094話 黒幕の存在
坂口日向が井沢静江と出会えたのは幸運だった。
ほんの少しの間だったけれども、本当の意味でヒナタが心を許せたのは、静江だけだったのだから。
一月。
その短い期間で静江の持つ技術を全て奪い、ヒナタは静江の下を去って行く。
それは、拒絶される事を恐れたからだ。結局の所、奪われる事が怖かった。
何よりも、
「僕達は、シズさんに迷惑をかけている。
組合は貧しく、働かない者の食い扶持まで面倒を見る余裕は無いよ。
だから、一緒に働かないか?」
何気ない同郷の少年の言葉。
単に自分を誘ったのだという事は判っていたのだが、迷惑をかけているという言葉が心に深く突き刺さったのだ。
彼女が静江の下を出る事を決意したのは、この時だ。
ヒナタが静江の下を立ち去る時、その少年はヒナタを追い掛けて来てこう言った。
「きっとまた会おう、必ず! その時は、僕を手伝ってくれよ!」
言葉通りに、素直に受け取るヒナタ。
情の希薄なヒナタではあったが、その少年は同郷というだけで少しは心を許せるような気がしていたから。
だから、何の違和感も無く頷いた。
そうして、ヒナタは旅立った。
世界は絶望に満ちていて、人は容易く命すらも奪われる、そんな世界。
彼女は生き抜くために力を得た。
そんな折、立ち寄った国で衝撃を受ける。
災害級の魔物に襲われて、何名もの人が死んでいた。そんな中、子供達を守るように闘う者達。
大人達は誰一人として逃げようとはせずに、子供達の盾になっている。
生きるために、自分の身を守る事しか考えない者達しかいないと思っていたのに。
戦っている者達は聖騎士と呼ばれる者達だった。
この町の付近を定期的に巡回し、人々を守る正義を担う者達。
自分の生きる場所はここだ、ヒナタはそう直感した。
そして、その事に何の疑問も抱く事無く……
あれから、10年経った。
神を信じないヒナタが、今では聖なる守り手の頂点に君臨している。
それは皮肉な事ではあったが、他人の為に生きる事の出来る者達、神聖法皇国ルベリオスの民を守る為の尊い職である。
ヒナタは何の疑いもなく、その事を正義だと信じている。
他人の為に生きる事。例え、自分の身を犠牲にしてでも。
そうすれば、皆が幸せになれるのだから。そして同時に、魔物は滅ぼさなければならないのだ。
いつもいつも定期的に、人々の幸せな暮らしを邪魔するのが魔物なのだ。
本国は強固な結界に守られているけれども、周辺の町や村は別である。
聖騎士が巡回しているからこそ、少ない被害で済んでいるものの、定期的な魔物の襲撃は日常茶飯事であった。
ジュラの大森林方面の事情とは異なり、こちら西方の魔物は餌が少ない。
砂漠地帯と不毛な大地が広がるばかりなのだ。
かつて、強大な魔力を誇る魔王同士が戦った跡地だと言われるその不毛の地。
そこは、瘴気の濃度が濃い場所が多く、頻繁に魔物が発生する。だからこそ、人々の守り手たる聖騎士に人々は希望を託すのだ。
聖騎士が、魔物に騙されて殺された事も一度や二度では無かったようだ。
頻繁に起きた為、教義にも魔物との取引を禁ずるという一文が明記された程であるそうだ。
それは、何百年も人々の暮らしを守り続けて来た西方聖教会の知恵とも呼べる。
いつしか、教義を守る事こそが、幸せに繋がると信じられる程に。
最初は教義をも信じていなかったヒナタだが、その合理的な考え方には共感を覚えた。
そして、いつしか……
教義を守る事こそがヒナタの正義になっていったのも、皮肉な話である。
魔物との戦いに明け暮れる日々。
同じ事が繰り返されるだけの毎日に退屈を感じ始めたのは、いつからだっただろう。
ヒナタが騎士団長になってから対策が進められ、今では被害は驚く程少ないものとなった。
魔物の発生地点の予測や被害予測。連携の仕方や、巡回のタイミング。
