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第56話:最後に、握手を





「蒼二君。起きてください」

 そんな声が聞こえて千島蒼二は目を覚ました。見慣れた部屋の天井。そう、千島家の自室だ。
 視線の先には、女の子が一人。寝ぼけた頭で蒼二はその女の子の名前を口にした。

「朱音……」

「朱音……。じゃないですよもう。 何時だと思っているんですか」

 御崎朱音がそこに居た。何故か、大人びていると思った。何故かはわからない。
 そんな疑問はすぐに消え、蒼二はゆっくりと起き上がった。時計を見ると、午後二時。確かに起きるには遅い。
 部屋にはベットが二つと勉強机が二つ。一つは自分のもの。もう一つは朱音のものだ。何か違和感。

「……なぁ。俺、最近まで何してたっけ?」

 記憶がこんがらがっている。頭の中に様々な情報が溢れかえっていて、上手く纏められない。
 すると、朱音は持っていた洗濯籠を置いて優しく蒼二を抱きしめた。

「あんな事がありましたからね……いいでしょう。眠気覚ましには丁度いいかもしれませんね。
昨日、蒼二君はやっと病院から帰って来たんですよ。神々の黄昏事件で、人間は本当に追い詰められましたから。
天美運命に千島藍。とても辛い戦いでした……。十文字戒が来てくれなかったら私達、今頃死んでましたよ」

 朱音の言葉に蒼二の中に記憶が溢れかえった。神々の黄昏事件──ラグナロクという鬼神集団と人間の戦い。
 戦死者は過去最大規模。日本で最強の数の十名家の直系も何人か殺されてしまうという痛ましい事件だった。
 九我山家の長女。五月家の長男、三女。二階堂家の損害が特に酷く、長男、三男、頭首までもが死んでしまった。
 名だたる名家の直系ですら特に強かった三人の鬼神に殺されてしまったのだ。本当に恐ろしい事件であった。

「……いっぱい、死んだんだな」

「はい」

 暫く無言の時が流れた。朱音は蒼二の手をとって立ち上がらせてやり、

「少し、風に当ってきてはどうですか? 今日は、良いお天気ですし。私はこれから洗濯物を干すので」

 そう言うと朱音は優しく蒼二の頭を撫でてベランダへと行ってしまった。
 一人残された蒼二は、一息つくと部屋の戸を開けて廊下に出た。何時もの家だ。だが、何かが足りない気がする。
 階段を下りていく。リビングに入ると、妹の遥緋が板チョコを咥えてテレビを見ていた。

「あ、お兄ちゃん。おはよー」

「……おす。ンなもんばっか食ってると太るぞ」

「別にいいもーん。時雨ちゃんも、私はもう少し太ってた方が好みだって言ってくれたし」

「は? 何で時雨がそんな事言うんだよ」

 蒼二がそう言うと遥緋が眉を吊り上げて、少し怒ったような顔で蒼二の事を見た。

「当たり前じゃん。だって、私。もう、時雨ちゃんの彼女なんだよ? お兄ちゃんが複雑なのもわかるけどさー」

「……え」

 遥緋の言葉に再び蒼二の中から記憶が溢れ出した。神代戦争の少し後だったか。何時の間にか、
 遥緋と時雨は付き合いだしていたのだ。元々、蒼二と遥緋は子供の頃から時雨に懐いており、
 付き合った事に対して何か昔の関係が無くなってしまったような気がして、随分とあの頃は遥緋と言い合いをしたのだ。

「あ、ああ……そうだったな」

「今日だってデートの約束だったんだけどさ。九我山さんちの長女、律さんだっけ? あの人がこの前の戦いで
亡くなっちゃったから、時雨ちゃんお葬式行ってるんだ。私としては、結構複雑だけどね。律さんも時雨ちゃんの
事好きだった見たいだし。でも、亡くなっちゃった方を悪くは言いたくないし……」

 ぽつぽつと語る遥緋に、蒼二は何も言えなかった。
 そのまま踵を返し、「外に出てくる」というと、遥緋の返事は聞かずに靴を履いて、家の外へと出た。
 ぶらぶらと歩き、地下一階にある朱音や遥緋とよく一緒に行く喫茶店へと入る。

