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パンデミック・マン 作者:ですの

パンデミック編

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第二十七話 パンデミック・ドメスター


三上が目を覚ました場所はドイツ国内にある研究所の一室だった。
目覚めると共に脚に痛みを感じた。

空港につくまでの一連の記憶が痛みと共に思い起こされる。

三上はとうとう自分の手で防護マスクを外すことは無かった。
脚を撃たれ、激痛で気を失ったようだ。

三上はベッドの上で両手足を防護服ごと拘束されていた。
マスクは外されている。
こんな状況にももう大分慣れてしまった三上は驚きもしなかった。

何が起きたか予想はついていた。
飛行機に乗っていた人達は恐らく一人残らずウィルスに感染してしまったのだろう。
大町や森崎、そして自衛隊の人達も。

それが意味する結果を考えた時、三上の心は悲しみではなく憎悪に傾いた。

高見博士に対する純然な憎悪。
一連のウィルス被害に纏わる事件の元凶である彼に対して、三上はこれまで覚えたことの無い程の憎悪に心を覆われていた。

その男は間もなく扉から現れた。
見慣れた白衣にいつもと同じ笑みを浮かべたその姿を目にして、三上は自分でも驚くほどの怒鳴り声を上げていた。

「何を言っているのかわからないよ、三上さん。おはよう」

三上は尚も言葉にならない罵声を上げ続けた。
高見博士はそれを聞き流しながら対面に置かれた椅子に腰を落ち着かせた。

「君が自分から防護マスクを外してくれなかったのは残念だよ。君はまた一つ選択を誤った。現状から目を逸したんだ、無責任に」

三上は声を上げるのを辞めていた。というより喉が枯れてろくに声が出せなかった。

高見博士が無気味な笑みで三上を見据えながら言葉を続けた。

「君の為だったのにな。自分でマスクを外してれば、少しはこの先生きるのが楽だっただろうに。飛行機に乗っていた人達は自分の手で息の根を止めたんだと認識出来たのに。僕達が手を貸したばかりに君はまたその責任から逃れる事になる」

「な、何を……」

三上は掠れた声で高見博士の意図を探る。
今のところ高見博士の話はまるで筋が通らない意味不明な理屈にしか聞こえていなかった。

「君はこれからもまだまだ僕達と行動を共にしてもらうからね。驚いた事に、合衆国のCDCが感染遺体から二次的に発生する変異ウィルスに対してのワクチンを完成させてしまったらしくてね。常態的に変異し続ける三上さんの保有するオリジナルとは違って、感染遺体からのそれはパターンが解析できさえすればワクチンは作成可能だったみたい」

「ざ、ザマァみろ……」

「まだザマァみないさ。君がいる。しかもワクチンが合衆国で完成したところで、それが普及するのと感染が拡大するの、どっちが早いか競争だ」

高見博士の視線は冷たかった。

三上は声をひり出すように言葉を返す。

「な、なんの目的で……。何が目的でこんな事を……」

「前に言ったじゃないか三上さん。僕は嫌いなんだ、人間が。でもそれだけじゃないよ。世界を救いたいとも思っている。僕は子供の頃から人のエゴを見せつけられ続けてね。私利私欲の為に他者を犠牲にする事が最良であるとする人達を見てきた。そんなどうしようもない生き物が救われる方法は一つしかないと確信したんだ」

「サイコ野郎……。もうお前に協力なんかしねえよ。直ぐにでも死んでやる。舌噛んで死んでやるよ」

三上は高見博士を睨みつけながら静かに言葉を返した。
発した三上自身が驚くほど自死という選択は合理的に思えた。

即ち彼が自ら死を選ぶ事で全て解決すると考えたのだ。
しかし高見博士は尚も笑みを浮かべていた。
見透かしたような視線を三上に向けている。

「たとえ君が死んでも、多分君の体内にあるウィルスの原株は生き続けるんじゃないかって僕は考えてる。現にこのウィルスの特徴の一つが感染者が死亡してもその肉体に留まって変異して生き続ける事が出来る点だし。まぁ、実際三上さんに死んで貰わないとわからないし、母体が死んだら消滅してしまう可能性の方が高い。そういうリスクを考えて君は生かされてるわけだね。そしてそう簡単には死なせないよ。結果論にはなるけど、僕は保険を手に入れたし」