そうしたシステムの最適化が効果を発揮したのだ。
だからこそ、聖騎士達のヒナタへ対する信頼は高いのだ、とヒナタは考えている。
だからこそ、自分が教義を破る訳にはいかないのだ。
自分には責任があり、魔物から人々を守るという使命がある。
部下からの信頼も得て、戻るべき場所も出来たのだ。
自分を愛してると言ってくれる、ニコラウスだって……
ヒナタは結局、恐れていたのだろう。
全ての物事に執着していないようでいて、自らが手に入れた物を失う事を何よりも恐れていたのだ。
完全なる管理の下で、人々は、幸せに生きる事が出来る。
ヒナタはそう信じていた。
そして、完全なる管理社会である神聖法皇国ルベリオスの有り様は、ヒナタの考えが正しいと証明しているのだ。
そのハズだった。
だからいつもの様に。
魔物を倒す、ただそれだけ。
単純な思考。だが、それでいい。
教義を守る事こそがヒナタの存在意義であり、正義なのだから。
親からも愛される事のなかった少女、ヒナタの歪んだ心。
その心を支える、たった一つの信念。
その信念を守る為に、ヒナタは戦いを決意した。
そして、今。
状況は悪い。笑える程に。
だが、おかげで吹っ切れた。
悩むのも、考えるのも止めた。
自分の信念が正しいのか、間違っているのか。それすらもどうでも良い。
目の前の魔王は、ヒナタのユニークスキル『数学者』でも底が見えない。
明らかな格上。少し前に対峙した時とは次元が違う。逃がした事を悔やむ気持ちも消えていた。
ひたすらに退屈な日常。
それは今、終わりを告げた。
勝算無き戦いなど、愚者の行い。それなのに、ヒナタは心の高揚を感じていた。
(私が間違っているだと? ならば・・・それを証明してみせろ、魔王!)
手に持つ大剣、竜破聖剣を抜き放ち、ヒナタは魔王に対峙する。
薄く笑みを浮かべるヒナタ。
高ぶる心そのままに、ヒナタはリムルに向けて剣を向けた。
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ヒナタと対峙して改めて思う。
この女、隙が無い。
思考加速で剣の動きを遅くして認識し、ようやく受け流す事が出来るレベルなのだ。
既に数合の打ち合いをこなしているが、此方の攻撃はカスリもしないのに、相手の攻撃は今にもカスリそうである。
まあ自慢じゃないけど、カスってはいないって事なんだけどね。
てな訳で、お互いの攻撃を捌きつつ相手の隙を窺っている訳だが、これがまったく見当たらない訳だ。
魔王に覚醒して智慧之王のサポートを受けてコレなのだから、ヒナタのヤツは化け物である。
正直、もう少し俺が圧倒出来ると思っていた。
此方の剣の軌道を完全に読んでいるかの如く、迷う事無く受け流されるのだ。そして、鋭い切り返しで此方の隙を突いてくる。
以前の俺なら、まるで歯が立たなかっただろう。
前回の対峙の際、ヒナタはほとんど本気を出していなかったという事だ。
激しい打ち合いを暫く続けながら、ヒナタの様子を観察する。
その口元には薄らと笑みが浮かび、その瞳は此方を直視している。
だが、ヒナタの動きは目に頼ってはいない。その瞳は俺に据えられて、全周囲に張り巡らせた気配を察知するセンサーのような感覚にて攻撃を感知している様子。
身体の軸がブレる事は無く、いかなる動作にも対応出来るように自然な状態を保っている。
その動きに力みは無く、予備動作を見せる事なく様々な攻撃が繰り出されるのだ。
ヒナタが俺の攻撃をどうやって予測しているのかは知らないが、俺の動作は完全に見切られている。
対して、おれはヒナタの攻撃動作を見てから、身体能力に物を言わせて必死に回避している状況だった。
当然、無駄が多いのは俺の方である。
ヒナタを圧倒出来るハズの身体能力があってこそ、何とか攻撃を喰らわずに対処出来ているのだ。
