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次回遠音編!
第48話:貴方は、人の命をなんだと思っているの──



 海山天音は、蒼威の止血と応急処置を終えるとその体を担ぎ上げた。
 若干重いと感じたが、蒼威はそこまで上背があるわけではない。普段から体を鍛えている天音には苦ではない。
 女の身一つで生きていくには兎に角鍛錬を積むしかないのだ。そのまま周囲を警戒しながら、天音は
 十文字特区をユニオン本陣目掛けて歩いていく。周囲には、天音の式神であるカードが何枚か浮いていた。
 
「全く、何で私が……」

 天音が蒼威を殺さなかった理由は、自分でも未だに良くわからない。ただ、殺すのなら剣菱がやるべきだと思っただけだ。
 天音が蒼威を殺しても、きっと剣菱は喜ばない。というよりも、自分の師匠達全員が喜ばないだろう。
 暁も村雨もナナシも何度も天音を普通の生活に戻そうとした。だが、天音は断固としてそれを受け入れなかった。
 この世界に居れば、剣菱達と繋がっていられる。それだけが、家族を失った天音の支えであったからだ。
 
「ん……?」

 重い女だ──と自重気味に笑いながら歩いていると前の方から人の気配。すぐに身構え、カードの一枚に念じる。
 カードはすぐに一本の禍々しい剣の形を作り、天音はそれを口に咥え、様子を伺う。そして──

「し、四条さん……」

「ええ。……下がっていてください」

 ──四条。と相手方の名前が聞こえた。ユニオン内部に四条という名前は数人ほど。四条家から出向している者。
 その他には、有名どころでは二人。四条莉王。そしてその妻──四条遥緋。自分が今担いでいる千島蒼威の娘。
 声から察するに女だ。式神の気配も相当な熟練者の感じがする。天音は一息つき、片腕を上げて気配のする方へと身を出した。

「ユニオン戦闘課、千島蒼威隊所属、海山天音です」

 予想通り、目の前には四条遥緋が棒を構えて立っていた。その後ろには見知った治療系の式神使い達の姿があった。
 個人訓練や合同訓練で良く怪我をする天音は世話になっている。そして、ゆっくりと蒼威をその場に降ろすと、
 遥緋が血相を変えて駆け寄ってきた。

「お父さん! お父さんしっかりして!」

「危険な状態です。応急処置はしておきましたが、すぐに治療が必要でしょう」

「は、はい」

 輪廻転生の力を発動させ、蒼威の体を再生していく遥緋。天音は噂には聞いていたが、反則的な式神であると思った。
 だが、失った体力までは回復できないようですぐに他の治療隊員が蒼威に駆け寄り、式神による治療を施していく。
 遥緋はようやく一息つけたようで、天音に向き直ると、

「えっと……お父さんを助けてくれてありがとう。私は、四条遥緋。貴女は……海山さんだっけ?
噂で聞いた事があるよ。何期か前に凄い強い女の子の式神使いが入隊したって。本当にありがとう。
海山さんが一緒で本当に良かったわぁ」

 天音の腕をとってぶんぶん振るう遥緋に苦手な感情を覚え、天音は手を引くと、

「いえ……。上司ですし。じゃ、私もう行きますんで。失礼します」

「あ……うん。あの、本当にありがとうございます!」

 遥緋の視線が何故か辛くて、天音は振り返ることなく歩き出した。





 十文字本家内の庭では、十文字戒と海原沙姫のにらみ合いが続いていた。先程の沙姫の言葉以降、戒は固まったまま。
 十年前、自分が起こしたあの事件の被害者。家族を殺された。それは、戒も知っている。海山という名前にも覚えがある。
 著名な夫婦だった。一人娘だけが見つかっていない。まさかその娘があの賞金稼ぎ集団、鏑木の幹部になっていようとは
 夢にも思わなかった。どれ程の修羅場をくぐったのだろう、目は人殺しの目。式神を構えている様も、圧力がある。
 
「十年前ぶりでしょうかね……あの事件から、長かったようで短かった気もします」

「ああ……。そうだな。もう、希が死んでから十年か。そして、俺が君から両親を奪ってから十年でもある」

「はい」

「それで、今日は何をしに来たのかな? 俺に復讐しにきたのか? だとすれば、君にはその資格がある。
だが、殺されてやるわけにはいかない。君が俺を殺しにくるなら、俺も全力で君を殺そう」

「それは、貴方次第ですよ。今すぐこの馬鹿げた事を辞めてくだされば、私は何もしません」

「その様子だと、全部知ってるみたいだな?」

「色々情報集めましたから。この十年、それだけを考えて生きてきました。何故、貴方達はあの事件を起こしたのか
そして──憎くて手当たり次第破壊したのに、何故貴方達は"遺族への賠償"を続けているのかもね」

 そう──戒達は、後にあの事件の真実を知ったのだ。希を傷つけた人間達が、未希を救おうとしてくれたのだと。
 あの事件は、誰も悪くなかったのだと。悪鬼という存在を知らなかった勇敢な人間達の誇りあるべき行動だと。
 数年前にそれを知った戒達は、遺族への賠償を遠まわしに行った。それしか、出来なかったのだ。

