カレーライスと異世界召喚
よくある召喚もの。主題は「カレーを食べそこねて召喚された少年」。
おそらく、どこにでもいる普通の子供。ありふれた、いやまぁ、自分で言うのも何だけど、どちらかっつーと中の下、いやもちょっと下かなぁってレベルの中学生。
そんなはずだった俺の人生はある日、唐突に変わった。いや、変えられてしまった。
「は?」
突然に光に包まれ、気づけば何かファンタジーな王宮の広間。魔法陣の中に俺はバカみたいに突っ立っていた。たった今、いただきまーすと手に掴んだスプーンまで持ったまま。
てか、俺のカレーどこよ?
何やらキラキラした女がやってきて、自分をこの国の王女だとかいう。そんで勇者さま、世界のために戦ってくださいますか?ハイかイエスでどうぞ、みたいな意味不明なことを言い始める。
冗談だろオイ。
誰かのいたずらにしては手が込み過ぎていた。
そもそも、見ず知らずの人間を捕まえて勇者さま、なんて抜かす輩がまともな奴のわけがない。悪いけどさ、俺は勇者だなんだって言われて舞い上がるほど単純な人間じゃなかったから、よくわからんが、とにかく気味が悪い、そう思った。
やばいよこいつら。
何とか安全なとこまで逃げられないかと思ったけど、無理そうだった。まわりは強そうな奴らが完全武装で固めてたしな。冗談じゃねえよ。
意味不明なんで、とりあえず休ませてくださいといってみた。考えだけでもまとめたかったしな。
そしたら、お名前だけでもくださいという。ほんと疲れてるんで明日にしてよと言ったのだけど、お名前がわからないと困ると執拗に言ってくる。なんなんだこの女。
しかも、女が困った顔をするたびに周囲の連中の目がすげえ怖くなっていく。しかもその目線、俺は覚えがあった。
うん、そうなんだよな。アレってつまり、こっちを対等な人間と見てないやつの目なんだよ。
あまり楽しい話じゃないけどさ、俺、いじめにあってたからわかるんだよな。ああいう目って。
こわい。マジで怖い。
だけど、名前を言えってしつこく、しつこく言ってくる事でむしろ「ああ」と気づけたんだ。
つまりこいつら、俺の「名前」で何かするつもりなんだって。
前にファンタジーものとかで、名前で縛るって話を読んだ事あるし、日本でも昔は実名って身内でしか名乗らなかったっていうしな。
だったら、俺もそれに習おう。
「しょうがないな。俺の名前は黒だよ」
とっさに思いついた偽名。ガキの頃見たアニメで暗黒面に落ちた王子様がいてな、そこからの連想なんだけど。
そう言ったら、いきなり何人もの男が前に出てきて呪文みたいなのを唱えはじめた。よくわからないが契約がどうの、黒がどうのって言ってるし。
うわ、ベタだな。本当に縛ろうってのか。
まぁいい。
呪文がやんで、とりあえず周囲は俺が操られたと勘違いしたみたいだ。休みたいんだけどと言うと、今度はあっさりと許可が出た。監視つきだったが。
寝る前に何か食いたいかと聞かれたので「おまえらのせいでカレーを食いっぱぐれた。ひいてはカレーを作れ」というと「カレーとは何ですか?」と聞かれた。そりゃそうかと思ったので「カレーをしらないのか。最強の野戦食だ。俺の国の軍隊は毎週一回、金曜日の夕食に必ずカレーを喰うんだぞ」と答えておいた。ちなみに自衛隊で本当に出すってきいた事あるのであながち嘘でもないぞ。
畜生、まじで俺のカレー返せ。いや、それどころじゃないってのはわかってるけどさ。
そんなこんなで、俺の異世界生活は始まった。
そういえば聞こえはいいが、俺が受けたのは訓練ではなくイジメだった。騎士には剣も持てないのかと蹴られ、魔法使いには訓練と称して攻撃魔法の的にされた。侍女にすらもブサイクな弱虫と言われ、あからさまに笑われた。王やら王妃やらも、ゴミを見るような目だった。
で、そうするたびに例の自称王女が現れ、何をしているのですとかばってくれた。
ああ、だけどね王女サマ。俺、知ってるんだよね。あんたもグルだって。
こういうのって、単に上げて落とすタイプだったり、俺に汚れ仕事をさせて美味しいとこだけ持っていく奴、どっちかなんだよね。うん、悪いんだけどさ。俺、パシリやらされてた事もあるし無理やり無実の罪着せられた事もあったんで。そういうのって、なんかピンとくるんだよ。悲しいけどな。
