第41話:俺の名前は──
十文字特区の上空に浮かぶ空中プラント。削り取られた大地が浮かび、その上に中規模の工場が存在している。
時折、大地の下部から悪鬼や武器が排出され、地上へと落ちていく以外は静かなものだ。
その工場から少し離れた場所に、ひっそりと紋様が一つ。Gateの紋様だ。その中から、ぞろぞろとユニオンの精鋭
達が息を殺して現れた。急遽派遣された由加の隠密行動に秀でた部隊の人間達だ。
「全員準備完了。──行けます」
下からの報告を聞くと、リーダー格が手を上げるのを合図に全員が足音を立てずに走り出す。
警備に当たっていた悪鬼達が気づくのよりも早く、それぞれが式神を顕現させて、一瞬で悪鬼を切り刻んでいく。
その間、僅か数秒。戦闘が起こった事すら感じさせない所業だ。そして、工場内に進入しようとした時だった。
「流石ユニオンってわけか。各家の良い人材が引き抜かれてるだけあるねぇ」
突如として響き渡る声。それと同時に、短い悲鳴。全員がそちらを向くと、そこに居たのは十文字千秋。
黒髪の一部を白に染めているので間違いない。その手には、白い爪型の式神。足にも、同じような
色をした装甲が、靴を初めとし、ほぼ全身を覆っている。そして、全員が一瞬で、戦闘体勢に入った。
まず三人が、刃の式神を構えて向かっていく。──早い。と千秋は薄く笑い、式神を一度振った。
轟、という音と共に、三本の真空の刃が三人を同時に切り裂いた。更に、着ていたコートから魔具を一つ取りだすと、
「悪いけど、僕らの目的は殺すことじゃないんだ。お帰り願おうかな」
それは、丸いボールのような魔具。次の瞬間、ボールが二つに割れ、中から突風が吹き荒れた。
隠密部隊全てを包み込むように突風は吹き荒れると、そのまま大地から空へ、やがて風んび包まれながら、
ゆっくりと時間をかけて地面へと降りていく。何人かの式神使いが攻撃しようとするが、暴風の障壁という
意味合いもある魔具なので、破れないでいる。千秋はそれを満足げに眺めていたが、隠密部隊の一人が
笑っていることに気づいた。しかも、中指を立てて。
「強がり……?」
のようには見えない。思案顔で物思いに耽っていると、突然、何の前触れも無く上空に複数の式神の気配。
不味い──と思った時には、上空から無数の式神の攻撃が迫っていた。
「秋兄ぃ、俺が行くよ」
無線から弟の声が聞こえ、工場の上の部分だけに、黒い亀の甲羅のような装甲が現れた。
千秋の弟、千冬の式神である。それが盾となり、上空から降り注ぐ攻撃から何とか工場を守ったものの、
サブで使っていた建物や、資材置き場が一気に壊滅状態へと追い込まれた。
これほどの数の攻撃を一気に仕掛けてくるような人間は、千秋が知っている中でも数少ない。
そして、見知った式神の気配。それは──
「春、夏、冬。敵は、あの泣き虫令だ。あいつの相棒の鬼神達も居るよっ!」
十文字特区の上空。紫との神憑を一度解き、そのまま紫におんぶしてもらうような体勢になる令。
恥ずかしいが、空を飛べないので仕方が無い。太郎は足から炎を噴出して、少しではあるが飛べるので、
碧の肩に掴まりながら、ふわふわと漂っていた。
「……奇襲、失敗」
「だな。令、これからどーするよ?」
そう、碧と太郎が令に問うと、令は紫に背負われたままじっくりと下を見て、
「性格と式神的に、千春と千夏が来るね。良い? 十文字の四つ子の式神は、何の因果か四神型なんだよね。
千春が青竜。千夏が朱雀。千秋が白虎。千冬が玄武。それらは、ただの四神型の武器の式神でしか
ないんだけど、あいつ等は魔具と式神を融合させて、改良してるんだ。だから、式神破壊を狙うなら、武器の部分を狙う事」
淡々とそう告げていく。今更ながらに、あの頃一緒に遊んでおいて良かったと令は思う。
十名家では一番年下な方だったので、令には同世代の友達が少なかった。莉王や颯太とも仲は良かったが、
それは同年代ではない。だから、本当に話したい事も話せなかった気がする。だが、そんな令を見捨てずに、輪の中に
