第52話:貴女を思い続けて
相も変わらず戦闘が続く十文字特区。
だが、風向きが変わってきた。外部からの侵入者が確認され、更にプラントが陥落した。
蒼二はその状況を部下から次々と飛んでくる報告と照らし合わせながら、次の手を模索していた。
雨龍と戦うのに熱中した所為か、本陣からは大きく離れてしまった。頼みの綱の竜胆は交戦中との事。
──十文字本家はもう目と鼻の先だ。どうにかして、あの壁を破れればほぼ詰みである。
だが、その手段が思い浮かばない。自分が全力を出し切っても、あの壁は破れそうにない。
「お兄ちゃん。お兄ちゃん。聞こえる?」
「遥緋か。ああ、聞こえている」
神璽が作ったユニオンの重役のみに支給される無線から遥緋の声が聞こえた。
「お父さんは何とか平気だったよ。海山さんが応急処置をして、守ってくれてたから」
「海山……? ああ、海山天音か。確か、四期前に入ったヤツだったな。戦闘能力は幹部クラスだが、
人間関係に非常に問題があるって、誰かの報告書で読んだ気がするな」
「そうかなぁ? まぁ、何か昔の由加ちゃん見たいな子だったけどね。とりあえず、私はお父さん連れて
一度本陣に戻ってる最中。莉王さん達ともそろそろ合流地点。空船は完全に無効化して、今は塔を倒して
るんだけど、莉王さん達も結構ダメージが酷くてね。指揮は杜若さんが引き継いでくれてます」
「了解。杜若からは既に報告を受けた。残りは、郁人と神璽達の所か。踏ん張ってもらうしかないな。
本陣の指揮は運命の全権を渡してあるから、運命の指揮下に入ってくれ。俺も応急処置が済んだらまた連絡する」
「了解。気をつけてね」
「ああ、大丈夫だ」
遥緋との通信が切れた。再び回線からは部下の報告が流れてくる。それに逐一返事をしながら
蒼二はポケットから包帯と傷薬を取り出し、雨龍との戦闘で貰った負傷の応急処置をしていく。
周囲に敵の気配はない。だが、相変わらず戦闘の爆砕音が響き渡る。
「覚悟してたけどな……だが、ここまでの大規模は、やっぱりキツい」
教会や賞金稼ぎとは幾つか小競り合いをしてきたが、それはまだ小競り合いで済んでいた。
ここまで徹底的な対立は、ユニオン発足以来初であろう。報告によると、既に重傷者は48名。
死者は7名。これは、悪鬼にやられたものではないらしい。十文字、もしくは謎の外部からの侵入者。
「だが……」
報告によると、十文字側の悪鬼は大した攻撃はしてこないらしい。兎に角、守りに特化した行動をとる。
また、数件の報告によると、戦闘不能状態に持ち込まれた隊員が、悪鬼に殺されるのを覚悟していた所、
悪鬼は隊員を無視、もしくは仲間の方へとその身を投げられたという。
「その報告から判断するに、やはり外部の線が濃厚だな」
「正解っすね。流石、千島蒼二さんだ」
そう独り言を呟くと、背後から声がかかった。油断していたとはいえ、失態である。
音もなく蒼二は立ち上がり、包帯を締めながら、修羅紅雪を顕現させると、声をかけた相手を見据えた。
赤髪の上にサングラスを乗せた少年。何人かが、報告してきた少年だ。全員が言った、危険人物だと。
「君が、太宰巡君かな?」
「へぇ、流石ユニオン代表だ。六道のおねーさんぐらいかな? 俺を最初から知ってたのは」
「太宰巡。教会に世界最高額の賞金をかけられた、テロリスト。一名の仲間と共に、各支部を破壊。
ここまではまぁ、少し調べればわかる。問題は、その後。太宰って名前は、俺も少し前まで知らなかった
んだがよ。とある縁から偶々知ってな。驚いたぜ。あの五行を統べる家があったとはな……。
火渡、水無瀬、木ノ本、土師、金剛。その上に立つのが、太宰。その本家が、あの天道なんだよな?」
「……詳しいっすね。ま、そんな事はどうでもいいっすよ。天道は滅び、太宰ももう俺だけっすしね」
「そうか。で、俺に何の用事なんだ?」
「ハハハ。鋭い事で。いやね──取引をしようかなーってね」
「取引?」
「ええ。この戦いが終わったら、俺をユニオンで雇ってください。無論、高給取りじゃなくていいっす。
ヒラからのスタートでいいんで。住居は社員寮以外の場所が良いなー。俺以外にもう一人住むんで」
「……何が目的だ?」
「それは雇ってからのお楽しみ。話せる事は全て話すつもりっすけどね。で、俺を雇うと何がいいのか
っつーと。まず、俺は強い。本気でやりゃ、アンタにも負ける気はありません。次に、俺さっき弱点発見
したんすよねー。あの十文字本家を守ってる壁の弱点をね。さ、どうします? てゆーか雇ってくださいよー」
「……俺の一存じゃ決めかねるな。だが、他の幹部に紹介はしてやろう。だから、壁の弱点だけ要求する」
「ちょーっと、寂しいなぁ。ま、いいっすけどね。ちょっと考えりゃ、わかる事ですし。いいですか?
