第四話 輿入れ
鈴音が神に輿入れをすると決意してから、はや一週間が経つ。
鈴音は退屈な日々を過ごしていた。
先代の巫女の生まれかわりというだけで大切にされ、宮殿の豪華な一室でなに不自由なく生活している。
なに不自由なくというのは少し嘘かもしれない。
大切にされすぎて部屋からはでてはいけないことになっているのだ。
たまに侍女が身の周りの世話をするために部屋に入ってくるが、話し相手にはなってくれなかった。
玉依姫様にお声をかけていただくのはもったいないと言って世間ばなしのひとつもしてくれないのだ。
はぁと自然と溜め息が出る。
霞乃は輿入れのための準備で忙しいらしく、なかなか会えない。
脩斗はというと、たまに部屋にきては憎まれ口ばかりたたいて帰っていく。
榊によると、脩斗は女性慣れしてないから照れ隠しにそういう口のききかたをするのだというが、信じられない。でも脩斗がくる時はためぐちで構わないというから、気が楽にはなった。そんなことを考えていると部屋の外から声がして、いつものようにどうぞ、と返事する。襖が開いて入ってきたのは脩斗だった。最近なんでかよくくる。
「お前、またぐーたらしてただろ。ダメ人間になるぞ。あ、もう手遅れか」
入ってきて言うことがそれかとムッとする。負けずに言い返す。
「ご心配ありがとうございます。でもそれはそれはお忙し〜い脩斗様にはこんなところくる時間なんてないんじゃありませんか?私はど〜せ暇なので構いませんけど。」
「…お前可愛くないな。本当にあの清らかな魂の持ち主の玉依姫なのかよお前?お前みたいなのを妻にする神があわれだな。」
「………」
「………」
「……別に好きで嫁ぐわけじゃないし…」
「…悪かった。」
脩斗は少しばつが悪そうに頭をポリポリとかいた。皇子っていっても脩斗は全くそんな感じがしないなと思う。堅苦しくないし、身分が高いことを威張ることもしない。わりと庶民的で気さくな彼のそんなところは気に入っていた。
「お前の輿入れの日が正式に決まった。今日からちょうど一ヶ月後の正午だ。いいな?」
「……うん。わかった。」
会話がとぎれる。しばらく沈黙が続いて黙んないでよと思うが、目線を外に移して景色を見ると気が紛れた。
「この世界には慣れたか?」
「…うん。だいぶね。」
外の景色から目をはなさずに答える。
「はぁ…結婚かぁ…見たこともない人に嫁ぐなんて。昔の政略結婚ってこんな感じだったのかな。私…結局恋愛しないで学生生活終わっちゃった。」
「お前恋した時ないのかその歳で。」
「……じゃあ脩斗はどうなのよ。私より年上だし皇子様なんだから経験豊富なんでしょうよ?」
本当は女性慣れしてないということは、あえてふせておいた。
「なっ……!ぁ……当たり前だっ!!!」
そんなにうろたえなくていいのに、と心の中でクスリと笑った。脩斗のほうに向き直ると、脩斗の顔は耳まで真っ赤になっていた。私よりこういう色恋沙汰には免疫ないんだなぁと思った。そんな彼が可愛く思えて、こらえていた笑いが一気に吹き出てしまった。
「おま…お前ッ!!なに笑ってるんだ!!」
声に努気が含まれてきた気がする。
「ゴメンゴメン。あんまり真っ赤になっちゃってたから、おかしくてっ!つい…クスクス」
「失礼な奴だ。」
さっきよりは怒ってない気がする。脩斗と出会ってから一週間、かなり打ち解けあえたと思う。始めは元の世界に帰りたい気持ちで頭がいっぱいだったから、笑うということが出来なくなっていた。でも今はお腹をかかえて笑えるくらいにまでなった。多分脩斗のおかげだろう。
「ね、なんで最近よく来るの?」
「ここに来るのに理由がいるのか?お前が暇そうにしてるからだ。」
「皇子直々?」
「悪いか。」
「別に。」
「お前が巫女の生まれかわりで貴重だからだよ。それに、さっきから何度も言ってるが暇そうだからって言ってるだろ。」
「うん…。確かに暇。ありがと…話し相手になってくれて。おかげで少しはこの国のこと分かるようになってきたから。でもそんなに長くもここにはいられないけどね。私神様に嫁ぐんだし。ね、神様ってどんな人?」
