……いえない。
もう一ヶ月も本編書き進めてないなんて……
もう少しで余裕が出来るんで、そしたら何とか……
というわけで。
次回から緋色の眼シリーズのクライマックスに入ります。
第34話:お父さん、お母さん
物心ついた時から、幸せだった。毎日、大好きな家族に囲まれて暮らす日々。だから、当たり前のようにずっと笑っていた。
お父さん、遠音ちゃん、春ちゃん、夏ちゃん、秋ちゃん、冬ちゃん。これが、私の家族。
その他にも凛ちゃんや雨龍君、千里ちゃんや万里ちゃんも良く訪ねてきてくれて、ずっと私と遊んでくれた。
だから、寂しくなんてなかった。お母さんが居ない。学校の友達に同情的な目で見られた事があるが、私には遠音ちゃんがお母さんだった。
「いいかい、未希。私は君のお母さんじゃない。でも、娘と同じように愛している。それだけは、わかってくれ」
でも、遠音ちゃんは、私にお母さんと呼ばれるが少し嫌なようだった。皆、それについて何も言わない。
私はその理由を知っていた。前に、私が夜更かしして寝たふりをしている時に、酔った遠音ちゃんが泣きながら私の髪を
撫でて一人泣きながら呟いていた事が原因だろう。しかも、お母さんに対して何か事情を抱えてるのは一人じゃない。凛ちゃんもそう。
だから、お母さんの話をしようとすると、話を逸らされる。私が知っているお母さんは、リビングにある一枚の写真だけ。
万里ちゃんに聞いても、千里ちゃんに聞いても、どうしてお母さんが居ないのかは、どんな病気で亡くなってしまったかは教えてくれない。
そして年と共に、何か事情があると知った私は、段々と母親の事を口にしなくなっていった。何時か、話してくれると信じて。
久しぶりに母親の事を意識したのは、小学校卒業の少し前だったか。
「私、お母さんと美容院行ってから卒業式行くんだー」
「私は今日一緒に、中学の制服買いに行くんだよ」
という友達との会話。別に良かった。服や美容院なら、遠音ちゃんや凛ちゃん。もしくは春ちゃんと夏ちゃんと行ってもいい。
卒業式だって、皆で来てくれるって言っていた。お父さんなんか、また新しくビデオカメラを買ったしね。
そして、もう一つ理由があった。担任の先生が配ってくれた、卒業式に両親に渡す感謝の手紙。
「未希ちゃんは……一枚でもいいのよ。それか、お姉さん達や叔母さんにでもいいわ」
先生は先生なりに気を使ってくれたようで、一応、私は用紙を二枚貰う事に決めた。
お父さんへは普通に感謝の気持ちを書いた。そして、もう一枚は──と迷う毎日。
お母さんってどんな人なんだろう。イメージが全く無いからよくわからない。……会いたい。それまで我慢していた
思いが溢れかえって止まらない。やっぱり、私はお母さんに会いたかった。遠音ちゃんや凛ちゃんと一緒に居る事も嫌いじゃない。
でも、一度くらいお母さんと買い物や、お話をしてみたかった。声だけでもいいから聞きたい。
そんな思いが募っていく日々。十文字家の魔具でどうにか出来ないかと考え、ひたすら過去の文献を漁った。
その中の一つ、時を越える魔具の記述に私は夢中になった。これさえあれば、お母さんに会える。
きっとびっくりするだろうなぁ、と笑いながら想像する日々。でも、それは遠い場所で紛失した事になっている。
しかも百年以上前の記述だ。本当にあったかも定かではない。でも、あるかもしれない。
お父さんもそんな私の変化に気がついたのか、妙に神妙な顔で、一日中パソコンに向き合って居る事が多くなった。
「お母さん……」
結局、そのまま卒業式も終わり、ある日、私が帰宅すると、家には誰も居なかった。暇だったので、私は部屋にあるパソコンをつける。
だが、ネットに繋がらない。無線式だったので、お父さんのパソコンの接続がおかしいのかと思った私は、お父さんのパソコンの接続を確認。
すると、反逆の十文字事件と書かれたファイルを見つけた。何で自分の家の名前が書いてあるんだろう。しかも、反逆って。
お父さんには悪いと思ったが、私はそのファイルを開いてしまった。そして──全てを知ってしまった。
「そんな……お父さんが、……お母さんが……皆が」
なまじ頭が良いだけに全てを理解してしまった。お母さんが、純血の人達に殺されてしまった事。
でも、その純血の人達は私は守ろうとしてくれた事。それを知らないお父さん達が町を一つ壊滅させた事。
