第50話:これから一生、守りあって生きていこう──
「──輝きってわかるかな?」
「わかるけど、何の輝き? 宝石とかの話かい?」
「ううん。人の輝き。じっくりと人を見てるとね。偶に、輝きが見えるの。人の魂の輝きって言うのかな?」
「ああ、そんな表現方法は、昔から小説ではよくあるね」
「きっと、作者さんには、人の輝きが見えるのかもね。私にだって、見えるぐらいだし」
「君は特殊だ。だが、私にも言いたい事はわかる。現在進行形で、輝きが見えているからね」
「ええっ!? 遠音ちゃん凄い! どこに輝きが見えてるの? 私と一緒の輝きかなぁ?」
結局、希が光り輝いているとは言わなかった。世界で一番大切な友達。一生、付き合っていきたい。
生まれて初めてそう思った。妹や両親よりも、大事だと言える。希があの頃の私の全てだった。
誰にでも優しく、幸せを振りまいてくれる。凛や千里もすぐに仲良くなったと聞いたが、当たり前だと思う。
「はしゃぐなよ。お腹の中に子供が居るんだろ?」
「はーい。あ、そういえばこの子女の子だって。戒君大喜びでさ、今からもう絶対嫁にはやらんって一人で怒ってた」
「光景を予想するに容易いね。絶対、親バカになるなアレは──」
「そうだね。私がちゃんと止めてあげないと。戒君かなりバカだし、そこも好きだけど」
あの時の希の顔を今でも覚えている。若干不安そうな──それでいて、不安を隠す笑顔。
「ねぇ、遠音ちゃん」
「何かな?」
「もし、の話だけどさ」
「うん」
「この子が生まれて、私が居なくなっちゃったらさ。遠音ちゃん、この子を守ってくれる──?」
自分は人間じゃないから何時までこのままで居れるかわからない。あの時、確かに希はそう言った。
私は希の事を怒った。そんな事を言うものじゃない。もしの話は好きじゃない。大丈夫、きっと上手く行くと。
そのまま暫く会話が途切れ、希はまだ不安げに顔を落としている。そして、見かねた私が、
「命に代えても、守るよ」
「え?」
「私は、お前の子を守ってやる。お前が、私を守ってくれたように。──私の命ある限り、ずっとだ」
そう言うと、希は安心したように笑った。その笑顔を一生守りたかった。一緒に生きて、死にたかった──
「フラガラッハ・竜胆っ!」
フラガラッハの外装が全て弾けて飛んだ。残ったのは柄と、コアと、刀身のみ。
残りの外装は全て郁人の体へと付着し、鎧を形作っていく。白銀の鎧が郁人の全身を優しく包み、
フラガラッハのコアからあふれ出る反意思から郁人を守った。これが、フラガラッハの追加された形態。
全てから郁人を守りたいという竜胆の願いを体現する形態。そして、ほぼ同時に無数の魔具は郁人へと襲い掛かる。
敢えて避ける事はしない。フラガラッハを握り締め、反意思を全開に。破壊概念を命じた反意思の光が、襲い掛かる
剣を一度振っただけでほぼ全てを破壊した。
「凄い……」
この形態の威力は凄まじい。余分な外装が無い分、細かい力は仕えないが、その恩恵としてこの威力。
溢れ出る反意思から竜胆が守ってくれている。あらゆる攻撃から、フラガラッハも守ってくれている。
牧島竜胆──自分の式神。子供の頃から一緒だった。家を追い出されても、何時も笑顔で励ましてくれた。
危険な仕事をするのは何時も竜胆だった。──言葉にできない程の感謝がある。
「なぁ、竜胆」
「なぁに? 郁人」
「この戦いが終わったら、結婚しよう。誰にも文句は言わせない。これから一生、守りあって生きていこう──」
「うっわ、郁人さぁ……」
「何だよ?」
「こういう時にそゆ事言うキャラって、例外なく皆死ぬんだよねぇ」
「簡単だ。死ななければいい。俺が第一号になってやる!」
「……うんっ!」
竜胆の声に後押しされるようにして、郁人は駆け出した。残りの魔具も、郁人目掛けて襲い掛かってくる。
不思議と怖くない。踊るようにして、郁人は魔具の大群を避け、フラガラッハを振るう。反意思の光が迸り、
