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片道15分の恋人 作者:桜庭かなめ

恋心編

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4月24日(木)

 彼女から好評だったので、これからはメガネをかけずに登校することに決めた。
 意外だったのは学校でも高評価だったことだ。最初は驚かれたけど、少し経てばクラスメイトも慣れてくれた。それに、授業中はメガネをかけているし。
 昨日一日で確認したが、授業以外はメガネをかけなくても大丈夫だった。スマートフォンの画面を見るときや本を読むときも、裸眼で支障はなかった。
 今日も午前7時30分発八神行きの電車が定刻通りにやってくる。
 扉が開くと彼女がこちらを向いて立っていた。
 今日は鳴瀬駅で降りる客が多いため、彼女は一旦電車から降りて僕の後ろに並ぶ。
 そして、僕と彼女は電車に乗る。僕の後ろに彼女が並んでいたので、彼女は僕と扉に挟まれる形となった。
 彼女と向かい合って立っているので、何だか僕が彼女を窓の方に追い詰めたような感覚に陥る。今日も相変わらず彼女の頬が赤いので、不思議と罪悪感のような気持ちも抱いてしまう。
「あの……大丈夫ですか? こんな体勢になっちゃって」
「き、気にしないでください」
 彼女は照れた表情ではにかんでいる。
 列車が鳴瀬駅を発車する。
 今週に入って彼女との距離が一番近いような。間近で見ると本当に可愛いな。一歩間違えれば、無理矢理にでも彼女の全てを奪ってしまうかもしれない。
 今日も彼女は僕のブレザーの袖を掴む。
「何だか今日は乗ってくるお客さんが多いですね」
「そうですね」
 鳴瀬駅とは反対側の扉が開く新淵駅で、いつもより多くの客が乗ってきた。よって、僕は窓側に押される形となり、彼女との距離がより一層近くなる。今は左手を窓に添えて体勢を整えているため、彼女とくっつかずに済んでいるが、これ以上客が増えれば、彼女との密着は避けられない。
 そんな状態のまま新淵駅を発車する。
「上野辺駅ではこっちの扉が開くので、あとちょっと我慢していてください」
「……私は大丈夫ですよ」
 そう言うと、彼女はブレザーの袖を離し、胸元の部分に手を添えた。
 電車は次の上野辺駅に向けて走っている。しかし、
『緊急停車します』
 というアナウンスが流れると、その通りに電車が緊急停車する。
「きゃあっ!」
 僕は彼女が倒れないように、左手で彼女の肩を抱く。その甲斐もあってか、彼女が倒れずに済んだ。
 緊急停車を行ったためか、車内がざわつき始める。何があったんだと。
『ただいま、上野辺駅近くの踏切で、非常ボタンが押されたため緊急停車をしました。事態の確認などを行うため、この列車は暫くの間停車します。ご迷惑をおかけして、申し訳ありません』
 踏切の非常ボタンが押されたのか。事と次第によっては、運転の復旧までに結構な時間がかかりそうだ。
 車内の案内表示モニターにも『緊急停車します』と大きく映し出されている。
「大丈夫でしたか?」
「ええ、突然のことで怖かったですけど……あなたのおかげで倒れずに済みました。ありがとうございます」
「いえいえ。倒れなくて良かったです」
 僕は彼女を抱いている左手をそっと離す。
 暫く停車することになったからか、周りは更にざわつき始める。滅多にないことだろうし、満員電車の中で運転が見合わせになるのは嫌な人もいるだろう。
「早く運転が再開するといいですね」
 僕がそう言うと、彼女は複雑な表情を見せる。
「……このまま止まってくれていてもいいのに」
「ど、どうして……」
「だって……」
 その瞬間、彼女は僕のことを抱きしめてきた。そして、