「わかったんだ……後に、希を傷つけていた人間達が未希を救おうとしてたってね。
だが、こちらも妻を殺されている、そう簡単に割り切れるものじゃない。だから、今回の事件は全てなかった
事にしたい。あの日、トラックさえ突っ込んでこなければ、全てが上手く行く。俺達はあのまま家族旅行に行き、
君もお母さんとお父さんとまた一緒に居られる! 俺達が壊した全てが帰ってくるんだ。何故、それを止める」

「ふざけないでください……っ!」

「何がだ?」

「じゃあ、私のこの十年は何だったのよっ! 何度も何度も死に掛けて、何度も何度も屈辱を味わって!
そんな簡単に割り切れない! パパとママに私がどれだけ会いたかったと思う!? 毎日よ!
でも、貴方達が殺したから会えない! だから十年かけて受け入れたのに! 一人でも生きて行こうって!
何でまた貴方達は私達の気持ちを踏みにじるのっ!? 貴方は、人の命をなんだと思っているの──?」

 涙目でそう沙姫が怒鳴った。 戒には、沙姫が何故怒っているか理解できない。
 沙姫や大半の遺族達は十年かけて、死んでしまった者の死を受け入れた。辛く、苦しい十年だった。
 愛する人に会えない。それは戒達も同じ。ただ、戒達には全てを変えられる力があった。魔具という力が。
 世界に反抗できる力が。だが、他の人間にはそれは出来ない。死んでしまってはもう、どうしようもないのだ。
 それが、両者の意見の差となってしまっていた。

「……っ。最終通告です。止めてください。でなければ、貴方を殺します」

「……悪いが、断る」

「未希ちゃんの為ですか?」

「……そうだ」

「そう──もういいです。十文字戒。私は、貴方を殺しますっ!」

 沙姫の持っていたツインブレードが激しく振動。光が刀身から溢れ出し、沙姫の体を覆っていく。
 見た事のない力だ──と戒は警戒を強める。蒼威と戦った時のダメージもまだ抜けてはいない。
 森羅万象を発動させ、五指に炎を灯し、沙姫の様子を伺う。ジリジリと、少しずつ間合いを詰めてきている。
 
「っは!」

 ツインブレードが振るわれた。光が刃となり、戒の喉を切り裂かんと振るわれる。それを避け、飛び上がった。
 もう片方の手に雷の槍を持ち、五指の炎と共に雷の槍を沙姫目掛けて叩き付けた。激しい炎と雷が
 十文字家の庭に広がり、すぐに収束した。その中心にあったのは、ツインブレード。それと同時に、光が倍加。
 沙姫の全身を包んだ光が更に広がり、力が増加したのを感じる。

「吸収型か……」

 森羅万象と一番相性の悪いタイプだ。だが、それでも戒は負けるわけにはいかない。
 沙姫は強い。あのぐらいの年で、あそこまで式神を使いこなしている子は久しぶりに見る。
 まだ子供──そんな考えは打ち捨てて、戒は沙姫へと迫る。対等の相手として、そして確実に倒す為に。




 未希が見る十文字特区は変わり果てていた。見知った場所は完膚なきまでに破壊され、
 そこら中に瓦礫が転がっている。その中に、一之瀬凛の空船の残骸を見つけて、未希は益々顔を青くした。
 二郎と光希の後に続き、歩いている足取りにも力が無い。だが──ようやく決心がついた気がする。
 これが、自分の引き起こした事だ。十文字生まれの意味を、完全に理解していなかったのも悪い。
 何時だか遠音が言っていた。

「君は、日本でも最高峰の家の娘だ。君の発言一つで、世界が変わるといっても過言じゃない。
だから、よく考える事だ。考えて、考えた結果の発言なら、私は君の力になろう。全てから守ってやる」

 その言葉が強く圧し掛かる。本当に、世界が変わってしまったからだ。あの平和な十文字特区が、
 このような状態になった。近くに見える公園では、幼稚園の頃、千春や千夏と良く遊んだ。
 今自分が居る通りも、良く遠音と一緒に買い物に行く時に通っている道だ。その全てが、壊れている。

「未希ちゃん。大丈夫?」

 ふと顔を上げると、光希が心配そうな顔をして立っていた。二郎も心配そうに未希を見ている。
 
「大丈夫。自分のした事を、実感しているだけだから」

「……そう。一つ、質問があるんだけどいいかな?」

 二郎は、そう言うと十文字特区の奥の方にある家を指差した。白い靄のようなものがかかっている。
 強化された結界だ。未希は見覚えがあった。四つ子達と共同開発した、強い防御結界。戒の式神にも耐えた程だ。
 