「保険……?」

「なんとあの飛行機の搭乗者には生存者がいてね。とっさの判断なのか誰かの要れ知恵かわからないけど、ウィルスを拡散させた時に防護服と防護マスクを身に纏っていたらしい。大町さんと梅宮陸士の二人は生きていたんだ」

「えっ……? い、生きてるのか? 結花ちゃんは今も生きてる……?」

「そうだよ、三上さん。そして、無事に僕がその二人は確保した。さて三上さん。僕に従わなければ二人の命は無いし、自殺なんかされても二人は用済みになるからやっぱり死ぬことになる。もういい加減自分の利益の為に他人を犠牲にするのは嫌だよね。これはもう従うしかないと思うけどなぁ」

三上は言葉を詰まらせた。
大町が生きていた事に対する喜びの感情は、しかし彼女が人質に捕られてしまったという事態にすぐさまかき消された。

「か、確証が持てない……。証拠、証拠を見せろ」

「信じてくれないのか、三上さん。人間大切なのは信頼関係らしい。これから僕たちは長く一緒の時間を共にするんだから、お互い信頼し合おうよ」

高見博士は優しく微笑みながら三上に問いかける。
その姿勢から声まであらゆるものが三上の癇に障った。

「信じる訳ねえだろ馬鹿かお前……! 何言ってんだ! 本当のサイコ野郎と話したの初めてだからどうすりゃいいのか分かんねえわ」

「こうするのさ」

高見博士がそう言うと、彼は入り口の扉に向かう。
扉の取っ手付近に取り付けられた指紋認証用のパネルにカメラとマイクが設置されていたようだ。

そのカメラから高見博士が誰かに合図を送る。
すると入り口の扉が開き、両脇を兵士に抱えられた男が部屋に無理やり連れ込まれた。

防護服を身に纏っているその男はなんとかその場から逃れようともがいていた。
特殊な防護マスクなのか、何か言っているようだが音が籠っていて三上にはよく聞こえなかった。

「三上さん。僕を信じてくれないなら、彼の言葉は信じるのかな」

そう言うと高見博士はその男のマスクを外した。

連れてこられたのは梅宮陸士だった。
始まりの日、自衛隊のヘリに乗り込んでいた山田陸曹長の部下の一人だ。

マスクを外された梅宮は発狂気味に喚き散らしていた。

「ああああぁあああ!! マスクを!! マスクを早く付けてえええ!! 死にたくない!! 死にたくないんがあああああ!!」

「梅宮君、三上さんが聞きたいことがあるみたいですよ」

しかし、梅宮は叫び声を上げながらも次第に吐血し、視線が定まらなくなり始めた。

「があ゛……、死に、死にたくないです……、誰か……」

高見博士が息を引き取った梅宮の遺体を持ち上げ、三上に見せつけた。

「三上さんが僕の事を信用してくれたなら、彼は死なずに済んだかもしれないのに。また君は一つ選択を誤ったね、可哀想に。さて、信じてくれないなら次は大町さんをここに連れてきて、彼女のマスクを外そう。君の目で彼女の顔を確認してもらう事にしようかな」

「……もういいよ、わかった。わかったよ」

三上は虚ろな目をした梅宮の亡骸をただ見つめていた。

また人が死んだ。助かったかもしれない命を助けられなかった。
そして自分が今後も高見博士に逆らえば、いずれ大町の命も自分が奪ってしまうかもしれないと思うと、三上の身体の震えは止まらなくなった。

三上は高見博士に視線を移した。

「博士、俺は何をすればいい」
※2017/01/15
表現の一部と誤字脱字の修正をしました。
一部に見られた三上博士とかいう人物を全て高見博士に修正しました。
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