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契約社員物語
作:関なみ



第六十話 絶交!


 今日は朝から、どんよりと空は鉛色の雲に覆われている。今にも雨が降り出しそうだ。
夏の蒸し暑さも加わって、電車の中は冷房の風が当たるところ以外は汗が滲むほどむしむししていた。

それでも、私は、何を見ても笑顔になれるくらい、この電車の中を楽しんでいる。窓を過ぎる元町へ続く風景は見慣れているのに、初めての場所を見ているように心に留まった。

 昨日、歩がメールを寄こしてくれた。
相変わらず簡単で、いつもならため息ものだったが、終わりに付いていた笑顔の絵文字がすごくくすぐったくって嬉しかった。
電車のドアに寄りかかりながら、携帯を開けて、もう一度昨日のメールを見た。

『昼頃着いた。今から本店で報告と打ち合わせ。今夜はオヤジの付き合いだ。会いたいけど実家へ帰るね。明日があるし。連絡待ってろ』

「まるで電報だな、相変わらず……まあ、いつもよりは長いし、絵文字つき!」
メールの末尾で笑っている猫の絵文字が、ずっと私の中に住み着いてしまった気がする。


 時間はまだ午前十時。
彼は今、会議中だろう。でも、久しぶりに元町に出ることもあって、会えるまで街をぶらぶらするのも楽しいかと早く出てきた。
やっぱり、神戸の中心街は、賑やかで華やかだ。朝から人通りの多いメイン通りを南へ下がった。

 暫く歩くと一越デパートの前にやってきた。
周りの高層の近代的なモノトーンのビルが建ち並ぶ中で、このデパートだけは石造りの重厚な感じのデザインで、壁面は全体的にゆったり丸みを帯びていて、至極落ち着いた表情の建物だ。入り口の四方に広がる透明なガラス扉から、明るい店内が輝いて見える。

ここに彼がいる……そう思うだけで、胸の奥が疼いてくる。

私は、少し緊張しながらこの中へ入ってみた。
歩が一番心を砕いて、一番大切に思っているこの場所は、全てが煌びやかで精錬されていて、眩しいくらいに美しい装飾が当然のごとく施されている。
立ち振る舞いの綺麗な案内係の店員が、ゆっくりとお辞儀を繰り返し、来店客を迎え入れる。
全てに高級で、ここに来るだけで多少なりともセレブな気分になれるから不思議だ。
一階は、特に化粧品コーナーからブランド品の小物が中心で、歩いているだけでも目を惹いて楽しくなる。

この巨大な街の顔とも言える店舗を歩達で支えているんだと思うと、何だか感無量!
あれだけ賢明になる気持ちもわかるような気がする。
確かにここは、何につけても一流の場所だった。


私が化粧品コーナーを見て回っているとき、階段から背広姿の男性と女の人が五、六人降りてくるのが目に入った。

「あっ!桐原さん!えっ!!歩!」
慌てて、化粧品のショーケースに隠れた!
「うそ〜!やっぱり歩だ!」
心臓が駆け足状態だったが、息を殺してそっと階段に目を遣った。

同じ一越のスーツに身を包んで、階段の中段から店内を見ている。歩の手には青焼きの図面が広げられている。その図面を囲んで、桐原さんと、四人の男性が何やら指を指して盛んに話をしている。
長身の歩が一際めだって、真剣な眼差しで彼らと話している姿は、私の見たことのない彼だった。厳しい顔つきで、隣りの男性に語りかけている。きっと口調も私の知る「大矢歩」とは、違うのだろう。
傍に立つ桐原さんが、美しい顔に眉を寄せて、盛んに歩に話しかけている。彼が頷くように図面に目を落とす。

正直、桐原さんが羨ましかった。彼と対等に仕事の話をしている。歩を頷かせている……。
私は、彼に偶然会えた喜びよりも、自分と一越の歩との間にあるどうしようもない距離を感じて、無性に淋しくなった。

『未知に言っても仕方ないが……』
不意に歩の言葉が甦ってきた。当然の事だろうと思う。私は、デパートの内情なんて知らないし、流通関係に詳しい訳じゃない。ただのスーパーの店員だ……。

一通り店内を見回して、歩達はまた階段を登って行った。
私も、姿が見えなくなるのを待って、一越から出た。

歩に会えたのは嬉しかったが、隠れて見ていた自分が酷く悲しかった。これからも、彼と付き合っていくのなら、この距離をいろんな場面で感じてしまうのだろう。


 元町のアーケード街をゆっくり歩いて、時間を潰した。
様々な店が魅力的なショーウインドウを個性的に飾り付けて、歩く人を惹きつけている。
「ここを二人で歩きたいなあ。少しくらいプレゼントねだってもバチは当たらないよね」
増えてきた人通りをかわしながら、私は気に入った店を見つけては入ってみた。

そうこうしているうちにお昼時になった。
ちょうど一軒の店から出たところで、携帯が震えているのに気付いた。
待ちわびた歩からだ!

