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バラの屋敷
作:氷高ゆうり



5.完璧な人形



 梨花が指先でクッキーを摘み上げた時、彼はようやく気が付いて、眉を寄せた。
「君、いつもと違う服を着ているね」
「中学校は卒業したの。これは高校の制服なのよ」
「体付きが変わったね。――丸みが出てきた」
「でもね、胸はちっとも大きくならないのよ」
 同級生たちの女らしさを口に出すと、彼は顔をあからさまに顰めた。
「そんな風にならなくともいいよ。胸なんか大きくなくていいし、化粧なんかしなくていい」
「そんなことを言っても、胸はともかく、お化粧はしなければならない時が来るわ」
「――ああ、そうだね。君は成長するからね」
 ついと顔を背けると、それっきり彼は無口になってしまった。
 その日、また一人、小学生の女の子が消えた。
「最近、あの人形を見かけないんだけど?」
 ずっと揺り椅子を占領していた片足の人形が見あたらない。その代わり、別の人形が揺り椅子に腰を降ろしていた。
「あの人形はあの部屋だよ」
 指し示されたのは例の部屋。梨花はちらりと目を向けて、気を滅入らせた。
 代わりに座っている人形は、髪をお下げにした可愛らしい女の子で、片足がなかった。
「この人形も片足がないの?」
「ないからそこに座っているんだよ」
「どういう意味?」
 梨花は首を傾げた。彼は微笑む。
「足がなければ逃げられないだろう?」
「足があっても人形は逃げないわ。――それに、あなた。いったいいつの間にこの人形を作ったの? 私の人形はちっとも完成しないのに」
 彼が梨花をモデルにしている人形以外の人形を制作している姿を見たことがなかった。
 これまでの付き合いで、彼の人形制作には途轍もなく時間を必要とすることをよく知っていた。
 だからこそ、いったいいつの間に、と思うのだ。
「久しぶりに良い出来だけど、やっぱりその子も完璧ではないんだ」
 残念そうに言った彼と揺り椅子の人形を見比べる。人形は今にも泣き出しそうな表情をしていた。
「どうしてこの人形はこんなにも悲しそうな顔をしているの?」
「僕のことが嫌いなんだ」
「嫌い? なぜ?」
「嫌われるようなことをしたからかな?」
 梨花は彼の手の中にある人形を見やった。梨花をモデルに作っている人形。
 今のところその人形は仄かな笑みを浮かべている。
「私の人形もあの部屋に入れる?」
「たぶん君のは大丈夫だ」
「ちゃんと両足を作ってくれる?」
「その前に、他のパーツもちゃんと作らないと」
 彼はメジャーを取り出した。新しい白い紙を床に広げる。また最初から作り直すつもりなのだろう。
 18にもなると、背も伸びなくなり、一時期太った身体もスマートになった。
 最後に測定してから二年が経ち、作り上げられた人形のパーツそれぞれに彼は肌色を塗っていた。
 梨花は下着姿で白い台の上に乗った。胡座をかくと、指を組んで頭の上に持っていく。そうして、上へ上へと伸び上がった。
 幼い頃は広いと思った台も、今ではそれほどでもない。部屋は相変わらずだだ広く、生活感のない様子だけれど、この十数年で増えた絵画があちらこちらに転がっている。
 彼は梨花の成長に気付く度に、梨花を描いた。
 人形に比べて、絵の方にはそれなりに自信があるらしく、人形の墓場のような部屋は絵画にはなかった。
 絵の中の梨花は常に柔らかく微笑んでいる。
 人形の唇に朱が入れられる。その様子を眺めていた梨花はハッとする。人形が笑っていない。
 自分そっくりの人形の顔。冷たく無表情に天井を見上げている。
 彼は絵筆を止め、梨花に振り返った。
「君も僕のこと嫌いになった?」
「そんなことないわ」
「以前みたいに笑わなくなったね」
「笑っているわよ?」
「確かに笑っているね。――だけど、以前とは違う」
「違うって?」
 彼は押し黙った。そして、零すように言葉を口にする。
「君はもう子どもではいられないんだね」












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