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第三十九話 残酷な告白

「脩斗…、ううん、弥太…なんでしょう?」

「……ぁぁ」

 脩斗は、コクリと頷く。やっと会えた、と歓喜で声が震えている。
 愛する女性との再会に、心から喜んでるんだ。
 私の中の彼女さらも、トクントクンて喜んでるの、分かる。会いたくてしょうがなかった二人が今、やっと会えたんだ。

 …でも、弥太の目の前にいるのはすずねであって彼女さらじゃない。
 胸の中で苦しいくらい弥太を思っている彼女を感じる。
 けれど彼女私のほんの一部にすぎなくて、死んでしまった彼女の肉体はどこにもなくて…。言葉にしたいだろうに、それが出来ない。
 私には彼女の気持ちは痛いくらい伝わってくるけど、言葉にできない彼女の苦しみも伝わってくる。
 この気持ちをどう表したらいい?
 彼女の気持ちを私が弥太に代弁してあげたらいい?

 私はどうしたらいいかわからなくて、そっと彼の肩を押しやった。密着していた身体が少しだけ離れる。

「弥太……、ねぇ脩斗。あなたはいつから弥太だったの……?」

 初めて会った脩斗あなたは、そんなそぶり一度も見せなかったよね……?私を巫女かどうかも怪しい人物としてみていたよね?あの時のあなたはまだ脩斗だったよ。

「……いつから……。生まれたときからだ。再びこの世に生を受けたときからだ。俺は中都国の皇子、脩斗として生まれたが、ずっと弥太の記憶は残ったままだった。はじめはお前(沙羅)が死んでから、記憶が残ったまま俺だけ生まれ変わってまた生きることになるなんて思ってもみなかった。お前のいない世界で生きることで、神は俺に罰を与えたんだとずっと思っていた。でも、婆様が言った。沙羅の生まれ変わりの巫女が再びこの世界に現れると。そのとおりお前は沙良さら草原に現れた。知っていたか?お前が死んでからあそこは忌まわしい千年前のあの日以降、お前の名をとって沙良草原と呼ばれるようになったんだ。かつてあの場所で争いが起きたことを忘れないように。お前を忘れないように」

 …そうなんだ。あの場所はただの広い草原なんかじゃなかったんだね…。
 巫女の沙羅にあやかってつけられた場所だから。だから私はあそこに落ちたんだね…。

「お前はしきたりどおり、現れて間もないというのに再び巫女という役を課せられた。そしてお前も憎むべき龍神、あかつきに嫁ぐこととなった。弥太としての記憶が残っていたといっても、その頃はすべてを思い出していたわけじゃない。俺は脩斗として育ったから、脩斗として、皇子として振舞った。皇子らしく。でもな…。お前を巫女として天龍に送り出す準備が着々と行われていくさまを見ていると嫌な気分になっていくんだ。自分でも信じられないくらい嫌な気持ちだ。新しく生じて生まれ変わったお前とは初対面で、たいして思い入れもないお前を天龍に送り出さなきゃいけないのに、それが嫌だった」

 思い入れの無い…。
 弥太の言葉が鈴音の心に突き刺さる。
 今の彼は脩斗じゃない。弥太なんだ。弥太としてみたらすずねなんてどうでもよくて、大事なのは沙羅…

「嫌だから皇子としての仕事もあまりやる気にならなくて、でもそれなりに仕事を片付けてはお前に会いにいったさ。お前の何が俺にこんな気持ちにさせるのか。確かめたかった。何度かあっているうちに俺はすべてを思い出した。俺がお前を殺した時のことも、その日に何があって俺は沙羅の生まれ変わりであるお前にこんな思いを抱くのかも」

 脩斗やたは苦しそうに自分の胸元を鷲づかむ。

「だからっ……!…お前がこの国を出て行く最後の日には、お前に会いにいきことが出来なかった。輿入れしていくお前を眼にしたら、きっと俺はまた同じ罪を犯す。それが怖い。だから部屋にこもってやり過ごす。そうしたかった。もう二度とあんな思いをしたくないし、皇子として、国を背負って生きる人間として生まれたから少しは国のためになることはなんなのかって考えて、輿入れを阻止したい気持ちを抑えて、それで…。でも榊が…、最後に別れの手紙くらい書いてやれって、だから俺は沙羅に対する思いを抑え、“鈴音”に対して別れの言葉を贈った。後から聞いたんだが…輿入れして、儀式を無事に成功させた後もあの手紙を鈴音がもっていると聞いて、正直驚いた。あんな…、うわべだけの手紙をまだ大事に持っているのかと」