入れてくれたのが十文字の四つ子だった。だからこそ、自分が決着をつけたいのだ。
「じゃあ、作戦を説明するよ。四つ子の中で、一番強いのが末っ子の千夏。あいつの式神はヤバい。
僕と太郎くんが鬼憑しても勝てるかは微妙だね。飛べないし。だから、上空は紫ちゃんと碧ちゃんで足止めをお願いしたい。
その間に、僕は太郎くんと降りて千秋と千冬の相手をしながら、プラントを完全に壊すから。
多分、その頃には莉王兄ちゃんの手も空いてるし、そしたらこっちへ転送してもらって、僕らはサポートって形にしようか」
令の言葉に、紫と碧と太郎は黙って頷いた。そして、令は無装の形をサブマシンガンへと変えた。
太郎も太郎で碧の邪魔にならない程度に炎を噴出し、紫と碧は反意思を集中させている。すると、下の方から
赤い光線が射出された。それを合図に、紫と碧は移動を開始。
「碧、行くで」
「……うん。ついてこいよ、紫」
碧と手を繋いだ太郎がまず先行。眼下には、既に赤と青の竜と朱雀を模した式神が迫っている。
二つ共に千春と千夏の姿は見えない。きっと、中に収納されているのだと予測。
「令、容赦しないよー!」
「たとえ幼馴染でもね!」
そう声が聞こえると朱雀の翼となっているパーツの一部がスライドして、ミサイルが大量射出された。
しかも、追尾式。碧は自ら前に出て、ミサイルを引き付けると、紫達が通れる道を作る。
すぐさま千春の青竜がフォローに入る。それを確認すると、碧は方向転換し、青竜の方へと進路を変え、
太郎も足から炎を噴射し、一気に距離を詰める。青竜も碧の意図に気がついたのだろう。
進路を変えようとするが、神憑状態に入った令の電撃がそれを阻む。
「お姉ちゃん。大丈夫だよー」
碧の後ろについていた朱雀がその大きな口を開き、赤い熱線がその中から放たれる。
結果としてミサイルは全て破壊され、爆発だけが起きた。粉塵と煙が舞う上空で、全員が一瞬視界を失う。
そして、令が碧に煙を吹き飛ばしてもらおうと声を上げようとした時だった。
「見つけた!」
煙の中から青竜が現れ、その口から巨大な刃が飛び出す。それでは、終わらない。
青竜の全身が可動を始め、形態を変えて行く。中が開き、パーツとパーツが連結し、
中に搭乗していた千春の鎧と武器となり、全長五メートル以上はあるであろう、長剣を携えた
千春が令へと迫る。令も無装を太郎お得意の大剣の形に変化させ、迎え撃つ。
「──っ!」
拮抗。だが、千春の方が力が上だった。そのまま下方へ衝撃に飛ばされる令はニヤリと口を歪め、
次の瞬間、神憑の力を解いた。光と共に紫の体が再び顕現し、そのまま令の足を掴むと、
ジャイアントスイングの要領でプラントの方へと投げ飛ばす。そして、上方に居た碧も千夏の放った
弾幕を回避し、太郎を風で包んで令の方に向けて打ち飛ばした。
「令、いっくぜぇ!」
「うん!」
空中で再び神憑を発動。令を炎と鎧が包んでいき、足から炎を噴射すると更に加速してプラントへと向かう。
令の視線の先には、既に体勢を整えている千秋と千冬の式神が見えた。改造された白虎と玄武の式神だ。
無装を拳銃の形に変えると、ばら撒くように弾丸を発射。防御体勢をとった千秋と千冬に一瞬の隙が生まれ、
「太郎君!」
「ああ!」
太郎が更に力を送り込み、無装の形が大剣へ。炎が一瞬でそれに纏わりつき、令はまず千秋の白虎へと
接近。だが、その前に黒の装甲板が出現した。千冬の式神の一部である。それを知っていた令は、
大剣を中へと放り投げ神憑を解除。そして、太郎が装甲板の奥に顕現し、空中で燃え盛る大剣を握ると
勢いを利用して千秋へと叩きつけた。剣撃だけでなく、炎も白虎に纏わりつき、たまらないように
千秋を搭載した白虎は移動し、そのまま変形。そこには白い虎の鎧を纏った、千秋の姿。
「やるじゃん。僕、ちょっと令の事ナめてたよ」
「そういえば、お前には結構昔からからかわれてたね」
「冗談交じりだけどね。僕らと対等に話してくれるのってお前だけだったし。
だけど、今は容赦しないよ。僕らの邪魔をするのなら、お前だって場合によっては殺す!
