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第53話:その約束だけは





「十名家十文字派とユニオンに告ぐ。これは、国からの正式な依頼だ。この国の調和を乱し、裏の不文律を私事で破った
十文字派の処刑を、国は我等鏑木と教会アジア支部に依頼した。ユニオンは今すぐに、戦線を退いてもらおうか。
もう一度言う──これは、国からの正式な依頼である。拒めば、ユニオンも反乱分子と見なす!」

 鏑木の声明を聞いて、由加は心の中で舌打ちした。国は、十名家の十文字派を切り捨てたのだ。
 しかも、国は自分達ユニオンに一言も話さず、独断で鏑木と教会と手を組んだ。下手すれば、この策略の目的は
 ユニオン諸共潰すつもりなのかもしれない。冷静に思考を加速させていく。この状態で手を出せば、ユニオンは崩壊する。
 パトロンは十名家の八神派が多いが、土地や権利などの土台となる事項は、国の協力がなければやっていけない。

「……打つ手無し」

「みたいだな。とりあえず、現状は見守るしかねぇか」

 神璽が感情を隠した声でそう言い放つ。悔しいのは神璽も同じ。だが、組織という体面上何もできない。
 とりあえず、指揮は全権を神璽に委任し、各小隊との連携をとってもらうことにした。
 その間も由加は考える。何か、戦闘行為に参加できる大義名分は無いのかと。──否。何もない。
 自分達が今まで戦ってきてしまった事がその理由だ。ユニオンは降ろされ、指揮系統があちらに委譲された。

「由加さん!」

 稲光と共に、郁人が突然目の前に現れた。相当激しい戦闘だったのか、傷だらけのボロボロの姿である。
 そして、空に浮かぶ巨大な戦艦を睨む。どうやら気持ちは同じなようだった。すると、運命も瓦礫を跳び越えて
 やってきた。これで、幹部が四人。蒼二は先程十文字本家に突撃してしまった為、四人でやるしかない。

「歯がゆいね。国に連絡取ったけど、完全無視。どうやら、本気で十文字派を潰すみたいだね」

「うん。気持ちはわかるけどね。国にとって最大の脅威だったんだから。ここで、十文字派が滅べば
再び主権は国に戻るし。私達は、出資者の関係上、今は国に従うしかないんだから」

「……海外から出資者を募ろうにも、大半は教会の勢力ですしね。安価で雇える賞金稼ぎに、
これを期に完全に日本進出を目論む教会か。俺達にとっても、正念場ですね」

 どうするべきか。答えはでない。ユニオンの隊員達もきっと不安に思っているのだろう。
 幹部がしっかりしなくてはならない。しかも、長が不在なのだ。暫く状況を静観していると、鏑木が動き出した。
 進軍し、そして一際大きな戦艦が主砲を取り出した。その照準の先は──

「まさかあいつ等──!」







「え……?」

 未希が思いを伝え終わると、一瞬で魔具が全て破壊された。その後から出てきたのは、知らない勢力。
 先程攻撃してきた戦艦と似ている。更にその後の相手方の発言。十文字派の処刑。心が崩れた。
 へたり込み、呆然と未希は戦艦を見つめる。処刑。処刑。処刑。頭の中にはその単語しか浮かばない。
 光希が何かを叫んでいたが、何も聞こえない。砲身が現れ、こちらを向いた。逃げなきゃ──

「み、光希……」

 体が動いた。光希だけでも逃がさなきゃいけない。式神を発動させようとした。頭が痛い。
 魔具を大量に作った所為で、体力、精神力共に限界を迎えてしまった。体が痙攣し、倒れてしまう。
 最後の力を振り絞って光希に手を伸ばす。光があふれ出した。発射されたのだろう。

「ごめ……」

 涙で滲む視界の端に、女性が現れた。見たことがある。大切な人。母と慕った人。
 七海遠音が、ボロボロの体で発射された光目掛けて走っていた。未希は、無意識の内に、

「──助けてっ! お母さん!」

 と叫んだ。遠音は母ではない。本人からも、母と呼ばないでくれと子供の頃に言われた。
 それでも、未希にとって遠音は母親みたいなものだった。参観日には、いつも来てくれた。
 悩みがあると、すぐに相談に乗ってくれた。寝る前には本を読んでもらったり、何時も傍に居てくれた。
 どんなに嫌な事があった時も味方として助けてくれた。そして、今回も──

「────ッ!!!!!」

 絶叫。破壊の光線を正面から遠音は受け止める。例えこの身が滅びようとも、未希だけは守る。
 約束したからだ。命ある限り、未希を守ると。郁人と戦って、満身創痍だ。それでも、未希の命を守りたい。
 光が収束していく。後に残ったのは、煙を上げる遠音。膝をつき、前のめりに倒れそうなのを必死に堪える。