技量は比べる迄も無く、ヒナタが上なのである。
けれども、それだけの圧倒的な技量差があるにも関わらず、ヒナタが油断する事は無かった。
最早小手先の小細工を仕掛けて来る事も無く、闘気を纏わせた剣撃のみで俺に対処して来る。
その闘気には聖属性のみを纏わせているようで、受け損なったらダメージを受けるのは間違いなさそうだ。
智慧之王によると、あの剣も特殊能力を有しているらしく、俺の結界も破られてしまうとの事。
もっとも有効的な攻撃が派手な技や魔法に頼る事では無く、堅実な剣術であるというのがヒナタらしかった。
実際、俺以外の者でヒナタの剣撃に耐えられるのはハクロウくらいのものである。
しかし、ハクロウならば魔法による攻撃を織り交ぜられて勝利する事は出来ないだろう。
俺に対する有効な魔法が無いからこそ、魔法を使用していないだけなのだから。
ヒナタは戦闘の天才だ。
分身を出して攻撃させたとしても、一瞬で切り捨てられるだろう。
どうも、究極能力の唯一の難点が、その能力を使いこなすのが本体でしか無理であるという点である。
つまり、意識の無い人形を操作するように分身を出すか、或いは意識のコピーを投影し劣化能力を用いるか。
本体から意識を飛ばし、殺られたら本体に戻るというのならば能力を完全使用出来るのだが、複数同時は無理である。
分身全てに究極能力を持たせる事が出来ないのだ。
ユニークスキルもそうだったが、分身の能力はある程度は本体と同等なのだが、完全に能力のコピーまでは出来ないのである。
ソウエイはその辺りは上手くやっていて、必要な能力のみを付加しているようだった。
今回のように、究極能力のサポートを受けて互角の相手に、下手な分身で攻撃を仕掛けても意味が無い。
分身の攻撃でヒナタに隙が出来るならばいいが、此方に隙が出来たら目も当てられなかった。
地味な作戦になるが、ヒナタの疲労を待つ方が確実である。何しろ、此方は疲労する事は無いのだし。
互いの攻撃が互いに当たる事もなく、時間だけが経過していく。
いつしか、周囲での戦いが終わったようだ。
ある者は倒れ伏し、ある者は地面に座り込み、力を使い果たして動く事も出来ないようである。
だが、彼等の視線は俺達の戦いに注がれていた。
目で追う事など出来ないだろうに、その結末を見届けようというのだろうか?
ともかく、俺にしても周囲に気を逸らしている余裕などない。
全力でヒナタに対応しなければならなかった。
周囲には、俺達の剣戟の音だけが響く。
ヒナタの持つ、ヒナタの身長程もある大剣は、刃が青いクリスタルのような材質で出来ている。
とても美しい剣だった。
その剣を、重量を感じさせぬ軽快さと、そのサイズでは考えられぬ切り回しで自由自在に操るヒナタ。
何らかのスキルで補助しているのだろうけど、惚れ惚れする程見事な動作である。
そしてヒナタの表情。
いつしか…無邪気な少女のように、笑顔を浮かべている。
酷薄な笑みでも、冷酷な嘲笑でもなく。
ただ剣を振る。その事だけを考えて、完全に戦いに集中しているのだろう。
天才、か。
考えてみれば、俺は幸せだったのかもしれない。
苦労はしているけど、魔物に生まれ仲間が出来て、楽しい時間を過ごす事が出来ている。
ヒナタはどうだったのか?
シズさんが言うには、一ヶ月で全ての技術を習得し、シズさんの下を去って行ったそうだ。
前は気付かなかったのだが、俺はそこに疑問を感じている。
シズさんなら、去って行くヒナタをそのまま一人にしただろうか? そういう疑問が拭えないのだ。
明らかに不安定。
強すぎる力と、思春期を過ぎたか真っ盛りの少女の心。
俺が大人だからそう感じたのか?
今のヒナタならともかく、そのアンバランスな状態であれば、容易く支配系の術に嵌りそうでもある。
そんな少女を一人で送り出すものだろうか?
