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第1話:Bad - Holiday
 武の街。九我山特区という場所がある。九我山とは悪鬼を討伐する一族の中でも有名な一族だ。
 俗に鬼憑の一族と呼ばれ。十名家の中でも有数の戦闘力を誇る一族である。
 そんな九我山が支配する街の名が九我山特区。豊かな自然に囲まれた古めかしい街。
 特区にはそれぞれの街の特徴がある。ここ九我山特区は、武術の鍛錬や知識を身につける街。
 いくつもの流派の道場が押し並び、古今東西の様様な武器も売っている。
 だが、その全ては九我山によって管理されており、他での販売は一切見とめられていない。
 それほどまでに管理体制が行き届いた街だった。そして今時刻は夜中。九我山家の長男、九我山令は
 部屋の電気を消して、一人物思いに耽っていた。

(うーん……やっぱり、希恵ちゃんだな!)

 令は現在21歳。大学にヘラヘラと通いながら休日は九我山の仕事をしている。
 ずっとこの家を取り仕切っていた姉は、八年ほど前に嫁に行ってしまい、現在は息子が二人も居る。
 令自身は片方が鬼憑を持っているため、その子に継がせてもいいのであるが、
 父と母はなんとなく自分に継いでほしいような空気を出している。それはわかっているのだが、

(よぉし……送信っと)

 令は遊びたかった。九我山の家に捕らわれていてはおちおち合コンにも行けない。
 ……正確に言うと、まだ一度も行けていない。とある人物により、全て妨害されているのだが
 その事実に令は気づいていなかった。だが、友達からの連絡により、いよいよ明日合コンに出れる。
 しかも入学してからさりげなく気になっていた希恵ちゃんが来るのだ。
 明日は全てを投げ打ってでも合コンに参加するつもりで居た。

(紫ちゃんへのアリバイ工作も完璧だ。フフフ……明日こそは!)

 自分に彼女ができない最大の理由を思い出し、令は軽くため息をついた。すると、唐突に警報が鳴り響いた。
 九我山特区に攻め入ってくる馬鹿は滅多に居ない。ここはあらゆる武術家が集う街。
 しかもほぼ全員が九我山に中世を誓っている。下手すれば、十名家でも最強の戦力だ。
 だが、警報はなっている。令は飛び起きると大慌てで服を着替え、外へと向かい飛び出した。






 外に出ると、建物は破壊されておらず特に異常は無いように見えた。だが、違和感がある。
 人が誰も居ない。気配が全く無い。いつもなら警備か飲んだくれが居るのに今日は居なかった。
 それどころか、警報がなったにも関わらず警備が誰も出てくる気配が無かった。
 令は走って警備員の詰所へと走る。扉を空けてゆっくりと中へと入ると、警備員が倒れていた。
 
「あー……大丈夫ッスかぁ?」

 反応が無い。床に倒れて目を瞑ったまま微動だにしない。一応呼吸はしているようで、穏やかな呼吸音が聞こえる。
 警備員を再び床へと戻すと、令は立ち上がってモニタールームへと向かう。その途中にも何人か倒れていた。
 警備員といってもプロの中のプロを集めた精鋭の筈。それをここまで簡単に無力化するとは只者ではない。

(ヤッバー……母さんと父さんが居ない時にこんな事になるなんて)

 父と母は娘の様子を見るのも兼ねて、八神と合同の仕事へと鬼憑使いを沢山連れて行ってしまっている。
 残っているのは令と紫。後は訓練中の鬼憑使いだけ。それは令への信頼の証なのだが素直に喜べない。
 モニタールームへたどり着くと、いくつかの操作を行い全ての監視カメラへと目を通す。
 すると、一つの人影が一台のモニターへと映っていた。その場所は、特別倉庫。
 九年前の神々の黄昏事件の際に回収された幾つかのコアや結晶が保管されている場所だった。
 いくつかは海外の勢力に返還したのであったが、幾つかは邪魔だと受け取ってもらえなかった。
 その結果、コアの大半は日本へと残り、十名家が管理する事になっている。
 だが、それも後少し。知人が立ち上げた組織に全てを預ける手はずになっていた矢先にこの事件。

(ど、どうしよう……お姉ちゃんに殺される)

 姉もその組織の関係者だ。自分のこの失態を知ったら、恐るべき罰が待っているだろう。
 普段は優しくて旦那さんに甘えまくりの姉なのだが、仕事に関しては鬼の一言。
 悩んでいても仕方が無い。令は腹を決めるとこの建物の先にある特別倉庫へと足を向けた。