「アレはなんだい?」

「私の家です。防御結界が張ってありますね。……お父さんの式神でも破れなかったから、壊すのは難しいです。
……困りましたね。あそこに反意思が沢山集っています。多分、お父さんはあそこに居るんでしょうけど、
このままじゃ入れません。あの、三つの塔から力を供給されてるから、三つ全部倒さないと……」

「ふむ……。森羅万象でも駄目なら、レヴァティーンでもちょっと厳しいか……」

「多分、遠音ちゃん達も戦ってるから、皆を探して話し合えばお父さんこんな事止めてくれるかもしれません」

「しかし、場所がわからん。きっと、塔付近は激戦区だろうしな。そんな所では、君達の身が危険だし。
……む。一つだけ知ってる気配がある。これは、ガルムの孫のか。アイツもここに居るのか……」

「ガルムの孫、ですか?」

「六道紡って名前だったかな……? 未希ちゃん、その名前知ってる?」

「は、はいっ! 紡先生は偶に勉強を教えてくれました。すっごい頭が良いんです。
何でも知ってて、色んな定理や公式を私に教えてくれました。昔は良く先生の家に遊びに行きましたし……」

「じゃ、とりあえず状況見ながら紡の方へ向かおう。ここらじゃ、ユニオン本陣に行くよりはずっと近いし」

 二郎はそう言うと再び周囲を警戒しながら、歩き始めた。その後ろに光希が続き、同じく周囲を伺う。
 未希はその二人の背中を見て、何か似ているものを感じる。タイプは違うが、根本が似ている。
 そんな不思議な感覚。驚いたのは光希の事だ。こんな戦場でも、全く同じていない。自分より、年下なのに。
 と未希は不思議に思い、聞いてみる事にした。

「ねぇ、光希は怖くないの?」

「うーん……ちょっとだけど。お父さんとか陸人おじちゃんに、色々練習に付き合ってもらったから。
あの人達の方がよっぽど怖いよもう。僕が泣くまでやるからねっ! でも、終わった後はいっぱい褒めてくれるけど」

「そうなんだ……」

「二人とも、もう行くよ!」

 二郎の声に頷くと、光希と未希は走ってその後を追う。──が、急にその足を止めた。誰かの気配がする。
 二郎がまずそれに気づき、次に光希も気づいた。緋眼を発動させ、何時でも動ける体勢に変えた。
 暫くの沈黙。光希の緊張が高まっていく。そして、足音が聞こえた。早い。きっと走っている。息遣いが聞こえた。
 近い。もう少しだ。そのまま待つ事数秒。曲がり角から、赤い髪の男が走ってきた。その頭にはサングラスが乗っている。

「ありゃりゃ? 何で十文字の娘さん……っと、おお! 鬼塚組に千島の坊ちゃんもいる!」

 快活に笑い、そういう赤髪の男に二郎はレヴァティーンを突きつけ、

「お前は誰だ? ユニオンか? それとも、十文字派か?」

 そう問うも赤髪──太宰巡は笑ったまま頭を掻き、口を開く。

「俺は、太宰巡っす。いちおー、鏑木の幹部補佐だったかな。今回は、ちょっと観光にね」

「何故、俺達の事を知ってる?」

「そりゃ、アンタの家襲ったの俺の部下だからさ。いやはや、大変遺憾に──っと」
 
 巡の発言の途中に、レヴァティーンが振るわれた。が、巡は光を纏った指一本でそれを受け止めた。
 二郎の心に驚きが生まれる。本気でなかったとはいえ、こんな簡単に斬撃を止められたのは初めてだ。
 ──ただ者ではない。レヴァティーンを引き戻し、今度は確実に殺せる力を込めていく。だが、巡は両手を上げ、

「降参だって。俺、アンタらと揉めるつもりないっす。つーか、逆に俺と一緒に居る方が危険っすよ?」

「何だと?」

「いやだってほら。──もう、来てるしね」

 巡がそう言うと同時に、指先から光を放った。二郎を避け、その背後へと。一瞬悲鳴が響き、何かが倒れた。
 見ると、男が二人倒れていた。その傍らにあるのは式神。持ち主の意識が無くなったと同時に、
 消えようとしている。巡に集中しすぎていて気がつかなかった。まだ、実戦の勘が戻っていないと舌打ち。

「何だ、鏑木かぁ……外れだな」

 何の感情も無く、巡はそう言うと踵を返そうとして、止まった。辺りが何時の間にか日陰になっている。
 上を見上げると、何の前触れも無く戦艦が現れた。しかも、下方に取り付けられた砲台がこちらを向いている。
 迷ったのは一瞬。未希と光希を優先しようと走り出したが、

「痛っ」

「邪魔だ!」

 迎撃しようとした巡とぶつかってしまった。二人して倒れ、その瞬間、砲撃が雨のように降り注いだ。
 不味い──と光希が未希の方向を向いた時、未希は光希の手を握り、二郎へと手を伸ばした。
 だが、遅い。寸前の所で間に砲撃が降り注ぎ、

「逃げろ!」

「すいせん。式神の力を使いますっ!」

 そして、未希と光希の姿が消えた。

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