その疑問が心に引っかかるから、幾つかの情報を嵌めこんで、智慧之王による状況分析を行ってみた。
結果、もっとも疑わしい可能性。それが、ヒナタに対する思考制限。
それが可能だったのは、この世界に来た初期だと考えられる。
シズさんの記憶を完全に読み取れなかったけれど、薄っすらとした記憶ではヒナタも最初は素直だったようだ。
一ヶ月経った頃、突然旅立つと告げたそうで……
そうした情報を繋ぎ合わせ、ヒナタとシズさんの傍に居たもう一人の人物の事を考慮するならば……
「なあ、何でお前はシズさんの所を出て行くつもりになったんだ?」
剣を打ち合いながら、呼吸の合間に俺は問うた。
段々タイミングを掴んできている。徐々にヒナタの動きに反応するのが苦にならなくなってきたのだ。
俺には成長の余地があったのだろう。
対してヒナタは、疲労はしていないようだが、額に薄っすらと汗を掻いている。
全力で戦闘を行っているのだから当然だろう。
それなのに、
「今更そんな事を聞いてどうしようというの? 思い出せないと答えてもいいのだけど、そうね……
静江さんに迷惑をかけたくなかったから、かしらね」
律儀に答えてきた。
返事など期待していなかったし、無視されると思っていたのに、驚きである。
だがその答えを聞いて、俺の胸の奥深くで、小さな痛みが生じたのだ。
なんだろう? 心の痛み、とでも言うのだろうか? そんな不思議な感覚なのだが。
無視しても問題ないと判断し、更に剣に力を込めた。剣戟は激しさを増し、周囲に衝撃波を撒き散らした。
「シズさんは、迷惑だなんて思ってなかったぞ?」
(ええ。迷惑だなんて、思っていなかったわ……)
「フ、今更……。それに、貴方が静江さんの事を語らないで欲しいわね」
剣に鋭さが増した。
ヒナタはまだ本気を出していなかったようだ。
様子見にも程がある。
その剣を必死に受け止め、そして捌きながら、
「だが、心配していた! お前を一人にしてしまった事を!」
(ええ……心配だったわ。でもね……もっと心配な子が居たのよ)
え?
さっきから、俺の気のせいでは無いの、か?
シズさんの声が聞こえるような……
「はっ! 知ったような事を言うな! お前に何がわかる、お前なんかに!!」
俺の言葉が冷静なヒナタを怒らせてしまったようだ。
何かが、ヒナタの逆鱗に触れたのだろう。それが何だったのか考えるよりも早く、
「油断したな、私の勝ちだ! 崩魔霊子斬!!」
ヒナタの振るう剣の速度が急速に上昇し、光を発する。
その剣は、あらゆる魔を討ち払う破邪の性質を帯びて、
《告。防御不能。回避不能!!》
(やっべえ! あれは俺を滅ぼす可能性があるだと!?)
智慧之王の焦ったような警報を初めて聞いた。
そして、100万倍に引き伸ばされた知覚の中で、その光を発する剣が俺に迫るのを眺める事しか出来ない。
この距離、この角度とタイミング。
回避は不可能であり、結界は意味を為さず、駄目元で分身を逃がす事に賭けるしか手立てが無い。
しかし、あの剣撃は全てを崩壊させる破邪の光を放つ。触れた瞬間に発動し、俺の身を焼き尽くすだろう。
会話に乗ったのは、俺の油断を誘う為?
そんな様子でもなかったが、結果としては俺の油断に繋がってしまったのか。
《告。暴食之王による対消滅を進言します。諦めないで下さい 》
幾つもの対抗手段の中、もっとも成功率が高いものを俺に提示してくれる。
智慧之王の声に従い暴食之王を起動。
ヒナタの剣が俺に触れた瞬間に、暴食之王にて技ごと剣まで喰らう。
その作戦が失敗したら、俺の存在が消滅するかも知れない。
迷うまでも無い。
智慧之王を信じ、ヒナタの剣が俺の身体に触れる瞬間に暴食之王を解き放った。
………
……
…
結果、俺は生き残った。
死ぬかと思ったが、生き残った。
ヒナタは目を見開いて俺を見詰めている。
だが、それは一瞬。
すかさず剣を構え、再び俺に剣を向けて来た。
俺としても、生き延びた喜びを噛み締めたい所だが、ヒナタへの対処が先である。
この野郎、今のはマジで危なかったぞ!
実際、ヒナタの技と俺のスキルが衝突し、対消滅する際に俺の魔素が大量に消費されていた。
ダメージに換算すると、5割以上が一気に奪われた事になる。
まあ、生き残ったからいいのだけども……。
今度は油断しない。
というか、シズさんの声が聞こえたような気がしたから、油断に繋がってしまったのだ。
そう言い訳しつつ、ヒナタと剣を交えていると……
《告。『未来攻撃予測』を習得しました。使用しますか? YES/NO 》
驚きの声が出てしまいそうになる。
突然、智慧之王さんが新能力を得たようだ。
この人、マジでパないわ。
ヒナタの行動を観察し、俺の攻撃に対処出来る理由は攻撃予測以外に考えられないとは思っていたのだが、習得しちゃうとは恐れ入る。
早速使ってみた。
幾つかの光の筋が視界に浮かぶ。感覚なので、脳内に表示されるとでも言うのだろうか?