あの表面的な防御力に惑わされないで下さい。あくまで、壁のあるトコしか守れないんすから。
だったら、壁がない場所から侵入すりゃいいって話っすよ。──ここまで言えば、わかるっすよね? 地中っす」
「そうか……っ! あの壁は、ドーム型か。よし、ありがとう。太宰巡。約束は守る」
「お願いしますよー」
ひらひらと手を振る巡から視線を外し、蒼二は十文字本家目掛けて走り出した。
その間にも、部下に指示を飛ばしていく。そろそろ、戦闘が始まってかなりの時間が経過していた。
もはや、増援を待っている暇はない──
「俺だ。十文字本家への侵入方法を見つけた。地中からだ。時間がないので、先行する」
「う……っ」
「未希ちゃん、大丈夫?」
相手の攻撃のショックで耳が鳴っている。何とかそれを堪えながら、未希は立ち上がった。
流石というべきか、光希は怪我一つない。周囲の警戒をしながら、気を失った未希の容態も見ていたのだ。
「さっきのは、未希ちゃんの式神?」
「うん。私の式神は、瞬間移動する式神だから。条件は、認識できている空間のみだけどね」
「凄いなぁ……」
「光希の方が凄いわよ。私より年下なのに、ずっと場慣れしてるし、この状況にも動じてない」
「お父さん達によくいじめられてるからねぇ〜」
快活に笑う光希だが、未希には信じがたい事だった。普通の子なら、状況が理解できずに泣いている。
ある程度訓練を受けた未希だって辛いほどなのだ。それでも、光希は笑顔を崩さない。ヘラヘラしている
ように見えて、相当芯の強い子だという事がわかる。
「それでも、凄いんだよ……。勉強ができるよりも、ずっと偉大よ」
「何か、照れるね」
そう言うと光希は頭を掻いて笑った。そんな光希を見て、不思議と未希の心が決まった。
この戦いには関係ないのに。光希は何も悪くないのに。それなのに、光希は恐れずに此処に居る。
異常だとは思うが、今の未希にはそれがとても頼もしい。きっと、一人ではここまでこれなかった。だから──
「光希。私、決めたよ。皆に私の今の思いを伝える。そして、光希のお兄ちゃん達にもちゃんと謝る」
「うん。きっと、許してくれるよ。お兄ちゃん。何だかんだで優しいし」
未希の心が固まった。全部が全部自分が悪いとは思っていない。だが、原因は自分にある。
力が湧いてきた。未希は前方にあったまだそこまで戦闘で壊されていないビルを見つめ、作戦を立てていく。
出来る事は魔具の力。それと、式神による瞬間移動。だが、これは先程全力で脱出した為に、使うと
体への負担が大きい。何があるかわからないので、体力を残しておくに越したことはないだろう。
心を落ち着けて計算に計算を重ね、魔具の理論も頭の中で構成。周囲の反意思の流布率も悪くはない。
「うん。決まった」
「そう。じゃあ行こうか。僕もついてくよ」
当たり前のように光希はそう言い、笑った。
「……何で、光希は私にそこまで協力してくれるの? 友達だけどさ。でも、ここは怖い場所。
光希が逃げ出しても、私は光希の事を嫌ったりしない。むしろ、逃げてくれた方が……心が楽だった」
少し厳しめの言葉を未希は光希に投げかけた。それでも、光希は特に表情を変えなかった。
だが、目には断固たる決意の光。もう、仮初の言葉を投げかけても意味がないようだった。
「お父さんが言ってた。何時か、僕を頼ってくる女の子が居る筈だって。お兄ちゃんもそうだったって。
だからね。その時は笑って協力してやれって。最後の最後までその子の為に頑張れって。
それが、僕が緋眼を持っている理由だって。だから、未希ちゃん。僕を頼って──本気で、力になるから」
光希の言葉が胸に染み渡る。不覚にも、嬉しくて少し泣きそうになってしまう未希。
目元を一度擦り、光希の手を一度握り、
「光希。お願い、──私一人じゃ、多分無理。光希に助けて欲しい」
そう言うと、光希は満足したように緋眼を発動させた。未希の手を引いて、ビルの中へと駆け出す。
エレベーターは幸い生きているようだった。大事をとって、十階まででエレベーターを止めた。
そして、そこからは階段を使って屋上を二人は目指した。未希がその中でも驚いたのは、光希の