「いらっしゃいま……せ」

 ウェイターに声に一瞬の動揺。蒼二が見上げると、同級生の村松信吾が制服を着て立っている。
 何故か、親しそうに手をあげて挨拶しそうになった。この同級生とは同じクラスだが、上手くいっていない。
 一回殴りあいの喧嘩をして、蒼二が一方的に殴ってからは近寄ってこなくなったのだ。

「禁煙で」

「はい。どーぞこちらへ」

 無愛想な対応に気を悪くする事もなく、蒼二は席へとつきコーヒーを注文した。
 今日は何処か上手く行かない。何かがおかしいと感じる。それでも、そのおかしさはよくわからない。
 一度、蒼二は記憶を整理する事にした。二年前に秋月罪歌と知り合い、父を探す旅に出た結果、朱音と知り合った。
 そして、神代兄弟と戦い、鬼神の存在を知る。朱音のお陰もあってか、どうにか仲の悪かった父や妹とも和解し、
 最後の戦いの時に、罪歌達の誤解も解けた。そして、この前まで神々の黄昏事件に関わっていた。
 結晶を埋め込まれた男女。名前はよく覚えていないが、一度だけ共闘した。そして、祖先との出会い。
 結果的に九尾の狐。ラグナロクを自分達は滅ぼしたのだ。

(千島藍か……。親父達が結局最後は倒しちまったけど、あいつは強かったなぁ)

 今でもあの恐怖は覚えている。冷房が効きすぎているのか、はたまた恐怖からか、寒気を感じた。
 それから目を背けて、コーヒーを啜っていると、再び店のドアが開き、知った顔が入ってきた。

「ういっす。何やってんの?」

「暁さん。ういっす」

 朱音の兄の御崎暁が笑顔で蒼二の方へと歩き、正面の席について同じくコーヒーを注文した。

「学生が羨ましいぜ。こっちは、このクソ暑いのにこんな格好で外回りだしよ」

 暁はそういい、タバコを一本口に咥えると着ていたダークスーツを指差しておどけた。
 蒼二はこの暁が嫌いではなかった。朱音の兄なのだ。まず嫌えるわけが無い。暁も暁で蒼二を
 弟のように可愛がってくれている。時雨の他に唯一兄貴分として頼っている大切な存在だった。

「お疲れさまっす。今日は、ナナシや剣菱さんは一緒じゃないんですか?」 

「あいつなら、今日は休み取ってた。やっぱり、あいつも鬼神だからな。ラグナロクや九尾の狐の鬼神を
ちゃんと弔ってやりたいつって、今頃ユグドラシルの跡地に居るんじゃねぇかな。剣菱は、仕事辞めて二階堂特区に
行ったよ。俺らが昔可愛がってやった子がついに天涯孤独になっちまったらしくてな。これから、一緒に暮らすんだとよ」

 御崎戦争にて、敗北した御崎家は家の歴史に終止符を打った。朱音と暁はと剣菱は浅葱家に雇われており、
 狂や罪歌やナナシは八神家で暮らしている。まだまだ、他の家からの扱いは悪いが、ここ数年でこれでも随分マシになった。

「大変そうっすね。……俺も、将来どうしようかなぁ」

「千島は継ぐのか?」

「一応、長男なんでそのつもりっす。ただ、ウチの駄目親父がなぁ……。もう働きたくないの一点張りで」

「あのおっさんも、もう一人子供でもできりゃ、変わるんだろうけどな」

 そのまま、暁との会話を終えると一緒に店を出て蒼二は一度家に帰宅した。すると、家の前に見慣れた車。
 時雨のよく乗っている車だった。近づくと、軽くクラクションを鳴らされ、時雨が窓から顔を出した。

「やぁ、蒼二」

「おぉ、時雨か。どうしたんだ? 葬式だって遥緋から聞いてたけど……」

「ん。……まぁ、ちょっと早くついたからね。今日は一応、デートの約束してたし。約束は守ろうかなって。
……いや、ごめん。ちょっと蒼二に無神経すぎたかな。やっぱり、家にまでこられるのは嫌だったかい?」

