔を見て嬉しそうに笑う。その笑顔の裏で、君は今何を考えているんだい?
 電車に乗ると、いつもより遅い時間帯であるため、車内は結構空いていた。畑町駅で降りる人が多ければ座れるんじゃないかという空き具合である。そんな中、僕と亜実は扉の近くに立つ。
 やがて、電車は鳴瀬駅を出発する。
「さすがにこの時間だと空いているんだね」
「そうだな。いつもこのくらい空いていれば良いんだけど」
 といいつつも、あの満員電車だからこそ、栞との距離が縮められた部分もあるため、決して嫌だとは言えない。
「偶然だね。まさか、悠介とここで出くわしちゃうなんて」
「……偶然、かぁ」
 さっそく、本題を切り出すのに良い言葉を言ってくれたな。電車の中にはあまり人もいないし、予定よりも早いが考えをぶつけてやるか。
「本当は僕が決まってここに乗っていたこと、知っていたんじゃない?」
「えっ?」
「ついでに、昨日よりも前に、僕には彼女がいて、その子が天羽女子に通っていることも」
 僕がそう言うと、亜実は一瞬焦った表情を見せたが、すぐに笑顔を取り戻し、
「……実は一度、見たことがあったんだよね。悠介が天羽女子の女の子……栞ちゃんと一緒にいるところを。仲睦まじい感じだったから付き合っているのかなって」
 嘘を付いている様子はないけれど、こういうことで僕から逃げようとしているのが分かる。何か感付いたみたいだな。
 こうなったら、核心となるところを話してしまった方がいい。
「ねえ、亜実」
「なに?」
 亜実は爽やかな笑みを絶やさぬまま、首をかしげて僕のことを見る。

「栞を追い詰めたのは亜実だろう?」

 さっきと同じく、一度は驚くもののすぐに笑顔に戻る。だけど、今のは必死に笑顔を作っているけれど。
「何を言い出すかと思ったら、あたしが栞ちゃんを? あたし、栞ちゃんのことを見たことはあるけれど、直接の面識はないんだよ? ていうか、どうしてそういうことを考えついちゃうわけ?」
 口元は笑っているけれど、目つきが鋭いものになっている。僕の考えが間違っていない何よりの証拠だ。眼は口よりも物を言う。
「……昨日、鏡原駅で栞とは会えなかった。その時、亜実は栞のことを諦めろって言っただろ。亜実は諦めるなんていう言葉を絶対に言わない」
 だからこそ、あの時から亜実が亜実だとは見られなくなった。そして、亜実は何を考えているんだろうと疑ってしまうようになった。
「そんな亜実でも、諦めろって言える状況がある。亜実自身が栞を追い詰めた場合だ」
 きっと、亜実は僕が鏡原駅の前で栞を待つことを嫌がったはずだ。栞が僕から離れさせることができたのに、僕が栞との距離を縮めようとしたから。僕を栞から離れさせるために、亜実は諦めろと言ったんだ。
「……仮にさ、あたしが栞ちゃんを追い詰めたとしたら、どうやって栞ちゃんの心を傷つけたわけ? 栞ちゃんとの繋がりは全然ないんだよ。考えがあるんだよね。ないんだったら、悠介でもあたし……さすがに許せないかな」
 その声は低く、威圧感があった。まるで僕を壁に追い詰めるように。
「謝るなら今のうちだよ?」
 笑顔を見せているけれど、笑っていない。ここで屈してしまっては駄目だ。
「……謝るのは亜実の方だよ。栞に対してね。それはお前自身が一番分かっているはずだ」
 周りの目なんて気にしなかった。
 ――ドン!
 僕は扉を叩いて亜実のことを追い詰める。そのため、亜実の顔との距離が物凄く近い。亜実の潤んだ瞳を見つめながら話し始める。
「こういうこと、前にもあっただろう? 月曜日、亜実に数学を教えるとき……僕はお前の目に入ったゴミを取った。今の僕達のことを端から見たら、恋人同士のように見る人もいるだろう。それと同じ原理でお前は写真を撮ったんじゃないか? 僕達が口づけをしているように見える場所から」
 あの時、亜実は僕のことを見上げる形で目を瞑っていた。例えば、その状況を僕の背後から見たら口づけしているように見える人もいるだろう。
「眼にゴミは入っていた。でも、それはわざと入れることだってできるだろう? 亜実は僕との顔を近づける状況を作り上げたんだ」
 この推測に行きついたそもそものきっかけは、栞が不安がったのはどんなときだったか考えたことだ。亜実の話題を出したときだけ、栞は不安そうな表情を見せた。そんな栞が僕と会わない方が良いと思うのだから、その理由は亜実が絡んでいるとしか考えられない。
「スマートフォンなどを使って、僕と亜実が口づけをしているように見える写真を撮ったんだ。そして、その写真を送ったのは火曜日の夜から水曜の朝までの間。写真を送った人物は天羽女子に通っている亜実の友達だろう。この推測が間違っているなら、僕の眼を見て遠慮なく言ってほしい」
 間違っているなら自信を持って違うと言えるはずだ。
 でも、亜実にはそれができないだろう。視線が泳いでしまっていて、決して僕と眼を合わせようとしない。
「違うなら違うでいい。それなら謝る。酷い言いがかりだから。とにかく、亜実には本当のことを言って欲しいんだ」
 諦めろと言ったこともそうだけど、思い返すと亜実らしくない表情を何度か僕に見せていた。そうするのは、本音を隠していたような気がしたから。
 暫くの間、僕達の中では静寂な時間が流れた。
「……られないから」
「えっ?」
「悠介のことが諦められないからこんなことしたんだよ! 高校に入る前から、悠介のことが好きだったから……」
 亜実は涙をこぼしながら、僕の眼を見てそう言った。
「それが、亜実の本音なんだな」
 栞と同じ気持ちだった。だけど、栞と決定的に違うのは、栞は僕の彼女になり、亜実は僕のクラスメイトに留まってしまったこと。
 亜実は栞になりたかったんだ。僕の彼女になりたかったんだ。
「あたしだって、悠介のこと好きなのに……」
 そう呟くと、亜実は顔を僕の胸に埋め、声を出して泣いた。そんな彼女の頭を僕は優しく撫でる。
 そんな僕等のことをあたたかい視線で見守る乗客がちらほら。きっと、喧嘩をしたけれど仲直りをしたカップルだと思っているんだろうなぁ。人はそれっぽく見えてしまえば、事実でないことを事実として認識する。
『間もなく、終点、八神です』
 もうすぐ、八神に到着するのか。
 まだ、今回のことについて分かっていない部分があるので、健康診断が終わったら亜実からゆっくりと話を聞くことにしよう。
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