その中心には私が居た。物心すらついていない私が。誰もが、私を守る為に犠牲になっている。
お母さんもお父さんも、私を助けてくれようとした人達も。悪いのは、私の存在があったから。
「私が……悪いの?」
違う。違わない。わからない。数式は簡単に解けても、この答えばかりはわからない。
何か、私に出来る事は無いのか。私が生まれてたから悪いのか。思考はどんどん悪い方向へ向かっていく。
そこで──一つの妙案を思いついた。それが、文献にあった時を超える魔具。それで過去に行ってお母さんを助ければいい。
あのトラックさえ突っ込んでこなければ、お母さんは今もきっと此処に居てくれている。私を抱きしめてくれる筈。
だから、時を越える魔具を探しにいこう。そう決めると、私は旅の支度をして、十文字特区在住のとある政治家さんの家を訪ねた。
その人に時を越える魔具が最後に使われた場所──岡山県のとある地域に住んでいる人を紹介してもらう。無論、お父さん達には
絶対に内緒という事も言い含めて。
「もしかして、君がミキちゃんかな?」
そして、海野太陽さんと出会い、その両親の徹宵さんと桜さんの家へと私は案内された。
徹宵さんは言葉に表せない位微妙な人だ。頭が良いくせに、やってる事は愚か極まりない。
桜さん曰く、これは海野の血統だそうな。遺伝子レベルで海野の男児は愚か極まりないとの事。
そんな桜さんと徹宵さんは私を殆ど家族同然に扱ってくれた。図書館に行きたいと言えば、何時間でも付き合ってくれたし。
貸し出し数が十冊までという条件も、どう言い含めたのか、それを無視して五十冊程一気に借りてくれた。そんな日々が続いたある日。
光希と遥さんと二郎さんがやってきて、何だか知らないうちに今度は鬼塚の屋敷へと連れて行かれる事になってしまう。
最初は、とても光希が羨ましかった。遥さんは光希を溺愛しているようで、とても大切に光希を扱っている。
寂しそうにしていれば、話しかけ。光希の為ならそれこそ何だってやる。母親の愛情が、私にはとっても眩しく映った。
そして見ていれば見ているほど、私もお母さんに会いたくなる毎日。だが──
「それでも、私は生き返らせようとは思わない。私の都合で、彼女達を生き返らせたとしましょう。
それは命というものに対して、非常に失礼な行為であると私は考えています。
命は、一度きりだから大事にしなくてはなりません。一度きりだから人は何かを頑張れると私は考えます。
それでも、私の罪は消えません。私に出来る償いは、せめて目に映る人の命を救う事。
ヤクザでありながら、出来る限りの命を救う、これがこの年寄りの最後に生き甲斐なのです」
「それって引きかえって事でしょ。例えば、お母さんがもし死んじゃってっさ。
いっぱいのお金と引き換えに生き返らすなら、多分僕はそのお金をあげて生き返らせちゃう。
そのお金は僕がいっぱい頑張って働いて、誰にも迷惑をかけないでためたお金ならね。
でも、僕がぎんこーごうとーや、泥棒したお金じゃ生き返らせる気にはならないな。きっと、お母さん怒るもん。
お兄ちゃんやお姉ちゃんやお父さんもきっと、僕を怒るだろうしね」
光希と小太郎さんの言葉が重く響いた。仮に、時を越える魔具を見つけたとしても、大量の反意思が必要になる。
しかも、これから私がしようとしている事は、小太郎さんの言葉を真に受けるなら、命への冒涜だ。
よくよく考えてみれば、人は何時か絶対に死ぬ。私だけがお母さんを失っているわけじゃない。世の中にお母さんが
いない人なんてそれこそ大勢だろう。その中で、私だけがのうのうと犠牲を払ってお母さんを生き返らす。
──常識的に考えて、卑怯以外の何者でもない。でも、黙っていれば誰もわからない。欲求と理性がせめぎあう。
そんな事を迷っていたら、今回のような事件が起きてしまった。私が居たから、鬼塚の人達が襲われてしまった。
もう、覚悟を決めるしかない。本心ではどうしたらいいかわかっている。でも、お母さん──
「未希ちゃん。未希ちゃん! 大丈夫?」
未希は光希の言葉によって、我に返った。気がついてみると、背中に物凄い冷や汗が出ている。
背筋を震わせ、改めて部屋の状況を確認してみる。現在部屋に居るのは、二郎、光希、未希、
小太郎、そして鬼塚を襲った男達に囚われていた記者となる男の五人。未希は自分の素性と目的を全て明かし