 特別倉庫は警備員詰所を通らなければ行けない場所に立っている。発生した悪鬼が出れない為の柵。
 頑丈な壁。鋼鉄製の扉。現在、その扉が開かれ一人の人間がその前に立っていた。
 黒のスーツの上に黒のコート。体格は大きなコートのせいでよくはわからないが、身長はやや高め。
 顔は同じく黒のフルフェイスヘルメットに覆われており、わからない。
 手にはコア。その黒スーツはそれを一瞬見た後、そのままコートの中にコアを収めた。
 コツコツと音を立てて歩き出す黒スーツ。すると、突然足を止めた。

「いよぉ! それ持って何処へ行くんだコラァ!」
 
 その声と共に、何の前触れも無く火柱が上がった。そして何時の間にか、正面には一体の悪鬼。
 赤と黒の体によく見る鬼の顔。言葉を喋れる所から上級悪鬼だと判断。
 上級悪鬼の中でも高位の悪鬼は人間とほとんど変わらない知恵を持っている。それが人と交わり
 生まれたのが鬼神という存在。そして低級・中級と人が交わったのが混血と呼ばれる種族。
 令や十名家の人間は例外無く、混血の末裔だった。

「おいおい、シカトか? 食い殺しちまうぞ、おいぃ」

 だが、黒スーツは何も答えない。興味深そうに鬼を見つめている。すると、背後で何かの引金が引かれる音。
 咄嗟に黒スーツは横に移動すると、さっきまで居た場所に銃弾が撃ち込まれる。
 背後を向くと、令が心からめんどくさそうな顔で、銀色の拳銃を構えていた。

「あのー……それ、返してもらえないッスかねぇ?」

「…………」

「あー……だんまりッスか。んじゃ、仕方ないんで力ずくで行きますよ」

「っしゃぁ! 喧嘩だぜぃ!」

 鬼は空高く跳躍すると、そのまま令に向かって落下していく。令の家の力は鬼憑と呼ばれる
 悪鬼と融合する力。だが、令だけは別格の神憑という力が使えるのである。
 鬼の体が段々と反意思化──粒子のような状態に戻っていく。令がそれを大きく手を広げて受け止めようとすると、

「何ヤってんのよ!」

「ウボォッ!?」

 凄まじい勢いで金色の光をまとった少女がほとんど粒子化していた鬼に飛び蹴りを放った。
 鬼は体を完全に砕かれると砂のように地面へと降り注ぐが、すぐに体を構成し直し、

「う、姐さん……」

「ゆ、紫ちゃん……」

 鬼だけでなく令も冷や汗をかきながら少女の名を呼んだ。少女──鳴神紫は不機嫌そうに乱れた髪をかき上げ、
 
「令……あたしに許可無くそこのアホと合体しちゃ駄目ゆーたでしょ」

「で、でも……この人強そうだし」

「もー黙って言うこと聞いとき。あたしがそこの奴いてこましたるから」

 紫の体からバチバチと雷が発生し、黒スーツを威嚇する。紫の目から見ても只者でない事はわかる。
 黒スーツは腕をダラリと下げてやや重心が後ろの構え。その所為か、妙に間合いが取りにくい。
 しかし、紫はそんな事を気にしないタイプだった。大地を強く蹴り、黒スーツへと迫る。

「くたばりぃやぁ!」

 雷を纏った拳を振り回し、チンピラのように特攻していく紫。黒スーツはそれを巧みに避け、
 カウンターのように拳をあわせた。容赦の無い一撃が紫の額にめり込む。
 だが、紫は痛みなど感じないようにニヤリと笑うと、黒スーツの袖を掴み、

「あたしのはかなり痺れるんよー!」

 放電を開始。周囲に稲光が閃き常人だったら耐えられないほどの電流が黒スーツを襲う。
 やがて、コートが燃え尽きスーツとヘルメットだけの状態になると、ついに黒スーツが動いた。
 足元から黒い染みが発生し、その中から野太い腕が現れ紫の体を思いきり殴りつける。
 咄嗟にガードしたものの、その威力は凄まじい。紫と一気に距離が開く。
 そして、黒スーツは両手を上げ、何も無い場所から拳銃を作り出した。それを見て令は、

「あれって……神璽さんと由加さんと同じだ……」

 黒スーツの行動は姉の知り合いの榛名神璽と棗由加と同じ力。世界にたった二人しか居ない
 結晶使いだけが使える力。すなわち、黒スーツの正体は神璽と由加のどちらかという事になる。
 何故、何故、何故、と令の頭の中に疑問が湧く。神璽には拳銃の使い方を教えてもらった事がある。
 一緒に由加の風呂を覗こうとした時に人柱にされた思いでもある。だが、二人とも良い人だった。
 真意はわからない。今は九我山の敵。そう判断し、令は式神【無装】を顕現させると、