そう、皆と話して決めたから」
「そうか……多分、僕は殺さないかな。──僕は、お前たちみたいに過去を変えたくは無いからね」
「……ふん」
そして、千秋が高速で移動し、令へと爪を閃かせて接近。
「令!」
太郎が燃え盛る大剣を令に投げ渡し、自身は更なる炎を体に纏わせて令に背中を預けるような
体勢で千冬へと構えた。千秋も千冬も油断することなく、集中力を高めて令と太郎へと迫る。
そして、接近した千冬の爪が横から令を一閃。これを腰を落として令は回避。そのまま、無装を
拳銃の形に変え、千秋ではなく背後に感じる千冬の式神の気配の方向へと、視線を向けずに発砲。
太郎もそれに合わせるようにして、炎を千秋めがけて振りまく。千秋はそれを軽くステップして回避し、
千冬は装甲を盾として気にせずに突っ込んでくる。
「僕らの式神は──」
「──そんなにヤワなもんじゃないんだよね!」
そのまま二人が令と太郎に同時攻撃を仕掛けた時だった。再び、神憑の力を発動させると令は炎を足元から
噴射し、二人の攻撃はぶつかる直前に飛び上がって回避すると、無装を散弾銃の形へと変えた。
マズイ──と千秋と千冬はすぐに形態を変えて、白虎と玄武の装甲で全身を包んでいく。令は、少し引き金を
引くのをためらってしまった。そして、装甲がほぼ閉じきった辺りで引き金を引く。
令の中にいた太郎はそれに気づいていた。今、令が最初から本気で引き金を引いていたら確実に勝っていた。
いかに式神と魔具があろうとも流石に散弾銃の威力は凄まじい。だが、令にはそれを引かなかった。
その代償に令は千秋と千冬の命を確実に奪っていたからだ。
(そんなに……大切なのか)
結果として散弾銃の威力はほぼ装甲によって阻まれ、それでも衝撃は凄まじく千秋と千冬は吹き飛ばされていく。
追いかけたのは、軽装甲の千秋の方だ。胸をブーツで踏みつけ、令は白虎の顔面部分を炎を纏わせ
破壊すると、中に見えた千秋の顔へと銃口を向けた。
「千秋、もう諦めろ……。過去は、絶対に変えちゃいけないんだ」
「っ! お前に、僕らの何がわかるってんだよ!」
「わかるよ。僕だって変えたい過去の一つや二つはある。それで、涙を流した事だってある。
でもな。千秋、確かに過去は変えられないけど、未来は変えられるんだ。だから──」
「うるさいんだよっ!」
千秋は突然激昂し、撃たれても構わないのか無理やり起き上がると爪で令の胸部を凪いだ。
それだけでは止まらない。令の髪を掴んで顔に更に拳を叩き込むと、
「僕らは、絶対お姉ちゃんを取り戻すんだ! お前にわかるか? お兄ちゃんの苦しみが!
僕らが全部お兄ちゃんから奪ったんだ。母親と父親の興味と期待も! お姉ちゃんの命も!
だったらもういい。僕らは命を失ってもいいから、お兄ちゃんの幸せを取り戻す! もうそう決めたんだ。邪魔すんな!」
そう怒鳴りながら殴りつけると、令は一度血を吐き、千秋の事を睨むと拳を振りかぶって殴り飛ばし、
「お前は何もわかってねぇ! ──そんな事情。こんな戦いを引き起こした事の理由にはならねぇよ!
おい、お前わかってるのか。お前らがそのお姉ちゃんの為だけに、どれだけの人間の不幸にしてきたか!
