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あ、すいません。
ちょっと次話投稿は完全未定です。
第26話:命の重み


 見ていたのは、自分が自我を持った海。それまでは、ずっとひたすら歩いていたような気がする。
 この海辺で鬼塚二郎の全ては始まった。何故、自分の記憶が無いのかはわからない。外的要因だと医者は言う。
 どうせ、ロクでもない組にでも居たのだろう。自分の体には身に覚えの無い銃創や切り傷がうっすらと残っている部分がある。
 二郎自身、自分はかなりの暴力的な人間だと自負していた。今思い返してみれば、悲しみだけが心の中に満たされていた自分は、
 まず絡んできたチンピラを殴ると、金を奪って逃げたのだ。そのチンピラが仲間を連れて自分に仕返しをしにくる。
 それを逃げながら撃退。そして金を奪う。それを繰り返していたら、クズの仲間が増え、
 それが減ったりしながら、気がつくと何時の間にかヤクザの集団に囲まれていた。

「兄ちゃん、随分と威勢がいいやんけ」

 流石にヤクザには勝てなかった。散々殴られたり蹴られたりして、二郎は鬼塚組の屋敷へと連れて行かれた。
 そこで会ったのが、小太郎だった。ヤクザにしては優男のような風情だったが、本気で怒った時はやはり怖い。
 二郎が街の人間にどれだけ迷惑をかけていたのかを怒鳴りつけ、何故そんな事をしたのだと問う。

「記憶が無いんだ。生きる為には仕方ないだろ」

 完結に二郎がそう答えると、小太郎は更に顔を赤くし、

「それが、無闇に人を傷つけていい理由にはならない。人の道理として間違っている」

 と再び二郎を殴りつけた。それから、金でも請求されるのかと思ったら、意外な事に小太郎は全く素性の知れない二郎を家に泊めたのだ。
 何が目的なのかわからなかった。もしかしたら何処かへ売り飛ばされるのかもしれない。
 そんな不安が心に圧し掛かるが、そんな事は無い。小太郎に引っ張られるようにして、部屋に連れて行かれると、そこには二郎の分の料理があった。

「食べなさい」

 と顔や服がボロボロの二郎に小太郎はそう告げた。暫く周りを伺っていた二郎だが、空腹には勝てず箸を取って一口。

「どうだ? 美味いだろう」

 今まで食べた何よりも美味しい気がした。何かが二郎の心の中で熱く響いたと思ったら、涙が零れてきた。
 過去に同じような味を食べた事があった。自分の為を思って精一杯頑張った味。でも思い出せない。
 二郎は泣きながら料理を口に運んでいった。久しぶりに、何か大切なモノを得た気がした。
 それからしばらく鬼塚の屋敷に滞在していたのだが、小太郎や組員達は出て行けと何時までも言わない。
 何か悪い気がした二郎は、自発的に掃除や鬼塚の家の使用人の手伝いを積極的にするようになった。
 組員が何か仕事をする時には、全部についていった。鬼塚のヤクザとしての顔。または地域の用心棒としての顔。
 その全てを見ながら月日は流れていく。何時しか、弟分が出来た。その弟分に更なる弟分が出来た頃だったか、

「坊主。お前は名前が欲しいか?」

 と小太郎が二郎に問うた。上の組員からは「坊主」。弟分達から「兄貴」と呼ばれていた二郎は、確かに名前が欲しかった。
 二郎がそう頷くと、小太郎はそのまま自分の事を語り始めた。血気盛んだった自分の所為で息子と妻が死んでしまった事。
 それからは暴力の一線から退き、他の形のヤクザを取ろうとした事。その全てを二郎は一言も漏らさずに聞いた。そして、全ての話が終わると、

「俺の養子にならないか?」

 と小太郎は二郎に問う。自分には過去が無い。戸籍も無い。全てが無いと説明したが、小太郎はそれを笑って流すと、

「全部上手くやってやる。だから、どうだ?」

 純粋に嬉しかった。二郎はそれを快諾すると、鬼塚二郎という名前と、家族と、戸籍を手に入れた。
 とても嬉しかった。どんな物を貰うよりも嬉しかった。それから二郎は、鬼塚組の若頭として地域にどんどん顔を出していく。
 悪意ある暴力には更なる暴力で。市内にあった悪徳の組をどんどんと追い詰めていく二郎。
 自分のような馬鹿野朗を生まない為にも、街を綺麗にしたかった。七海の後ろ盾もあったからか、一年もすれば街には鬼塚組だけが残っていた。