 時雨が少し気まずそうに蒼二を見て言う。兄とその弟と妹のような関係とは違い、今は男と女の関係。
 最初は何か嫌だったが、今ではそうでもない。むしろ、ここまで気を使える兄貴分の事を更に尊敬した。

「いいや。楽しんできてくれよ。今日は親父も母さんもいないみたいだし、久しぶりに朱音と二人なんだ」

「ん……。それにしても、何か変な気分だね。蒼二と僕が、こんな会話をするなんて」

「そうだな。俺達も、少しは大人になったんじゃねーの?」

 時雨とお互い笑いあっていると、玄関から慌てた遥緋が飛び出してきた。蒼二は手を振ると時雨に背を向けた。
 珍しく遥緋も気合の入った服装をしている。小声で「せいぜい頑張れよ」と声をかけると、遥緋もニヤリと笑い、

「今日、帰らないかも」

 と小さく呟いて時雨の車に乗ってしまった。あの妹がそんな事を言うとは思いもしなかった。
 気がつかないうちに変わっていく。蒼二自身も、周りも。車が走り去ると同時に、家の玄関をくぐった。
 靴を脱いで、家にあがる。リビングに行くと、奥にあるキッチンでは朱音が料理をしていた。

「ただいま」

 蒼二がそう言うと、朱音も顔を上げて笑顔を作ると、

「お帰りなさい。蒼二君」

 優しくそう言葉をかけた。蒼二の中に暖かい感情が芽生える。素直に言える、俺は今幸せであると。
 御崎朱音が愛おしい。世界中の何よりも。朱音と一緒なら、何も怖くない。ずっと生きていける。

「今日は遥緋ちゃんが居ませんからね〜。久しぶりに、二人きりですね」

「ああ。本当に、久しぶりだ」

 何故だか、涙が零れた──。





 それから数年後、蒼二と朱音は結婚した。
 仲間達も何人か結婚している。意外だったのが、暁の結婚相手。どのような経緯を経たのか、驚く事に
 梨香といきなり結婚をしていた。時雨と遥緋は高校卒業と同時に結婚しており、子供が一人居る。
 蒼二は蒼威から千島家を任され、現在最大の懸案事項である海外勢力の侵攻に対して、八神と手を組み
 十名家の半分以上と結託した。戦いは未だ小競り合いで済んでいるが、それもそろそろ限界を迎えている。
 
「ククク! 最高に笑えるわね! 外人風情に金で魂を売るなんて! 本当に賞金稼ぎってクズすぎるわ」

「お、お姉ちゃん……。喋りながら壁を壊すのやめなよ」

 会談にて、五月風香が最近手に入れた情報を話しながら自分達の居る建物を壊し始めたので
 慌てて全員で止めた。蒼二がそれを呆れた目で見ていると、近くに居た三枝万里が暗い顔で話しかけてきた。

「すいません……。風香さんは、颯太さんと舞香さんが亡くなってからずっとあんな感じなんです……相当ショックだったみたいで」

「確か、神々の黄昏事件で亡くなった長男だよな」

「はい。我々十名家はあの事件で多大な被害を被りました。九我山の律さん。五月の颯太さん。舞香さん。
そして、二階堂の直系の壊滅……。それだけではありません。四条の頭首もあの戦いの後から行方不明。
本当に、辛く悲しい戦いでした。その傷も、未だ癒える事はないです。舞香さんだけじゃなく私も含めて──」
 
 よくよく見てみると、五月風香の目には深い悲しみの色が見えた。三枝万里も、話していてどこか辛そうだ。
 ──心がひどく痛んだ。よく知らないのに。殆ど会ったことも無いのに、蒼二には彼等の死がとても悲しい。
 そんな事があり、会議は終わった。結局、その後数年は小さい小競り合いはあったものの、教会の侵攻は無かった。
 


 千島蒼二は思う。
 色々問題はあるが、この世界が好きであると。それは、子供が生まれたからであろうか。
 千島蒼二と千島朱音の子──千島蒼介。朱音の体の都合上、二人目は厳しく、蒼介は一人っ子となった。
 だがそれでも、蒼二は出来る限り家にいた。朱音にはもう、戦いから退いてもらい、遥と一緒に家事を担当して貰っている。
 遥がここ数年病気がちだからだ。