「どんなって…。神もいろいろだが、お前が嫁ぐ神はこの世界の最高神、曉だ。」
「曉?」
「真紅の鱗をもつ龍神で、ものすごく荒々しい神と言われる。」
「……………。それ…早く言ってよ。私そんな神様のとこになんか嫁ぎたくない。」
「は!?無理だ。すでに輿入れの準備は始まってるんだぞ。またここで輿入れを取り消したら、曉は何をするか分からない。」
「……でも…荒々しいって…短気ってことなんじゃ?それに龍の姿って……なんか怖い。食べられるんじゃない?私…」
「荒々しいってのは千年前の記録にそう書いてあっただけだ。本当にそうなのかは知らない。ただ昔怒りにまかせて弥太と周囲の人間も殺したらしいからその可能性は高いのかもな。」
「かもな…って……。すごい不安になってきた。」
「まぁ、その曉は巫女を好いてたんだから、とって食われることはないだろうよ。」
ひとごとだと思って。と鈴音は思う。だが自分で神様に嫁ぐと答えてしまったのだから仕方ない。
それに元の世界に帰れるような情報も入ってこないから、諦めるしかなかった。
「じゃあ、なんかあったら言えよ?お前を曉に嫁がせるまでは俺たちがお前の面倒みなきゃならないんだからな。」
そう言って脩斗は部屋を出ていった。
鈴音はため息をはく。
どうしてこうなってしまったのだろう。この世界にくるきっかけになったのは、そう、あの銀髪の男の人。あの人に会わなければ、と何度も後悔の念がわきあがってくる。だが悔いたところでこの先の自分の未来に変わりはないのだ。そう思うと何も考えたくなくなって、鈴音はいつの間にか用意された布団に潜ると眠りはじめた。
―――――――――――
昼下がりの午後。
外は生憎の天気で大雨。
鈴音は憂鬱な気分で、用意されたお茶と菓子をつまんでいた。
部屋にはひとり。
軟禁に近い状態で部屋から一歩もだされず、そんな生活を送ってもう三週間くらいたつだろう。
最高神『曉』に嫁ぐまでもう二週間あるかないかくらいになってしまった。
退屈すぎてどうしようもなく、ただ軟禁されつづける。
侍女たちはそれだけ巫女様を大切にされているからだというが、軟禁のどこが大切なのだと内心腹を立てていた。
今まで我慢してきたがそろそろ限界だった。
鈴音は戻ってこれば少しくらいならいいだろうと、部屋から出ようと襖に手かけた。するとタイミング良く襖が開き、脩斗と榊、霞乃の三人が入ってきた。鈴音はぎよっとしたがいつもと様子が違う三人に違和感を感じた。三人とも真剣な眼差しで鈴音を見てくる。ピリピリとした緊張感がただよい、嫌な予感がした。
「鈴音さん、輿入れの準備ができたの。本当は10日後が輿入れの日だったのだけれど、明日になりました。」
「!?ぇっ…」
「ごめんなさいね。本当はこれからあなたの身を清める儀式をしてから輿入れするはずだったのだけれど…事情により変わったのです。」
霞乃が静かに話す。鈴音は始めは驚きをみせたものの、遅かれ早かれこうなるのは自分で決めたことだと思い、落ち着いてそれを受け入れた。
「分かりました。明日ですね。」
「ええ。その前にあなたの身を清めなくてはならないの。私に着いてきて下さい。」
「はい…」
素直に霞乃の後を追う。
体を清めて明日いよいよ神様に嫁ぐ。
胸騒ぎがした。
嫌な感じではなく、緊張で心臓の鼓動が早くなる感じが近い。
鈴音は正直急な話しだと思っていた。
さっきまで生憎の天気で気分がすぐれず、輿入れまでまだ時間があり、退屈な時間がもうしばらく続くと思っていたから。
そんなことを考えながら霞乃についていくと、宮殿の裏庭にたどりついた。
裏庭は枯山水のようになっていて、松の木が綺麗に立ち並んでいた。
裏庭といえど、皇居なだけあっておそらく庭師が毎日手入れしているのだろう、今までみてきたどの庭よりも美しかった。
霞乃はさらに奥にくるよう鈴音を促し、鈴音は庭の美しさにみとれながらもさらに庭の奥へと進んでいった。
すると木々に隠れた場所に小さな洞窟が現れた。
まさかここに入るのだろうか。
霞乃をちらりと見ると、霞乃は何も言わずに静かに頷くだけだった。