「紫ちゃん、ごめんね」

 足元で粒子化のままいじけていた鬼と視線を合わせて、神憑の力を発動。
 令の体の中に鬼の粒子が吸い込まれて行き、令の瞳が真っ赤に染まり、鬼を模した赤と黒の鎧が顕現。
 令の式神、無装は千島蒼威の大我とよく似ている。同じ銀色の球体で形が変化する式神。
 だが、無装の球体は一つ。そして、無装に取りこませた武器の形しか取る事ができない。
 令はその中の一つ、リボルバー拳銃の形を選ぶとそれを黒スーツに向けて狙いを定めた。
 更に炎が拳銃へと纏わりつき、そして引き金を引く。炎を纏った銀色の弾丸が、黒スーツへと物凄い速さで迫る。
 黒スーツはとっさに顔避けるが、弾丸の威力は凄まじい。少し掠っただけで、ヘルメットが半壊した。
 その隙間から見えたのは、神璽のトレードマークの金髪。やはり──と令は確信した。
 だが、神璽もそれだけでは終わらない。拳銃から反意思の弾丸を発射し、令の眼前で破裂させた。
 轟音が響き渡り、悪鬼が憑依して強化された令と言えども三半規管がおかしくなり、尻餅をついた。
 その間に神璽は身を翻して、空へと浮き上がり飛んでいく。

「逃げられる思うてんのかー!」

 紫が雷を針のように細く形成し、神璽へと何発か撃ち込むが目立った外傷は無さそうだ。
 だが、それでもいい。紫は「ふぅ」と息をつくと、尻餅をついている。
 紫はそんな令の体を思いきり蹴り飛ばすと、鎧を砕いて無理矢理令と鬼の合体を解除。

「あ、姐さん! ひでぇよ!」

「うーるーさーい。あたしの令と勝手に合体してんじゃないわよ。いいから、アンタは中へ戻りぃや」

「へい……」

 鬼はすごすごと再び粒子化すると、令の腰に下がっていた筒の中へと入って大人しくなった。
 紫は手を差し出して、令を立たせてやると、おもむろに切り出す。

「これから、どうするん?」

「そうだよ! ヤバいよ! こんな事お姉ちゃんにバレたら僕ら病院直行コースだよ!」

「た、確かにそれは嫌やわ! 律ねーさんならやりかねんわぁ……」

 九我山家の発言力は律、父、母、令紫、鬼の順番。嫁に行ったというのに、今も尚強い発言力を持っている。
 これは、姉の耳に入る前に自分達で処理をしなければならない。紫はそう考え、一度頷くと

「よし、神璽さんを追いかけるよ!」

「紫ちゃん、居場所とかわかるの?」

「ふっふーん。逃げる直前にあたしの電気を纏わせておいたんよ。大まかな位置ならわかるでー」

「凄い! やっぱり紫ちゃん凄いよ!」

「もっと誉めてくれてもええよ。まぁ、とりあえずは由加さんに話聞かなきゃね」

「由加さん日本に居るのかなぁ? また海外行ってなきゃいいけど」
 
「それなら大丈夫やで。昨日ママさんが電話でゆーとったけど、四条のお屋敷に泊まってるらしいで」

「いやぁぁぁ! 莉王兄ちゃんが居るじゃん! あの人世界一口軽いから絶対バレちゃうよ」

「大丈夫。兄ちゃん馬鹿やから、下手うたなきゃわからんって」

「そ、そうかもね……」

「んじゃ。事後処理したら速攻出発するでー。幸い大学も春休みやしね。
 とりあえず、警備員のおっちゃん達はあたしが酔っ払って感電させてもーた事にしとこ」

「え……今から?」

「当たり前でしょー。あんま遠いとあたしでも探知できなくなってまうもん」

「あああああああッ! 明日は合コンなのに……希恵ちゃん来るのに……」

 令がそう呟いた瞬間。紫の纏っていた空気が一変した。そして、自分が失言した事に気づく。
 慌てて笑顔で取り繕うも、もう遅かった。紫は拳を鳴らし、笑ってない笑顔で自分を見ている。

「アンタ、また行こうとしてたんね」

「ご、ごごごごごごごごめんなさぁぁぁぁぁいっ!」


 令の悲鳴が、深夜の九我山家に響き渡った。
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