ふざけんなよ、お前。自分たちだけ魔具でのうのうと願いを適えて、他はどうでもいいってか! 馬鹿じゃねぇの!?」
千冬は動けないようだ。千秋と令が殴り続けているのを黙ってみている。太郎も同じく、令の中で状況を静観。
お互い式神や神憑の力で力が増幅されている所為か、すぐに二人の顔は血の色に染まった。
「それでいいさ──。過去が変わったなんて、僕ら以外誰も気がつきゃしねぇっての!」
「お前、本気でそれ言ってるのかぁ!」
「本気じゃなきゃ、こんな事いわねぇよ!」
そして、千秋の本気の一撃が令の顔面を捉え、令は大きく吹き飛ばされると気絶した。
令が気を失った事により、神憑の力が解除され太郎は再び顕現した。そのまま、ゆっくりとしゃがみ、
「……意地はってんなよ。馬鹿」
と口にすると千秋と千冬の方を向き、本気で睨む。肩で息をしている千秋と千冬はその視線を真っ直ぐに受け止めた。
すると、上空から何かが降りてくる気配。いや、落ちてくるだ。太郎が視線を向けると、傷だらけになった
紫と碧が地面に墜落し、その後に、傷だらけとなった千春と千夏の式神が降り立った。これで、残る戦力は一人。
式神を解除した千春と千夏が真面目な顔で、太郎を見据え、
「降参してください。私たち、令の仲間を殺したくないし」
「そ。これ以上やるってなら。マジ殺すからねー。……うん」
戦力差は致命的だった。紫や碧でも勝てなかった二人も加わり、令が気絶している為、無装すらない。
そんな絶望的な状況であっても──太郎は笑った。
「いや、降参はしねぇよ。そして、令も殺させねぇ。悪いけど、お前ら潰すわ」
「火鬼風情がね……分際わきまえろよ。ちょっと変わってるとはいえ、お前はただの悪鬼なんだからさ」
ただの悪鬼──という言葉に太郎はまた笑う。最近忘れがちだったが、自分は確かに悪鬼でしかない。
人間の言語を覚えただけの悪鬼だ。
「はっ、言うねぇ」
太郎は言語を得た事によって、ただの悪鬼ではなくなった。本能だけではなく、理性が生まれ、概念を得た。
経験ではなく、紛れも無い過去を。直感ではなく叶えたい未来を。本能ではなくリアルな現在を。
太郎はゆっくりと息をつき、過去から律に昔教えてもらった式神の召還の仕方を思い出した。
──シッパイシタ。ムズカシイ。
──気にするな太郎。お前には炎の力があるじゃないか。それに、僕とだって鬼憑ができるしな。
──オセジ? オヤジ?
──お世辞であっている。が、ふむ。お世辞ではないぞ。フォローというのかな。おぉ! また一つ言葉を覚えたな!
律のあの時の微笑を太郎は覚えている。ゆっくりと、自分の内面を探り、自分の根源を探していく。
そして、見つけた。あの時にはまだ無かった、確固たる自分自身が時を経て感じられた。
その根源とゆっくり同調し、勢いと共に、外へと出していく。自分の殻を打ち破るように、悪鬼から脱皮するように。
「な……っんだって!」
千冬を始めとして四つ子達は絶句していた。眼前に居たただの上級悪鬼が、式神の気配を発しているのだ。
姿形にも若干の変化が見られた。右腕部分に赤い装甲が纏わりつき、強化されている。
更に両肩には禍々しい形の肩当から赤い炎の翼が噴出していた。これが、太郎の式神。名前はまだない。
そして、太郎は一度軽く跳躍し、炎を撒き散らして一瞬で手負いの千秋へと接近すると、
「だがよぉ──」
思い起こすのはこの戦いが始まる少し前の話。令と紫が大学の飲み会でそのまま泊まりとなった日。
令の父親も仕事で家で居なく。九我山の本家には、太郎と令の母親の二人だけだった。
──なぁ、母ちゃんよ。何で、俺の名前って太郎なんだ?
──あら、気に入らない?
──いや……そうじゃねぇけどさ。今日、姐さんにちょっと馬鹿にされたからよ……
──あらあら。じゃあね、太郎ちゃん。これは、律ちゃんと令君には絶対に内緒よ?
──ああ。で、何なんだよ?
右腕につけられた装甲がスライドし、背中の炎を一転集中。それらは太郎の手につく手甲へと集中。
千秋が防御体勢を取るが、それでも気にせず太郎は腕を振りかぶり、
「俺の名前は──」
──太郎の名前の意味はね、長男って意味なの。そして、令君が産まれる前に
──私のお腹に居た子につけるはずだった名前。私の体が弱い所為で産んであげられなかった子の名前なの。
──……そ、そんな名前を俺みたいな悪鬼が貰って……い、いいのかよ?
