第44話:その名前、大嫌いなんだよ──
雨龍の姿を見つけると、万里は慌てて上昇し、黒龍への背中へと降り立ち、今度は雨龍と向き合った。
万里の瞳から、何かを察したのか、雨龍は呆れたようにため息をつき、"何時もどおり"万里の頭に軽く手を乗せると、
「もう何も言わねぇよ。──黙って、俺についてこい」
「……はい! うーちゃんは、私が幸せにしますっ! もう、勝手はしません。私だけの命じゃないですし……」
万里の物言いに雨龍はポカンとした顔を作ると、顔を赤らめてそっぽを向き、電子端末を投げて渡す。
そこには十文字特区の全容を示した地図が表示されていた。
「ルート37を通って、52B番に行け。そこに回復施設があっから、千里の手当て頼むわ」
「了解しました。──死んじゃ駄目ですからね、お父さん」
「っ──!?」
万里は雨龍の返事を聞く事なく、千里を抱えて飛び去っていった。耳が赤かったのは気のせいだろうか。
──まぁいい。と雨龍は一度頷き、蒼二を睨んだ。反りは合わないが、嫌いなタイプではなかった。
だが、万里に手を出した分の報いは受けさせると決意し、雨龍はゆっくりと黒龍と合体した。
「雨龍……っ」
「蒼二、来るよっ!」
相手はユニオンでも最強格の天美運命と千島蒼二。普通に考えて分が悪い。勝てない。
でも、引けない。ここで雨龍が勝負すれば、戦況は圧倒的にこちらの有利だ。万里や千里の為にも、
戒や未希の為にも、かつて、自分を助けてくれた希の為にも、雨龍は負けられない。
「いっくぜぇぇっ!」
黒龍との合体が上手く行くと、雨龍は更にコンセプトを発動。紡から聞いた情報を下に、蒼二と同じ力。
神威発動体勢に入った。黒龍の装甲に赤いコンセプトが張り付き、存在が変質していく。
体の色は赤銅。形態も変わり、機械的な色が更に多くなっていく。サイズは若干大きくなったぐらいだろうか。
赤銅色の──機械龍となった雨龍は、背中についたブースターを噴射し、加速した。
「神威か……っ!」
猛烈な勢いで突進する雨龍を正面から見据えると、運命が蒼二の前に出て、突進してくる雨龍を受け止めようとした。
そして、直撃。轟音が鳴り響き、腕の部分が悪鬼化した運命と雨龍の拮抗が始まる。鬼神の力をもってしても
衝撃は強力だったようで、運命は辛そうな表情をしている。蒼二は、すぐに走り出し、修羅紅雪で斬りかかる、が
「っハ!」
機械龍の装甲がスライドし、変形を始めた。飛行龍から、龍人の形へと。そのまま、口を大きく広げ、
機械龍の口の中に光が生まれた。危険を察知した運命はすぐに離れる。そして、咆哮と共に、破壊の
エネルギーが機械龍の口から照射。顔を動かして周囲一帯に破壊の光線が振りまかれる。
蒼二と運命は阿修羅姫と修羅紅雪で何とか防御したものの、本部の方にもその被害は及んでいた。
「っ──あそこ潰されたら、状況は最悪になっちまうぞ!」
「任せて!」
躊躇い無く運命は振り向かずに走り出し、機械龍は運命に向かって再び口を開く。
「させるか──っての!」
蒼二は修羅紅雪を突き出して、氷柱を大量発射した。機械龍の分厚い装甲には大して効果はないだろうが
やらないよりはやったほうがマシという所。案の定、機械龍は煩そうに蒼二の方に顔を向け、
「──っ!」
地面から出てきた氷の蛇に咥えられて上空へと持ち上げられていく。蒼二もすぐさま真下から氷の蛇を
呼び出し、頭の上に乗って上昇していく。機械龍は氷の龍の口の中に砲撃を叩き込み、破壊すると
蛇から距離をとろうとするが、蒼二がそれを許さない。八頭全てを操って、時にけん制し、時に噛付き、
機械龍を射程圏内より遠ざからせない。自身も氷の上を滑ったり、跳んだりして、機械龍に追いつこうと
するが、向こうも向こうで予知の力を使い、中々近づけさせない。やがて、埒があかないと判断した機械龍は、