光に飲み込まれるようにして魔具達は消滅していった。更にその反意思をフラガラッハは吸収。
一撃一撃ごとに威力が上がっていく。そして、遠音が見えた。消し飛ばされた魔具にはもう興味がないのか、
据わった目で郁人の事を睨みつけていた。
「遠音さん。決着、つけましょう」
「ああ、決着だ」
遠音と郁人が同時に駆け出し、遠音の拳と、郁人のフラガラッハが拮抗。激しい光が迸る。
「郁人、良く味わえよ──これがっ!」
思い返すのは、子供の頃。全てを失った。両手足と共に、歩むべき未来を。
何度死のうと思ったかわからない。だが、両手足がない自分は、死ぬ事すらできなかった。
何もできない。手首を切ろうにも、手首が無い。刃物が持てない。
屋上から飛び降りようか。だが、足がない。屋上まで一人で行く事ができない。
──何も、できなかった。一人では、生きていけなかった。家族には、見捨てられた。
それでも、一人だけ居たのだ。この姿を見ても友達になりたいって。傍に居たいって言ってくれた人が。
握手ができなかった。彼女は、遠音を優しく抱きしめた。同情も憐憫もなく、ただ親愛を込めて。
「私の──」
希が死んだ。この世界から居なくなった。世界が真っ暗になったような感覚。虚無感に包まれた。
その頃には、新しい手足を手に入れていた。自由を手に入れていた。それでも、友達だった。
だが、遠音には手足なんか要らなかった。また、歩けなくなっても良かった。物に触れなくても良かった。
ただ、希に帰ってほしかった。でも、帰ってこない。遠音に残っていたのは、約束だけ。
約束だけが希と唯一繋がっていた。遠音は、十文字家の母親役として希との約束を果たす為だけに、
未希の世話を始めた。希の面影を残す、少し寂しがりやな子。そして、優しい子。
「最期の、一撃だっ!」
一年が過ぎた。二年が過ぎた。三年が過ぎた。何時の間にか、遠音は自分の心境の変化に気づいた。
心が、癒されていたのだ。希を失った。だが、もうさほど悲しくない。心に蓋が何時の間にかできていた。
それを作ったのが、未希と戒。二人の優しさが遠音を救うと共に、遠音を不浄へと突き落とす。
戒に恋してしまった。戒の優しさが愛おしく、切ない。厭らしい。不浄だ。許されない。希への冒涜だ。
希は自分を救ってくれたのに。自分は希の思いを穢した。──そんな自分が悲しくて、殺したい。
何時かに怯え、何時かを待ち続けた。そして今日、ようやくゴールが見えてきた。
「そうかよ──」
子供の頃は優秀だった。牧島で誰よりも可愛がって貰った。自分の人生は揺ぎ無いと勘違いしていた。
だが、竜胆を召喚してから、全てが変わった。皆が手のひらを返したように離れていく。初めての絶望。
ただ生きているだけ。楽しい事も、あの日から無くなった。ふて腐れ、竜胆を呪う毎日。
一人じゃなにもできない。牧島から捨てられては生きてはいけない。必死におべっかを使う毎日。
やがて、追い出された。二回目の絶望。だが、竜胆だけが手を差し伸べてくれた。一緒に、居たいと。
竜胆は何でもしてくれた。家事から雑務まで。お金だって竜胆が危険な事をして集めてくれた。
「でも、俺は──」
転機が訪れた。千島蒼二や浅葱梨香と関わった事から、何かが変わった。竜胆が、力を得た。
世界が一変。牧島に復讐を果たすも、何かがしっくりこない。更なる力を求めて、十名家と接触。
戦闘に参加。だが、竜胆が居なければ無能なんだと再び実感。異世界に閉じ込められる。
竜胆が居ない自分の無力さを感じる。何もできない。殺されたくない、また会いたい。
そして、遠音と出会った。フラガラッハを貰った。──そして、四人を犠牲にしてフラガラッハを手に入れた。
「絶対、アンタには屈しねぇっ──」
守る。それが生きがいになった。あの四人の意思を継いで、守り続ける。郁人の世界が広がった。