少しの期待と不安を抱きながら、鈴音はその中へ入っていく。
中は薄暗く、しかし人工的に作られたものみたいで足場は舗装されていて歩きやすかった。
何か恐ろしいものが出てくるのではないかと恐怖心にかられながら歩を進めていくと、やや広い広間のような空間が広がっていた。真ん中には露天風呂のような石作の水たまりがあって、天井からは太陽の光がわずかに降り注ぎ、神秘的な雰囲気をかもしだしていた。太陽の光に照らされたその池とも風呂とも呼べない円形の水たまりはキラキラと輝いて、大きな鏡のようだ。
「鈴音さん、ここは八咫の間と言って、聖水が湧き出る神聖な場所です。巫女はここで体を清め、神事を行っていました。鈴音さんはこれから神の領域に入ります。無礼にならないようこの水で身を洗い清めて欲しいのです。」
「はい。」
霞乃は外で待っていると言って出ていってしまった。八咫の間にひとり…鈴音は着ていた服を脱ぐと、光輝く清水足をつける。深さはそんなにないみたいで、膝がつかるくらいだった。触れた水は冷たく、気持ちが良かった。この清水で巫女たちが身を清めていたのだと思うと気持ちが引き締まった。
―――――――――――
鈴音は身を清め終えて外に出ると、霞乃と霞乃が呼び寄せたのだろう、侍女たちが何人か待機していた。
侍女たちは鈴音がでてきたのを確認すると忙しくささ、こちらへとまくしたてて宮殿の中へと連れていく。
鈴音はされるがままでただ呆然としていた。
侍女たちは白い着物をもってくると、それを鈴音に着せはじめた。おそらく白無垢のようなものなのだろうと思ったが、着せてもらってわかったのだが、これは神社でみかける巫女さんの着物によく似ているようだった。着物を着せてもらうと、さらに淡く化粧をされ、頭には金の冠をかぶせられた。動くと冠の飾りがシャラシャラと揺れる綺麗なものだった。
「とてもお綺麗ですわ。」
「ええ。本当に。」
一仕事終えた侍女たちは口々に感想を述べている。
「あの、輿入れは明日なんじゃないんですか?」
「ええ。そうですわ。」
「じゃあ…この格好になるのは早すぎるんじゃ?まだ今日の夕方なんですけど。」
「まぁ!そんなことありませんわ。今から神の国へ参りますもの。今夜が出発なのですよ?霞乃様からお聞きになってらっしゃらないのですか?」
「え…そんなの聞いてない」
「とりあえずこちらへおいで下さいませ。玉依姫様。牛車を用意させておりますゆえ」
「えっ!?もう出発!?」
「はい。参りましょう」
「待ってっ…!私まだ脩斗…。皇子と榊、霞乃さんに挨拶してないッ」
「玉依姫様、霞乃様は牛車のほうでお待ちです。皇子と榊様にはご面会できません。このお姿は夫となる方以外の殿方にはお見せできないのです。」
「!…そんな。」
侍女に手をひかれながら思う。
脩斗と榊はこの世界にきて初めてできた友人とも言うべき人達だ。
三週間という非常に短い時間ではあったが、知り合いがいない自分に良くしてくれた。特に脩斗は自分が玉依姫の生まれ変わりというだけで皆態度をかえるのに、ひとりだけ自分と普通に接してくれた。それが嬉しかったし、神の国に嫁いだらもうこの国には戻れないと思っていたから、一言お礼を言いたかったのに。
手をひかれていくと、侍女が言ったとおり霞乃が牛車の前で待っていた。
「鈴音さん、とても花嫁らしくなりましたね。これから一晩かけて神の国に参ります。長い旅になりますけど、私も共にいきますから大丈夫ですよ。」
そう言ってまるで自分の娘の結婚を祝う母のように穏やかに微笑んできた。
「あの、皇子と榊に会わせてもらえませんか?お世話になったので一言お礼が言いたいんです。」
「それはできません。この姿を初めてお披露目するのは夫となる方だけ。それ以外の殿方には見せてはならないのです。伝えたいことがあるなら私から伝えます。」
「それもしきたり…ですか。」
「ええ。あと急な変更になりこうなってしまったのは謝ります。でも、怒らないで下さい。神、曉が望まれたことですから。どうしようもないのです。」
霞乃がすまなそうな表情をする。
