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契約社員物語
作:関なみ



第九十三話 密やかに


 マレーシア国境が近づくに連れて、強い日差しの中、ジャングルが広がってくる。タカヤシが道路の両側に群生して、全くの手付かずの自然の中を2斜線の道路が続く。シンガポールの田舎地帯に遣って来た感じだ。

「何か、空が高い……」
 緑豊かな国は、静かなたたずまいの白い壁の家が所々に立っている。その周りは開けた水田や畑が広がっていて、村落が点在している。マレーシア国境に近づくにつれ、簡素で古風な建物が目について来た。

「もうすぐマレーシア国境ですから、パスポート用意して下さいね」
 カレンが運転席から言った。
 動物園から30分あまりで国境に着いた。シンガポールは狭い国だから、あっという間に一周できそうだ。最北の街は雑多で混沌としていたが、アジアの町らしい賑わいがある。
 
 シンガポールの国境の町ウッドランズで出国審査を受け、そのまま海を渡る橋でマレーシアへ入る。シンガポールからマレー方面への出国者は意外に多く混んでいた。コーズウエイ橋を渡り、入国審査を受けたが、パスポートの検閲くらいで簡単なものだった。

「Wellcome! JohorBahru!」
 カレンが車を発進させ、助手席の歩に言って、頬を突き出すようにした。
「Thankyou! Karen」
 と、バカ歩がカレンのその頬にキスした。このお調子もんがあ! こんなデートにエステにまで行った馬鹿な自分にほぞを噛んだ。

 海を渡ると景色はガラリと変った。ここは確かに異国だった。シンガポールの農村よりももっとイスラム文化が色濃く出ている。建物のつくりから、人々の風貌まで、西洋人や中国系の多いシンガポールと違い、町全体がエキゾチックな香に包まれているようだ。
「みっちゃん見て! 真っ白のモスクだ。綺麗だねえ。建物全てに彫刻が施してある。相当地位の高いお寺だな」
「本当! エキゾチックねえ」
 林主任と、私側の窓に顔を寄せて町の景色に見入った。
「この先にすごく素敵なモスクがあるの。信者以外は入れないけど、ここの元サルタン(王)が建てたからすごく豪華なの。でも、その前に、トロピカルインで食事しましょう」
 と、カレンが言って車を左折させた。

 日本と全く違う情景に私は興奮気味だった。シンガポールは大都会だから、異国の地という感覚が麻痺してしまうが、ここは始めて見る風景ばかりでとても新鮮だった。
 

 トロピカルインはアジアンリゾートのホテルで、マレーにもここに一箇所だけある。ロビーも籐椅子で、色調も涼しげな籐に合わせたオリエンタル調だった。
「このホテルいいなあ。落ち着くねえ。小さいけど、家具も統一しててホントアジアのリゾートって感じだね」
「今度新店の7階にはいるインテリアショップのワン社長の商品じゃないのか? このチェアなんか抜群の座り心地だなあ」
 林主任と歩が、しきりにこのホテルの話をしている。
「ここね、料理も美味しいの! お昼のコース頼んでいいかな」 
 カレンがオーダーを通してくれて、4人でテーブルを囲んだ。
「疲れてないカレン?」
「大丈夫。アユミがいてくれたら安心だから」
「俺が運転できたらなあ。代わってあげられるのに」
「アユミ、やさしいね。いつもありがとう」
 私の肩から力が失せた……。何なの? この二人の会話は……。私を怒らせるためにワザと言ってるの?
 全くカレンの目には、私も林主任も映っていないようだった。
 運ばれてきた料理にも、
「アユミ、Good! これ食べてみて」
 と、さっさと歩に取り分ける。ずっとそんな感じだった……。 

「林主任……。私って、目茶苦茶忍耐あると思いません?」
「解るよ、みっちゃん! 俺達無視だもんな。君の後ろに稲妻と雷雲が見えるよ」
 歩は、カレンと歓談中! 本当に雷落としてやろうかって、そんな気分に口も尖ってくる!

 その時、私の携帯の着メロが流れた。
「ゴメンなさい。ちょっと出てくる」
 国際電話!! バッグを掴んで急いで席を立った。

 私は、ホテルの玄関から、広々とした庭へ走り出た。さわさわと海からの風が髪と頬に触れて流れてゆく……。慌てて、携帯を耳に宛がった。
「もしもし……」
『ミッチ? 僕……』
 緑の芝生の敷き詰められた上を、何かふわふわと歩いている。わけも無く頬笑んで、携帯の声だけに心を奪われている……。

「三原……待ってた。電話……」
『うん、なかなか休み調整がつかなくてね……。今いいの?』
「ねえ、今、どこにいると思う? あのね、マレーシア。対岸にシンガポールを見ながら、潮風に吹かれてる……。ねえ、覚えてる? 二人で淡路島の見える海岸に行ったでしょ。泳いで渡れるくらいに近かったね。対岸がそれくらいの距離……。でも、外国なの」
『ふうん、僕もミッチと一緒に見たいな……。早く行きたい』
 胸が締め付けられる……。対岸から吹く風が、少し強くなったようだ。
「いつ来れる?」
『来週の土、日、やっと休み取った。ミッチも休みだろう?そう思って……』
「有り難う、私に合わせてくれたんだ。貴方は、いつも優しくしてくれるね」
『時間は連絡する』
「うん、空港まで迎えに行く……」
『迷惑……掛かんないんだね? ミッチに……。大矢さん大丈夫か?』
 
 私は、三原の穏やかな声が、どんどん心の中に溜まってしまって、何か安らいだ気持ちに成った。同僚だった時と変らず、彼は優しい。

「うん。歩も知っているから大丈夫。あの、三原……」
『何? ミッチ』
「早く来てね。日本でやっぱり一番好きよ……これは、嘘じゃない」
『有り難う……。僕も……』
 三原は少しの間躊躇って、そして言葉を続けた。
『僕も、今でも世界中でたった一人、君の事だけ愛しているよ……』

 私は瞳を閉じた。
 体に三原の言葉が降ってくる。そして隅々に染み入る……。優しい雨のように……。
 携帯を切った後も余韻が残って、何も考えられない……。もしかして……、聞いてはいけない言葉を聞いてしまったのか……。私は閉じた携帯を見つめたままだった。

「みっちゃん!」
 林主任に声をかけられて我に帰った。
「ゴメンなさい。友達から、国際電話だったの。もう食べちゃいました?」
「いや、待ってるよ。皆」
「エ――! ゴメンなさい! 戻ります! 」

 走って、ホテルのレストランに戻った。ロビーに歩が出て来ていた。
「ゴメンなさい! 待っててくれたの?」
「ああ……。未知……、三原か?」
 どきんと心臓が鳴った。でも、立ち尽くした彼に軽く答えた。
「うん。来週来るって!」
 それだけ言って、カレンの一人待つテーブルに笑顔で詫びながら戻った。

「大矢さん」
「有り難う、林。何考えてんだか、あいつ!」
「もっと、優しくしてあげないと、彼女、離れちゃいますよ」
「え?」
「すごく幸せそうな顔してましたよ、携帯しながら……友達だって言ってましたけど」


 私は食事をしながらも、何度も、三原の言葉を思い起こした。
『君の事だけ愛してるよ』
 
 君の事だけ愛しているよ―――。 

 


読んでいただき有り難うございます。次回、……今、検討中です……。予測不能……いえ、常識外れと言った方が……。もしかして、目茶苦茶になってきてます? まさか……そんな……。
           なみ






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