共存できる世界を目指して多忙な業務に襲われる日々。楽しかった。忙しいけど、楽しかった。
初心を忘れる事無く、郁人は生きた。全ての出会いに感謝を、なんて気取った事を言うわけじゃない。
ただ、一人じゃないという実感から人の為に生きようとしただけだ。全ての力に嫉妬していたあの頃と違って──
「──っっ! そうか……」
フラガラッハの刀身に若干のヒビが入る。──だがその前に、遠音の拳が砕けて消えていった。
振り下ろしたフラガラッハをすぐに引き戻し、刺突できるように構え、郁人は見た──
「私の負けだ。これで、全部終わる。私の不浄も全て、この世界から消えてなくなる──」
そう言い、七海遠音が笑ったのを──
郁人の見た事がない、心からの笑顔で──
満ち足りた、満足そうな顔で──
これで、全て終わると言わんばかりに──
半壊した両腕をだらりと下げ、遠音は笑っている。だが、郁人は一つ不自然な点に気がついた。
それに、どうしようもない怒りが湧く。勝手に攻撃してきて。勝手に諦めて、命を奪わされようとしている。
郁人は怒りをそのまま声に出し──
「ふざけんなよ──」
フラガラッハに反意思を纏わせ、
「アンタ、泣いてるじゃんかよっ! 笑ってても、涙こぼしてるじゃんかよっ!」
白銀の刃を作り上げると、
「認めろよ──っ! まだ、生きたいんだろっ! まだ、どこかで自分の人生に期待してんだろ──」
正面から涙を零している遠音を見据え、
「アンタあの時言ったじゃんかよ! I'll Be Ok──大丈夫、きっと上手く行くって!」
フラガラッハを遠音の胸に突きつけると、
「何でそれを信じられないんだよっ! こんな誰も救われねぇ結末で、本当にいいのかよっ!」
反意思を風に変えて遠音の体を吹き飛ばした。周囲の瓦礫と共に、遠音は飛ばされ──その奥。
黒い塔に瓦礫が炸裂し、ヒビが入りグラグラと揺れた。そして、ダメ押しとばかりに遠音の体が叩きつけられ、
塔がついに音を立てて崩れた。背後で状況を見守っていた郁人の部下達から歓声が響き渡り、
郁人もフラガラッハを掲げてそれに応える。だが、その表情もすぐに曇った。見た事のある戦艦が中に浮いている。
一之瀬凛の空船ではない。それよりもずっと前から戦っていた相手のものだ。
「教会……何で日本に──」
塔の真っ二つになった部分から、遠音は空を見上げていた。──まだ、生きている。悔しい。
郁人の言葉が重く胸に圧し掛かる。ずっと自分が目を背けてきた本心を言われてしまった。
だが、それを受け入れる資格があるのだろうか。と考える。それに、生きてはいるが、体が殆ど動かない。
この式神を召喚していなければ確実に死んでいた。これも、不浄だとまたも遠音は決め付ける。
「希……」
希と話したい。そんな資格はないとわかっているが、話したかった。洗いざらいぶちまけて、
希に嫌われて、どこか人気のない場所で死にたくなった。だが、怖い。希は遠音の全てだった。
希に嫌われて、果たしてどうなってしまうのだろうか。ショック死でもするのだろうか。
考えても答えは出ない。首を動すと、戦況が見えた。四つ子のプラントは墜落している。負けたらしい。
空船の姿が見えない。凛も負けてしまったのだろうか。紡は見えない。丁度、死角になっている。
だが、一瞬捉えた。目が、認識した。そう──
「未希……っ!?」
近くのビルの階段を十文字未希が登っていた。何故──疑問が湧く。家出から帰ってきたのだろうか。
あの情報屋はどうしたのだろうか。しかも未希の隣に居る少年は誰なのだろうか。
確認したい事が山ほどあった。それでも、体は動いてくれない。だが、遠音の心に何かが灯ったのは確か。
何かが起きようとしている。それでも、自分はここで止まっていていいだろうか──決断の時は、近い。
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