この場にいた全員に頭を下げてから、ずっと思考の深みにはまっていたというわけであった。
「もう一度確認するけど……君が未希ちゃんなんだね? 私は海原靖。七海遠音とい名乗る情報屋に
頼まれてずっと君を探していたんだ。その名前に心当たりはあるかな?」
「は、はい。遠音ちゃんは……その、私のお母さんみたいな人です」
その言葉に、一番驚いていたのは小太郎だった。拳を握り締め、唇を震わせながら、
「と、遠音お嬢様が、お母様代わりでいらっしゃったのですか。では、遠音お嬢様はお元気で
いらっしゃるのですか? 失った手足は今、どうなさっているのですか?」
「詳しくは私も知らないんですけど。遠音ちゃんは両手両足がちゃんとありますし、元気ですよ。
小さい頃からずっと、面倒を見てくれた、本当のお母さんのような人なんです」
「そうですか……それは良かった。今度、遠音お嬢様にお会いしたらお伝えください。
私は今でも此処にいます。貴女の事だって何時だって歓迎致しますと」
「わかりました」
未希が笑顔でそう返事をすると、小太郎は心が救われたように笑った。何があったのかは未希にはわからない。
それでも、反応から察するに遠音の事を大事に思っていてくれる人なのだろうと安心した。
そのまま暫く沈黙が続いたが、やがて、気まずそうに靖が口を開く。
「それで、これから未希ちゃんはどうするんだい? 私としては依頼主の七海遠音に発見の連絡を入れたいのだが。
……その前に、君には、酷な話を一つしなければならない。それを聞いてくれるかな?」
「はい。全部覚悟してます」
「……わかった。今、君の親である十名家の十文字派は、ユニオンという組織と戦争状態にあるんだ。
ユニオンというのは、鬼神、悪鬼、純血、混血という差別を全て無くそうという理念の下に活動している組織。
それには十名家の八神派も組み込まれている、もうこの日本を真っ二つに割っている組織同士に抗争が始まる。
私個人の情報だから信憑性は低いが……十文字派は、コアを手に入れる為に、ユニオン傘下の家を幾つも襲ったらしい」
「え……。お父さん達が……?」
「ああ。いかに十文字が最強であろうと、あの千島蒼二を筆頭に天美運命まで居る組織だ。戦力はほぼ互角。
かなり危険な争いになってしまうだろう。……すまない。これ以上は君を動揺させるだけだね。ここで終わろう」
未希は顔を青くして黙ってしまった。自分のした事が原因で、父親達が戦争を引き起こそうとしている。
いかに頭が良かろうが、まだ未希は小学校を卒業したばかりなのだ。そんな子供に、この言葉は重すぎた。
そして更に、最悪な事が起きてしまう。
「千島蒼二って……僕のお兄ちゃんの事じゃん。何で……お兄ちゃんと未希ちゃんのお父さんが戦うの?」
「な、なんと。君は、あの千島蒼二の弟なのかい!?」
靖にもこれは予想できていなかったようで、口を開けたまま硬直してしまう。小太郎は大体の事情を知っていたのか
苦々しげな顔で居る。未希と光希にかける言葉が見つからない自分に苛立っているようだ。
二郎は一人俯き、「あいつら……本当に……」と何やら感傷に浸っているようである。
未希と光希も顔を見合わせたまま動けないで居た。両方の兄と父が殺しあうのだ。想像したくない。冗談であってほしい。
「ごめ……ん……なさい」
未希が先に泣き出してしまった。その為に、光希は泣くに泣けない。何をしていいのかわからない。
部屋には未希の嗚咽だけが無情に響き渡っていた。光希には、どうにも出来ない。頼りになる母も居ない。
未希の父親と大好きな兄が争う。だったらどうすれば──と考えていると、二郎──藍がようやく口を開き、
「でも、今ならまだ間に合うんじゃないかな?」
「え……」
「まだ、十名家の十文字派とユニオンの抗争は始まっていない。だったら、ここでごちゃごちゃ考えているよりも
動いたほうが良いと思いますよ。よくよく考えてみれば、この事件は未希ちゃんとお父さん達が冷静に話し合えば
終わるんじゃないでしょうか。大切なのは、未希ちゃん。君の気持ちだよ。全てを知って、君はどうしたいのか。
その答えは、もう出てるのでしょうか?」
「……はい。大体の気持ちは固まりました」
「なら、すぐに出発しようか。というわけで、準備してきてください」
「え……?」
