挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
片道15分の恋人 作者:桜庭かなめ

恋人編

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

18/75

4月25日(金)-後編-

 午後四時。
 僕は鏡原駅の改札を出る。どうしてここにいるかというと、昼休みに栞から放課後に鏡原で会おうという連絡が来たのだ。
 夕方だけあって、改札を出ると天羽女子高校の制服を着ている女子が多いな。改札近くで待ち合わせということになっているけど、こんなに多いと栞のことを見つけられるかどうか不安になるな。
「悠介君、ここだよ~」
 僕の不安はすぐに吹き飛んだ。
 先に栞が僕のことを見つけてくれて、彼女は小さく手を振って自分の居場所を知らせる。八神高校の生徒は数えるほどしかいないから、僕のことを見つけるのは容易いのか。
「栞。待たせちゃった?」
「ううん、私もついさっきここに着いたところだから」
「そっか」
 そういえば、電車の中以外で栞と一緒にいるのは初めてのことだ。
 それに、よく考えたらこれってデ、デートというやつじゃないだろうか。そう思うと急にドキドキしてきたぞ。
「そういえば、鏡原で会いたいっていうことだったけど、これからどうする?」
 そう、栞からは放課後に鏡原で会いたいというメールだけだった。どこかに行きたいなどの具体的な内容は一切なし。
「悠介君と一緒にゆっくりしたくて。この近くに喫茶店があるの。そこでゆっくりしたいなと思って。それに恋人同士になったから電車以外でも会いたかったの」
「そういえば、初めて会ったのも、互いに好きになったのも、恋人同士になったのも全部電車の中だったな」
「うん。だから、悠介君と電車を飛び出したいなぁ……って」
 なるほど。そこで駅の近くにある喫茶店でゆっくりとしようと考えたのか。僕もきっとどこか栞とゆっくりできるところに行っただろう。
 栞はそっと僕の手を握ってくる。
「さっ、行こう」
「ああ」
 僕は栞に手を引かれる形で喫茶店に向かう。
 栞が天羽女子高校の制服を着ているためか、数回ほど同じ制服を着る女子からの視線を感じた。女子校だし、高校生の男子と手を繋いで歩いているところを見つけると気になってしまうものなのかな。
 駅から歩いて数分。栞お目当ての喫茶店に到着した。個人経営のお店のようで、中も落ち着いた雰囲気だ。ここならゆっくりと栞との時間を楽しめそう。
 二十代後半くらいの店長さんらしき女性に案内され、僕と栞は向かい合う形で椅子に座った。
「私はレモンティーで。悠介君は何にする?」
「僕はホットコーヒーで」
 注文を済ませると栞はほっと一息ついた。そして、恥ずかしそうに僕のことをちらちらと見てくる。
「何だかこうするだけでもデートみたいだね……」
「僕は改札を出てすぐにそう思ったよ。僕はデートだと思ってる。だから、今が楽しくてたまらないんだ」
「ふえっ」
 どうやら、栞は僕が言った言葉にキュンとしてしまったようで。両手を赤くなった顔に当てる。そんな仕草がとても可愛らしく思える。
「お待たせしました。レモンティーとホットコーヒーです」
「は、はいっ! あ、ありがとうございますっ!」
 栞は驚いたのか甲高い声を出してしまう。そんな栞のことを店長さんらしき女性がくすくすと笑っている。
「どうぞ、ごゆっくり」
 そう言って、女性は栞にウインクをして厨房の方に姿を消していった。もしかしたら、栞がこれから僕に告白するつもりだと思っているのかも。
 僕は一口、ホットコーヒーを飲む。
「……美味しい」
 僕の方はコーヒーの苦みで幾らか落ち着くことができたけれど、栞の方は未だにドギマギしているようで、
「あついっ」
 カップの取っ手以外のところを触れてしまって、再び大きめな声を上げてしまう。そしてまた恥ずかしがるというスパイラル。
 きっと、栞は駅で僕と会ってからずっと緊張しているんだ。だって、初めて電車の外で会って、初めてデートをしているんだから。