──良いのよ。だって、太郎ちゃんは。律ちゃんの弟分で、令君の兄貴分でしょ? だから、胸を張って名乗ってね。
──私は、紫ちゃんもそうだけど。太郎ちゃんだって本当の子供みたいに愛してるから
拳を思い切り千秋へと叩きつけ、一転集中させた炎を解放。膨大な炎が一気に溢れ出すと共に、胸を張り、太郎は我が名を叫んだ。
「火鬼なんてダセェもんじゃねぇ──太郎って超かっけぇ名前なんだよ! 覚えとけ!」
炎と衝撃にやられ吹き飛んでいく千秋を見て、再び千春と千夏は式神を発動。千春が一瞬で青竜刀を振りかぶり、
振り下ろした時にはもう、太郎は炎の翼とステップを繰り返して、三人から距離を取り、空中へと飛翔。
千夏の朱雀がすぐに飛翔形態へと変形し、太郎へと迫る。だが、一向に距離が縮まらない。
「な、何でよー!」
それもその筈、千夏の飛行速度は人間の体が耐えられる程度。だが、悪鬼である太郎にはそれは関係ない。
人間の何倍も体が強い為に、千夏よりもシャープに、そして、千夏よりも若干早く飛行が出来るのだ。
複雑な軌道を描いて太郎が再び迫る。千夏は接近させないために、朱雀の装甲に収納したミサイルを全弾発射。
だが、それすらも太郎には効果が無かった。今の太郎に何も怖いものは無い。四つ子ですら大した脅威に見えない。
この力ならば、令を守れる。この力なら、先ほどした律との約束を果たす事が出来る。そんな実感があった。
(半分泣いて頼むんじゃねぇよ──ったく!)
右腕のパーツが稼動、剣の形へと変化。それに炎が巻きついていき、太郎はすれ違い様に朱雀の両翼を破壊。
煙上げてプラントへと落下していく。それを確認すると、太郎は急降下し、今度は千冬の玄武へと迫った。
(こっちには、一生かかっても返せねぇ程の借りがあんだからな!)
太郎の右腕が再び形状を変え、槍の状態に。玄武は、ミサイルや砲台から弾を発射するが、太郎には意味が無い。
そして、勢いを利用して玄武の硬い装甲を貫き、ありったけの炎を叩き込み、吹き飛ばした。
残るは、千春だけ。四つ子の式神は全員発動はしているが、殆ど戦闘不能に等しかった。
「で、形勢逆転したが、どうする?」
「っ!」
「だんまりかよ。早く決めてくれ」
「……駄目。駄目! 駄目ぇ! こんな所で諦めたら駄目なの! お兄ちゃんが、お兄ちゃんがまた孤独に!」
パニックに陥ったのか、千春は頭を抱えて独り言を叫び始めた。そして──
「何で皆寝てるの!? 決めたじゃん。何があっても、お兄ちゃんとお姉ちゃんをまた会わせてあげようって!
姫ちゃんとお兄ちゃんとお姉ちゃんの家族の形を取り戻そうって。ねぇ、あれは嘘だったの? ねぇ! ねぇ! ねぇぇッ!?」
千春の魔具の力が暴走し、触手のように周囲へと広がっていく。それらは、朱雀、白虎、玄武の式神に絡みつくだけ
ではなく、千秋、千冬、千夏の体までをも取り込み、青竜と合体していく。足りない部分は魔具で補われ、
四つの式神が合体した巨大な竜の式神へと成った。流石の太郎も、これには開いた口が塞がらない。
「こいつも、お兄ちゃんか……」
太郎は詳しい事情は知らない。だが、この四つ子達の兄への執着ぶりは異常だった。よほどの過去があるのだろう。
だからといって負けてやるわけにはいかない。太郎は飛翔し、翼から炎を放つが、全く効いた気配は無い。
多分、中心部分に居た千春の暴走を止めなければいけないのだろう。千春は今、見境なしに攻撃を放っている。
余波で兵器プラントの大半が崩壊している。これなら、目的はほぼ達した。一度、令達を連れて体勢を立て直そう。
そう思い、太郎が令達を回収しようとした時だった。青竜の怒り狂った瞳が、気絶している令達を見据えたのだ。
「邪魔するから……アンタらが邪魔するから、お兄ちゃんが! お兄ちゃんが!」
竜の所々から、砲台が出現し、その全てが令達へと照準を定める。太郎は、全ての炎を翼に集めて加速。
そして、竜の咆哮と共に、その全てが発射された。
爆音が轟く音で、九我山令は意識を取り戻した。空気が埃っぽい、喉が若干むせる。そして、熱い。
顔を上げると、そこには炎の翼が見えた。それは良く見た背中だった。子供の頃から何度も背負ってもらい、
いつも見ていた背中。太郎の背中だった。
「太郎くん……?」
太郎の様子がおかしい。太郎から式神の気配を感じる。あまりにも変わった状況で令はついていけなくなった。
そして、何故か太郎の体から粒子が溢れ出した。おかしい。自分は神憑の力を発動させていない。
確かめてみるが、発動はしてなかった。すると、太郎の膝が崩れ落ちた。その間にも粒子化は続いていき、
「太郎くん! 太郎くん!」
令の悲痛な叫び声がプラントに響き渡った。
緋色の眼シリーズキャラ投票
筆者のブログ