「あなたのことが好きだから。離れたくないから」

 彼女は僕の胸の中で確かにそう言った。彼女が、彼女自身の声で、僕のことが好きだと言ったのだ。
「あっ、えっと……」
 突然の告白の返事で僕は動揺してしまい、何を言えばいいのか分からない。
「……名前、まだ言っていなかったですよね。日高栞ひだかしおりです」
「僕は……新倉悠介あらくらゆうすけです。高校一年生です」
「……私と同い年ですね。じゃあ、敬語で話すのもおかしい……かな。えっと……ゆ、悠介君」
「そう……だね。栞」
「あうっ」
 何だか、急にタメ口で話すと違和感が半端ないな。
 そういえば、今まで名前を教え合ってなかったな。電車の中だけだし、普通に話していたから、名前のことなんて全然考えてなかった。
「悠介君に名前で呼ばれると、キュン……ってなっちゃうな」
「……僕も」
 互いに名前で呼び合うと彼女……いや、栞との距離がぐっと縮まった気がする。もちろんタメ口で言うことも。
 僕のことを抱きしめて栞は恥ずかしくないのかな、と周りの様子を見ていたら、僕の横にいる男性はこちらに背を向けてヘッドホンをつけていた。こちらを向いている人は皆無で、おまけに緊急停車が引き起こしたざわめき。こんな状況が、僕と栞の擬似的な二人きりの空間を作り出していたのだ。
「……あのさ。さっき言ってたことなんだけど、あれが僕からの告白の返事でいいの?」
 勇気を出して訊いてみると、栞は一回頷いた。
「そっか。分かった」
「悠介君は何時から私のことが好きになったの?」
「……最初に君を見てから。俗に言う一目惚れ、かな」
「私と同じ。私も……最初に悠介君のことを見たときにはもう気になってた」
「そうだったんだ……」
 もう、あの時から互いのことが気になっていたのか。でも、最初の頃はそんな素振りを全く見せなかったな。
「二週間前くらいに、私が後ろから悠介君の方に押されたことがあったよね。あの時、実は嬉しかったの。ハプニングだったけど、悠介君とくっつくことができて。それに、悠介君が声をかけてくれて。その時に、悠介君が優しい人だって分かったの」
 背中にずっと胸の感触があったあの時のことか。どうして、鏡原駅に着くまでずっと密着しているのか疑問だったけど、一目惚れしていたことを知り納得した。
「話しかけようと思っても、なかなか話しかけることができなくて。そうしたら、悠介君の方から話しかけてくれて。凄く嬉しかった」
「その時には、いずれは告白しようって決めていたんだ。その時って、僕が栞のことが気になっていることに気付いていたの?」
「ううん、全く。いつも一緒に乗るから話しかけてくれたのかなって」
「そっか」
「私も悠介君に告白しようって思ってたけれど、満員電車の中でしか会えないから……どうすればいいのか分からなかった。それ以前に、いざとなると告白する勇気がなかなか出てこなくて」
 一目惚れしたせいか、僕と同じようなことを考えていたんだな。
「悩んでいたら、先週の金曜日に悠介君が告白の手紙をくれて。凄く嬉しくて、学校でもずっとにやついていたと思う」
「じゃあ、月曜日にここに乗っていなかったのは……」
「どんな顔をして会えばいいのか分からなかったので、とりあえず別の車両に」
「その時……栞が乗ってなかったから振られたと思ったんだよ」
「ご、ごめんなさい。ご迷惑をおかけして……」
「いいんだ」
 僕も栞のことをゆっくりと抱きしめる。今まで我慢していた分を放出するかのように、強く、強く。
「栞とこうして向き合うことができたんだから。それだけでも嬉しいし、栞と同じ気持ちだってことが尚更嬉しいんだ」
「……あの手紙が私の気持ちを伝えるチャンスをくれた。だから、好きだっていう気持ちを直接口で伝えたかった。なかなか言えなくてごめんね」
「謝る必要なんてない。全くないから」
 お互いの気持ちは分かった。僕と栞は互いに好き合っているということが。それならちゃんと言わないと。ここは男である僕から。
「栞」
「はい」
「僕は栞のことが好きだ。だから、僕と付き合ってください」
 栞がちゃんと好意を口にした。僕も栞への想いを口で伝えたかった。
 栞は今までの中で最高の笑みを見せて、
「はい。宜しくお願いします」
 一切の迷いなくそう言ってくれた。
 こうして、僕と栞は晴れて恋人同士になった。僕と栞の抱いていた恋心が、今日になって見事に花咲いたのだ。
 僕達は互いのことを今一度、強く抱きしめる。互いに見つめ合い、笑い合う。あまりにも幸せすぎて夢のように思えてしまうけど、これは本当のことなんだ。
 程なくして運転が再開し、列車が再び動き出す。
 そう、この列車のように「僕」と「彼女」の物語が終わって、新倉悠介と日高栞の物語がここから始まるんだ。
 それは今までとは違って終点の見えない長い物語を、僕と栞は走り始める。


『片道15分の恋人』-恋心編- おわり


The Connection-H&H- に続く。
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