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パンデミック・マン 作者:ですの

エンデミック編

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第二話 エンデミック・ムーブ

時刻は午後十時を間もなく回ろうとしていた。

雑居ビルの一室から光が消えた。

少ししてビルの階段をゆっくりとした足取りで三上が降りてきた。
三上は午前中の体調不良が嘘のような清々しさに包まれていた。

彼は今日起きた不思議な出来事の数々を振り返っていた。

今朝の突然の体調不良は何だったのか。
シリアルキラーの異名を持つ部長の監視下では病院に行くことも許されず、結局原因は解らず終いであった。

特に今日の部長は恐ろしかった、と三上は思い返しながら身震いした。

三上が満員電車で盛大に嘔吐した瞬間を、同じ車内にいた誰かが写真に撮っていた。
すぐさまそれをSNSで拡散したらしい。
巡り巡ってその写真が部長の目に止まり、大胆に遅刻した事と併せて三上は朝から強烈な叱責を部長から受けることとなった。

三上は部長に殺されそうになりながら、最悪の体調であるという事を告げたにも関わらず出社させた部長に対して、なぜここまで怒りを自分にぶつけてくるのかという疑問をその後ずっと抱き続けた。

そもそもこの時間に会社に留まっているのが三上だけというのも、彼にとって疑問の一つに挙げられる事だった。
普段は残業代目当てに多くの上長が終電間際まで会社に残っていたからだ。

そんな上長達、というよりも社員の殆どが午後四時を回る頃には早退していた。
残った僅かな社員達も定時には家路についていた。

その光景を見た部長はすぐさま原因は三上の持ち込んだであろう病気だと彼を責め立てた。
しかし間もなく彼女も体調を崩しそそくさと帰ってしまったのだ。

「そんな直ぐに病気の症状が出るわけない、みんなサボっただけなんだろう」

三上は独り言を発していた。
自分以外誰もいない会社のビルの周りは東京とは到底思えないような、面白いほどの静けさに満ちていた。

近くを走る電車の音も聞こえない。

(まだ運休なのか、これは他の社員はみんなタクシーでも使って帰ったパターンかな……)

三上は再び今日を振り返る。

昼過ぎに三上は訪問の約束を取り付けた客の元へ赴こうと駅に向かっていた。

そこには人だかりが出来ていた。
上下線とも運休である事を電光掲示板が示していた。

三上は人ごみをかき分け駅員室に辿り着き、何が起きたのか駅員に聞いてみた。
しかし政府機関の命令で止めているとしか駅員は答えてくれなかった。

三上は泣く泣くその事を電話で訪問先の担当者に伝え、仕方なく会社に戻った。

社内に戻り、部長に死ぬよりも恐ろしい目に遭わされそうになった。
それと同時に、不思議と彼の体調は劇的に回復していった。

三上はそんな一日を思い返しながら歩いていた。

気が付くと駅に到着していた。
三上の考えの通り未だ電車は上下線とも停まっている。

駅の様子に三上は違和感を覚えた。

駅には昼過ぎに見た光景とは違い、人だかりが全く無かった。
それどころか駅員の姿すらも確認できなかった。

駅全体はビニールのような物で包まれており、入り口の周りにはバリケードが形成されていた。

「なんだこりゃ、改装工事でもするのかよ」

三上はその異常な光景に少し驚きつつ駅構内に向かう。

すると直ぐに背後から呼び止められた。

「こらお兄さん、何やってんの! 直ぐそこから離れるんだよ!!」

声の方向に視線を向けると、ガスマスクのような物を身に着けた人物がこちらに向かってきた。

「びゃああああごめんなさい! 無賃乗車とかじゃないんすよぉ、ほら、通勤定期在りますし、ていうか仕方なくないっすか! 駅員いねえんだから!」

「そうじゃなくて、駅に近づいたらダメだって言ってるの。ニュース見てないのか?」

そんなもんいちいちチェックしてる暇なんてねぇよ、と言いかけた三上だがそれを何とか堪え男に尋ねた。

「何かあったんすか? 今日の昼過ぎくらいに駅来た時も電車停まってたんですけど、駅員のおっさん何にも教えてくれなかったんすよね」

「流行り病だとか新種の感染症だとかバイオテロだとか。色々と憶測は飛んでるが、兎に角人がばたばた倒れてるんだよ。この駅を通る路線を利用してた乗客達が一斉に発症したらしい。それで超緊急の事態という事で一先ず全線封鎖しちまったそうだ。というか都内は今もう殆どの駅が封鎖されてるぞ。最初は振替乗車とかもやってたらしいが、それもつい先ほど止められた」

「へぇ、俺も今朝やたらとキツい感じの体調不良になってたんすけど、なんか関係あるんですかね。ていうか都内の電車がほぼ死んでるってかなりヤバそうですね。帰宅難民とかそういうの。まぁ明日が土曜日でよかったですけど」

男は何も答えず、ただ三上を見ていた。

数秒ほど間を開けて、その男は三上から距離を置いて無線で誰かに連絡を取り始めた。

三上はただその様子を眺めていた。
男の声が僅かに聞こえてくる。

「……はい、今朝とハッキリ言いましたよ。検査させましょう、引き留めておくので出来るだけ早くチームを送って下さい」

無線を切ると男は足早に三上の近くに戻ってきた。

「君、名前は?」

「三上です、三上継守。ツグモリの漢字は継続の継に守るっていう、あの一番簡単な守るっていう字です、……あぁそれですそれ。これ職質っすか? おっさん警察か何かですか? 俺マジで本当にリアルにさっきまで会社にいて今帰るところなんですよ。何も変な事とか無いっすよ」

