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契約社員物語
作:関なみ



第十一話 迷い


 通路から扉を開け、朝の開店準備に追われる店内へ入った。
今日も、いつもの忙しさに何ら変わりは無いだろう。
私は、駆け足で価格のチェックと商品の確認作業を進めた。

 休養したせいか、体は至極軽かった。でも、その逆に心は鉛で出来てるように重くてせつなかった。
『大矢のせいじゃないのに・・・・』
鉛の心が叫ぶ。
『あんなひどい事よく言えた。自分だって楽しかったくせに!』
『年下の彼と遊びで付き合っていけるほど、私は若くはないよ』
『彼は同僚って言った私の言葉を守ってくれたじゃん』
『彼氏がいないからって、彼を受け入れることは出来ない。彼に恋してるわけでもないのに』

準備の間中、心は叫び続けた。

 開店前のミーティングが始まった。
葉山主任の前に立つ私の横に大矢が並んだ。無表情な彼に一瞥もしないで、主任だけを見た。
「今日も忙しくなると思うが、頑張ってやっていこう!」
 
 ミーティングが終わり、メイン通路で開店を待っていたとき、隣で大矢が小さく言った。
「森野さん、わかりましたから・・・。本当に俺が全て悪い・・・」
彼の声にドキンと心臓が脈打つ。
でも、私は彼に目を向けることも、言葉を返すことも出来なかった。

 開店の後、バックヤードでいつものように在庫の確認作業に入った。
大矢と並んで始めたが、お互いに言葉も交わさずにただ黙々と作業する・・・。

「ねえ、何?大矢君と森野さん。ずっと黙ったまま仕事してんのよ。傍にいたら、こっちまで息詰まりそうよ。けんかでもしたのかなあ」
「森野さん、この頃ちょっとイラついてたから。大矢君も大変ね」
 
そんな私達に、山田チーフが遣ってきて声をかけた。
「おはよう!みっチャン、今日は元気かな〜。大変だったそうだね」
と、また私の後ろから肩を両手で掴んだ。
そして、顔を首筋まで近づけて、
「今度は僕が病院へ運んであげるよ。もちろん抱っこして!」
ぶちっと激しく切れた!
「いい加減にしてください!気持ち悪い!今度私にさわったらセクハラで店長に報告しますよ!傍に来ないで!」
チーフを押しのけて通路を走った。

「オオ!こわ〜」
「チーフ!森野さん可愛そうですよ!」
「ふふん、あの子さあ、綺麗な顔して大人ぶってるけど、純粋で少女みたいなとこあるだろ。あのアンバランスがおっちゃん泣かせなんだなあ。ついからかっちゃうのよね。そう思わん?大矢君」
「変態か、あんたは!」

ひゃはっはっはと、バックヤードにチーフの気味の悪い笑い声が響いた。

 
 今日は、本当に最悪の気分だった。
仕事は、来客に比例して忙しくなってくる。でも、私の中から笑顔が消えうせた。
笑うという行為がとても辛かった。

店内PHSのピッチが鳴った。
「はい、トイ森野」
『外線でお客様からのクレームが入ってます』
「あ・・・。すみません。大矢のピッチに回してください」
『え?あ、はい、そうします』
ふうっとため息を吐く。こんな気分の時は上手く対応する自信が無い。
私はバックヤードに戻り、隅の在庫の陰に座り込んで膝を抱えた。

もう一度、ピッチが鳴った。
「はい、森野」
『大矢です。どこにいます?』
「バック・・・。ごめん、クレームまわした」
『今、行きます』

ダンボールの積み上がった隙間に、隠れるように腰を下ろした私を、大矢はすぐ見つけた。
「森野さん・・・」
「ごめんなさい。クレームは?」
「不良品でした。交換ということで話はつきました」
「そう・・・良かった」

「森野さん・・・」
大矢が隣りに窮屈そうに腰を下ろした。
「俺と仕事するの、辛いですか?」
「え?」
「俺が貴方のペースを乱してしまったの、わかってます。あんなに楽しそうに仕事していたのに、体調まで崩してしまって・・・。責任は俺にあります」
「大矢・・・」
彼は、淋しそうに笑って言った。
「どうしても辛いなら、俺、ここを辞めます」
「そんな!」
驚いて彼を見た。

大矢は穏やかな表情をして、言葉を続ける。
「今の俺には、仕事よりも森野さんの方が大事だし、貴女が思うようにしてあげたいんです」
思わぬ言葉に涙で彼が滲んでしまった。

一年以上一緒に仕事して来て、この人の優しさや誠実さを気付かなかった訳じゃない。
本当に大矢はこのまま辞めてしまうだろう。私のために・・・。

「大矢・・・」
私は彼の腕に涙の頬を預けた。
「お願い。辞めるなんて言わないで・・・。私は今迷っているの。どうしていいか自分でもわからない。いろんな事が頭に浮かんできて・・・。貴方と私の距離は同僚としてしか埋まらない気がする。でも、大矢の優しさが私にだけ向いててほしいとも思う。混乱している・・・確かに」
「苦しめているんだ」
大矢はため息を吐いた。
「でも、貴方がいなくなることの方が、もっともっと辛いから・・・」

暫く沈黙が続いた。
そして、大矢が振り向いて言った。
「そうだね。このまま同僚として傍にいるよ。森野さんが俺を必要としてくれるまで」
「ごめんなさい。身勝手だね、私」
「さあ!もう、仕事に戻ろう。森野さん!」

大矢に手を引かれ立ち上がった。気持ちを吐露して、心が救われたようだった。
私も笑顔で答えた。
「でも、もしかしたら我慢できなくって、店の中で襲っちゃうかも知んないよ」
「バカ!また、殴るよ!お皿で」
「それも快感なんですって!」
彼は、私なんかよりずっと大人のように思えた・・・。







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