「良くやった。だが、本当に辛いのはこれからだぞ」

 二郎が起こした抗争がきっかけで、住人は脅えていた。引っ越した家族も少なくは無い。
 またやらかしてしまった。後悔が生まれるが二郎はそこで止まらない。積極的に町内会や商店街の組合と話し合いの場を持ち、
 威圧的ではなく、対等な立場としての話し合いを進め始めた。これには、メンツが立たないと弟分達が反対した。
 威圧的でないヤクザなんて笑いものだという。それでも熱心に説得を続け、シノギやショバ代も何とかしようと歩み寄り、
 三年が経った頃に町はようやく落ち着き、長閑だった町へと戻ったのである。

「本当にあっという間だった……」
 
 海辺を見ると光希とミキが石を投げたり、波から逃げたりと楽しそうに遊んでいる。
 不思議な子供達だ。ミキは二郎が感服してしまうほど頭が良いし、光希の運動神経は小学生とは思えないほど。
 それでいて何処か二人とも大人っぽい所もあるが、逆に妙に子供っぽい所もある。
 昨日何かは刺身の最後の一切れの取り合いで、光希とミキは延々と不毛な議論をしていた。
 光希はジャンケンしようと譲らなく、ミキは確率論に任せる等愚か極まりないと喚く、結局仲裁がめんどくさくなった遥が
 最後の一切れを食べてしまったのだが、二人はその後二時間ほど文句を垂れていた。
 そんな事を思いながら、二郎は時計を見た。そろそろ良い時間だ、二郎は声を張り上げ、

「そろそろお昼だから帰りましょう!」

 と二人に言った。しばらくした後、二人は二郎に手を振りながら元気良く駆けて来た。

「今日のお昼ご飯は何かなー?」

「私はラーメンだと予想している。というか、ラーメンが食べたい。ぎっとぎとで油多目の
 チャーシューが七枚ぐらい入ってるような豚骨ラーメンが食べたいわ。もち、海苔つきの太麺で」

「残念ながら、お好み焼きだそうです。ラーメンなら、確か駅の裏通りに味の良い店があった
 筈です。良かったら、明日奥様の体調が治っていらっしゃったら行きましょうか」

「ま、マジですか二郎さん。そこ、麺の固さとか指定できます?」

 ミキはラーメンにこだわりでもあるのか、何時もの眠そうな顔とは違い、年相応の活き活きとした笑顔で二郎を見ている。
 
「ええ、できますよ。光希君もそれでよろしいでしょうか?」

「さんせー!」

 そのまま三人で他愛のない世間話をしながら、家までの道を歩いていく。通りすがりのチンピラや、町内会の人間が挨拶をしてくる。
 二郎はその一つ一つに笑顔で応対していく。勿論、光希とミキへの配慮も怠る事は無い。
 これが二郎の手に入れた物。何年も何年もかけて、自分が一度壊してしまった町を元に戻そうと頑張った結果。
 何の事は無い普通の日常だが、記憶の無い二郎にとっては全てが新鮮だった。
 時折、既視感を感じる事もある。だが、幾ら思い出そうとしても思い出せない。それでも、この日常がある限り、二郎の思いは消えない。
 
「二郎兄ちゃん、何か嬉しそうだね」

「お好み焼き好きなんですか?」

 光希とミキの質問に、二郎は屈託のない笑顔を向けると、

「そうかもしれませんね」

 と優しい声で言葉を返した。








 食事を終えると、光希は遥の下へとお見舞いに行った。昨晩から風邪をこじらせていた遥だったが、
 熱は下がったようで、少し疲れた表情をしながらも光希に静かに遊んでいなさいと注意を促した。
 これで屋敷内で暴れる事は出来ない。腕を組んで何をしようか考えながら廊下を歩いていく光希。
 二郎は午後から仕事らしい。だとすればミキと遊ぶのだが、ミキはミキで最近は難しそうな本を沢山読んでいる。
 徹宵の家から持ってきた数冊の分厚い本。更に鬼塚家に所蔵されていたこの地域の古い歴史が書かれた本を飽きもせずに眺めている。
 時折、電子端末を使って本と何かを確認しているのだが、説明されても光希には何を言っているのかさっぱりわからなかった。