その顔を見ると鈴音はこれ以上何も言えなかった。
ただ、曉という神に対して怒りがわいてきた。こっちはこっちの事情があるのに勝手に輿入れの日を決めてしまうなんて。自分勝手だと思った。神様なのに皆のことを考えない。でも相手は神様、反抗したらなにをされるかわからないという恐怖に襲われるのだ。鈴音は見た時もない神に対して腹わたがにえくりかえる思いだった。
―――――――――――
「皇子、鈴音さん行ってしまうぞ。最後に挨拶も出来なかったがいいのか?」
「別に必要ない…。」
「…ふーん…?」
「…………なんだよ…ふーん?て。」
「いや?皇子は鈴音さんと話してる時は楽しそうだったなと思って。からかったりしてたものな。女性とあんなふうに話したのは初めてだろ?」
「!お前人の話し聞いてたのかッ…」
「まぁ怒るな怒るな。皇子が女性に対してどう対応するのか気になっただけだから。いつもだと女性には、返事はするものの会話がはずむことはなかったものな。だから珍しかったんだよ。」
「……別にそんなんじゃ…」
「ん〜?そんなんじゃってどんなだ?好きってことかなぁ〜??」
「!?ばっ…!!ちげーよ!!!!」
「焦りすぎ。図星?」
「だからちがっ…!!ちょっと違う世界からきたから物珍しかっただけだ!」
「へぇ〜」
「……っ…もういいだろ!!ふざけるのもいい加減にしろ!!」
「心外ですねぇ。俺はいつも本気です」
「嘘つけ!!!」
「まぁ…とにかく話しを戻すと、鈴音さんは今夜……そろそろ出発するだろうな。」
「………ぁぁ」
「……。会えなくて別れの挨拶ができないなら手紙でも送れば?」
「………誰が書くか」
「じゃあ俺は書きますから。鈴音さんひとりで違う国に嫁ぐからさぞかし心細いと思いますしねー…。せめて俺だけでも元気づける言葉を送りたいんで。……ま、皇子には関係ないことだからいいですけどね。」
「!?待て!お前が書くなら俺も書く!部下がしといて主がしないのは変だからな。」
「そうですか。では時間がないので急ぎますよ」
「分かってる」
やれやれ手のかかる皇子だ。と心の中でクスリと笑った。
―――――――――――
一方、鈴音は出発するため牛車の中にいた。
霞乃はまだ外でなにかと準備に手をやいており、侍女たちもそれを手伝っていた。
短い時間だったが世話になったこの国を離れるのは寂しかったが、霞乃が神の国までついてきてくれるのでまだ安心した。
しかし、また知らない土地にひとりにされると思うと心が沈んだ。
こんな時思い出すのは自分の故郷。
まだこの世界にくるまえの自分。
あの時はこんなことになるなんて思ってもみなかった。
あのままあの世界で生きて、いつか誰かと恋におち、やがて新しい家庭を築いてごく普通の幸せを噛み締めて生きてくものだと思っていたから。そう考えていたから、大分予定がずれてしまったなぁと思った。それに嫁ぎ先の神『曉』とはどんな神なのか…。荒々しい神とは脩斗からきいていたが、果たして…。それに龍の姿だと聞いたからどんな家に住んでいるのかとか、なにを食べてるのかとかいろいろ興味があった。
簾が持ち上げられ、霞乃が牛車に乗ってきた。
手には二枚の紙をもち、車を出しなさいと外へ声をかけるとガタリと大きな揺れと共に牛車が動きだした。ゆったりとした動きを感じ、ゆっくりだが確実にこの国から離れるのだという実感がわき、胸の奥がきゅっと締め付けられる。本当に最後までお別れが出来なかったことを後悔していると、霞乃が先程手にしていた紙を差し出してきた。
「脩斗と、榊からの手紙です。私が預かってきたの。読んであげて?」
鈴音は予想外の出来事に驚きつつ、嬉しさがこみあげてきてすぐにそれを受け取ると読み始めた。
「…………………」
「…あの………読めません…。字が、私の世界のと違いすぎて」
「!あら……ごめんなさい。私が代わりに読むわ。」
「ありがとうございます。」と言って手紙を手渡す。霞乃はそれを受け取って読む。
(鈴音へ
お前、俺に挨拶もなしに行くつもりか。
失礼なやつだな。
暇そうにしてたから話し相手してやったってのに。