子供とは思えない程の運動能力と、危機察知能力。途中、何回か瓦礫が落ちてきたが、光希は
その全てに冷静に、そして力強く対処していた。かなりの鍛錬を積んでいる事がわかった。
「未希ちゃん。大丈夫? 一回休む?」
しかも、未希の体調まで気遣う余裕もある。未希はそれに首を振り、拒んだ。
皆が辛いのに、自分だけ休んでいるわけにはいかないからだ。愛すべき家族達は今、自分の為に
戦っているのだ。悲鳴を上げる体に鞭を打ち、そしてようやく屋上へとたどり着いた。
屋上からはよく戦場が見えた。悪鬼と戦う人間達。その中で、未希は幾つか見知った式神を見た。
半壊した黒龍。今は数人の集団に取り囲まれていた。破砕された巨大な空船も遠くの方で燃えている。
「雨龍君……凛ちゃん……ごめんね……」
涙を零したのは一瞬。次の瞬間には、感情を制御し、魔具の準備を始めた。未希の手が光り、次々と
機械が生まれていく。光希はそれを未希に言われるがままに設置し、四台程それを設置すると、
未希は空に手をかざし、一度両手を合わせ、その後に大きく手を広げた。
「お願い……っ!」
未希の手から光が溢れ出し、その光はすぐに魔具製シャボン玉となり十文字特区に、ふわふわと流れていく。
溢れ出した大量のシャボン玉がビルはおろか、十文字特区広域をすぐに包み込んでしまった。
一瞬。戦闘音が止む。このシャボン玉何だろうという疑問が、十文字特区内全員に湧き、本当に一瞬、全ての音が止まった。
そして、未希は息を思い切り吸い込み、心からの気持ちを口にした。
「皆、戦うのを止めてくださいっ! 私は、十文字未希です! ユニオンの人達も、お父さん達も、
もう戦うのを止めてください! ユニオンの皆さん! 今回の事件は……全部、私が悪いんです!
私が、お母さんに会いたいって! ……会いに行くって勝手に出てっちゃったから! こんな事になっちゃったんです!」
未希の声。未希の姿。その全てがシャボン玉を通して、十文字特区内に居る全ての人間に届いた。
ボロボロの姿で。涙声で叫ぶ少女。ユニオンの動きが自然と止まり、困惑しているのを格隊長達が止めていく。
変化があったのは、十文字派だった。墜落した竜から這い出た、千春、千夏、千秋、千冬は、
「姫だ……」
「姫が帰ってきた……」
「ああ、帰ってきた」
「でも、何処に居るのー!?」
魔具の力の供給源への逆探知で未希の姿を探そうとするが、ここまで数が多いと中々見つからない。
ユニオンに鉢合わせしないように、慎重に四人で未希の下へと当てもなく走り続けていく。
「お父さん。遠音ちゃん。凛ちゃん。千里ちゃん。万里ちゃん。雨龍君に春ちゃん達、紡先生もごめんなさいっ!
全部、私の所為だよねっ! 私がお母さんに会いたいなんて言うから……。私、わかったの!
一人で旅に出て。色々な人と会って、色々新しいこと考えて。私がやろうとしてた事がどんな事かって事がわかったの!」
蒼二の攻撃の後に、ユニオンから身を隠すため黒龍を再召喚し、中に隠れていた雨龍はその声を聞いていた。
あの未希が、泣きながら、ボロボロになりながら、自分のしてきた事を反省している。それが、辛かった。
未希を泣かせている原因は、自分達がした事。雨龍を笑わせてくれた人の娘を泣かしたのだ。
「終われねぇな……終われねぇよ! なぁ、黒龍」
「うむ。……行くのか? 雨龍」
「勿論だ!」
雨龍の声と共に、黒龍が再び立ち上がった。周囲に警戒していたユニオンもこの状況では攻撃出来なかった
らしく、そのまま空へと飛翔。万里と千里を逃がしたルート目掛けて、黒龍を高速飛行させていくと、
黒龍の背面に衝撃。原因が何なのかはすぐにわかった。
「雨龍。あの子を探しなさい。すぐに行くわよ」
「ええっ! 姫ちゃんの所に急ぎましょう」
「万里!? 千里!? ……ああ、了解。──飛ばすぞォ!」
黒龍の背中い万里と千里が飛び乗っていた。ぐんぐんと上昇し、上空から全てを見渡そうという魂胆だ。
そして、一度言葉を切っていた未希の言葉が再び紡ぎだされていく。
「私がしようとしてた事は、命への冒涜だって! 間違った方法でやった結果に、意味はないんだって!