「何かね。蒼二と遥緋が結婚したら、安心してどっと今までのツケがきちゃったみたい」

 その言葉に蒼二はこっそり涙した。家の生業上、何時死ぬかわからない。でも、自分は力になれない。
 遥は蒼二達が戦っている間、ずっとその重圧に耐えてきたのだ。蒼威も完全に仕事を辞め、遥と一日を過ごす
 事に全力を尽くしている。蒼威は本当に遥の事を愛しているのだ。両親の強い絆に、蒼二は朱音と自分を重ねた。
 だが、幸せなはずなのに。満たされているはずなのに。蒼二の心には何時も何かが引っかかっているのだ。

「ちょっと、散歩しねぇか」

 朱音の手を掴む。温かい体温が伝わってくると共に、気持ちも温かくなった。だが、何かが引っかかる。

「ええ。いいですよ」

 朱音と蒼二は並んで町の中を歩き出す。
 高校生の時からずっと住んでいるこの町は、蒼二の中でも大切な場所のひとつだ。
 だが、何か他に大切な場所がある気がしてしまう。これよりも、もっとずっと愛おしい場所が──

「お兄ちゃん──」

 声が、聞こえた。

「お兄ちゃんってば──」

 視界の端に、子供の姿が見えた。全く見た事もない子だ。だが、見た事がある気がしてしまう。
 蒼二の視線に気づくと、子供は走り出してしまった。今は、朱音と手を繋いでいる。この手は、離してはいけない。
 心がそう叫んでいると同時に、子供を追いかけろとも叫んでいる。

「蒼二君……?」

「──っ!」

 蒼二は手を離し、走り出した。
 全速力で、緋眼を使い、がむしゃらに子供を追いかけていく。子供はありえないぐらい早い。
 ほぼ自分と同じ速さだ。一向に差は縮まらず、開きもしない。それでも、子供は路地を駆けて行く。
 暫くそれが続くと、開けた場所に出た。公園が近くにあるマンションだ。見た事がないのに、見た事がある。

「ほーら! 悠華! そっちいったよー!」

「よっしゃあああ!」

 公園では母親と娘らしき子が、キャッチボールをしていた。とても、楽しそうで、幸せそうに見える。
 休憩も兼ねて蒼二が公園の中に入ると、娘がボールを変な方向に投げてしまい、それは蒼二の方へ。

「すいませーん」

 母親が駆け寄ってくる。蒼二はゆっくりとボールを拾い、顔を上げて渡そうとすると、硬直してしまった。
 何処かで見た事がある。小柄でショートカット。特徴的な瞳。大人とは思えない程の童顔。
 
「あ……」

 涙が溢れ出てきた。何か大事な事を忘れていた。
 それでも、やっと思い出せた。心が、体が、彼女の事を覚えていた。そう、天美命がそこに居たのだ。
 ここは、現実ではない。まやかしの場所。もう、決めた筈だった。御崎朱音の居ない世界で生きていくと──。
 
「おめでとうございます」

 命の体が幻影のように消え去り、風景も変化していく。闇が周囲を侵食し、満点の星空が見えた。
 蒼二は、夜の草原に居た。だが、ライトアップされたようにそこは明るい。光源は星だけの筈なのに。
 誰かが歩いてくる音がして、振り返るとそこには御崎朱音が居た。先程までの大人の姿ではなく、あの時のままだ。

「お久しぶり、というべきでしょうか?」

「そうかもな。やっぱり、アレは嘘だったんだな」

 悲しそうに朱音を見ながら、蒼二はそれでも笑った。

「あれは、貴方が"御崎朱音"を救えていた時の未来ですよ。幾つか可能性があったうちの、一つです」

 御崎朱音を救えていた未来──。よくよく思い出してみれば、相違点がかなりあった。
 剣菱達が生きている代わりに、十名家側に何人かの死者が出ていた。あの場で神代を倒した為に、
 神璽と由加とそこまで関わらなくなった。郁人とも、そこまで仲良くならなかった。それが、あの未来。
 
