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バラの屋敷
作:氷高ゆうり



3.消えた少女



「そろそろ時間だよ」
 時計がないのにどうして分かるのだろうと、梨花はよく思う。大きな窓からは変わらず白く明るい光が注ぎ込んでいる。
 梨花は白い台から降りた。壁際に放ったランドセルを手に持つと、またね、と言って玄関に向かった。
 玄関と言っても、欧米の家のように靴のまま部屋の中を歩き回る家なので、下駄箱なんてものはない。灰色のマットが床に敷いてあるだけ。
 扉を引き開くと、いつも梨花は目を大きくする。外はとっぷりと暮れていた。
 部屋の中を振り返る。窓から注がれている白い光。不思議に思いながらも、扉を閉めた。
 夜道を駆けるようにして梨花は家に帰った。
 彼と出会ってから数ヶ月。毎日彼の家に通っている。
 彼は梨花を白い台の上に座らせると、薄茶色の木のイーゼルを台の前に持って来て、白いキャンバスをイーゼルに立て掛けた。
 キャンバスの上を木炭が滑る。黒い細い線が幾重にも描かれた。
 油絵の具の匂いが部屋中に蔓延するようになったのは、それからしばらく経ってから。
 薄い青色が画面に広がっていく。それから、黄色。赤。
 一枚目の絵が完成したのは、描き始めてから半年後のことだった。
 絵の中で楽しげに笑う自分の姿を見て、梨花は満足そうに彼に振り返った。彼は感慨深そうな表情をしていた。
「どうしたの?」
「絵の中の君が笑っているから……」
「気に入らない?」
「そうではなくて、君がモデルなら、完璧な人形が作れるかも知れないと思ったんだ」
「完璧な人形?」
 首を傾げると、彼は揺り椅子を指差した。
 片足のない人形。今にも泣きそうな顔でそこに座っていた。
「いいわよ。またモデルになってあげても」
「本当に?――だけど、人形を作るには絵を描くよりも時間がかかるんだ」
「構わないわ」
 彼のこの家に通うことが楽しくなっていた。この部屋も居心地が良い。
 むしろ、ここに居られる理由ができたことに嬉しさを覚えた。
 バラの蔦に守られた家。ここは異空間だ。外の世界から隔離された空間。
 数日前、梨花を不安にさせる事件が起きた。クラスメイトの女の子がいなくなってしまったのだ。
 遊びに出掛けたきり、家に帰ってこなかったらしい。
 道ばたに置き去りにされた赤いランドセル。誘拐されたのだという話も出たが、犯人からのそれらしき要求はない。
 まるで煙のように消えてしまった女の子。梨花も他のクラスメイトたちも皆、恐怖した。
 だけど、ここは安全。ここは外の世界とは無関係な世界だから。
 梨花は彼の家に行くと、まず壁際にランドセルを置き、上着を脱ぐ。下着姿になると、白い台の上に腰を降ろした。
 彼が運んできた紅茶とクッキーを口に入れながら、彼の作業を見守る。
 彼は白い大きな紙を床に広げ、梨花をスケッチし始めた。時折、梨花の腕や脚を取り、メジャーで長さを測る。そうして、ブツブツと口の中で何かを呟きながら鉛筆を紙の上で滑らせた。
 スケッチを終えると、次は白い粘土を運んで来、梨花の見ている前でこね出した。
 紙粘土だろうかと訊ねると、石粉粘土だという答えが返ってきた。違いが分からなかったので、ふ〜ん、と軽く鼻を鳴らせた。
 頭ができて、胴体ができて、脚ができた時、梨花は首を傾げた。作り始めてから一年が過ぎていた。
「本当に時間がかかるのね」
「君は動くからね。よく話すし、よく食べる」
「じっとしているつもりでいるんだけど?」
「君以外のモデルはもっとずっと静かだよ」
「少しも動かない?」
「少しもね」
 梨花は毎日ここに来ている。いったいいつの間に彼は梨花以外のモデルと会っているのだろう?
 ――梨花が学校に行っている間に?
 だけど、この部屋には梨花以外の誰かを描いた絵なんて置いていないし、人形だって、梨花をモデルにして作っている物と揺り椅子を占領している物だけだ。
 腑に落ちない表情を浮かべていると、彼は薄く笑った。












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