挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
片道15分の恋人 作者:桜庭かなめ

恋人編

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

21/75

4月28日(月)-後編-

 教室に戻ると、亜実以外の生徒は誰も残っていなかった。
 亜実は窓側にある自分の席に座って僕のことを待っていた。僕が教室に入っていたことに気づき、こちらの方を見て微笑む。
「彼女さんは許してくれたの?」
「ああ。それに、明日デートすることになった」
「だから、何だか嬉しそうなのね」
 そりゃそうでしょう。
 僕は亜実の前の席にある椅子を借りて、彼女と向かい合う形で座る。
 亜実の机の上には既に数学の宿題プリントが置かれていた。もちろん、そこには答えは一つも書かれていない。
「さあ、まずは自分の力でできる限り解きましょう」
「ええ、教えてくれるって約束じゃない」
「全部教えたら意味が無いでしょ。それに、分からなかったら正直に分からないって言えば教えるから」
「分からない」
 ここまで間が無く言われると、本当に分からないのかただふざけているのか分からない。笑っているからおそらく後者なんだろうけど。
「じゃあ、一緒に解くか」
 僕は自分の教科書を取り出して、宿題の内容が載っているページを開く。
「このページに公式が載っているから、これを使っていけばいいんだよ。だから、この問題なら――」
 と、僕は亜実に懇切丁寧に問題の解き方を教えていく。
 最初こそは問題に向き合い、自分の力で解けそうな部分はちゃんと自分でやっていた。しかし、中盤になると集中力が切れてきたのか、ちらちらと僕の方を見てくるように。
「休憩でもするか?」
 数学が苦手な亜実にとって、宿題半分やっただけで疲れているかもしれないし。
「別にあたしは大丈夫だけれど?」
「そうか? 半分ぐらいまでやって疲れてきたから、僕の方をちらちら見ていたんじゃなかったのか?」
「疲れてないよ。……でも、悠介のことを見てたの、気付いてたんだ」
 亜実は少し頬を赤くしてそう言った。
 こっちは勉強を教えている身なんだ。亜実の様子は随時確認するようにしている。それにこんな至近距離にいるんだから、亜実の視線を感じない方がおかしいだろう。
「何だかこうしていると、受験生のときを思い出すよね。塾の自習室で悠介にこうして教えてもらってたなぁって」
「まさか高校生になってもそれが続くとは思わなかったけど」
「えぇ、今のちょっと傷ついた」
 と、亜実は少し不機嫌そうに頬を膨らませる。
「別に嫌だとは思ってないよ。人に教えることで理解がより深まったから。受験には大いに役立ったと思ってる」
「そ、そっか。じゃあ、八神に入れたのはあたしのおかげでもあるのかな」
「……そうかもしれないな」
 亜実と出会ってから、八神高校が第一志望ということもあって、塾ではいつも亜実と一緒だった。自習室では今のように僕が亜実に勉強を教えていた。そんな日々からそこまで経っていないのに、随分と遠い昔のことのように感じる。
「……んあっ」
「どうした?」
 亜実は左手で目をこすっていた。
「眼にゴミが入っちゃって。うううっ、痛い。全然取れないよ……」
 ゴミが眼に入ることはあるよな。物によっては結構痛いときもある。
「ちょっといい?」
 僕は机越しに亜実の顔に近づき、
「眼、開けても大丈夫?」
「う、うん……」
 ゆっくりと亜実の左目を開けると、ゴミらしき小さな黒いものがあった。ハンカチで取ってもいいかもしれないけど、ここまで眼がうるうるしているから、
「あった。小さいやつだから、涙を流せば出せると思う」
「……うん」
 程なくして、彼女の左目から涙が流れる。その涙の中にはさっき見つけた黒いゴミがあった。肌が白いからそれがすぐに見つけられた。
 僕はハンカチを使って亜実の涙を拭き取った。
「これで大丈夫かな。もう痛くない?」
「うん、大丈夫だよ。……あ、ありがとう」
 さっきまで頬だけだった赤みが顔全体に広がっていく。
「でも、こんなに顔を近づけられたら恥ずかしいよ。いくら、眼のゴミを取ってもらったからっていっても」
「……そうか」
 そういえば、亜実のこんな反応を見るのは初めてだな。前から一緒にいることが多かったから、こんなことは何ともないと思っていたけれど。ちょっと意外だ。
「やっぱり悠介は優しいな」
「さっきも言っただろ。困っている人をほっとけないよ。ましてや、僕の目の前で泣いている人を見つけたら……」
 それに、眼の悩みは共感できるんだ。以前、コンタクトに挑戦してみたら違和感以外の何物でもなくて、しかも痛い思いをしたから。
「……変わらないね」
 そう言う亜実の笑みは嬉しさの他にも、何故か寂しさも感じられた。涙を流していたからだろうか。
「残り半分、やろうか」
「そうだな」
 そして、残り半分も亜実は僕と二人三脚で何とか終わらせることができた。
 教えていることに専念していた僕は、亜実に宿題プリントを写させてもらった。これで明日は心置きなく栞とデートができる。
「ねえ、久しぶりに一緒に帰ろうよ」
「そうだな」
 何だか亜実と一緒に鳴瀬駅まで帰ったら変に誤解されそうな気がする。万が一、栞に見られたら……その時は事実をありのままに話せば良いんだ。
 亜実と一緒に八神高校を出たときには陽が大分傾いていたのであった。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