第二十二話 フェア当日
朝の混んでるロッカールームにギリギリの時間に到着。
流石に今日は急ぐ気持ちにもなれなくて、ぼーっとしたまま売り場へ向かった。
「あれ?森野さん、珍しいですね。ギリギリ出勤なんて」
バックヤードで、既に仕事に入っていた家庭用品の大森さんに声をかけられた。
「おはよう…。昨日、祭事のセッテイングに深夜までかかっちゃって、今日はボロボロだよ」
「へえ!大変だったんですね!ああ、だから大矢君もあんなヘロヘロだったんだ」
ヘロヘロの理由は他にもあるんだけど……。
「うん、今日からレジャーのフェアやるから、準備が大変だった。チラシも一応確認しといてね。今日入ってるから」
「はい。見ときます」
欠伸を繰り返しながら、売り場へ向かった。
価格のチェックだけでも相当な数があるし、午前中は忙しくなる。そろそろ目を覚まさないと…。
レジャー用品の売り棚の前に歩を発見。早速価格のチェックを始めてくれていた。
「ヘロヘロく〜ん!生きてるゥ?」
「なんだよ、それ」
と、歩は半開きの眠そうな目で振り向いた。ホントにヘロヘロみたい。
「催事コーナー確認してくる。プライスカードつけないといけないし」
「あ、俺も行く。待って」
西側の店の入り口を入ってすぐの広いスペースは、季節物やバーゲン品など、注目される商品を大量に展示して、販売と集客をはかるコーナー。私達は催事コーナーと呼んでいる。
朝の店内で見るここは、思ったよりも広くって、本当によく二人でつくったと感心するほどだった。
苦労した巨大テントが真ん中で存在感をアピールしている。
しばらく二人でボーっと眺めていた。歩が、ぼそっと呟いた。
「ここやばい……。犯罪者の気分になる」
「だめ、思い出しちゃだめ……」
「あのテント、売れたらどうする……」
「………」
沈黙して見ている私達の後ろで、葉山主任の声がした。
「やあやあ!よく頑張ってくれたな!大変だったろう」
「おはようございます。何とか形になりました」
葉山主任は上機嫌で、歩にも労いの言葉をかけた。
「ご苦労だったな。相当疲れているな、大矢。頑張ってくれたんだな」
「はい……。頑張りました、三回ほど。じゃあ売り場へ戻りますから」
(ひえ!ジョークになってないって!超危険な奴!)冷や汗が出た。
「大矢、ひどく疲れたんだなあ…」
「ははは……」
歩が戻って行った後で主任が、
「森野。店長が正社員の返事を聞きたがっている。もう、決めてるか?」
と、穏やかな口調で言った。
私は、返事に困った。実のところあの注文ミスから自信喪失状態だし、それにも増して歩が居なくなりでもしたら、一人で部門を回していけるのかと不安に思っていた。
「主任、もう少し考えさせてください。それより、大矢は私よりよく仕事出来ると思うんですけど、彼には社員の話は上がらなかったんですか?」
私は率直な気持ちを言葉にした。実際、本当によくやっていると思うから…。
「ああ、大矢は店長が知り合いに頼まれて、よく知らないが一年だけの契約で働いているんだ。どうなったのか一年は越えてるが、それ程長い期間この店にはいないと思うよ」
「えっ……!」
私は、主任の言葉に殴られたようなショックを受けた。そんな契約の話など彼から聞いてないし、ずっと傍に居るって言ったのに……!
「気持ちが固まったら教えてくれ」
葉山主任はそう言い残して去っていった。
どんな風に気持ちを切り替えたら良いのかわからない。
確かに、彼みたいな人が契約社員としてこのままこの店にいるとは思ってなかったし、一越の後を継ぐのならこんな事をしていて良い訳が無い。ただ、一年の契約だったなんて……。もしかしたら、明日にでも別れることになるかも知れない。
私は昨夜の幸せが夢と消えるのではと、そればかりが心を支配して、仕事も手につかない……。
「森野さん!プライスチェック、まだ済んでないの?もう開店時間だろ?」
大きな歩の声にはっとした。
「あ……、本当だ。時間だ」
「おいおい、何やってる!価格表も付いてないのか?遅いから、見に来たんだよ。どうした!?」
彼は私から価格表をとって、商品に付け始めた。
「森野さんらしくない!疲れてんのはわかるけど、やることはやれよ!仕事だろ!」
立て続けに歩の罵声を聞いて、心の中がぐちゃぐちゃになった。
いつもいつも、私を悩ませて苦しめるのは自分じゃないか!
