79話 ディーノとダグリュール
魔王達の宴への参加に向けて、ラミリスの案内で森を抜ける。
ヴェルドラに乗って、サクッと飛んでいるので、移動にかかる時間はそれ程かからない。
眼下に湿地帯が見えた時は、その速さに感動したものである。
何しろ、森を抜けるならば湿地帯まで2〜3日はかかるのだから。今では出発して1時間といった所だろうか。
ヴェルドラは巨大化して適正サイズに調整と面倒そうだったのだが、シオンにベレッタ、グルーシスと飛べない者が多いので我慢して貰ったのだ。
というか、
「ラミリス、お前、歩いてその会場(?)まで行くつもりだったのか?」
と聞いてみた。
どう考えても、間に合わないと思ったのだ。
ラミリスの返答は、
「え? いいや、適当に歩いてるだけでいいの。
するとね、いっつも誰かが迎えに来てくれてたから!」
何とも納得のいく答えが返って来た。
コイツ・・・いつも迷っているから、誰かが迎えに行く事が暗黙の了解になっているのだ。
空間転移系の能力持ちが、出向いてくれるのだろう。
じゃあ俺達って、今何処に向かってるんだ?
嫌な予感がしてラミリスに問うと、
「え? そんなの、アタシが知ってるワケないじゃない!」
ぶっ飛ばすぞ! お前の案内で飛んでいるんだよ! と、声に出しかけて諦める。
コイツはこういう奴なのだ。
じゃあ、無理に飛んで行く必要もなかろう。そういう訳で、地上へと降りてのんびり周囲を楽しみながら進む事にした。
のんびりと歩いて、道を進む。
ジュラの大森林の先、ここは既に魔の領域である。
とは言っても、言う程何が違うという訳でもないようだ。
人間の村や町のある場所に比べて魔素の濃度が高くなっているが、人が住めない程では無い。
道の脇にある岩が魔鉱石になっていたりはしない事からも、それは間違いないだろう。
自然発生する魔物も言う程多くは無いのではなかろうか?
聞いてみると、
「ああ、魔物の領域と言っても魔王の棲家や直轄領で無いならば、普通の人間でも問題無く住める。
その領域を治める魔王への決められた税さえ支払うならば、その安全は魔王達によって保証されているだろうよ」
と、ヴェルドラが教えてくれた。
へえーそうなんだ。流石、師匠は物知りですね! と、ラミリスが言っていたがスルーする。
お前が何で知らないんだよ! なんて、いちいち突っ込んでいたら負けだろう。
「ただし、領地不明の魔王も居た筈だぞ。
我が戦った事があるのは、巨人族と吸血鬼族、あと悪魔族だったかな。
直接戦った事のある魔王だと、巨人族のダグリュールに吸血鬼族のルミナスか。
ダグリュールとはタイマンだったが、面白かったぞ。
ルミナスの奴は、吸血鬼族の王国を灰に変えてやったらマジ切れして向かって来たから撤退したがな!