「……(ぇ…?)」

 鈴音の心が凍りつく。

 うわべ…?
 あれは…ただの表面的な言葉だったの…?
 …嘘……
 あの手紙をくれたのは脩斗…?弥太…?
 私…、あの言葉に励まされて不安な気持ちを抑えて、まだ見もしない曉のところにいく勇気をもらったのに―――?
 字が読めない私のために霞乃さんが代わりに手紙を読んでくれて。
 霞乃さんが声にして脩斗の励ましの言葉を一字一句、確かに私の心に届けてくれて…。
 短い期間だったけど皇子様なのに私なんかにこんな温かい言葉をくれるんだって感激したの。
 この世界で私に良くしてくれた人のこと、忘れないように。この手紙はずっと大切にとっておこうって胸に抱きしめて天龍国に入国したのに。それなのに。

 信じたくない… 

 信じたくない……わたし………

「でも、少し嬉しかったな。ほんの少し関わっただけだが、俺を好いてくれているのかと思うと。悪い気はしない。巫女としてがんばっているようだし、見ていて危なっかしかったが」

 この言葉は弥太の?脩斗の?
 もうどっちの言葉か分からない。どっちも?
 けれど、彼からつむがれる言葉は、私の心をじわじわと傷つけていく。

 信じていたものがすべて壊されていくかんじ…

 脩斗のことは異性としては好きになれなかったけれど、私を支えてくれる家族、お兄さんのようだって思っていたのに。
 目頭が熱い。
 心が痛い。

 目の前の人は…、鈴音わたしに話しかけてるんじゃない。
 すべて沙羅わたしに向けて話してる。
 今、あなたの目の前で話を聞いてる鈴音わたしを見ていない。
 さっきから話している口調からすべて分かる。

 ―――そう。この人は。最初から鈴音わたしなんて―――


 …見ていなかったんだ…

 いつから――? 最初から

 誰を見てた――? 沙羅を

 


 ねぇ、すずねのことは――? 鈴音は、沙羅としてしか見ていない。



 そういうふうに言われているみたい。気のせい?勘違いだったらいいのに。
 私、がそう言ってるようにしか聞こえない。被害妄想?
 もうわかんない。

 目元が熱い。視界がぼやけて何も見えない。私、泣いてるの――?
 知りたくなかった。脩斗が弥太なんて。
 気付かなければ良かった。

 ああ……、いやだ。脩斗は弥太だった。曉は1000年た今の曉として変わらない。二人は1000年の時を越えても変わっていないのに、沙羅わたしだけ変わった。鈴音になった。
 どうして私だけ……。
 脩斗はずっと沙羅だけを思ってる。今の言葉でわかる。

 ずっと忘れないで彼女を愛し続けてる。
 
 じゃあ…、曉は…?
 曉はずねのことどう思っているの?
 私のこと好きって、愛してるって言ってくれてるけど、やっぱり私が沙羅だからなの?
 前に、曉、言ってた。

<沙羅は優しく美しかった>

<鈴音は沙羅によく似ている>

 うっとり呟く曉に、あの時はやきもちを妬いておわった。あとから曉が今は沙羅じゃなくて鈴音わたしが好きっていってくれたから。
 でも…本当?
 脩斗の言葉きいてたら、曉も今も本当は私を沙羅として見てるんじゃないか?って思ってしまう。
 どうしよう。脩斗だけじゃなくて曉にも私を鈴音わたしじゃなくて沙羅としてしか見てないって言われたら。

 鈴音わたしはどうしたらいいの?

 鈴音は、この世界では必要とされていないんですか――?

 私はもう立っていられなくてその場に座り込む。
 次々とあふれる涙がとまらない。
 これは弥太の言葉。脩斗の言葉じゃない。お願い。とまって。

「沙羅。泣くな」

 違う。私、沙羅じゃない。
 悲しい。悲しい。
 なのに胸の奥は嬉しい。彼に会えて嬉しいって言ってる。

 悲しい。嬉しい。悲しい。嬉しい。



 鈴音わたしは悲しい。つらい。

 沙羅わたしは嬉しい。弥太に会えて嬉しい。死んでも、こうして彼に会えると私はやっぱり嬉しい。


 嫌だ。どうして沙羅あなた鈴音わたしの中にいるの。あなたがいるから私は苦しいのに。やめて。
 鈴音という人格が生まれなければ良かったって思っちゃう。そうしたら弥太も曉も本当に好きな人にまた会えたのにね。


 二つの心が交差する。相反する心が一つの身体に存在する。

 苦しいよ。

 たすけて曉。たすけて。

「沙羅、泣かないでくれ。俺はずっと、お前だけを思っているから」

 脩斗が、弥太が、しゃがみ込んで私を抱きしめようとする。
 やめて。沙羅は喜ぶけど、そのかわり苦しむ私を無視しないで。二人の世界を邪魔しているようで苦しいの。私がいるせいで二人は本当の意味で再会できていない気がして。
 私、いないほうが良かった。

 ねぇ
 沙羅は私の中に微かにいるけど、この身体は鈴音のものなの。
 だからお願い――――。
 お願い………苦しめないで

 苦しくて、身体が倒れそうになた時…




『弥太!それ以上、鈴音にさわるなッ!!!』


 助けて欲しいと願った人の姿が、そこにあった。


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