「死ネ!」
全力で口からの砲撃を八つの蛇目掛けて放った。破壊のエネルギーがその内の四頭を完全に破壊し、
蒼二は直前に他の蛇に飛び移る事で何とか砲撃を避けていた。そして、一瞬動きが止まった機械龍目掛けて
全力で蛇を向かわせる。──距離が、詰まる。機械龍の繰り出した爪を修羅紅雪ではじき、横への一閃。
だが、機械龍は上昇してそれを回避すると、蒼二の頭上から火球を放つ。
「盾!」
蒼二の言葉と共に、周囲に氷の盾が出現し全ての火球を受け止めた。更に蒼二は蛇の頭を素早く反転させ、
自らはブーツと蛇を氷で完全にくっつけ、落ちないように固定するともはや自分の身の向きすら構わずに、
雨龍目掛けて突進を開始。四頭が一気に襲い掛かり、ついに蒼二の乗っていた一頭が機械龍を捉えた。
凄まじい勢いで突進し、そばに建っていたビルを突き破って地面へと叩きつけるようにして叩きつけた瞬間。
「っ──!?」
自らの氷の蛇を突き抜けて、雨龍の砲撃が再度放たれた。回避できるタイミングでは無かった。
それでもなんとか体を反らし、修羅紅雪を突き出して受け止めようとしたが、相手の威力が高すぎた。
修羅紅雪もろとも破壊のエネルギーが埋め尽くし、蒼二の右肩を掠めて行く。
「──痛っ!」
右肩に激しい痛みと共に体が吹き飛ばされていく感覚。瓦礫を転がり、ようやく体が止まると蒼二は体の
異常を気にしながら起き上がった。──右腕があまりよろしくない。その事に何故か笑ってしまう。
怪我をするのは久しぶり。最近ではずっと格下とばかり戦ってきた気がする。それ故に雨龍の思いの強さがわかる。
「よぉ、雨龍。……お前、強くなったな」
と声をかけてみる。暫く待つと、氷の中から半壊した機械龍が現れた。仕方がなさそうに、雨龍は一度
機械龍を消すと緑色に輝く瞳で蒼二を正面から見据え、
「どうしても……俺たちの行動を認めないのか?」
「ああ、認められない。お前たちは、卑怯だよ。何人もの命を奪い、それを無かった事にする所か、
私利私欲の為に俺たちの集めたコアを奪って、身勝手な願いを叶えようとしているただの悪党だ」
「悪い。無駄な議論だったか……」
「だな。意見は平行線。──やはり、これで決着をつけるしかないみてぇだ」
同時に動き出す蒼二と雨龍。お互い式神は構えていない。緋眼も予知も使っていなかった。
お互い全力で戦ってきた為、余力が殆ど残っていないのだ。ただ、純粋な殴り合いがそこにはあった。
子供の喧嘩のように拳をぶつけ合い、意地と意地でぶつかりあっている。
「らああああああああァァァッ!」
「うらあああああああぁぁぁっ!」
最後の最後の力を振り絞って雨龍は予知の力を発動した。一瞬だが、蒼二の拳の軌道が見えた。
後はタイミングを合わせて、カウンターを入れれば勝ちだ。雨龍はうっすらと笑みを作る。
蒼二の言うこともわかるが、こちらはもう引けない。負けを認めた所で、待っているのは極刑だろう。
国を乱し、これだけの戦争をやったのだ。もはや自分達が生きる為には、勝つしかない。
そして、迫りくる予知で見た蒼二の拳の一撃が来た。タイミングは先ほどと同じ。雨龍は体を動かして
回避しようとしたが、
「驕ったな、雨龍」
蒼二は緋眼を発動していた。先ほど雨龍が予知で未来を予測したのを確認したのだ。雨龍の予知は完全な
未来が見えるわけではない。ただ、洞察力、判断力が跳ね上がり、そこから相手の行動を読むだけ。
それを知っていた蒼二は、雨龍に先に力を使わせたのだ。結果的に、軌道は同じだが速さがまったく違う
蒼二の拳は雨龍の顔面に直撃し、受身も取れないまま雨龍は地面に転がった。その胸を更にブーツで踏みつけ、
「俺の、勝ちだ……!」
修羅紅雪の召喚は不可能なので、紅雪を雨龍の首もとに突きつけてそう宣言した。