「あら、光希。何してるの?」

 何時の間にか正面に、沢山の本を抱えたミキが立っていた。とても重そうである。姉に教えられた通りに、光希は何冊か本を持ってあげた。
 ミキは不思議な女の子だった。クラスや学校の女子と全然違う。育ちが良さそうだが、手入れが中途半端な髪型。
 今は本を読む邪魔にでもなるのか、強引に後ろで一つに束ねられている。そんな彼女だが、
 兎に角頭が良い。光希の春休みの宿題を夕飯の肉と引き換えに、僅か三時間で終わらせてしまった。
 三科目のドリルはあっという間に終わらせてしまったし、読書感想文は五枚ギリギリまで丁寧な字で書いてある。
 ここまで上を行かれてしまっては、もう光希はひたすらミキに憧れるしかなかった。

「暇だからさー。ミキちゃんはまだお勉強?」

「今から小太郎さんに幾つか質問しに行く所よ。それが終わったら遊んであげるから、少し待ってなさい」

「う、うん!」

 そのままミキの後に続く光希。小太郎の部屋の前まで向かうと、ミキがドアを三回ノック。しばらくの沈黙の後、
 小太郎の「どうぞ」という声が聞こえので二人は部屋の中へと入った。人の良さそうな顔で光希とミキを迎え入れる小太郎。
 ミキは小太郎の前まで歩くと、本や綺麗に纏められたメモを小太郎に見せながら、何か難しい事をしゃべり始めた。
 光希には何を言っているのか全くわからない。学校の先生や兄や姉が喋っている事とも何か違う、レベルの高そうな会話だ。
 流石の小太郎も困惑しているようで、偶にミキに質問をしながら、何とか話についていってるようだった。

「ふむぅ……難しいですねぇ。確かにウチの組は長く続いていますが──これは流石に」

「そうですか。こちらの記述とそちらの記述を様々な観点から分析して、類似項目を挙げてみました。
 それとそれですね。……ええ、そうです。私の仮説が正しければ、この地方は──な、筈なんですが」

「確かにそれらしい記述もこちらにはありますが……いやはや、学が足りないようでして」

「いえ。専門の知識を持った人でもこれを実証するのは難しいかと。唯一の頼りは、この地域に古くから
 住まう人間が伝え聞いてきた伝承なのですが、流石の鬼塚家にも記述しか残ってないんですか……」

「ええ、申し訳ございません」

「いえいえ。幾つか収穫もありましたし。今日は本当にありがとうございました」

 小太郎とミキの会話が終わったようだった。暇そうにずっと座って待っていた光希は、伸びをして立ち上がり、ふと棚に目をやった。
 そこには一枚の古ぼけた写真。若い頃であろう小太郎の姿と、この屋敷では見た事がない女の人と男の人が写っていた。
 だが、小太郎は今の小太郎と全然違っていた。兎に角、顔が険しい。眼光にも厳しいものがある。
 しばらくジッと見ていると、それに気づいた小太郎が口を開いた。

「それは、妻と息子ですよ」

「この小さい子、二郎兄ちゃん何ですかー?」

「いや、それは二郎じゃないよ。私の一番初めの息子の敬太郎です。もう死んでしまいましたが」

「あ……ご、ごめんなさい」
 
 光希も流石に不味いと思ったのか、小太郎に頭を下げた。だが、

「どうして、亡くなったんですか?」

 ミキが何故か話しをそう蒸し返そうとする。

「ちょ、ちょっと! ミキちゃん」

 光希が何とか嗜めようとするが、ミキは特に気にした風もなく、淡々と小太郎の答えを待っている。ミキの先ほどと同じくらい真剣な表情を見て、
 小太郎は何かを察したのか、少し疲れたようで悲しそうな笑みを作ると、

「組同士の抗争がありましてね……その時、逃がそうとしたのですが、相手の組の車と正面衝突
 してしまい、二人とも死んでしまったんですよ」

「だから、今のこの組の体系は穏健なんですね」

「ええ、それは二郎の意思が強かったというのもありますが、私はそう願っています。
 最近は締め付けが厳しく、法の合間を利用してリスク少なく組を運営していく形が多いのですが、
 私どもはそれを好きません。まぁ、七海の庇護があるからこんな形で運営出来ているというのがあるんですがね」