全く。俺に対する感謝の言葉はないのか。………まぁそれは俺が勝手にやったことだから恩着せがましいかな。それに退屈で仕方なかったのは俺も同じだった。榊にいつも二言めにはああしろ、こうしろ、皇子らしくしろ、ちゃんと年相応にふるまって嫁でももらえってな。姑みたいだろ?それに皇子って結構大変なんだ。国背負ってるからさ。ってこんな話しどうでもいいか。
それより、玉依姫として神『曉』に嫁いでくれると決意してくれたこと感謝している。
突然のことがたくさんありすぎて大変だったろ?悪かったな。
でもお前のおかげで神の国と中都国は何事もなくやっていけるだろう。
というのはな、婆様から聞いたかも知れないがこの世界は神達が創造したってことになってるんだ。
それも大昔な。
だから俺たちを生み出したのは神の国の住人たちってことに書物上ではそうなってる。
だから俺たちは神には決して逆らえない。
確かに神の国の住人は不思議な力を持ってるし、外見が異形の姿をしてるものたちが多いみたいなんだ。
慣れるのに時間かかるかもな。
あと神ってのはこの世界を創造した者たちだから、慈悲深く慈愛に満ちているって書物で昔読んだことがあってさ。
でも千年前の悲劇を思いだすといくら気に入った女が手に入らなかったからと言って他の人間たちまで殺すってのは、慈愛に満ちた神のすることじゃないよな?俺はそう思うんだが。なんで今この話しをしたかというと、ようするに誰も踏み込んだことのない領域だから気をつけろってことだ。なにもないことを祈るが。長々と悪かったな。体に気をつけろよ?じゃあまた。
脩斗)
「脩斗…そんなことを考えていたのね。」
霞乃が驚いたような呆れたような表情をした。
鈴音はそれはどっちを意味するのかは分からなかったが、脩斗が自分の身を案じてわざわざ手紙をよこしてくれたのは嬉しかった。なにより、もう脩斗たちには会えなくなるだろうと諦めていた鈴音にとって最後にじゃあまた、と付け足してくれた脩斗の心遣いは本当に嬉しかった。それから霞乃は続けて榊からの手紙を読み始めた。内容は榊も自分の身を案じ、心配してくれている様子で鈴音は二人に感謝した。読んでもらった手紙を霞乃から受取り、大事にしまった。字は読めないが内容は読んでもらったから頭に入ってる。それにこれをもってると二人が一緒についてきてくれてるみたいで心強かった。
―――――――――――
日はとっぷりと暮れ、もう真っ暗だ。
鈴音は牛車の中で揺られながら徐徐に襲いくる睡魔とたたかっていた。
霞乃は明け方起こすから眠りなさいというが、自分ひとりだけ眠ってしまうのは忍びない気がして出来なかった。
とはいえ健康的な朝方生活を送ってきた鈴音にとっては辛かった。
なんとか睡魔に耐えようとしたがやはり無理で、気がつくと朝になっていた。
目覚めるとそばにいた霞乃はおはようとにっこり微笑み、鈴音もおはようございますと挨拶しかえした。
その間も牛車は移動を続けているようで、もうかなりの距離を移動したのだろうなと思った。
それから一時間ほど移動を続けて牛車が止まった。どうやら着いたらしい。鈴音は緊張し始めた。ついにこの日がきたのだ。鈴音は霞乃と共に牛車を降りる。そこには大きな山々が堂々とそびえたっていて、霧が麓に深くかかっており、まるで雲に浮く島のようだと思った。その霧の中にちらちらと文字が見えた。読めないので代わりに霞乃が読んでくれる。
「天龍国」と書いてあるらしい。それはそれは大きく堅固な門で、そこに人が一人たっているのが見える。よく目をこらして見ると思いもよらない人物だった。そう、銀髪の長い髪に色素の薄い肌、中華風の服をきた男、紛れもなく自分をこの世界に突き落とした張本人である。驚きと共に激しい怒りがこみあげてくる。
「お待ちしておりました。巫女様。」
あの時とかわらず落ち着いた声で話しかけてくる。それがまた癪にさわる。こっちは物凄く困惑して大変だったのに!鈴音はもう夫以外にこの姿を見せてはならないというしきたりなど忘れて叫んだ。
「ちょっとあなたっ…!!!!!
