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最終話:13分35秒の奇跡



 千島蒼二はゆっくりと、目を開けた。
 見えるのは、星空。ここは、宇宙だろうか。だが、呼吸は出来る。下は透明になっていてわからない。
 先程までの鮮明な記憶はまだ残っている。御崎朱音を救えていた未来。そして、最後にした会話。
 蒼二は選んだのだ。あの未来よりも、この未来を。かつて、愛しかった人との未来を選択せずに。

「お兄ちゃん! 良かった!」

 近くに立っていた光希が、蒼二が目を覚ましたのに気づいた。蒼二は暫くそれを黙ってみていたが、
 やがて一つの不自然に気がついた。何故、ここに弟が居るのだ。まだ、あの夢の続きなのか?
 と思うも、あの朱音が行っていた。弟君が云々と。だから、この光希は本物なのだろう。それはわかっているが
 蒼二はどうも弟が一回り大きくなったように感じた。子供っぽかった弟が、男になりかけている瞬間というのだろうか。

「光希、どうしてここに居るんだ?」

 蒼二がそう聞くと、光希は少し離れた場所に立っていた未希を手で指し示した。
 釣られて未希の姿を見る。未希は何故かビクッと震えた。それでも、蒼二の視線から逃げる事はない。
 未希の姿は、写真で見た希という少女によく似ていた。これが、今回の事件の発端の子なのだ。
 何処にでも居る、普通の女の子にしか見えない。蒼二は威圧はよくないと思い、座ったまま喋りだす。

「君が、十文字の未希ちゃんかな? 俺は、光希の兄の千島蒼二だ。ユニオンの長もやっている」

「お兄ちゃん。あんま未希ちゃん睨むのやめてね」

「に、睨んでなんかねぇよ! 個人的に、結構フレンドリーに接してるつもりなんだが……」

 光希の突っ込みに、蒼二は内心傷ついていた。睨んでないのに、頑張って接しているのに、
 どうしてここまで子供に嫌われるのだろうか。やはり、笑顔の練習は大事なのかもしれない。
 そんな事を思い、すぐに頭の中で打ち消すと蒼二は会話を続けた。若干、笑顔と言う名の薄ら笑いを浮かべて。

「ここまで来たと言う事は、全てわかっているという事かな?」

「はい。私がした事で、外がどうなったか全て見てきました」

「それを見て、君はどう思った?」

「辛く、悲しい戦いでした。本当に、それしか思えなかったです。その一端に、自分の責任がある事も
理解しました。だから、私は此処へ来ました。お父さんを止める為に。ユニオンの代表に、謝罪する為に」

 頭の良い子だ。と蒼二は判断した。この年頃の子供が話せるような内容ではない。
 この後どうするかは既に頭の中にある。第三勢力が外で進行している事も。大体何なのかはわかっている。
 最低限の処理だけ済まし、後は仲間に託して此処まで来たのだ。

「未希!」

 そんな事を考えていると、十文字戒が離れた場所から立ち上がった。森羅万象を発動させ、油断無く
 蒼二達を睨み付ける。あれだけの怪我をしているのに、よくもここまで余力があるものだと蒼二は感心した。

(子供への愛、か……)

 式神を構えている父を、未希は正面から見ていた。戒も、娘の様子がおかしい事にようやく気がつく。
 森羅万象を解除し、ゆっくりと未希に向かって歩いていく。未希も、歩き出した。段々と速度が速くなり、
 未希は走って戒の胸へと抱きついた。戒も、優しくそれを受け入れて、腰に手を回す。

「お父さん……ごめんね。私の所為で……」

「いいんだ。これぐらい平気だよ。もう少し待っていろ。今、お母さんに会わせてやるからな」

 戒が蒼二を睨んだ。蒼二も油断無く腰を落とし、構えをとる。だが、戒の袖を未希は引っ張った。
 目に涙を溜めて、戒の事を見ると震える声を絞り出しながら戒へと思いを伝えていく。

「お父さん。駄目なんだよ……過去は、変えちゃ駄目なんだよ」

「未希……」

 未希は下げていたバッグから一枚の封筒を取り出した。見た事がある。卒業式に戒が受け取った感謝の手紙。
 未希から貰ったものは、家の金庫に大切に保管してある。という事は、これは母への手紙。
 出したいけど出せなかった母への感謝への手紙だった。それを、大切そうに未希は抱きしめると、