「未……希……? 大丈夫……かな?」

 両腕の手首辺りが消滅している。体にかかった負担は常人ならとっくに死んでいる。
 それでも、遠音は笑った。未希が心配しないように。ただずっと虚勢を張り続けているのだ。

「遠音ぢゃん……!」

 未希は最後の力を振り絞って、遠音に抱きついた。遠音も震える手で、未希を抱きしめ返す。
 言葉はなかった。ただ、お互いが生きている事を確認している。それだけで十分だった。
 攻撃は終わったわけではない。教会・鏑木の戦艦から次々と人間が現れて、このビルに迫ってきている。
 他の戦艦も移動を開始し、ビル全体を囲うような陣形をとる。

「っ……。未希、逃げるんだ」

「嫌だよ! 私の所為なんだよ! だったら私が最後まで──」

「駄目だよ。未希。君が死んだら、私は君のお母さんに顔向けが出来ない。
約束したんだ──命ある限り、君を守ると。その約束だけは、守らなくちゃ……」

「でも遠音ちゃん! 死んじゃいそうじゃん! 嫌だよ──遠音ちゃんが死んじゃったら私!」

「いいんだ。私は、此処で終わる。不浄だから──。今日、終わらなきゃいけないから……」

 遠音は半分存在していない右手をかざし、握りつぶす。すると、空を飛んでこちらに迫っていた
 教会の人間達の何人かが潰れて地上へと落ちていった。向こうも黙ってはいない。攻撃をしてくる。
 体はもう動かない。遠音は、超動の力だけで教会・鏑木に死んだような目で応戦していた。

「不浄って……。遠音ちゃんが、お父さんの事を好きな事?」

「なっ!?」

 遠音の目に光が戻った。気づかれてしまっていたのか。未希の目が怖い。愛した子に軽蔑されるのが怖い。
 瞳から涙が零れていく。絶対に知られたくなかった事を、どこからか未希は知ってしまっていた。
 感情がごちゃごちゃになり、遠音は子供のように泣きじゃくった。心が壊れていく音。だが、未希は遠音を 
 再び抱きしめ返し、

「ごめんね……でも、それは不浄何かじゃないよ! 仕方ないじゃない! 遠音ちゃんだって人間なんだから!」

「でも私は、君のお母さんを裏切った……!」

「完璧な人間なんて居ない。誰にだって醜い部分はある。遠音ちゃん達は過去を想いすぎだよ……。
今を生きてない。ずっと、お母さんが居た頃にすがってる。だから、何時までも抜け出せない。
私もそうだった……お母さんに会いたかった。でもね。もう、私達はお母さんの居ない世界で生きていくしかないんだよ!」

「でも……」

「お母さんだって、自分が遠音ちゃんの幸せを邪魔してるなんて思いたく無い筈だよ! 友達だったんでしょ!?」

 未希はそう言うと泣きながら遠音の胸にすがりついた。もう、これしかなかったのだ。
 泣き落とし。そういえば悪く聞こえるが、そこにある感情は真実。遠音の幸せを心から願っている。
 そして遠音もようやく、答えが出せない事に気づいた。そう、だからまだ、生きるしかないとわかった。

「……わかったよ、未希。これが終わったら……話し合おう。私達、皆でな……」

「うん!」

 教会・鏑木の攻撃は苛烈さを増していく。瓦礫に隠れて今はやりすごしているが、時間の問題だ。
 もう一度あの主砲を撃たれては流石に厳しい。すると、遠音はようやく光希の存在に気がついた。

「……誰かな、あの子は?」

「あ! うん! この子、光希って言うの。千島光希。お兄ちゃんがユニオンの代表なんだって!」

「えっと……はじめまして。千島光希です」

 実を言うと光希。未希と遠音の心温まるやり取りに感動してしまい。邪魔をしてはいけないと
 ずっと気配を消していた。遠音ですら気がつかなかった程だ。遠音は光希の正体を聞いて
 驚愕している。光希はそれを冷静に見つめていた。悪い人じゃない。そんな確信が生まれる。
 しかも光希にはそんな事よりも、ずっと気になっている事があったのだ。

「……光希君か。ウチの子がお世話になったようだ。君も一緒に逃がすから安心してくれ」

「ううん。大丈夫です」

「……え?」

「未希ちゃん。僕、式神使うから。ちょっとどいてて」

 そう言うと光希はずんずんと歩き出した。未希と遠音はあまりの発言に呆然としてしまう。
 ようやく理性が働き、止めようとした時には既に光希はビルの屋上の端に立っていた。
 ゆっくりと、鏑木・教会を見つめる。白い服を着た教会は無表情。私服の鏑木は笑っていた。

