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第九話 玉と巫女
鈴音が巫女として目覚めるために中都国で情報収集しはじめて十日目。鈴音、疾風の二人は中都国の書庫にいた。

「……………」

「………」

疾風は黙々と本を読みあさり、鈴音はその様子を見守っている。
今日は脩斗と榊はいない。
二人は中都国全土の町や村の税の見直しをしなくてはならないらしく疾風と二人なのだ。
今日は字を読んでくれる脩斗も榊もいないので、ただぼんやりと疾風を見つめているだけだった。
疾風に少しでいいから読んで欲しいと頼んだが、いちいちそんなことしていたら時間がかかると言って読んでくれなかった。ケチ、と心の中で文句を言う。何もすることがなくて、とりあえず近くにあった本を手にとってみる。パラパラと適当にめくってみるがどのページも全く読めそうになかった。ハァと溜め息をつく。

「字の勉強でもしようかな…」

「…………」

ボソリと呟いてみるが、疾風は聞こえてないのか何の反応も示さない。
こんな時曉がいたらな、と考える。
彼なら字を読んでくれそうだし、字を覚えたいと言ったら教えてくれそうだ。
でも彼は天龍国から出てはいけないことになっているから、無理な話だった。私今日何もすることない…。ただぼーっとしてるだけは退屈で嫌なので、なにかないかとあさり始めた。すると奥から巻物が出てきた。墨で描かれただけの簡素な絵だったが、何かの場面の一部らしい。ところどころに説明書きだろうか、文字が入っている。クルクルと回しながら巻物を開いていくと
龍の絵が出てきた。
空に龍が何匹も描かれ、下にはたくさんの人間たちが描かれている。
人間たちのポーズは様々で、空をとぶ龍に向かって祈っている者、離れたところには田畑をたがやす者がいた。
おそらくこの国の昔の姿なのだろうと思いながら絵巻物を開いていく。
字は読めなくても絵なら分かる。
鈴音はやっと自分一人でもできることを見つけて、隅々まで絵をみ続けた。
絵巻物を開いて進めていくと、あきらかに他の人間とは違う女性が現れ始めた。
身なりの良い、長い髪を後ろに束ねた女性だ。彼女は円の中に星のようなものを描いた中にいて、何かを行っているようだ。よく見ると彼女は手に珠をもち、その周りはたくさんの人で囲まれていた。きっとこの人が巫女で、何かの儀式の最中なのだろう。これは大発見だと思い、疾風に声をかけて彼に見せる。

「見て疾風さん!奥からこんな絵巻物がでてきたんです。ここにでてくる女の人って多分巫女だと思うんですけど、なにか手掛りになりませんかね」

「見せてみろ」

鈴音から奪うように絵巻物をもつと、開いて文字も読み始めた。疾風はそれを真剣な表情で見ている。疾風の横顔と絵巻物を交互に見ながら疾風の言葉を待つ。

「!…これは…」

「何か分かったんですか!?」

「ここ見てみろ」

疾風が指さす場所を見ると、黒い丸が描かれていた。

「これが何か…?」

ただの黒丸にしか見えないが。

「これは玉の絵だ。かなり簡略化されてるが」

「ぎょく?」

「ここに描かれてる巫女の手見てみろ。なにか持ってるだろ?」

「はい。さっき何だろうとは思いました」

「これは巫女が神事をする時に使うのと同時に、巫女の力を具現化するためにあるらしい。ここにそう書いてある」

「!じゃあこれがあれば巫女として力を使うことができるってことですよね!」

「ああ、そうみたいだ。やっと巫女に関する有力な情報を手に入れられた。鈴音よく見つけたな。これが見付からなかったらいつまでこうして本を読みあさってたことか」
「他の本の内容はどんなのだったんですか?」

「巫女が関わった出来事が中心。何月何日にあれをやっただの、これをやっただのそういうのばっかり。歴史書というか日記調のものが多かった」
「そうだったんですか。じゃあその玉はどこにあるんですか?」


「祠だ。祠に納められてるとある。巫女が現れた時にだけ巫女が持つとされてるみたいだ。」

「祠…。霞乃さんは知ってるかな…その場所」

「霞乃…?」

「この世界にきた時巫女のことを教えてくれた御婆さんです」

「ならその霞乃に聞いてみるか」

「はい」


二人は絵巻物をもって霞乃の元へとむかった。鈴音は三週間中都国にいたから、霞乃の部屋はすぐに分かるのだ。鈴音は部屋から一歩も出させてはもらえなかったが、霞乃の部屋には少しだけ遊びにいったことがある。巫女のことに詳しい唯一の人物なので許されたのだ。疾風を霞乃の部屋まで案内し、声をかける。