「貴方のせいじゃない!!何もかも貴方のせいじゃない!!」
思いっきり、声を張り上げた。心から不安を追い出すように……。
「み…未知?どうしたの?」
「もう、いい!ほっといて!」
ハンデイーターミナルを放り出して、催事コーナーから去った。
開店後も、気分を変えることなんて出来なかった。
大人気ないと思ったけど、何でもかんでも秘密にしている歩がどうしても許せない。
ここに来た時も最悪だったって言ってたし、桐原さんだって絶対普通の関係じゃない!
彼とずっと仕事してきたのに、やっと知り得た事って、年齢と一越デパートの事だけだ。
私の事だって、ホントに好きなのかどうか……。若い子のほうが良いに決まってる……。
売り場の整理をしていると、彼がやってきた。
「未知…、どうしたんだ?訳解んない。言い過ぎた?」
「なんでもない!」
「何でもなくないだろ?話して!」
「放っておいて!貴方だって何も言わないじゃん。もう、いいから」
立ち去る背中に歩のため息を聞いた……。
それから午後になって、彼と話もしないまま私は店を出た。
「デートできる」って喜んでいたのに、こんな事になって……。私って、とことんおバカな女だ。
部屋に帰ると、携帯のメロディが流れた。
私は、歩だろうと思ったけれど出なかった。と、言うより、辛くて出れなかった。
「毎日、こんなに泣いてたら、そのうち涙が無くなっちゃうなあ」
歩はきっと、狐につままれたような気分だろう。私の気が狂ったと思ってるかもしれない。
いっそ気が狂えば、楽になるのかもしれない。
暫くして、玄関のチャイムが鳴った。
「いやだ!開けない」
何度も何度も、部屋に鳴り響く……。今度はノックも……。
私は部屋のソファで膝を抱えて蹲っていた。
ドアの向うが静かになった……。彼は諦めて帰ったようだ。
「歩、ごめんね…くだらない事なんだよ。きっと、こんな事」
一つ不信に思うと、全てを疑ってしまう。私は、本当は彼を信じてないのだろう。
彼は素敵だし、年下だし、一越デパートという後ろ盾もある。
何もこんな私を相手にする必要なんて全く無い。
やっぱり、いつか傷つく!そんな気がする……。
一時間ほど泣いて、落ち着いてくると、彼に堪らなく会いたくなって来た。心っていい加減なものだ。
私は居ないのは解っていたが、静かなドアの向うに居たんだという証のようなモノがほしくって、静かに鍵を外した……。
ガチャ……
途端に思いっきりドアが引っ張られ、開け放された。
「捕まえた!」
「あ!歩!」
「待ち伏せ作戦大成功!」
歩は、フッと笑みを漏らして中に入ってきた。
「え……ずっとここに…?一時間…」
「このやろ、何すねてんだ?それ聞くまで絶対帰らないからな!」
また、泣けてきた…。
「このまま、離れてしまうなんて俺は我慢できない!そんな軽い気持ちで未知の事を考えてない!」
悲しくって、返事が出来ない……。
「お前にはどうでもいいのか?俺なんて……」
彼の言葉にせつなさが溢れてきた。
「ど…どうでもいいならこんなに苦しまない!バカヤロウ!」
思いっきりジャンプして、歩の胸に飛び込んだ。彼はあまりの私の勢いに玄関のドアで後頭部をシコタマ打ったが、それでもしっかり抱き止めてくれた。
子供のように抱えられたまま彼の首に腕を回し、私から歩にキスした。何度も、何度も、「好き」と繰り返しながら……。
「未知!デートしよう!」
「うん!」
「その前にもう1ラウンドやっちまおう!」
「あほう、限度と言うもんを知らんのか……」
愛しているから、苦しい。悲しい。辛い。歩には解っているのだろうか……私の気持ち。
|