「僕、我慢したよ……」

 あの一発目の攻撃から、光希は頭にきていた。この人達は、未希の思いを踏みにじったと。
 未希が必死になって作った魔具を破壊。あれだけ熱の篭った演説に対し、笑っている者も居る。
 子供心なりに、これはイジメだと判断した。

「だから……もういいよね?」

 イジメは父に絶対に許されない行為だと教えてもらった。イジメに対しては、本気を出していいと
 父に教わっていた。だから光希は、ゆっくりと両手を上げる。

「おじさん達が悪いんだよ……」

 二郎の式神に触れてから、ずっと光希の中で何かが叫んでいた。異常なまでの攻撃衝動。
 強大な力があれからずっと光希の中で蠢いている。それでも、光希は平静を保ち続けた。
 だが、ようやく解禁を迎えてみれば。残酷で純粋な子供心に、嗜虐心が目覚め、

「出てきて、僕の式神!」

 光希のグローブが顕現。膨大な式神の気配が周囲を蹂躙し、鏑木・教会の動きが止まった。
 右手の手甲には赤い玉。左手の手甲には青い玉。それぞれの属性は、炎と氷。
 右手に、藍のレヴァティーンが顕現。左手に、蒼二の修羅紅雪が顕現した。そう、光希の式神は
 最初に触れた二つの式神を複製する式神。蒼二や藍でも最初は抑え切れなかった神威の力が
 光希に制御できるわけもなく、

「あっ……!」

 炎の塊がレヴァティーンの先から落ちた。制御から離れた炎は全力で燃え盛り、炎の嵐が吹き荒れる。
 あまりの恐るべき威力に鏑木は物怖じし、教会は危険だと判断したのか戦線を下げた。

「光希……凄い……」

「えへへ……」

 ふらりと光希は後ろに倒れた。当たり前だ。まだ9歳の光希に神威の制御は負担が強かった。
 召還できたのは一瞬。それだけでも大惨事にならなかったのは奇跡に近い。
 光希が倒れたのを確認した教会・鏑木が再び進撃を開始。先程の光希の攻撃が恐怖を植えつけた
 のか、恐ろしいほど苛烈な勢いでの攻撃だ。しかも、十隻以上の戦艦全てが主砲を開いている。

「お待たせしました!」

「未希! 大丈夫か!? 心配かけやがって!」

 空船と雨龍達がビルを守るようにして突然現れた。紡が反意思の膜を張り、攻撃を届かせないようにする。
 復活した青竜、朱雀、白虎、玄武も居る。皆が未希を守る為だけに命を投げ出してまで集まっていた。
 
「皆……ごめんなさい! 私の答え、聞いてくれたよね?」

 全員が頷き、誰も文句を言わなかった。もう、未希の答えを受け入れたからだ。過去は変えない。
 未希がそう願うのなら、彼等はそれに従うだけ。その為ならば、命だって惜しくは無い。
 希の居ない明日を生きて行くと決めた。各人が、ユニオンと戦い得た考えも含まれ、全員の心が一つになる。
 ──未希に幸せになってほしい。最初の願いと変わらないが、中身が大きく違った。
 未希が自分自身の考えで、見つけた幸せを現実のものとする。大人達が勝手に決めた事ではない。

「──っ。にしても、きちいなァ! 紡ぃ! ちゃんと膜張ってるのか」

「神璽君に散々反意思使わせられた所為で……こっちもキツいんだ!」

「空船もそろそろ限界のようです……!」

 状況は絶望的。だが、未希だけは諦めるわけにはいかない。防御を中心としながらも、どうにか策を練る。
 紡が考え出したのは、一転集中防御にて未希の安全を確保した後、未希自身が式神によって脱出するというもの。
 だが、難しい。未希は優しすぎるのだ。きっと、自分達の事を見捨てて逃げる事はしないだろうと予測。
 だから、厳しい言葉を浴びせるしかない。その憎まれ役は、自分で良いだろう。紡はふと笑うが──

「む……」

 巨大な光が十文字派・鏑木・教会の間目掛けて照射され、同時に両勢力の動きが止まった。
 両勢力が目をやった先には、棗由加が空中に浮いている。その後ろにはユニオンの一個中隊。

「何の真似だ? 棗由加。この戦いにユニオンはもう関わるなと言ったと思うが……?」

 桐ヶ谷が空船上から、由加へと問う。その目には発言次第ではただでは済まさないという事が伺える厳しさが見える。
 教会・鏑木側の攻撃の矛先がユニオンにも同時に向けられた。それでも、由加は不適に笑うと、