「霞乃さん、私です。鈴音です。お久しぶりです。少しお話があるんですけどいいですか?」

「鈴音さん?ええ、どうぞ」

落ち着いた声が中から聞こえてくる。疾風に目で合図すると、疾風はうなずいた。そして鈴音は戸を開ける。広すぎず狭すぎの広さの和室の中央に久々にみる霞乃の姿がそこにあった。

久々に見る霞乃の姿に懐かしさがこみあげてくる。最近ずっと中都国にきていたのに、書庫にこもりっぱなしで霞乃と会うことは無かったから。自分を輿入れに出す時、まるで母親のように婚礼の衣装に身を包んだ自分を笑顔で綺麗だと言ってくれた霞乃。
それ以来の再会だった。なんだかんだ言って本当のお婆ちゃんのように接してくれる霞乃は好きだった。祖母のいない鈴音にとっては、自分のお婆ちゃんがこんな人だったらいいと思えるほどだった。「お久しぶりです。霞乃さん」

「鈴音さんも。そちらはもしかして…神…では?」

「はい。えーと疾風さんです。天龍国でお世話になっていて。曉の友達なんです。実は今巫女が神事に使う玉のことを調べていて、一緒にきてもらってるんです。」

「わけあってその玉が必要なんだ。鈴音は巫女として力を使う必要がある」

霞乃は少し考えこむと、何かを思い出したように顔をあげた。

「神が仰っているのは巫女の力を具現化するという玉のことですね。あれはこの宮殿から北の方、憑河山の奥に納められています」

「憑河山か…。よし鈴音、すぐいくぞ」

疾風がせわしく煽りたてる。

「はい!」

鈴音はあわてて返事した。そんな二人を霞乃が制した。

「お待ちなさい。あの山は危険です。二人で行くには危険すぎます」

「俺は龍だ。そんな山くらいどうってことない。危ないって言うなら鈴音はここで待たせて俺一人で取りにいく」

「それは出来ません。玉は人を選びます。巫女である者以外台座から抜き取ることはおろか、触れることも出来ません。それから憑河山は大変霧が濃く、年中晴れないので大変危険なのです」

「じゃあ今まで巫女たちはどうやって玉をとりに行ったんだ」

「それまでは憑河山には霧などなく、桜が咲き乱れる美しい山だったと言われます。ただ、千年前龍神曉様がお怒りになられてからは地形が変化し、憑河山も今では霧が晴れぬ不気味な山になってしまったのです。それにこれまで巫女は現れなかったので祠は無事なのか定かではありません」

霞乃の声が静かに響いて静寂が広がる。

「…でもっ…、私は行きます。巫女として」

「鈴音さん…。どういう理由があるのかは分かりませんが、あなたが巫女として目覚めたいと思ってくれるのは嬉しいです。けれどやはりあの山は危険です。一度入って戻れた者は過去に誰もいませんでしたから」

「それでも行きます!私はやらなきゃならないことがあるんです!!」

疾風はそう言い切った鈴音の瞳に決して揺るがない決意が感じられて好ましく思った。鈴音なら本当にやれそうな気がする、曉を救ってやれるかもしれない。ならば自分は鈴音のサポート役にまわるだけだ。疾風は鈴音の肩にポンと手をおくと前に歩みでて言った。

「俺たちは本気だ。それに巫女さん本人がこう言ってるんだから玉は巫女の手にあるべきだ。俺はあんたたちが言う神ほどでは無いが、人間よりは鈴音の役にたつだろう。なにせ龍だからな。術くらいいろいろ使えるさ」

「疾風さんありがとう!」

鈴音が満面の笑みを疾風に向ける。疾風はフッと静かに微笑みかえした。

「…確かに…神がついているのならまだ安心ですね…。では、まだ霧がないころの憑河山の地図をお渡しします。どうかあなた方の無事をお祈りいたします」

霞乃はすぐに地図を用意してくれた。地図を見ると、そんなに難しそうなルートには見えなかったが、霞乃は心配そうな顔をするので、鈴音は安心させるように笑顔で必ず戻りますと約束した。こうして玉のありかをつかんだ鈴音と疾風は、今日はもう遅いので霞乃に別れの挨拶をすると天龍国へと戻った。天龍国へ戻ると曉が屋敷からでてきてきつく抱擁してきた。いつものことだが、抱き締められて次に発せられる言葉は
「寂しかった」であった。毎日会っているではないかと思うが、曉は本当に寂しそうな表情をしてくるので、オーバーだなぁと思いつつ抱き締めてあげるのである。そうすると彼はとても喜ぶから。そんな二人を横目に見ながら疾風が溜め息をついている。これもいつものことである。そしていつものように疾風がその日の報告をする。