洒落の判らん奴だったな。で、それ以来ルミナスの領地が何処にあるのか我にも判らんのだ。
後は、悪魔達の王がいたな。
何度か集団の悪魔族と遭遇戦は経験したが、王とは戦っておらぬのだ。
永久凍土の大陸の方に居城があるのだが、あそこは寒い。人も住んでない。
行ってもつまらないから、行ってないのだ。それに……」
そこでヴェルドラは言葉を濁し、
「まあ、あんな何も無い所には、行く必要もないのだ! クアハハハハ!」
と、笑って誤魔化した。
だがまあ、既にこのおっさんが、怒らせてしまっている魔王もいるようだ。
自分の国を灰にされたら、そりゃ怒るだろうよ。
それに、ヴェルドラとタイマンはれる巨人族の魔王もヤバそうだ。
氷の大陸の方には何かありそうだが、確かにわざわざ行く必要も無いだろうし、考える事も無い。
しかし、魔王って思った以上に実力がありそうだぞ。お子様を基準に考えていては痛い目に合いそうだ。
ミリム基準で考えておく方が良いだろう。
今の進化した俺でも、ミリムと戦ったら勝てるかどうか怪しいしな。
何度か手合わせして貰ったが、あの時は全然本気じゃなかったみたいだし、データ不足なのである。
手合わせした時の状態のミリムになら勝てるのだが、どの程度手加減してたのか判らないし調子に乗らない方が良さそうだ。
しかし、ミリムが俺の討伐に賛同したというのが信じられない。
裏があるのは間違いないだろうが、ミリムを操るとか交渉で寝返らせるとか、そういう事に無縁な感じだし……
考えられるのは、ミリムの意思による何らかの理由がある場合、か。
まあ、今は考えても仕方無い。
会った時にでも判断しよう。
そんな感じでヴェルドラの話を聞きながら、宛もなく道を進む。
ラミリスの言葉を信じるならば、その内魔王からの案内の接触がある筈だ。
そんな感じで、長閑な風景を楽しみながらノンビリ歩いていると、前方に二人組の男達がやって来るのが目にとまった。
どうやら真っ直ぐ此方を目指して歩いて来る。
背の高くガッシリした茶褐色の髪の大男と、ヒョロっとした緑髪の優男である。
お迎えかな? そう思って見ていると、
「いよーーっす。ラミリス、元気だった?」
「お、おおお! やはりヴェルドラでは無いか! 元気であったか?
以前とは比べ物に為らぬ程微弱な妖気では無いか。
ヴェルドラの妖気に感じが似ておったが、別人か? と思ったぞ」
そんな感じで話しかけて来た。
「お、ディーノじゃん。出迎え、ご苦労!」
「おお、ダグリュールか! 先程、お主との喧嘩話をしておったのだ」
迎えかどうかは不明だが、知り合いではあるようだ。
一頻り、挨拶を行う。
俺が挨拶すると、
「へえ、アンタが今回の主役か。で、何で狙われたの?」
「おお、宜しくな。スライムで魔王まで成り上がるのは聞いた事がないな」
と驚かれた。
何で狙われたのか、か。そこが不明なんだよね。
「いやー、それがさっぱり……」
そう言って、これまでの経緯を端折って説明した。
同時に、彼等とラミリスやヴェルドラとの逸話も聞かせて貰った。
なかなか気さくな二人組である。ただし、その実力は底を見せていない。
流石、魔王というだけの事はある。
話を聞いた結論から言うと・・・。
油断は出来ないが、思った程魔王達の意思統一は無さそうであった。
現に、この二人は仲の良かったカリオンが殺られたというのが信じられないとの事。
俺がカリオンを殺った事になっているそうだが、それは無いとグルーシスの証言で納得してくれた。
だが、ここで証明出来ていなければ、多数決によって討伐決議が採択されていたかも知れないのである。
ややこしいのが、魔王を名乗ってから返り討ちならokで、闇討ちによる魔王討伐を行ってからの魔王として名乗りを上げるのは駄目だという事。
これは、魔王たる者強者であれ! という方針によるものらしい。
なので、今回俺がカリオンを闇討ちにしたという話で魔王達の宴が発動していたらしいので、討伐決議は間違いなく可決されるところだったようである。
カリオンを除く、9名の魔王の内の5名が異議を唱える必要があったらしいから、先ず覆らなかったらしい。