その内の一つが光を放った。
俺がその光を迎え撃つように剣を走らせると、面白いようにヒナタの剣の迎撃に成功する。
どうやら光の筋は、現在の敵対者の体勢から放つ事が可能な剣筋であり、光った線に添って攻撃が来るようだ。
何度か試していると、剣筋が真っ黒になるパターンがある。
この場合は、予測出来ないという意味であり、本気の攻撃が来るという証であった。
つまり、フェイントやレベルの低い攻撃では、全て演算可能という事らしい。
ヒナタのような剣の達人クラスだからこそ、予測不能な攻撃も繰り出せるのだろう。
このスキルの恐ろしい点は、予測演算ではなく、確定予測である点。
確率が高いのではなく、予測に成功したら必ずその場所に攻撃が来るのである。
だとするならば……最早、ヒナタは俺の敵では無い。
流れるような無駄の無い動きで、『未来攻撃予測』の指し示す剣筋に添って、ヒナタの剣を弾き飛ばした。
終わりだ! 殺しはしない、だが……少しは人の痛みを思い知れ!
そんな事を想い、剣を振り下ろそうとしたその時、俺に有り得ない幻想が見えたのだ。
両手を広げて、俺の前に立つシズさん。
火傷の跡も無く、大人の女性の姿で仮面も付けていない。
今の俺の顔をより大人にして、落ち着いた雰囲気にしたような、女性。
その幻想はヒナタにも見えたのか、剣を弾き飛ばされて此方を睨みつけていた目が見開かれた。
動揺する俺達に、
(リムル、それにヒナタ。それ以上はいけないわ)
馬鹿な……
幻が、喋っている?
ヒナタにも聞こえたのか、驚きそしてその場に座り込む。
そして…俺の剣も、ヒナタの首筋の手前でピタリと止めた。
その瞬間、時が止まったような錯覚を感じる。
これは……思考加速? しかも、ヒナタと思念リンクしている?
「何をした? 一体、何のつもりだ?」
目を血走らせて、俺を問い詰めるヒナタ。
俺が突きつけた剣など、目に入っていないようだ。
だが、聞きたいのは此方である。
「知らねーよ! こっちが聞きたいわ!」
今にも消えそうだが、確かに見えるシズさんの幻。
その幻が儚げに微笑み、俺達に話しかけてきた。
(少しだけ、時間を貰えたの。私の話を聞いてくれるかしら?)
そう言って。
そして、シズさんの幻は話を始める。
その話は、俺の疑問を解消し、とある疑いの答えが正しかった事を証明してくれた。
つまり、歯車が狂い始めた最初の理由。
シズさんがヒナタを一人にしたのは何故なのか?
そして、ヒナタに対する思考制限は掛かっているのか?
そうした疑問。
それも全て、その言葉に答えがあった。
(簡潔に言うわ。私は、神楽坂優樹が心配だったの。
ヒナタが強がっているのには気付いていた。けれども、彼の方を選んだのが自分でも不思議だった。
今なら解る。私はね、思考制限を受けていたのよ。彼の能力で……)
「馬鹿な! ユウキがそんな事をする訳が!」
ヒナタの言葉を遮り、静に首を振ってシズさんは続けた。
(貴女も、思考制限を受けているのよ、ヒナタ。それは、今もまだ解除されてはいないのよ……)
悲しそうに、そう告げた。
驚きで声を失うヒナタ。
それはそうだろう。自分がいつの間にか操られていたと言われたのだから。
だが、俺の考えの正しさを証明するような言葉であった。
だろうな……と、俺は独り納得する。
不自然な点が、これで解決したと思った。
自分が頑張っていれば、いつかは誰かが自分にも優しくしてくれるのではないか、そんな幻想を抱いていた一人の少女を操った者がいる。
その犯人は……
「つまり、神楽坂優樹が全ての黒幕だったって事か?」
俺の問いに、シズさんは驚いたように振り返り、悲しげな顔で頷いた。
やはり、な。
これで全て辻褄があう。
俺はひっそりと、黒幕に対する怒りの炎を燃やし始めた。
明日は時間が取れないので、更新出来ないです。