さて。
そんなこんなのうちに、いわゆる勇者補正ってやつなのか、俺の戦闘力だけはきっちりと伸びていった。
おとなしくしていた理由?そりゃ力をつけるためだよ。勇者仕事なんてする気はないっていうか、むしろ状況次第ではこの国こそ滅ぼしたいくらいだけどさ、無力な存在じゃ逃げる事も反撃もできないだろ?だからまず、追撃から逃げおおせる足と、追手を皆殺しにできるくらいの力は必要だと思ったからね。
そうこうしているうちに、今度は外に出て実戦をさせられる事になった。
さすがにこれは参った。肉体的でなく精神的にだ。
殺すだけでも酷い苦痛だったけど、人型のモンスター、しまいには人間……彼らの話によるといわゆる死刑囚だというが、どう見ても違うだろうがよ……を殺す事もさせられた。精神的に参って吐いたら、弱虫だのゴミだのいって、また蹴られた。
自分の中のどこかが、決定的に壊れた気がした。
でも、人間殺しをさせられた事で改めて「いいかげんにしろこの野郎」とも思った。
そして、今の自分の能力を自己分析し、どうやって逃げるかを考えた。
とある新月の夜、作戦は決行された。
その日は、現地訓練という名の点数稼ぎの日だった。どういう意味かって?つまり戦う「勇者サマ」とそれを助ける「王女サマ」の姿を一般人に見せるための茶番劇だな。とはいえ選ばれた森は魔の森と名高いところで、つまり戦いそのものは本番同様だったんだが。
作戦開始の瞬間、俺はいつも通りに剣を構え、そして森に飛び込んだ。
「ん?おいまて!」
事前の打ち合わせと違う行動に連中が一瞬慌てた。魔術師が例の契約を使いはじめたのだろう。戻れ、戻れと気持ち悪い声が小さく響き始めた。
え?偽名使ったんだろうって?
うん、そうだけど、偽名でも皆にクロクロ呼ばれてたせいかな、微かに声くらいなら届くみたいなんだよね。強制力は全然ないけど。
だけどその小煩い声は、むしろ俺にはいい薬だった。倒すべき敵が誰なのか、潰すべき相手が誰なのか、繰り返し繰り返し、俺に教えてくれていたんだから。
俺は森に逃げ込んだが、このままでは逃げ切れない。突破口を作らなくちゃならない。
そして、もちろん対応策はあった。
いつもの訓練のように魔力を押し広げた。ただし載せる魔力は攻撃用ではない。そして奴らの自称訓練なイジメで学んだものですらない。ただ全力でひとこと、
『錯乱せよ!』
これだけだった。
これは、王女サマに雑談の中で習った魔法のひとつ。
彼女はもちろん、本物の王女サマではないだろう。だけどそんな事は重要ではなかった。彼女が『訓練』ではやらない護身用の魔法をいくつか知っていると知り、その中のいくつかを雑談の中で習ってたんだよね。それも教えてくれって。戦いの中では何が役立つかわからないからってさ。
ひとつは『鎮静』。怒る敵を鎮め、活路を見出すためのもの。
ひとつは『催眠』。睡魔で敵を無力化して逃げるためのもの。
そして最後がこの『錯乱』。
魔力は訓練会場はもとより魔の森の一角もまとめて飲み込んだ。そしてたちまち敵味方入り乱れ、恐るべき大混乱に陥った。
うわ、これは凄いな。
はは、王女サマも自分の漏らした魔法がこんな結果を呼ぶなんて想像もしなかったろう。ざまあみろだ。
感心しつつも、俺はさっさと逃げ出した。
逃げ出した俺は新しい偽名を使い、仕事をはじめた。
幸いなことに、この世界にはファンタジー小説によくある『冒険者』や『傭兵』みたいな仕事があった。もっともその多くは地球でいうアルバイトの類で、街の中で店員するみたいな平和なものから、果ては鉱山労働者や傭兵といったハードな仕事まで、色々だった。要するに国家が安上がりで色々足りない部分を補う仕事で、家を捨てた三男坊とか村が全滅して仕事を求めてきた、なんて人が多く従事していた。なんて書くと荒くれ者のたまり場みたいに言われそうだが、そういうのは傭兵や護衛、討伐関係に従事する者の話で、普通のバイト少年なんかもたくさんいた。また、そのおかげで俺も生活基盤を何とか手にいれ、静かな異世界生活がスタートした。
もちろん、警戒も忘れていない。