「曉、そういうわけでできれば明日晴れれば憑河山に向かうことにする」

『危険だな…。鈴音をそんな場所に行かせるなんて』

「…俺を信じろよ」

疾風が不満そうな顔をする。だから鈴音をひとりで行かせるわけじゃないと言っているのに。

『別に疾風を信じていないわけじゃない。ただ鈴音が心配なんだ』

そう言って鈴音を抱き寄せると髪をすくように頭を撫でてくる。鈴音はどうせ曉は離してくれないだろうからそのままされるがままになっていた。それに頭を撫でられるのは気持ちが良かった。美容師さんに頭をいじられていると気持ち良くて眠くなる現象に似ている。

『疾風を信じてないわけじゃないが二人じゃ危険だろう…。白銀もつれていけ』

「はぁ…分かった」

腑に落ちないが確かに二人よりは三人のほうが何かと心強いだろうから、そうすることにした。それに、白銀はあまりみた時はないが冷静だし有能そうな雰囲気をかもしだしていたから役にはたつだろう、と疾風は思った。

「そういうわけだから、鈴音はゆっくり休んでおけよ?」

「はい。また明日頑張りましょう。疾風さん」

手を振ると疾風は後ろ向きのままヒラヒラと手をふって消えた。疾風がいなくなったのを確認すると、とりあえず二人は屋敷内に入った。
「曉、もうすぐだから待っててね?玉を手に入れて私が巫女として力を使えるようになったら、あなたを助けてあげられる」

『すまない鈴音。俺が外に出てはいけないばっかりに鈴音にだけ負担をかけているな』

「ううん。そんなことないよ。疾風さんいるし、脩斗にも榊さんにも霞乃さんにも皆に助けてもらってるもの」

『そうだな。八重にも美月にも助けられている。感謝しなくては。でももし憑河山で何かあったら必ず助けにいく。決まりより鈴音のほうがずっと大事だ』

頬があつくなる。曉はいつもそういうことばかり言うから。



それに寝所ではもっと愛の言葉を囁きながら接触してくるからドキドキして眠れないのだ。

「ありがと。でも大丈夫だよ私は。じゃ、明日も出かけるから早めに寝るね。おやすみなさい」

そう言って布団にもぐりこむと目を閉じた。曉が自分になにかしてくる前に寝なくてはと思った。鈴音が寝るというと曉も決まって布団に潜りこんできてスキンシップをとろうとするから。ところが今日は曉が布団に入ってこない。いや、期待してたわけではないが、変に思えたから。
薄目を開けて周りを見てみる。
障子戸は開いていて、曉は縁側に立って月を見ているようだ。
銀髪に赤い水干をまとったの青年は、月光に照らされて幻想的なオーラが漂わせていた。月光が髪を透き通ってキラキラと光っているようだ。鈴音は絵になるなぁと声に出さずに静かに曉を見た。しばらくそうしていると曉がこちらに気づいたのか頭をこちらに向けた。慌て目を閉じて寝たフリをする。曉はクスリと笑うと戸を閉めて布団の中に入ってきた。温かい体温を隣に感じた。
曉の手がのびてきて鈴音の手を掴んだ。

『俺を見てただろう?』

「………」

鈴音はあくまで寝たフリを貫きとおす。曉は掴んだ手を口元へ運ぶとそこへキスした。鈴音の手がビクッとし、思わず手を引っ込めようとしてしまった。クスクスと笑い声が聞こえてくる。