「貴方は、世界わたしに勝ちました。あれは私が見せていた幻覚です。流石に、時を越えられるのは不味いんですよ。
魔具というバグにも困ったものです。ですから、この場合にだけ限り、私はルールを犯し、介入するんですけどね。
しかし、弟君凄いですねー。あんな人間初めて見ましたよ。ま、そのお陰で貴方は私に勝ったんですけどね」

 その言葉を聴いて、蒼二は目の前に居る朱音が大体どんな存在なのか理解した。
 それを踏まえて、一つ。

「お前は、ただ朱音の姿を借りているだけなのか?」

「先程までのあの未来での御崎朱音は本物です。今だって、大半は本物なんですよ?
私も忙しくてですね。この会話はプログラムですし。この会話の内容以外の話題の時は、本物の御崎朱音です」

「そうか……」

「今まで何人かが私と戦いましたが、勝利したのは貴方達が初めてです。ですから、貴方達に資格を与えます。
時を越える魔具で過去を戻す資格を──。ま、私にはもう、貴方がどうするかわかってるんですけどね。
ですから、この姿で現れたというのは私なりの最大級の賛辞です。この"世界わたし"に勝った珍しい人間という事でね」

「よくわからんが、もういい。朱音と最後に話をさせろ」

「はいはい。貴方がこの話題やめれば自動的に切り替わるんですけどね」

 そう言うと御崎朱音は一度黙った。蒼二も一度黙り、頭の中で内容を再確認した。ここが、ある意味では終着点。
 だが、蒼二は止まるつもりはない。これからも、進み続ける。だからこそ、ここで一度けじめをつけたかった。

「よぉ、朱音。本当に久しぶりだな」

「ええ、お久しぶりです。本当にまぁ、逞しい男性になっちゃって。あの頃のヒネた子供と同一人物とは思えません」

「そんなに変わったかな?」

「変わりましたよ。こうして見ているだけで、蒼二君の成長がわかります。きっと、幸せなんでしょうね」

「……もう、結婚して子供も居るんだ。嫁さんはお前と違って、チビで童顔だけど怒るとめっちゃ怖くてな。
娘は蒼華ってんだ。目つきの悪さが俺に似ちゃってさ……女の子なのに……煉次なんか、既に捻くれててな……。
他にも……色々あったぞ……遥緋は莉王と結婚したし、時雨も律と……光希って弟も生まれたし……」

 途中から涙声になってしまった。何時の間にか、下を向いて涙を零しながら蒼二は朱音に語っていた。
 まだもっと、語りたい事は沢山ある。泣いてる場合じゃない。だが、蒼二の心は決壊していた。
 すると、ふと頭の上に手が乗せられた。朱音の手だ。あの頃と変わっていない。何時も、朱音はそうだった。
 自分の心配をしてくれた。自分の話をちゃんと聞いてくれた。弱気になれば慰めてくれていたのだ。

「頑張りましたね。遥緋ちゃんがあの変人と結婚したのは驚きですが……」

「朱音……」

 頭から手が離れた。蒼二はそれに気づき、再び朱音を正面から見据え、指で涙をはらう。

「行くんですか?」

「ああ、俺はお前の居ない未来を生きていくよ。全部背負って、死ぬまで世界の安定の為に生きると決めたから」

「まだ、その約束覚えていてくれたんですね」

「当たり前だ。こう見えて、義理堅い方なんだぜ」

「そういえば、そうでしたね。蒼二君は、そういう人でした。だから私は、貴方に託す事ができたんです」

 そう言うと、お互いに笑みを漏らした。あの頃に戻ったかのような懐かしい感覚。
 だが、もう戻ってはいけないというのはお互いわかっている。だから、と蒼二は一歩前に出た。

「お別れだ。──最後に、握手を」

「はい」

 朱音の手を握る。あの頃と、同じ感触。心が落ち着いていく。蒼二は笑顔を作り、朱音もそれに笑顔で返した。
 ゆっくりと朱音の体が消えていく。同時に、蒼二も消えていく。お互い、自分の在るべき場所に帰るのだ。
 
「──蒼二君」

「何だ?」

「貴方の進む道が正しい道かはわからない。でも、貴方が正しいと思った道を進んでください。それが、蒼二君の世界の真実ですよ」

「……あぁっ!」

 
 ──そして、二人の姿が完全に消えた。 



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