この世界は日本とは違う。思ったより治安自体は悪くないんだけど、そもそも本当に平和な世の中なら異世界人の召喚なんてやるはずもない。実際、魔物は大量に徘徊するわ、その混乱の中ですら人間の国同士で戦争にあけくれるわ、本当にろくなもんじゃなかった。過去の『勇者』の話を聞いて、そいつらが簡単にいや戦争の道具にすぎなかった事を知った時も、やっぱりなぁとしか思わなかったくらいには。
そして勉強。
当たり前だが、俺は帰りたい。そのためには帰還用の魔法を探さねばならないわけで、だから魔道士になる勉強をする事にした。
バイトで知り合った魔法使いのおっさんの厚意で手ほどきをしてもらい、まずは独学で最初の基礎をやっている。なんでも魔法学習では「魔法を使えないものには教えない」という暗黙の了解があるそうで、将来のために全属性を覚えたい俺としては、おっさんから提示された全属性の基礎魔法をひとつずつ、自力で使えるようにならなくちゃならないというわけだ。
あと、あの王女サマがやっぱり偽者らしい事もね。王女サマは確かにいるんだが、噂の人相とあわないんだもんなぁ。ま、噂の方が間違いって可能性もあるけどさ。
俺に逃げられて彼女はさて、どうなったのかね。自分をハメようとした敵の心配なんてするわけではないが、末路についてはちょっと気になるところではあるな。人権思想とかない世界だし、偽王女なんて立ててたと一般に知れる事は好ましくないだろうから、まぁ生きてりゃ御の字ってところだろうけど。
そんなある日の事だった。
「ん?」
その日、俺は上機嫌だった。
近道をするとなると王城の正門前を通る事になるわけだが、まぁ、この頃になると俺も結構図太くなっていて、写真もないし面構えも多少変わった今の俺ではまず見つからないと、平気でその前を通っていたわけだが。
「きゃあっ!」
「愚か者、首をはねられないだけ温情と思え!二度と王城に近づくな!」
なんか、ぼろの塊みたいな人間がお城から叩き出されてますよと。声にどうも聞き覚えがある気がするんだが。
いやな予感がした。
予感がしたんだが……うん、その、なんだ。
気がつくと、俺は自分の馬鹿さ加減を呪いつつも、その人間に近づいていた。
「あんたに逃げられて、そのまま処刑されかけたのよ。あたしだって死にたくなかったから、何とかあちこち尻尾振ったりねじ込んだりして何とか命をつないでたんだけど、なんか大事な書類を汚したとか無実の罪を着せられてね。今までもらったお給料やら私物まで全部身ぐるみ剥がされて、おまえなんかボロ布で十分だってアレ被せられて、そのまんまポイよ」
「ふうん」
「なによ。笑いなさいよ。そのためにこんなとこまで連れてきたんでしょう?」
笑う?いや、そんなつもりなら俺の予備の服着せたあげく根城に連れてきたりはしないが。
王女サマはやっぱり偽者だった。どうやらお城の侍女のひとりだったらしいが、そこそこかわいい外見だった事から周囲に妬まれ、白羽の矢が立ってしまったらしい。普通ならバックについている貴族などが守ってくれるところなのだが、平民出身で、純粋に勉学と能力だけの叩き上げでやってきた彼女には味方もいなかったのだと。
で、俺がいなくなった事で潰されそうになったと。かなりがんばって死罪を免れ、なんとか生き抜こうとしたけど、結局は身ぐるみ剥がされ叩きだされたと。まぁ、それってこの世界じゃ野垂れ死にと同じ意味だから、結局は殺されたに等しいのだけど。
ふむ。向上心は持っていたが、女子力が足りなかったってとこかなぁ。そもそもあの王城を選んだ時点で詰みだったのかもだが。
「なぁ」
「なによ」
「おまえ、得意の魔法は何だ?幻惑が得意なのは城にいた時に思ったが」
「得意の魔法?どれも似たようなものかしら?」
「似たようなもの?どれでもひと通りできるって事?」
「侍女が直接扱う魔法なんて、護身と怪我の治療、あとは魔道具への充填くらいのものよ。だから、どれでも使えないわけではないけど」
「なるほど。直接魔法を使うのは限られていて、魔道具関係が真骨頂ってわけか。加工用の工学魔法系は?」
「そっちもとったわ。侍女には必要ないものだけど、どうせなら使えれば便利かしらって」
簡単にいうなあ。もしかしてこの子、なにげにチートなんじゃないか?