『やっぱり寝ていなかったな。



鈴音は演技が下手だな』

「………だって曉が卑怯なことするから…手にキスするなんて」

『夫婦ならこれくらい普通だ。鈴音は奥手なんだな』

クスクス笑いながら抱き締めてくる。優しい抱擁だった。

「曉ってスキンシップ好きだよね」

『すきんしっぷ…。触れ合うことか?』

「うん。そう」

『それはそうだ。鈴音を愛してるから』

額にキスをおとす。彼に愛されてるという実感がわいて幸せな気持ちになる。鈴音も彼にキスをした。唇をはなすと彼は満足そうな顔をしてる。

「そんなに嬉しい?」

『鈴音からしてくれたのは初めてだ』

「そうだっけ?」

『ああ』

「ねぇ、さっき月見てたでしょ?いつもみたいにすぐ布団入って来ないから何してるのかと思った」

『…ということは鈴音は俺が布団に入ってくるのを期待してたわけだ』

彼がニヤリと笑う。意地の悪い表情をうかべているが、曉がするとさわやかに見えた。
「べっ別に期待してたわけじゃ……!!!寝ないのかなと思って…!」

曉がクスクス笑う。笑った顔をみて相変わらず綺麗な顔だなぁと鈴音は思う。肌は綺麗だし、睫毛は長いし男なのにうらやましいと思った。女として負けた気がした。

「笑わないでよ。私明日早めに起きるからもう寝るね。おやすみ」

『あっ、待て鈴音』

「?」





『明日憑河山に登るのだろう?一応疾風と白銀がついてくが心配なんだ。俺が行ってやれないのが残念だが、変わりにこれを持っていってくれ。お守りだ』

曉はなにやら小さな赤い石のついた首飾りを取り出した。金のリングの中に赤い石がひとつ垂れ下がっているもので、シンプルだが高価そうに見えた。

「綺麗…ありがとう曉」

曉が肌身離さずもっていろと言うので、鈴音はさっそくそれを首に下げて、着物の中にしまった。


「これでいい?」



『ああ』

「何で出来てるの?石か何か?」

『違う。俺の鱗の一部』

はい?曉の鱗の一部…?意味がわからない、と鈴音は頭に?マークをたくさんつけている。

『これは俺の、龍の姿の時の一部』

「あ、そうだった。曉って龍なんだよね」

『忘れてたのか?』

「だって龍になってくれないし、曉すごく人間くさいから忘れちゃうよ。今度見せて?龍姿。私、龍見るの初めてだし!」

『いつでも。見たい時に見せてやる。鈴音の望むままに。』

「やった!約束だからね!」

自分の龍姿を見たいなんて言うのは鈴音くらいだろう、と曉は思った。
紅い龍、すなわち己は他の者からすれば思い出したくない過去の一部に過ぎない。
だから、普段は人間の姿をとる。
自分がいつもこの姿の理由を知ったら鈴音は悲しむだろうか。
そうだったらいいと心から思ってしまう。
鈴音が自分のために心を痛める姿はつらいが、それはつまり鈴音が己を愛してくれているということなのだから。世界を敵にまわしても、鈴音だけは守りたい。彼女さえいてくれれば他は何もいらない。自分はこんなにも彼女が愛しくて仕方ないのだ。それを彼女は分かってくれるだろうか。分かって欲しい。そう思うと鈴音に触れずにはいられなくなるのだ。

「曉?」

急に黙りこんでしまった曉が心配になり、頬をつついてみる。眠っちゃったのかな?なら仕方ないよね。私も寝ようっと、と右向きに横になっていた体を仰向けになおす。が、グリンと横向きに向きなおされた。それと同時に唇を塞がれた。とっさのことに体を固くするが、唇をわって入ってきた舌が口内をおかしはじめると力が抜けていく。

「ん……っは……んん!」

クチュクチュと唾液が混ざりあう音がして、ほてった身体がとろけてしまいそうだ。


唇をはなすとハァハァとお互いに荒い呼吸になる。
曉は今まで自分にキス以上のことはした時がない。
濃厚なキスを含め、抱き締めたり、首筋にキスマークを作るくらいのことはしてきたが、それ以上の男女の営みはしてこなかった。
鈴音としてはきっと自分を大切にしてくれているんだろうという都合の良い解釈をしている。だが果たしてそうなのかと言われると彼に直接聞いてないからわからない。それともそれ以上のことをしたいと思う欲望がわかないのか、そもそも龍にはそんな欲求はないのかこの中のどれかではあるだろう。願わくば最初の答えであって欲しいものだと思った。

『鈴音…愛してる…』

彼の艶っぽい声にドキッとする。こんなに心臓がバクバクしては眠れないではないか。

『鈴音…抱きたい』

「へ…!?」

ど…どうしよう!?いっいきなりきたぁ〜!!??
まさかの展開にパニックになる。自分が変なことを考えたから曉が察したのだろうか。わからない。わからないがとにかく今日はダメだ。ダメ!と言おうとした時…

『今夜じゃなくていい。ただ、いつか本当にそうなれたらいいと思っていただけなんだ』

安心したような少し残念なような…?いやいや期待はしてないのだが。

『また話しを続けてしまったな。寝ようか』

「う…うん」

『おやすみ鈴音』

「おやすみなさい曉」

鈴音はまだおさまらない心臓の音が鬱陶しく感じて、落ち着いて眠るまで時間がかかった。かたや隣ではスースーと安らかな吐息が聞こえてくるから憎い。そもそも曉があんなこと言うからいけないのに。心の中でたっぷりと文句を言っているうちに睡魔に襲われた。明日は憑河山に登って玉を手に入れる。それを決意して、鈴音は深い闇へと落ちていった。


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