「君も立派な鬼塚の客人だ。そんな君に後は一人でどうにかしろ。なんて言ったら鬼塚の名が廃ります。
だから、俺が責任もって最後まで関わります。幸か不幸か、俺にも全く無関係という話じゃなさそうですしね。
海原さんは事情が事情なので、しばらく此方の屋敷で静養なされてはどうでしょうか。傷も暫くの通院が必要でしょう」
「い、いいのですか……?」
「構いませんよね、親父殿」
「ああ、お前の言うとおりだ。ヤクザだろうが、なんだろうが、困った時はお互い様ですからね」
「本当に、申し訳ない」
靖が深々と頭を下げると、藍は手を一回叩き、
「では、お二方は準備の方をお願いします。光希君と親父殿は少し残ってください。大事な、お話がありますので」
そして、未希と靖が部屋から出て行き、部屋には小太郎と光希と藍の三人だけが残った。
どうやって話したものかと、藍は苦笑する。とりあえず、この二人には全てを話しておかなければならない。
一人は血の繋がった一族。もう一人は、血は繋がっていないが家族だからである。
「先程見て頂きわかったと思いますけど、俺は──鬼神という悪鬼と人間の間に生まれた生物です。
こう見えて二百年程生きています。本名は、千島藍。そして、九年前にラグナロクという鬼神の組織に所属し、
光希君のお兄さんとお姉さんの、蒼二と遥緋と殺し合いました。結果、俺は負けたものの、大切な事を彼等から
教わり、仲間に生きろと命を繋げられ、その過程で記憶を失い、ずっと鬼塚二郎としてこの場所で生きてきたんです」
光希は唖然としている。小太郎は小太郎で、何処か藍の正体には感づいていたのか、特に動揺した様子は無い。
暫く会話が止まり、静寂が訪れた。小太郎は何も言わない。藍は真っ直ぐに光希と小太郎を見ている。そして、
「ほ、本当なの……? 二郎兄ちゃんは、ぼ、僕のご先祖様?」
「そうだよ。君のその首にかけている飾りがあるだろう──それは、俺が蒼二と遥緋に託した物なんだ」
「あ……お兄ちゃんとお姉ちゃんが言ってた。この首飾りは、とっても大切で、悲しい物だって。
ご先祖様が生まれてくる僕の為にくれたものだって言ってたよ!」
「ああ。君を、新しい千島の新しい可能性だと見込んで、な」
「うん! ありがとうね。二郎兄ちゃん」
「いえいえ。以上で話は終わり。後で、携帯電話を貸してくれるかな? 蒼二か遥緋に連絡を取りたいんだが」
「わかった! じゃあ、僕は未希ちゃんのお手伝いしてくるね」
光希は笑って手を振ると、部屋から出て行った。まだ、まともに理解していないのだろう。それとも順応が早いのか。
どちらにしても、面白い。あの時、滅ぼさなくて良かったと素直に思える。それ位に、藍は光希に期待していた。
式神の面から見ても、性格の面から見ても、確かに蒼二の言ったとおり、新たな可能性が十分に期待できる。
そして、光希が居なくなると必然的に小太郎と藍は向き合う事になった。何を言えば良いのかわからない。
それでも、言葉に表せないほどの感謝の気持ちはある。藍は、小太郎に深々と頭を下げ、
「親父殿……本当に、今まで育てていただいてありがとうございました。このご恩は一生忘れません」
「……馬鹿者」
「……は?」
「親が子供を育てるのは当たり前だろう。……二郎、お前は私に夢を見させてくれたんだ。二度と、子育てが出来ないと思っていた
この私にもう一度チャンスをくれた。感謝するのは此方の方だよ。この九年間、私がどれ程幸せだったか。どれ程、救われたか……
お前がどんな存在だろうと、どんな罪を犯していようと、お前は──私の大事な息子だ。私は何時だって、お前の味方で父親なんだ」
小太郎の言葉が胸に響き、過去の記憶が蘇る。悪鬼だった父は、藍と会話する事無く、討伐されて消えてしまった。
たった一人の家族だった、母は千島によって追い詰められ、自分が最後に焼き尽くしてしまった。
そんな自分の事を、全てを知った今でも息子として扱ってくれる小太郎の優しさが、思いが、藍の心を決壊させようとする。
唇が震え、どうしようもない感情が体の中を駆け巡る。藍は、何とかそれを堪えて顔を上げ、
「では、行ってきます──お父さん」
そう言うと、藍の顔が優しい笑顔を形作った。
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