でもまぁ、これで決まったかも。
「そこまで使えれば上出来だ。おまえ、俺のとこに来いよ」
「……はあ?」
元偽王女サマは、なにそれと言わんばかりに目をひんむいた。
「あたしを飼うつもりってこと?そう、あたしも結局そういう末路か……」
「飼うって表現はどうかと思うよ。でも、さしあたっての目的はそれじゃないな。どうせ乗りかかった船だろ?手を貸せよ」
「乗りかかった船?」
「送還用魔法陣の調査」
俺は、ずばりそのまんまを言ってのけた。
「は?送還て……」
「俺を召喚した魔法陣、あれって異世界から誰かを引き寄せるものだろ?たぶん推測だけど『返す』方法は少なくともあの城にはない。
おまえが俺につけられたのは、その事を隠すため。そしておまえを餌にして仕事させるため。そうだよな?」
「それは……」
いや、そんな悲しげに眉をしかめなくてもいいんだが。
「気にすんな。事実は事実だし、だいたい、それ自体はおまえのせいじゃないだろ」
「あ、うん」
「話を戻すぞ。
だから送還というより、正しくは世界間転移のための術式を探す事だな。たぶんだが、それには時空魔法の習得が必要なわけなんだけど」
「時空魔法って……そもそも実在するわけ?お伽話でしょ?」
「いや。実在すると思う。昔語りや神話を聞く限りだけどね」
俺は彼女の目を見て、そして続けた。
「俺の世界では、神話や昔語りにも一片の真実は隠されていると言われているんだ。実際、伝説にすぎないといわれた言い伝えを元に千年単位の昔の古代遺跡を発見した奴もいるし、神話にあるような巨大災害の痕跡もたくさん発見されている。これはつまり、何かの事件や災害があり、それを誰かが物語にして語り伝えてるんだな。ここまではわかるか?」
「あー、うん。わかる」
今にして思えば、この時の彼女の顔は驚き、そして興味に彩られていたと思う。俺は気づかなかったが。
「で、この世界の神話をあちこちの人に聞いたり吟遊詩人の人に歌ってもらったんだけど、やっぱりなんだよな。時空魔法に類するものが少なくとも過去には存在したんだと思う。
ま、なによりあの召喚陣自体もその証明ではあるが」
「あんたを呼び寄せた召喚陣?あれは神様に呼びかけて願うためのものだって聞いたけど?」
「いいや違うね。理由はこれだ……ああ、汚いし小さくてごめんな」
そう言うと、俺は羊皮紙を広げた。
「なにこれ。召喚陣を模写したの?いつのまに?」
「ん?そりゃ、勇者やるにしろ逃げ出すにしろ、研究なんて自分でやるしかなかったろ?」
いちいち見に戻れるわけがないから、模写しておくのは絶対条件だった。
「そう……」
はたして、彼女は俺の顔と、召喚陣を見比べた。
「あたしにこんな事話していいの?このままあんた捕まえてお城に戻るって手もあるのに」
「そりゃないな。かりに俺を捕まえたとしてもあの城には戻らないだろ、少なくとも」
「……」
「おまえは馬鹿じゃない。そんな目にあってまであの城に固執するとは思えない。よそに売り込む気なら知らないが、それはわざわざこの城下でやる事じゃないしな」
「そ……」
彼女は少しだけ考えこみ、そして「うん」と決心したように顔をあげた。
「わかった。でも条件があるわ」
「条件?」
「ええ」
俺の言葉に、彼女はなぜかクスクスと笑い、
「魔法陣の研究は面白そうだけど、ただの助手じゃ願い下げだわ。
あんたは知らないだろうけどね、この国じゃあたしの年頃にはみんな結婚話が出るものなのよね。実際、あたしだって狙ってた騎士様がいたわけだし。
なのに、あんたのせいでその計画も人生もめちゃくちゃなわけよ」
「はぁ、さいですか」
「つーわけなんで、助手にする気なら、ついでにあたしを嫁にしてくれるかしら?どうしても嫌っていうんなら永久奴隷でもいいけど」
「は?なんで?」
「なんでも何もないでしよう?予定なら勇者の出立にはそういうイベントがあるはずだったのよ?家を捨てた王女は勇者のものになるって」
「いや、それなんだけどさ。誰も無謀って思わなかったの?偽王女なんて絶対バレるよね?」
「バレた頃には勇者もこの世界にしがらみができて、逃げられなくなってるって筋書きだったのよねこれが。あたしにしても、偽者って知られる前に勇者サマのハートをがっちりと捕まえれば殺されずにすむとか言われてたし」