「本当はね。お母さんに伝えたかっただけの。お母さん居ないけど、私は大丈夫だよって……。
皆が居るからね。偶に寂しいけど、泣いちゃうぐらい寂しくないよって。お母さんの事、覚えてないけど大好きだよって」

「……そう、か」

 戒は未希を抱き寄せると、再び抱きしめて頭を撫でてやる。今回の件は、この子に辛い思いをさせてしまった。
 戒は今でも希の事を愛している。だが、どこか諦めていたのだ。希は、奇跡のような存在であったから。
 未希を希に会わせてやりたいというのも本物。だが、もう戒も慣れてしまっていたのだ。希のいない世界に。
 そして、怖かった。あの時、守れなかった希を再び愛すると事を。それを隠し、未希の為と全てを偽っていた。 
 戒は、蒼二に向き直る。せめて、娘だけは守る為に。膝をつき、更に手をついて頭を下げた。

「千島蒼二」

「何だよ」

「十文字派は、ユニオンに全面降伏する。賠償として、十文字の全権限。全魔具。十名家システム。
その全てをユニオンに委譲する。だから、俺の仲間とこの子の命を奪うのは勘弁して欲しい。
それでも足りないと言うのなら、俺の命を持っていくがいい。だから頼む。他の奴等は見逃してやってくれ!」

「私からも、申し訳ありませんでした!」

 未希も戒を習って手をついて頭を下げた。光希のじとっとした視線が痛い。これでは、確実にこちらが悪人だ。
 だが、こちらもユニオンの長だ。組織を運営する者として、中途半端な同情や態度は絶対にしてはいけない。
 たとえ、子供の目の前であろうとも。蒼二はゆっくりと歩き、戒と未希の下まで行く。

「十文字派は、完全にユニオンの傘下に入ってもらう。勿論、先程の権限。魔具。システムも当然貰いうける。
そして、事の発端の十文字家に関しては、現在建設中の舞浜特区完成までの無償奉仕と技術提供を
してもらう。お前達の魔具凄いよな。あれさえあれば、舞浜特区は俺の理想形に更に近づくという事で。
あ、後。もう頭上げろよ。親子の土下座なんて、正直そんなに見たいもんじゃねぇしな」

 戒の腕を引っ張り、立たせる。驚いたような表情をしている戒は、蒼二から目をそらす。

「いいのか? 俺は、お前の父親を多分……」

「あのおっさんならピンピンしてるらしいぞ。それに、これでようやく引退してくれんだろ。
やっと、ウチの母さんも安心できると思うわ。光希もお父さんがずっと家に居る方がいいよな?」

「何だかんだで何時も居るけどねー」

 光希の言葉に蒼二は苦笑を隠せなかった。戒と未希もそうだったらしく、こんな場所なのに笑いが漏れる。
 蒼二は懐からタバコを取り出し、火をつけてゆっくりと座り込むと、未希を見た。

「全てを背負う覚悟はあるかな?」

「……は? 何の話ですか?」

「君が、過去に行くという話だ。折角、ここまで来たんだからな」

「い、いやだって! 過去を変えるのは駄目だって……!」

「変えなきゃいいんだ。会うぐらいなら、何も変わらない。これは、ある意味残酷な提案なんだぜ。
君は、お母さんを見殺しにしなければならない。死ぬと分かっているのに、救ってはいけないんだ」

「っ」

「お兄ちゃん!」

 光希の厳しい声が飛ぶが、蒼二は気にせず続けた。戒も蒼二の言いたい事がわかったのか、静かにしている。

「それでも、それが君の幸せな未来に繋がるならば、君は過去へ行くべきだと思う。
全てを知って、全てを背負って、未来を生きるんだ。それは、確かに価値ある事だと、俺は思うんだ」

 蒼二の言葉が胸に響いた。未希は暫く黙考する。自分の理想の未来を思い浮かべる。
 数分が経っただろうか、未希は顔を上げた。決意を込めた瞳で蒼二を見据え、答えを出した。