「この度は中都国より玉依姫様をお連れいたしました。神『曉様』によろしゅうお願い致します。」」
霞乃がわって入って挨拶の言葉を交す。
「確かに巫女様をお預かりいたします。ここまでご苦労。」
「いいえ。では玉依姫様、どうかお達者で。」
霞乃のその言葉に怒りがおさまる。ああ…。霞乃ともとうとう別れの時がきてしまったのだ。鈴音は霞乃の手をとると、ありがとうございましたと感謝の気持ちと、息災を祈って別れを告げた。霞乃が牛車に乗り、もときた道を帰っていくのをただただ見つめていた。ふと後ろから声がかかる。
「巫女様、曉様がお待ちです。参りましょう。」
鈴音はその声の主のほうに向き直るとさっきいいかけたことを叫んだ。
「あなたね!!!私がどれだけこの世界にきて困ったと思ってんの!?自分でこの世界に連れてきたくせに急にいなくなったりして…!全く!それに加えて嫁になれだなんて冗談じゃない!!!」
「申し訳ありません。移動する間、巫女様が誤って中都国におちてしまいましたので。様子を見させて頂きました。」
「〜〜!!!」
本当はたくさん文句を言いたかったが、この人に何を言ってもこの調子で返ってきそうなので時間と体力の無駄だと思い途中でやめた。
「……ねぇ…私あなたの名前知らないんだけど…。」
「失礼いたしました。私は白銀、白銀と申します。」
「白銀さん…」
「白銀で構いません。」
「じゃあ…白銀。」
「はい。では我が主、曉様のもとへ参りましょう。」
白銀と名乗った男性はそう言うと同時にいきなり足元に現れた円陣の中に立つと、鈴音も入るように言う。おそるおそるその中に立つと一瞬それが光り、そのあまりの眩しさに目をつむってしまった。
「巫女様、ご到着いたしました。我が主のお屋敷、龍宮にございます。」
そう言われてそっと目を開けると、そこにはそれはそれは立派な屋敷があった。極彩色にいろどられ、柱には龍やら麒麟と思われる神獣の彫刻が施され、これまた豪華に金が埋め込まれていた。中都国の宮殿もすごかったが、こちらも負けずに立派なお屋敷だった。
はぁ…と感嘆の溜め息をついていると、屋敷の中から人の声がした。
『白銀…!お前の隣にいるのが我が妻だな!?』
若々しい、そして穏やかな低音の声がして、反射的にそちらに振り向こうとしたと同時にいきなり抱きすくめられた。
「!?」
鈴音はなにが起こったのかわからずただただ体を硬直させるだけであった。
『そなたが我がずっと待ち続けた巫女。逢いたかった……。』
そういってさらにぎゅうっと力強く抱きしめてくる。鈴音はその言葉にドキリとする。『逢いたかった…』この人があの、夢に何度もみた声の主ではないか。まさかあの夢が本当のものになるとは思ってもいなかった。
「はい。曉様。こちらが曉様の奥方様にあられます。」
『我が妻、そなたの顔をよく見せてくれ。』
そう言われてグイッと顎を持ち上げられる。
そこには見たこともないほど美しい顔があった。肩にかからないくらいの銀髪に紅い瞳、鼻筋の通った非のうちどころのない端正な顔立ち。女子なら誰でも惚れてしまうだとろうと思った。そして自分の顔と青年の顔がかなりの至近距離にあるのに気付くと一気に血が上昇しはじめた。その様子に青年はクスリと笑う。
『我が妻はなんて可愛らしいのだ。期待してた以上であった。』
そう言ってまた抱き締められる。鈴音は恥ずかしすぎてうつむきながら、何か話さなくてはと思った。
「………あの…あなたが龍神様ですか…?」
『人間からはそう呼ばれることが多い。が、正しくはない。それと私の名は曉だ。我が妻、そなた名はなんという?』
「えっと…習志野鈴音です。」
『鈴音。良い名だ。鈴音、私はずっとそなたが欲しかった。やっと手に入った。そうだ。長旅で疲れているだろう?我が屋敷で休むが良い。』
「あ…ありがとうございます。」
龍神『曉』だと言う青年は、鈴音が想像していたものとだいぶ違っていた。荒々しく龍の姿をしていると聞いていたから、もっと恐ろしいものを想像していた。だが実際は全く違っていて温厚そんな雰囲気に少し安堵した。
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