「ひでえなぁ」
おいおい。
聞きしに勝るというけど、これはひどい。改めて聞くと本当にむちゃくちゃなんだな。
「あー、まぁわかった。
いきなり立場を決めろと言われても難しいよ。ちょっとだけ考える時間をくれ。ま、とりあえずよろしく」
今更捨てるって選択肢はないだろう。少なくとも、十分な素質をもち、なおかつ行き場がないなんて人材を逃がす気もないし。
だけど、ゲットするなら女としてもゲットしろか。まさか、そうくるとは予想しなかったな。さすが異世界。
「いいけど、さっさと決めてよね?どうしてもダメっていうんなら自立の道を探す事になるけど」
「ああ」
ふう。
なんか彼女の顔見てたらカレー食いたくなったな。たぶん最初のイメージのせいだろうけどな。
う〜む。
◇◇◇
俗にカレー王と呼ばれた『ノリ・サトウ』なる人物については、今はなき旧フェルナンデ王国が戦争の道具として召喚した異世界人である事が最近の研究で判明している。
彼は魔法研究者であり、同じく魔道研究者でもあるレナ夫人とこの世界のために貢献した人物であるが、一般には『カレーライス』を生み出したカレー王としてあまりにも有名である。あの特有のクセになる不思議な食べ物、カレーライスを彼がどのようにして生み出したかは長年研究者の議論の対象だったが、その経緯も判明している。つまりもともとカレーライスは異世界の食べ物であり彼の故郷の味だったというのだ。彼は苦労の末、材料も何もかも違うこの世界で故郷の味の再現に成功、それを広めたのだという。
少し当時に触れてみよう。
当時のフェルナンデ王国では召喚した人間を呪いで縛り、戦士にして戦争の道具としていた。その非人道的行為を勇者の美名で隠していたわけだが、ノリ・サトウは彼らにもっともらしく偽名を告げる方法で呪いを回避、しかし呪いにかかったふりをしたまま彼らのそばで準備を行い、そして然るべきタイミングで呪いをふりきって逃走したのだという。
ノリ・サトウはこの事実を黙して語らなかったが、カレーライスを広げていく過程でフェルナンデ王国から売上の90%という非常識な納税を求められた事で態度を一変、これを断固として拒否、逮捕するためにやってきた騎士団を元勇者の実力でまとめて叩きのめしたという。さらに自分が元勇者である事を公衆の面前で暴露、さらに、宣戦布告がわりとフェルナンデ王国における『勇者』の扱いについて平易な文字で書いたチラシをばらまき、そして、文字が読めない人のためにサーガを作成、自ら披露した。この拙い歌はカレー王の悲劇と題され、彼のカレーが気に入った吟遊詩人たちの手で美しく、そして悲しく再編され、各地で歌い継がれた。
戦いなど知らない異世界の少年を魔法で縛り暴行を加え、帰れもしない元の世界にかえしてやるから戦えと強要する物語。当事国であるフェルナンデ王国は当然ながら激怒した。だが時すでに遅く、貴族をも魅了した人気食カレーライスの料理人に対してのフェルナンデ王族の虐待の事実は国際情勢をも動かしつつあった。
皆はノリ・サトウが逮捕なり処刑なりされる事により、カレーライスが失われる事を何よりも恐れた。カレーをこの世界に広めるためにノリ・サトウは手を惜しまなかったが、カレーのようなタイプの食品はこの世界には非常に珍しく、カレー粉を生み出す人材の育成に時間がかかっていた。つまり、いま彼が失われる事は、これだけ皆に愛されるカレーライスがこのまま失われる可能性を意味したのだ。
食べ物の恨みこそ恐ろしい。
結局、フェルナンデ王国を含む中央世界にカレーライスが広まり皆に愛されるようになった頃、かの王国は滅び去る事になった。
ここに、当時描かれた壁画がある。
今でいう『カレー服』姿でカレー鍋の前でにこにこ笑うノリ・サトウと、怒りの形相で完全武装の騎士団を連れた国王の図。どう見てもノリ・サトウは勝てそうにないが、よく見ると騎士団の中には王命に従わずカレーライスを食べている者が混じっているし、相対している騎士の中にも口元にカレーがついている者がいる。そしてさらによくみると、国王以外は誰ひとりとして剣を抜こうとしていない。
その姿は後世の我々が知る「世界をカレー色に染めた人生カレーバカ」カレー王ノリ・サトウの姿そのものだと言える。
(おわり)
お読みいただき、ありがとうございました。