「三上君、そうはいっても帰れないだろ? 言っておくがタクシーはもう捉まらんぞ。君はうちで保護するから安心しとけ。もう少ししたら迎えの車が来るから待っててくれよ」

淡々と三上と会話をする男だが、その声は先ほどまでと違いどこか警戒しているような空気を纏っていた。

「えぇ、何すかいきなり……。迎えか何か呼んでるならそれで俺を家まで送って行ってくださいよ。スマホの充電ももう切れかけですし、兎に角帰りたいんですけど」

「悪いね、念のため検査したいんだよ。今朝体調が悪かったんだろう? もし今回の新種のウィルスにかかってたら大変じゃないか。だから我慢して今夜は付いて来てほしい。大丈夫、俺は扱い的には公務員だから」

「大丈夫な事があるものかよ……。信用しろって言うんですか? さっきは何が起きてるのかわからない風に俺に話しかけてたくせに。なんか胡散臭いなぁ……」

「済まないな。機密ってことでね、話し方にも注意しなきゃならないんだ」

そうこうしている内に3台の車が三上達の前に現れた。

しかしそれは只の車では無かった。
迷彩が施され、機銃が設けられた大型の車体を見た三上は動揺する。

「ちょ、ちょっと! 嘘だろ!? この人達自衛隊じゃないですか! これは大掛かり過ぎませんか! っていうか俺これから病院とかに行かされるんじゃないんですか!?」

三上の言葉を無視してガスマスクの男は彼に銃を向ける。

それと同時に車両から次々にマスクを装着した隊員が降りてきた。
直ぐに包囲され、その隊員達からも銃口を向けられる。

三上は理解が追い付かないままいよいよパニックに陥りかけた。

「そんないきなり銃なんて向けたら可哀想だ、相当ビックリしてるよ、彼」

最後に車両から降りてきた白衣を着込んだ男が隊員達に声を掛ける。

すぐさま隊員達は銃を下ろした。
混乱する三上を他所に、白衣の男がガスマスクの男と話し始めた。

「無線で話してたのは彼の事だね? 今すぐにでも研究棟に連れて行こう。アウトブレイクは引き留められたとは言え、完全に去ったわけじゃないんだ、危機は」

「むしろ、これからが本題かもしれませんね。隔離地域外に感染が広まる可能性は十分にあります。なにせ人の移動を抑えるのにも限界はありますからね。駐屯地までの移動中、高見博士から彼に直接ヒアリングして頂いても宜しいでしょうか」

「構わないよ山田君。それじゃあ行こうか、三上さん」

三上は高見博士と呼ばれた男に名前を呼ばれると同時に隊員に両脇を抱えられ、車に無理やり乗せられた。

「えっなに!? どこへ行くんですか!? ていうかなんだよこいつら! 腕離せよ掴むなよ!! こっちはこの国の経済を支えてるサラリーマン様だぞ!!」

「まぁまぁ落ち着いて、三上さん。君がこれから向かうのは研究棟だよ、自衛隊の。練馬駐屯地にある僕の研究室まで来てもらいたいんだ、一緒に。それと、移動中いくつか聞きたいことがあるんだけど良いかな、質問しても」


移動中の車内で三上は今朝方異様な体調不良であった事、電車内で嘔吐した事、夕方頃には体調は回復していた事を簡潔に高見博士に伝えた。

高見博士は彼の話を聞いた後、俯いて考え込んでいた。

しばらくして博士は話し始めた。

「そうか。上下線両方の乗客から発症報告があったのも、理解できたよこれで。決まりだ。やはり君が宿しているみたいだね、ウィルスの原株を。それとも最初の感染者とでも言うべきなのか。まあ山田君から連絡があった時から確信はしていたけど」

「えっ、どういう事っすか?」

「簡単に言うとね。君は何らかの要因でこの新型ウィルスに感染して出勤した訳だ、発症した状態でね。どうやらこの新型ウィルスは相当な感染力があるらしい。接触感染も空気感染もする。だから君と一緒の車両に乗っていた人達や君の会社の人達に次々と感染していったんだね。良くも悪くも出勤時に発症してくれて良かったよ。少なくとも都内しか通ってないからね、あの路線。東京の交通規制と空港を封鎖すれば、感染者は都内に抑えられるわけだから」

「はぁ、なんかすみませんでした」

三上が気のない返事をすると、彼の右脇を抱えていた自衛隊員が三上の胸ぐらを唐突に掴んだ。
隊員の声は怒りに震えていた。

「すみません、で済むかよ……!! 何人死んでると思ってんだ!! ここに封じ込めたってことは、東京はもうお終いかもしれないんだ!! お前、責任取れんのか!!」

「な、なんだよいきなり……。し、死んでるってなんの話だよ……?」

高見博士が直ぐに止めに入った。

「二人とも落ち着いて。三上さん、すみません。話してしまうと三上さんが自分を責めてしまうかと思って。このウィルスの致死率は100%だったんだ、つい先程まで。あなたが現れるまでは。というのも、つまり三上さんは生きてる訳だから100%という事では無くなったし、あなたの血液からワクチンが作れるはずなので、今後もし発症者が出てきても止められる。それを確信しているから僕はマスク無しでずっとあなたのそばに居られるんだね。最も、僕はある意味で例外だからっていうのもあるけど」

「な、なんだよそれ。知りませんよそんな事! だっ、第一俺がホントにそのウィルスに感染してるのかなんて検査しないとわからないでしょ! きっと俺のせいじゃないですよ!」

「まあもしあなたが感染源じゃなかったなら、その時はその時だね。さて、そろそろ駐屯地に着くよ。下車の準備をして下さい」

下車後間もなく、三上は両脇を抱えられ駐屯地内の研究棟に連れていかれた。
※2017/01/14
表現の一部と誤字脱字の修正をしました。
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