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パンデミック・マン 作者:ですの

エンデミック編

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第一話 エンデミック・ウォーク

「まずい、会社、行かなきゃ……」

男は目覚めた。

その瞬間にいつもと明らかに違う体調の兆しを感じた。

不安を覚えつつも、ベットから起き上がり身支度を整えようとする。
どうやら目覚ましの音に気付かないほど深い眠りに落ちてしまっていたようだ。

時刻は間もなく8時を回る。
始業時間まで一時間。
通勤時間を考えれば既にボーダーラインを越えようというギリギリの時間である。

当然ながら朝食にありつく間もないほど迅速に動く必要がある。
しかし彼の身体は強烈な怠気と全身の関節へのジワジワとした痛みに包まれ、思う様に動かなかった。

「これは大物の病気にかかった予感がする……」

男はすぐさま彼の部長に体調不良による欠勤を願い出る旨のメールを打ち始めた。

メールを打ちながら彼は、申し訳なさよりも正当な理由で欠勤出来るということに対して、どこか心が躍っていた。

一分と掛からず彼のスマホが振動する。部長からの電話である。

「お、おはようございます……。め、メール見て頂けました……?」

「おはよう、じゃあないよ三上君! 体調不良って何よ! 今日午後から二件も訪問予定あるじゃない! アンタがフロントでプレゼンするんでしょ! どうすんの!」

三上と呼ばれた男は慌てて状況を説明しようと口を開く。
だが急に息を吸い過ぎたのか咳込んでしまった。

まともに答えられずにいる三上を気にも留めず部長は強い語気で捲し立てる。

「休みなんて、そんなもんは今日に限って絶対に有り得ない! 兎に角出社! プレゼンの資料ちゃんと持って来てね! じゃあ会社で! お疲れぇっす!!」

部長は一方的にそう告げると電話を切ってしまった。

これはもう出社するしかない。
三上は欠勤を諦め異様に重い身体を引きずるように部屋を出た。

部屋を出て直ぐに尋常では無い程の強烈な目眩が三上を襲う。

もはや歩いているのか止まっているのかすら曖昧なほど、彼の感覚は鈍り始めていた。
それでも出社しなければならないという気持ちだけで三上は前へ進む。

今期で入社3年目になる三上。
一度転職活動を水面下で始めた際に、その事を部長に気づかれ死ぬより恐ろしい目に遭わされていた。
その時のトラウマが体調不良極まりない三上を嫌でも突き動かしていた。
部長の命令は三上にとって、つまりは絶対なのである。


気が付いたら彼は電車に乗っていた。

時刻は8時45分。遅刻確定である。

車内はこれ以上人が入れるスペースなど到底無いであろうという程の超満員状態であった。
どうやってここに乗り込んだのだろう、と三上はぼんやりとした頭で考えていた。

次の瞬間、耐え難い程の吐き気が三上を襲った。

寿司詰め状態の車内である。
それを出してしまったら只事では済まない。
間違いなく乗客にダイレクトに浴びせてしまう事になる。

しかしこの時の三上にそれを抑え込めるだけの体力はもはや残っていなかった。

間もなく三上は勢いよく嘔吐した。

乗車人数に対して異様に静かな車内に響き渡るサウンド。
人々の注目は音と悪臭の方へ瞬時に向けられた。

「えっ」

「う、うわああああああああ!?」

「今何か、何かがかかっってきたぞ!?」

三上の前面にいた3名の驚きの声を皮切りに、車内にざわめきが広がる。

「なんだなんだ!?」

「あいつ吐きやがったぜ! 呟かなきゃ!」

「信じらんない! 避けられないってわからないの!? 我慢してくださいよ!!」

何が起きているのかは三上にはもはや理解が出来なかった。
騒然とする車内で唯一人、三上は解放感に包まれていた。

次の駅に電車が到着する。
三上の乗る車両から一斉に人々が逃げていった。

三上は自分と老人以外誰も居なくなった車内で席に腰を降ろし少し瞼を閉じた。

そして目を開けた時、彼は会社の最寄りから3駅も先の駅まで電車で揺られてしまっていた。
慌てて電車を降り反対方向のホームへと向かう。

三上は時計を確認した。
既に9時半を過ぎていた。

三上は恐る恐る携帯を確認する。
部長から50件近くの着信があった事を履歴が示していた。
焦りと恐怖を覚えた三上は全力で反対のホームへ駆け出した。

三上がホームへ辿りついた頃に丁度電車が到着した。
急いでそれに乗車して息を整えようとする。
だが只でさえ限界の身体で全力で走ってしまった為か、しばらく彼は咳込み続けた。

乗客の何人かが自分を指さしながら何かを話しているのが分かった。
嘔吐物の一部が服に付着していた。
しかし三上は咳を抑えるのに精一杯でそれを気にする余裕は無かった。

電車に揺られること十数分。

ようやく三上は会社の最寄り駅に辿り着いた。
急いでオフィスへと足を向かわせつつ三上は部長に電話を掛ける。

1コール目が鳴り始まった瞬間に電話は繋がった。

「お、お疲れ様です……。すみません、車内が混んでて電話掛けられませんでした……」

「いいんだよ三上君、遅刻の事は後で追及するから。それよりも君、乗ってきた電車で何かやらかしたね。その事で話があるから早くおいで」

電話を切った後、三上はやけに優しい口調だった部長に違和感と恐怖感を覚え、走り出した。


これが2月14日の、始まりの日の朝の出来事であった。
※2017/01/14
表現の一部と誤字脱字の修正をしました。
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