「……そうですか。不躾な質問をして、すいませんでした」

「いえいえ、お気になさらず」

「……最後にもう一つ、聞いていいですか?」

「はい」

「死んじゃった息子さんと奥さんを、多大な犠牲と引き換えに生き返らす事が出来るなら、小太郎さんはどうします?」

 ミキの瞳は真剣だった。この年頃になると、そろそろ人の死というものが現実を帯びてくる年頃なのだ。
 ペットの死。家族の死。様々な死を認識してしまう年頃だ。だから、小太郎には適当に答える事が出来ない。
 一歩間違えば、大げさではあるがミキのこれからの人格形成に支障をきたしてしまうかも知れない。
 小太郎はしばらく黙考した後、

「きっと、生き返らすような事はしませんね」

「……何でですか?」

「私が、鬼塚家が、彼女達を殺してしまいました。彼女達が最後にどんな気持ちだったのかはわかりません。
 でも、怖かったでしょう、もっと生きたかったでしょう。それだけは、真実であると思います」

「じゃあ、どうして……!」

「それでも、私は生き返らせようとは思わない。私の都合で、彼女達を生き返らせたとしましょう。
 それは命というものに対して、非常に失礼な行為であると私は考えています。
 命は、一度きりだから大事にしなくてはなりません。一度きりだから人は何かを頑張れると私は考えます。
 それでも、私の罪は消えません。私に出来る償いは、せめて目に映る人の命を救う事。ヤクザでありながら、出来る限りの命を救う、これがこの年寄りの最後に生き甲斐なのです」

「一度だけ……」

「そうです。それに、死んでしまったら全てが終わりという事ではないんですよ」

「どういう意味ですか?」

「命が終わってしまっても、記憶には残ります。誰かがその人の事を少しでも覚えていれば、その人間はまだ"世界"
 に残っていると私は考えます。過去の偉人が良い例です。彼らの思想、言葉。それは今でもこの世界に生きている私達に影響を与えます。
 ですから、本当に人が死ぬという事は、誰からの記憶からも、記録からも消えてしまった時であると私は考えているんですよ。少し、難しすぎましたかな?」

 小太郎は、ミキを優しく見つめた。少しひっかかる所があるのか、ミキはまだ不満そうだ。
 無論、これは小太郎主観の意見でしかない。人によって命の価値は違うのだ。悲しいが、それが今の世界。
 その旨も一緒に伝えると、ミキはしばらく黙考した後に、今度は光希の方を向くと、

「光希はどう思う?」

 今度は光希に問うた。いきなり話を振られた光希だが、少しは考えていたようで、ミキと小太郎といった
 自分よりも何倍も頭がいい人間に意見を馬鹿にされないかと不安げな顔をしながら話をはじめる。

「ぼ、僕もやっぱり人を生き返らせるって普通は駄目だと思う。でも、やり方によっては、いいかもしれないけど。
 ぎせーが出ちゃうんだよね。だったら、それは駄目だと僕は思うんだよ。一人だけ幸せになっても
 きっと楽しくなんかないと思うよ。僕だったらまず、犠牲になったものの事を考えちゃうな」

「犠牲の定義にもそれはよるけど……」

「それって引きかえって事でしょ。例えば、お母さんがもし死んじゃってっさ。
 いっぱいのお金と引き換えに生き返らすなら、多分僕はそのお金をあげて生き返らせちゃう。
 そのお金は僕がいっぱい頑張って働いて、誰にも迷惑をかけないでためたお金ならね。
 でも、僕がぎんこーごうとーや、泥棒したお金じゃ生き返らせる気にはならないな。きっと、お母さん怒るもん。
 お兄ちゃんやお姉ちゃんやお父さんもきっと、僕を怒るだろうしね」

「……つまり、光希はこういいたいわけね。──間違った方法で何かを成しても、それには意味がないと」

「難しい言い方だけど、多分僕はそう思ってると思うよ。誰かを泣かしてまで、僕は笑いたくないな」

 光希の言葉はまだ拙いが、大体彼がどんな考えで生きているのかがわかった。小太郎は嬉しそうに目を細めて二人を見ている。
 完成されている思考の持ち主だが、まだ広さを知らないミキ。まだ幼いが、とても綺麗な思考を持つ光希。
 小太郎はこの二人と出会えた事を少し感謝したくなった。小太郎もまた、光希とミキの会話に心が救われたからだ。
 午後の穏やかな風を感じながら、小太郎はそのまま喋り続ける姿をしばらく見つめていた。
 願わくば、この幸せが少しでも長く続くよう思いながら──


 
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