そうだよね。誰かを泣かして幸せになっても、それは幸せとは言えないよねっ! 私だけがお母さんを失ってる
わけじゃないよね! お母さんは、死んじゃった! もう、この世に居ない! でも、まだお母さんは世界に生きてるって!
私や皆が、お母さんを思い続ける限り、お母さんはこの世界に生き続けるんだって! だからさ──もう、いいの。
ユニオンの皆さんに悪い事しちゃったから……謝ろう! 皆で謝って、また皆で一緒に暮らそう! お母さんを想い続けて!」
そのまま未希の泣き声が響き渡った。墜落した空船に座って項垂れていた凛は、その言葉に涙を流した。
未希の成長が嬉しかった。未希が答えを出した事が嬉しかった。未希が、希への答えを出した。
だから──と、凛は立ち上がる。今度は、凛が自分自身の言葉で未希と希に向き合う時が来たのだ。
「行くのかい?」
少し離れた場所で時雨にぎゅーっと抱きついている律が凛にそう問う。自分が今鬼憑状態にある事を
忘れている律にぎゅーっとされている時雨は、半分命の火が消えかけている。
「ええ。今回はご迷惑をおかけしました──。また、次の機会にお会いしましょう」
凛は笑顔でそう言うと、先程までの休憩で少し回復した最後の力を振り絞って、空船を起動させた。
暫く進んでいると、疲弊し、へたり込んでいる紡と颯太を見つけた。近くには、榛名神璽と棗由加もいる。
「貴方達はどうしますの?」
空船の外部スピーカーで呼びかけた。紡と颯太はすぐに立ち上がり、
「生徒が泣いているんだ。力になるのが教師の務めだろう」
「同意」
「じゃ、"神璽"君。"由加"ちゃん。我々は行かせて貰うよ。最後のケジメだ、お幸せに──」
紡が颯太の手を引いて飛翔を開始。空船の甲板に着陸し、紡は周囲の反意思に働きかけ、
未希の存在の逆探知を始めた。四つ子よりも反意思の制御が上手な紡は、四つ子の探索した範囲を
全て認識、除外し、すぐに未希の場所を特定した。ここより少し離れたビルの屋上。探索が終了すると、
すぐに紡は体内の反意思を操作し、思念を十文字派全員へと送った。これで、全員が未希の場所を認識した。
「む……」
それが終わると、嫌な気配を紡は感じた。式神でもない、コンセプトでもない。知らない気配が増大。
シャボン玉が次々と壊されていく。その原因はすぐにわかった。反対側から白い炎が溢れ、破壊しているのだ。
その威力は絶大。戒の森羅万象並みに強力な力だった。
「紡!」
「ああ、わかってる! 何かが居る! 全員気をつけてくれっ!」
白い炎は一度大きく膨れ上がると爆砕した。その衝撃で、十文字特区を覆っていた無数のシャボン玉は全て消えた。
晴れた視界に広がったのは、数十隻の空船と似た戦艦。地上にも、戦車が存在している。どれもが見た事ないもの。
だが、船についている旗には見覚えがあった。一つは「鏑木」と書かれた旗。もう一つは、
「教会……っ!」
海外の最大勢力の一個中隊のシンボルが描かれた旗。白で覆われた海外最悪の悪鬼狩り専門組織がそこに居た。
すると、一隻の船が前に出てきた。甲板には巨漢の男が見える。鏑木の現在最大権力者、桐ヶ谷厳。
桐ヶ谷は、不適な笑みでマイクを取ると、
「十名家十文字派に告ぐ。これは、国からの正式な依頼だ。この国の調和を乱し、裏の不文律を私事で破った
十文字派の処刑を、国は我等鏑木と教会アジア支部に依頼した。ユニオンはすぐに、戦線を退いてもらおうか。
もう一度言う──これは、国からの正式な依頼である」
緋色の眼シリーズキャラ投票
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