「ユニオン規約第四章・十二条。緊急時における代表の不在についての措置。これにより、幹部の半数の承認があれば
ユニオンは独自の指揮系統を執る事が可能とされる。更にもう一条。身内が悪意ある攻撃に晒された時の対応により
ユニオンはあらゆる勢力、あらゆる権利に関係なく、独自の行動が可能とされる!」

「それがどうした! まさか、十文字派が身内とでも言うつもりか? そんな詭弁で、国が納得すると思うか!」 

「いや、違う。お前達は、ユニオン代表・千島蒼二が実弟、千島光希に攻撃を仕掛けた!
ユニオン幹部・棗由加は全幹部に提案する! 以上の権利の執行により、ユニオンは独自の判断にて行動させて頂きたい!」

 由加は空中に魔具のモニターを設置し、ビルの屋上に居る光希の映像を映し出した。
 正直にいえば、由加達も光希の存在に気がついたのはほんの少し前。あの炎が無ければ気がつかなかった。
 しかもまだ光希が何故ここに居るのかもわからない。それでも、やるしかなかったのだ。
 そして、由加は隣のビルに居た神璽を見つめた。それに、神璽は笑顔を返し、

「榛名神璽。承認するぜ!」

 それに満足そうに頷き、今度は違うビルの屋上に居る郁人を見つめた。郁人も同じように笑った。

「牧島郁人、承認します!」

 そして最後に運命は阿修羅姫を掲げ、高らかに叫んだ。

「天美運命、承認だよ!」

 神璽。郁人。運命の承認により、ユニオンは再び独自の判断で、どの勢力や権力も気にせずに戦いに
 参加することが可能となった。三幹部がそれぞれの武器を構えたと共に、ユニオン総員も再び戦闘体勢へ。
 由加は一度大きく息を吸い込み、

「ユニオン総員に告げる! ──十文字派を援護し、鏑木教会連合を叩き潰せ!」

 そう怒鳴ると、ユニオン側から喝采の声が上がり、再び戦闘が始まった。




 




 激戦が続いていた十文字本家の庭で、海原沙姫はついに崩れ落ちた。
 戒は全身からかなりの出血をしており、満身創痍だ。それでも、その目から光は消えていない。
 強い相手だったと戒は思う。だが、このタイプが弱点である森羅万象に対して、戒が何もしていないわけがなかった。
 このタイプの相手に対する戦略は既に立てていたのだ。

「簡単な話だ。君の体が限界に達するまで力を存分に吸収させてやればいい」

 沙姫の式神は力を吸収する力。戒は常に全力で攻撃し、沙姫の消費量と供給量のバランスを崩した。
 その結果、沙姫はついに力を制御できなくなり、暴発させた。その結果として、今は気絶している。
 戒は止めをささなかった。何度この子に恨まれても、殺されかけても、この子を手にかけるのは間違いだ。

「……君は俺を一生恨んでくれて構わない」
 
 沙姫の目には涙の筋が見えた。それに無意識に目を背け、戒は全てのコアを空中に浮かした。
 時を越える魔具の構成は既に頭の中に完成している。後は望むだけだ。時を越えたいと。
 コアが反意思に還って行き、やがて闇色の穴が一つ現れた。

「これが、時を越える魔具……」

 時を越える魔具は不安定な状態にあるのか、不自然に大きさが変わっている。今にも暴走しそうな勢いだ。
 鼓動のように脈打ち、流石の戒でも一瞬入るのを躊躇ってしまうほど。だが、一歩進めば希にまた会える。
 かつて戒の全てだった女性。今でも忘れていない。愛している。

「──うっ」

 心が痛んだ。頭の中に、先ほどの遠音との会話が再生された。遠音は言った、自分の事を好きだと。
 その言葉にどれ程の勇気が込められていたかを戒はわかっていた。世界で一番大事だった友達の
 愛した人に好きだと告白したのだから。正直に言えば、戒も嬉しかった。それでも、戒は何もできなかった。
 最大の勇気と友情と愛情に、何もしなかった自分が腹立たしい。

「……お前が生きていてくれたら、俺はきっと──」

 その先は口にしない。腹が決まった。戒は足を一歩前に進めた。すると、違和感。足元から振動。
 次の瞬間、地中から氷の蛇が顔を出した。その開いた口の中には、千島蒼二の姿があった。

「千島蒼二……っ!」

「十文字戒……っ!」

 そして、二人が互いの名を呼んだ瞬間、時を越える魔具は大きく広がり二人を飲み込んだ。




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