対する雨龍は、蒼二を睨むのをやめ、達観したような顔を浮かべると、
「ああ、俺の負けだ。──殺すなら、さっさと殺せばいいじゃねぇか」
「……俺は、今回のこの事件は対話で解決できた。そう思っている。今でも、それは望んでいるよ。
だが、何かが足りなかった。お互いが妥協できる何かが足りなかったんだ。
教えてくれ、雨龍。何故十文字戒は今動き出したんだ? 十年前ではなく、何故今なんだ?」
蒼二が一つだけわからない事。それは、希が亡くなってから十年経っているのに、何故今動きだしたのか。
チャンスはいくらでもあった。神々の黄昏事件の時だって、コアを持ち運ぶぐらい、十文字の当時の力を
もってすれば簡単だったはず。だが、あの時十文字は早々に撤退していったのだ。わけがわからない。
暫く黙って考えていた雨龍だったが、やがて観念したように口を開き、
「未希だ……戒と希さんの娘の未希が、希さんに会いたいつって、行方くらましたんだよ……。
だから、戒や俺らは未希が危ない手段を取らないうちに、希さんを取り戻そうって考えて動いて、この有様だ」
「娘か……成る程な。存在は知っていたが、まさかその子が引き金になっているとは思わなかった」
「未希に手ぇ出すんじゃねぇぞ。あの子は、何も悪くねぇんだ。ただな……純粋なだけなんだよ。
まだ善も悪も分かっちゃいねぇんだ。ただ、一度でいいから希さんに会いたいだけなんだよ……っ!」
雨龍が再び怒気をこめた瞳で蒼二の事を睨んだ。反応から察するに、雨龍にとっても大事な子なのだろう。
未希さえこの場にいれば、戦闘は収まったかもしれない。だが、いないのはどうしようもない。
「雨龍、その未希はどこにいるのか見当すらついていないのか? その子と、話したいんだが」
「はっ。馬鹿かテメェは。ンなの教えるわけねーだろ。未希には、絶対危害を加えさえねぇからなぁ!」
「──約束する。何があろうとも、その子には危害を加えない。頼む、雨龍。
もう、こんな戦いを長引かせたくないんだ。十文字の為にも、俺たちの為にもその子が必要なんだ!」
雨龍の言葉に正面からぶつかる蒼二。目をそらさず、真剣に雨龍を見てそう声を出した。
その蒼二の思いが少しは通じたのか、渋々とだが雨龍は口を開いた。
「……さっき現れた、変な小僧からの情報だ。テメェら側の、鬼塚って勢力と一緒にいるんだとよ」
「鬼塚だと!?」
鬼塚、ユニオン側。その単語から導き出されたのは、弟と母の姿。そういえば、少し前に蒼二は遥と電話をした。
──その時、話のついでに聞いた気がする。光希に友達ができた。年上の女の子。素性が不明な子。
そして、その名前はミキ。蒼二の中で全てが繋がった。未希と、何の因果か光希は一緒にいる。
「……ありがとう、雨龍。お陰で何とかなりそうだわ」
そういい、蒼二は雨龍に突きつけていた紅雪を解除し、携帯電話を取り出し始めた。
「馬鹿じゃねーのっ!? やるならさっさとやれ、俺は回復したらテメェの仲間をまた襲うぞぉ!」
だが、二階堂雨龍はそれを許さない。蒼二は暫くポカンとした顔をしたが、やがて真意を理解した。
雨龍は引けないのだ。仲間の為に。愛する者の為に。馬鹿だとは思う、だがそんな馬鹿も嫌いじゃない。
満身創痍で突っ込んでくる雨龍に、蒼二は最大限の敬意と、部下をやられた怒りを込めて、
「見事だったぞ、二階堂雨龍っ!」
と紅雪で胸の辺りを一閃。致命的ではないが、当分動けないだろう。更に、氷が雨龍の体に纏わりつき
体の自由を奪った。雨龍は満足そうに一度笑い、すぐさま痛みと敗北に顔を歪ませると、
「うるっせぇ……その名前、大嫌いなんだよ──」
ゆっくりと地面に倒れ付した。
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