「私、過去に行ってきます」








 蒼二達は空間内をくまなく探し、一つの扉を見つけた。古めかしい扉だ。その割りに上の部分にはモニター。
 モニター部分には、数字が表示されている。『13:35』と。戒が予想するに、これは過去に居られる時間だ。
 あれほどの反意思を注入しても、この程度の時間しか過去に存在する事が出来ないのだ。時を越える魔具が
 どうして文献でしか残っていないのかがよくわかった。過去の十文字では、これを扱うのは不可能だ。
 精々、数秒が限度。しかも、蒼二が体験した世界との勝負に負けていたと予想する。すなわち、過去を変えた者は居ない。

「準備できたか、未希」

「うん。ちゃんと、手紙を魔具にしたよ」

「そうか……」

「お母さんに会ったら、伝える事はある?」

「愛していた。そして、守れなかった事への謝罪を」

「わかった」

 そこで一旦未希と戒の会話は途切れた。そして、未希が扉を開けようとすると、戒は低く呟いた。

「希は、お前の成長を楽しみにしていたよ。だから、きっと喜んでくれると思う」

「うん。じゃあ、行ってきます」

 蒼二と光希にも手を振り、未希は扉を開けた。そして、白い空間目掛けて勢いよく飛び降りていく。
 座標の修正や、時間の設定等は戒が全てやってくれている。落ちていく感覚の中で、時たま映像が見える事がある。
 未希自身の少し前の映像から、小さい頃の事。未希自身が覚えていない映像も見えた。本当に、過去を遡っている。
 やがて、希の葬式をやっている映像が見えた。まだ若い皆が泣いていた。今では想像できないような大声を上げて。
 
「お母さん……」

 皆に本当に愛されていたのだ。自分の母は。当事の未希は、千春の腕の中ですやすやと眠っている。
 そして、映像が終わると世界が見えた。見た事のない町だ。ここが、母の亡くなった上泉町だと認識した。
 ゆっくりと降りて行くと、かつての父達が絶叫しながら町を破壊しているのが見えた。全員が泣いている。
 声を上げて、全てが嫌になったかのように。辛かったが、未希は目を背けなかった。これは、実際に起きたことなのだ。

「……」

 やがて、ゆっくりと着地。急がなければならない。13分35秒後にかつての戒達が来る時間に設定したのだ。
 戒達と会ってしまっては、過去が変わってしまう。未希は路地をこそこそと歩き、ついに母の姿を見つけた。
 ボロボロで存在がぶれている。偶に、光り輝く存在になったと思えば、人間らしい外見をどうにか保ち続けていた。
 その胸に抱かれているのは、自分自身。母は、自分を安心させる為に、頑張って人間の形を保とうとしていたのだ。

「ごめんね……」

 母の声が聞こえた。予想していた声よりずっと幼い。その声に釣られるようにして、未希の足は勝手に進んだ。
 その気配に気づいたのか。希は未希を守るように抱きしめ、警戒するような声を出した。

「どなた?」

「あ、あの……その……じゅ、十年後の……その、十文字、未希です」

 たどたどしく言うが、未希の心は絶望に染まっていた。いきなりこんな事を言い出しても、信じてくれるわけがない。
 まずは、信頼してもらう事が重要だった。緊張しすぎて、頭の中身が吹っ飛んでしまっていた。
 30パターン程会話内容を考えていたのに、いざ会ってみればこのザマである。恥ずかしくて、まともに顔が見れない。

「あら……お顔見せてくれる?」

「は、はい」

 何故か乗ってきた。未希は警戒されないように無防備を示して近づき、しゃがんで母と目線をあわした。
 自分に似ている気がする。年もかなり近い。当たり前だ。母というよりも、姉といった方が理解されやすいだろう。
 希は暫く未希を見ていたが、やがて綺麗な笑顔を作ると姿勢を正して上着を脱ぐ。優しく畳んでその上に、
 十年前の呑気にすやすやと寝ている未希を置いた。

「お久しぶり……の方が正しいかな? 私の事、覚えてる?」

「信じて、くれるんですか?」

「当たり前じゃない。自分の娘だもの。わからないわけないじゃない」

 母の手が、未希の頭の上に置かれた。それだけで、ずっと我慢していた心が決壊しそうになる。
 駄目だ。泣いちゃ駄目だ。迷惑がかかる。それでも、涙が零れた。嬉しいのに、悲しくないのに、涙が止まらない。