「時間はたくさんあるんだ。まずはレモンティーを飲んでちょっと落ち着いてから、ゆっくり話そう」
「う、うん。ごめんね、緊張したり、舞い上がったりしちゃって」
「気にしないで良いよ。こういうのは初めてなんだから。それに、温かいものを飲むと意外と落ち着くよ」
「そうかな」
 そう言いながらも、栞はレモンティーを一口飲む。
「……美味しい」
 と、ようやく栞も落ち着くことができたようだ。
「たまには紅茶もいいな。いつもは抹茶だから」
「確か、茶道部に入部しているんだっけ」
「うん。やっと正式に入部したの。今はまだ先輩の点ててくれた抹茶を飲んでいるだけなんだけどね」
「へえ……」
 飲む専門で良いなら、僕も茶道部に入りたいな。八神高校にも茶道部がある。
「先輩の点てる様子とかを見てると、ある先輩に憧れたりするの?」
「うん! 二年生の坂井遥香さかいはるか先輩を一番尊敬してるの!」
 こんなに目を輝かせる栞、見たことないな。この様子だと、坂井先輩のことをかなり尊敬しているみたいだ。
「坂井先輩は可愛くて明るいし、もちろんお茶を点てるのも上手だし。それに、彼女もいるし……」
「そういえば、前に一学年上には何組かカップルがいるって言っていたけど、その一組が坂井先輩なんだ」
「うん。坂井先輩の付き合っている人はかなり格好良くて可愛いの」
「かっこよくて、かわいい……」
 信じがたいけれど、栞の表情を見る限り本当のようだ。どうやら、その女子生徒を栞は見たことがあるみたいだし。かっこよさと可愛さを両立できている人がいるのか。
「実はこの喫茶店、坂井先輩と一緒に来たことがあるの。私が、その……悠介君にどうやって気持ちを伝えればいいのか相談したときに」
「急に僕にとっても身近な人になったな」
 坂井先輩のおかげで昨日のような告白に繋がったとしたなら、一度会って是非お礼を言いたい。
「坂井先輩、鏡原が地元みたいで。この喫茶店もオススメの店だからって連れてきてくれたの。それで、悠介君と付き合えるようになったら、絶対に一緒に来ようって決めてたの」
「だから、駅から迷い無くここに来たわけだ」
 そういうエピソードを知ると自然と心が温かくなるし、コーヒーも味わい深くなる。
「告白する前に手紙で一度返事をしたよね。あれ、坂井先輩が賛成してくれたの。手紙には手紙で返すのが一番じゃないかって。気持ちの整理ができていなかったけれど、早く返事をしたかったから」
「そうだったんだ……」
 先週の金曜日に僕が手紙で告白して、月曜日は栞の姿がなかった。そして、火曜日に再び一緒になって、その時に手紙を渡された。まさか、その裏には坂井先輩との件があったとは。
「手紙を渡したら、あとは告白だけだって。坂井先輩は一昨日でも告白して大丈夫だって言ってくれたんだけど、悠介君の前になると緊張しちゃって」
「なるほど。それで昨日、僕に直接告白してくれたわけだ」
「うん。急に停車したときに、今だったら言えると思ったから」
 そして現在に至るってわけか。
 それにしても、まさかここまで坂井先輩が栞の背中を押してくれていたとは思わなかった。本当に一度でも良いから会ってお礼を言いたい。
「何だか坂井先輩の話ばかりしちゃったね」
「そんなことないよ。栞の一面とか、僕に告白されてどう感じていたのかが知ることができて嬉しい」
「……良かった」
 栞は嬉しそうに笑うと、残っていたレモンティーを全て飲んだ。僕も残っていた一口ぐらいのコーヒーを飲むけれど、すっかりと冷めてしまっていた。
「そろそろ帰ろっか。悠介君」
「そうだな」
 気付けば外も暗くなり始めていた。
 喫茶店の外に出ると、少し肌寒く感じる。もうすぐ五月といっても、日が陰ると意外と冷え込む。
 そんな中でも、僕には温もりがある。僕と繋いでいる栞の手は温かくて優しい。
 僕と栞はゆっくりと鏡原駅に向かうのであった。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