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契約社員物語
作:関なみ



第十五話 告白


 その日の仕事が終わっても、私は落ち込んだ気持ちを抱いたままだった。
大矢がいなければ、何一つ解決すること事など出来なかった。
もし、彼がいてくれなかったら……その結果、一体どうなっていただろう。
チラシの折込も延期となり、商品の次の入荷を待っていたら、次々と押している他の部門の企画にまで影響する。大変な事態になっただろう。
考えるだけで身震いする!
 
本当の自分の実力を思い知った。ミスをしたこともそうだが、後の処理も出来ない。
そして、私を唯一支えてくれた仕事への自信が跡形も無く消え失せた。

ましてや、大矢にまた甘えてしまって……。彼の胸で泣いている自分の姿がとても醜く思えた。
 
 重い足取りで通用口から外に出る。
朝、ここを通った時の清々しい気分も嘘のように、何か切欠があれば地面に伏せてしまいそうな前屈みの
自分を引きずって帰路につく。
歩いて五分ほどの道のりが至極遠くに感じた。


マンションの入り口で、見覚えのある白い車を見て立ち止まった。
「大矢……」
降りてきた彼が、
「とっくに帰ったのかと思って。何ですか、幽霊みたいに歩いてましたよ」
「幽霊になれるならなりたいよ」
「ははは…。なられたら俺が困ります。さっ!乗って、パッといきますよ!」
「え?」
「こんな時は酒でも飲んで気分を晴らすのが一番!」
「酒?ええーっ!」

大矢は無理やり私を助手席に座らせ、車を出した。
「大矢…酒って言った?」
「あーっ、心配してるでしょう。俺が飲まないか。大丈夫ですよ。行き着けのとこだから。それに多田さんも来ますよ」
「え?ほんとに?」
大矢はちらっと私をみて、
「会いたいでしょう。そう思って…」
とだけ言って、目線を戻した。

多田君と聞いて懐かしさが湧いてきた。でも、それ以外特別な感情は無かった。

それよりも落ち込んでる私のために多田君を呼んでくれた。そう思ったら涙が溢れた来た。
いつも私を心配して、励まして、支えようとしてくれる……。こんな優しさにいつも包まれている。これ程思ってくれる人間が世界中のどこにいると言う?
もし、大矢が傍にいなかったら……。
失いたくない!私は、心の叫びを始めて聞いた。失いたくない、失いたくない!
彼以外、何もいらない。
心の奥底のしまいこんだ想いが解け出してくるのがわかった。
ずっと、彼を好きだった。ただ、臆病な自分がそんな気持ちを封印したのだ。

「……忘れられないんですか?彼の事……」
スピードをあげて、軽いハンドル捌きで前の車を追い越しながら、大矢は前を向いたまま言った。
「違うの…違う…。大矢……ほんとは貴方がいてくれたら、それでいいの。同僚だなんて言ったけど、いつも大矢の事考えてる。なのに、片意地はちゃって……臆病者だから、傷つくのも恐かったし」

涙は止まらなかった。私の言葉に、傍らの彼は何も言わずに車を走らせている。

 
 高速道路に入り、彼のテイアナはテールランプの波を追いかけ、ますますスピードを上げる。
暫く走ると両側の風景は一変した。高いスクランブルの交差を南に下りると、臨港線に入り、海岸沿いに続く夜景の煌めきを下に見ながら、静かな海の上を滑らかに走ってゆく。
沖には大型船の黒い影に明りが灯って、まるで宙に浮いているように見えた。
深いグレーの海は様々の光を抱いて、ゆっくりとゆりかごのように揺らしている。

大矢も私も前をむいたまま無言で、この美しいドライブを楽しんだ。この時間が何日何年続いても、私は飽きる事はないだろう。神戸は本当に素晴らしい。

 シフトをチェンジした大矢の左手が、そのまま膝の上の私の手を握った。
幸せな一瞬だった……。封じていた彼への想いがどんどんと強くなる。
私も前を見据えたままでそっと握り返した。
今は余計な言葉はほしくない。こうして体中で彼を感じているから……。

車は、臨港線を離れ、市内へ入る道路を進む。
そして、賑やかな街の裏通りで車を止めた。

「着きました、ここ」
店の前の駐車スペースに、振り向き片手で軽くハンドルを操りながらバックさせる。

エンジンを切った車の静けさの中、大矢は真っ直ぐに私を見つめた。そして、
「ずっと、こうしたかった……」
一瞬身構えた私の肩を押さえつけ、唇を重ねてきた。体から力が抜けていく。
重なった胸から、彼の早い心臓の鼓動が伝わってくる。
「ずっと……こうしたかったんだ……」
シートに強く押さえられながら、彼の言葉を夢見心地で聞いていた。
涙が再び零れてきた。
「私も……貴方が好き!」
自分の気持ちを口にした時、彼は大きく息を吐いて強く抱きしめてきた。
 
もう、躊躇ったりしない。迷ったりしない。
この気持ちに正直に生きたい!
大矢が私を必要なら、何も恐いものなんてない!

体を起した彼と見つめ合う。その幸せな時間……。せつなくて涙を止められない。
もう一度、軽くキスして、彼が言った。
「仕事が済んだら、俺だけのものだから……」
「うん…」
瞳を閉じると、体の隅々に興奮が伝わる。指先から髪にまで。


車を降りた大矢が叫んだ。
「ようし!今日は飲むぞォ!」
「ええ!駄目ぇ!それだけは止めてぇ」
「……森野さん、そんなに俺、酒癖悪いの?」
「ははは…。知らんほうがいい。知ったら生きていけなくなる」
「…………」

大矢に肩を抱かれ、店のドアを開けた。



読んで頂いてありがとうございます。
まだまだ幸せにはなりません。






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