「お母さん……」

「うん」

「お母さん……!」

「うん」

「お母さん……お母さん!」

 泣き叫び、未希は母に抱きついた。わんわんと泣き喚き、子供の頃に戻ったかのように泣いた。
 ひとしきり泣くと、心が落ち着いた。泣き叫ぶ事で、ようやく心が冷静に戻った。母の温もりが愛おしい。
 離れたくは無かった。それでも、残された時間は少ない。未希は体を離すと、

「魔具でね。時を越えて来たんだよ」

「あらー。そうなの。便利な時代ねぇ」

「でもね。やっちゃいけない事だったの。色んな人にいっぱい迷惑かけちゃった」

「……そう。そうだよね。ちゃんと、謝れた?」

「うん。謝った。一年間ぐらいね。お仕事のお手伝いしたら、許してくれるって」

「そう。偉いわね。ちゃんとごめんなさい出来る子になってくれたんだ」

「来年から中学生だし。……だから今日、これを渡しにきたんだよ。お母さんへの感謝の手紙」

 未希はバッグから、魔具の手紙を取り出した。母に渡し、開けるように促す。
 希が封筒を開くと、光が飛び出した。キラキラと綺麗に輝く光達へ、すぐに希の中に吸い込まれていく。
 そして、希の中に未希の全ての記憶が溢れかえった。この十年。未希が見てきた全ての物が希に
 伝わっていく。仲間の事。愛する家族の事。今日どうやってここまで来たのか。希は瞬時に理解し、未希を抱きしめる。

「皆……バカだよ。私なんかの為に、あんなにボロボロになっちゃって……迷惑かけて……」

 母が泣いているのを未希は理解した。必死に抱きしめ、未希もまた泣いた。暫く二人ですすり泣く声が響く。
 未希の先程作った時計のアラームが鳴る。残り、五分だ。そろそろお別れしなくてはならない。

「時間?」

「うん。……後五分で、帰らなきゃ」

「そうなんだ……」

 一瞬の間が空く。ついに耐え切れなかった未希は、涙を零しながら話し始めた。

「ごめんなさい……お母さん、助けてあげたいけど。駄目なの。過去は変えちゃいけないの!
命への冒涜なの。お母さんの体治して、助けてあげられるけど、私、お母さん助けちゃいけないんだ……」

「うん。わかってるわ。だからね。最後にお母さんのお願い一つ聞いてくれる?」

「う、うん。何でも言って!」

「お母さんを魔具にしてほしいの。お母さんの気持ちを手紙の魔具にして、未来に伝えて欲しいの。
お母さんも思うんだ。確かにね。過去は変えちゃいけない。でもね。未来は変えてもいいんだよ。
お母さんの思いが未来に届けば、きっと皆踏み出してくれる。過去じゃなくて、ちゃんと未来を見てくれる」

 希は、未希の頭に優しく手を置いて髪を撫でてやる。それが嬉しくて。堪らなく落ち着いて。

「だから、お願いしていい?」

「…………うん」

「ごめんね。未希ちゃんには……辛い思いばかりさせちゃって。
本当はね。参観日も行ってあげたかった。お誕生日には、好きなもの作ってあげたり、好きなものを
買ってあげたりしたかった。良い事をしたら、褒めてあげたかった。もっともっと、ずっと愛してあげたかった!」

 希は未希を思い切り抱きしめ、自分の思いを伝えた。それで、もう後悔はない。死ぬのも怖くない。
 未希が、会いに来てくれた。十年後から時を越えて。もうそれだけで、自分の最後の心残りは満たされたのだ。

「お母さん……お母さぁん!」

 時間的に見ても、母の残りの反意志の残量を見ても今逃せば全てが終わってしまう。
 未希は、意を決して魔具の力を発動。母の思いを掬い、それを形にする。初歩的な魔具の応用だが
 未希は油断する事なく、一つ一つの工程を愛しみながらこなしていく。やがて、希と未希の体が光を帯び始めた。
 









ねぇ、お母さん。


お母さんが居なくて、辛いよ。


寂しいよ。


悲しいよ。


偶に泣いちゃう事だって実はあるよ。


でもね。


私には皆が居るよ。


お父さん達は心配性でね。


小さな事ですぐ大騒ぎするの。


遠音ちゃんは、それを見て何時も呆れてるの。


凛ちゃんとか他の皆も、優しいんだよ。


心配しなくても平気だよ。


うん。


だけど、安心して。














──私は、幸せだからね。









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