『もしもし、未知?』
「は〜い!今一越の近くだよ。終わったの?」
『悪い!まだ、終わりそうにない。時間読めないから、俺の部屋で待ってて。終わったら直ぐに行くから』
「へえ? 何時になるの?」
『だから、解らない!ちょっと問題があって長引いているから。昼食べたら、部屋に居てくれ』
「え…、あの……」

ツーツー………。

「な、何、これって!」
暫くぼんやり立ち尽くした。
「酷すぎるよねえ。一人でお昼食べさす訳?」
楽しかった気分がまたも潮が引く如く消え失せた。ホントにいつもこんな調子で、待たされてばかり。
何かにつけて振り回される。
怒り心頭だったが、仕事ならと諦めなければならない……。

「有り難うございます。てりやきバーガー、チキンナゲット、コーラのMサイズがおひとつですね」
全く持って侘しいシチュエーション! 私の腕にはマックの紙袋……。ボツボツと歩のマンションへ向かった……。

「悪い予感がする。もし会えなくなったとか言ったら、流石の私も今日は切れるよ。解ってるでしょうね、歩君!」
彼の部屋で、一人ハンバーガーをパクついて、ナゲットを腹いせに三個口に放り込んだ。
目の前の液晶テレビは、大きくなくてもいい昼のドラマを大画面に映し出している。思わず中年女優の顔の皺に見入ってしまった。

 私は本当にいつも歩に振り回されどうしだ。仕事だ、仕事で、仕事に、仕事が……一事が万事これだ!解っているけど、もう少し優しい言葉を掛けてくれても良いと思う。
それに我慢ばっかりしている。いつも、考えたら歩のペースでやってきた。一越に帰ってからは、特に彼の言う通りに従ってきた。
少し、自分の気持ちをはっきり言った方が良いのかも知れない。

 退屈なテレビは、いつしか二時間のサスペンスを上映している。
悪い予感は大当たりで、彼はついに四時を過ぎても帰って来なかった。
私は、もう待ちくたびれて、ソファに横になり眠ってしまった……。



 髪に触れられる感触が心地良かった……。
大きな手で後ろに撫で付けられて、ゆっくり目を開けた。
「未知……起きた?」
「歩、帰ってきたんだ」
「ごめんな。遅くなって……」

ああ!やっぱりこの人が好き!!
私は床に膝を突いて、身を屈めた歩に飛びついた。
一瞬にして上がる体温、蒸発しそうな心、疼く体から出るため息……壊れるくらい強く歩に抱きしめられる!
この愛され時間があるから、いろんな事を我慢できるんだ、私は……。
久しぶりに、感じるキス。何度も重ねて、頭の中がからっぽになる。

「会いたかった……」
「俺も会いたかった」
今夜は永遠に続くんだ!この甘い時間が……!嬉しくて死にそうだ。

「未知!うな重買って来た。早く食べよ」
「へ? あの、出かけないの?夜の元町……」
今夜は二人で歩きたい。ずっと朝から思っていたから……。

「時間ない。このうな重、覚えてる? お前が倒れたとき買って行ったやつ。懐かしいだろう」
「今、何時?」
「六時。早く食べようって!」
歩は、パリパリと包装した紙をはがして、木の折りに入ったまだ温かいうな重を、私の前に差し出した。
割り箸を割ってくれて、ペットのお茶までついている。

「…………」
「どうかした?早く食べよ。10分で食べろ、10分で!」
私は、食べ始めた歩をじっと見据えた。
「なぜ、10分で食べなきゃあいけないの?」
「今夜の九時の便で戻る。八時に、後輩が関空まで車で送ってくれるから迎えに来てくれる」
「……八時?………」
「そ! 早く食べないと、SEXする時間なくなるぞ!二時間しかないのに」
「……二時間?………」
「そ!だから早く!」

「……なあに?…SEX?…二時間?……」
「ん? 言ってなかった?今夜戻ること」

怒髪天を衝く!!ついに切れた!

「なあにが、会いたかっただ!この嘘つき!おおバカヤロウ!ここはラブホテルかあ!!」

歩は、私の怒声に目をまん丸にしてフリーズしている。
私は、バッグを掴んで玄関へ走った。

「歩!もういい!貴方とはもう絶交よ!さっさとシンガポールでも中国でも行ってしまえ!ばか!」
「未知!」

バーンと玄関のドアが閉まった!
私は、あんまりの歩の身勝手さに走って、エレベーターに乗り込んだ。
後ろで呼ぶ声がしたが、立ち止まらずにマンションを出た。

別れるとは言えないで、絶交だなんて……。私の気持ち、何故解ってくれないんだろう……。



読んで頂き有り難うございます。
つ、ついに六十話まできました…。すみません、花の詐欺師「関なみ」と呼んで下さい!(涙)
一番完結したいのは、何を隠そう私です…。(汗)
ほんとに長くなり申し訳ないです。    なみ






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