参加を表明して正解だったようだ。
と言う事は、俺はきっちり罠に嵌められている感じなのだが・・・。
フツフツと怒りが込み上げてくる。
会った事は無いが、犯人はクレイマン。
問題は、同調しているらしいミリムだな。そこを解決すれば、魔王達の怒りが俺に向く事は無いだろう。
流石に、魔王全てに喧嘩を売るのは自殺行為っぽい。
目の前の二人も底が知れないのだし、無駄な争いを起こす事も無い。
向こうから仕掛けてくるなら話は別だがな。
だが、案外話せばわかるものである。
この二人は直ぐに俺の言葉を信じてくれた。
単純なだけかもしれないけどね。
ヴェルドラは妖気を抑える訓練中だと、ダグリュールに話している。
何でも、彼に発想の転換を促す程の聖書に出会ったらしく、普段は妖気を発するのを止めたそうだ。
相手が舐めてかかって来た時、妖気を解放してビビらせるのだと意気込んでいた。
町の魔物達にとってもその方が暮らしやすいので、助かると言えば助かるのだが。ちょっと発想がおかしい。
何の漫画で得た知識なのかが判るだけに、多少不安であった。
これが漫画脳というヤツか・・・。
ダグリュールはその言葉に深く感心し、なるほど! と頷いている。
もっとも、巨人族である彼は怒りで力の暴走を起こすそうなので、普段はそんなに妖力を放射しまくったりはしていないようだ。
現に、今現在も普通の人程度の妖気しか放ってはいないのである。
ヴェルドラの話が参考になるとは思えないのだが……
「つまり、怒りをコントロールすると、更なる力が手に入るのだな!」
何だか、聞き捨てならない会話が耳に入る。
おい、おいぃぃい!
"大地の怒り"とも称される程の魔王が、その膨大な怒りのエネルギーをコントロール出来るハズないだろうが!
というか、ヴェルドラとタイマンはれる程の魔王にこれ以上強くなって欲しくもないのだ。
何しろ、怒りで巨大化するそうなのだ。
現状2mを越える大男なのだが、暴走状態で5倍の身長になるそうで。
12mもの巨体で暴れまわる、迷惑この上無い魔王なのだとか。
先程紹介を受けた時、そんな魔王に町に来て欲しくないものだと心から思ったものである。
どうやら、今後は怒りのコントロールの習得を目指すという事で話は進んでいるようだが、俺は知らん。
失敗して自分の国で暴れても、俺に文句を言うのは止めてくれるならそれでいい。
もう一人の魔王、ディーノは・・・。
ラミリスと親しげに話している。
どうやら仲が良いらしく、会話も弾んでいるようだ。
何でも、大昔にディーノがお世話になっていた事があったようで、意外に丁寧に接している。
「ってか、ラミリス。前に会った時より縮んでね?」
「だって、しょうがないじゃん! アタシ、生まれ変わって50年も経ってないんだし!」
「それって不便だな。記憶は継承されるんだろ?」
「記憶はね。でも、精神は身体に併せて退化しちゃうんだよね〜。
まあ、アタシって最強系だから、こういうハンデは必要なのかもね!」
「言ってろよ。お前、それギィに言ったら羽毟られるぞ」
「ば! アンタ、馬鹿じゃないの? アタシもね、相手見てモノを言うわよ!
流石に、ギィをワンパンで倒すとか、そこまで言う気にはならないわよ!」
何だか、こっちも楽しそうに会話している。
ギィという名前を聞いてラミリスが慌てている。あの口だけ番長が慌てる相手だ、余程危ない奴なのだろう。
心のメモ帳にそっと、"ギィは危険"と記入しておく。
こういう地道な努力で、危険を回避する事もあるのだ。馬鹿には出来ない。
話は連れている部下の事へと移っている。
ラミリスが、ベレッタを自慢しまくっているのだ。
「これでアタシがちびっ子だとか、ボッチだとか馬鹿にしてた魔王を見返せるってワケ。
アンタも、ベレッタの前には無力だと知るがいいわ!」
「え? これ、壊してもいいの?」
「はあ? 駄目に決まってんじゃん!
アンタ…、壊したらギィに言いつけて鉄拳制裁の刑だからね!」
「って言うかさ、コレ本気で凄いんじゃね? よく見たらマジでヤバイじゃん!」
それまで半眼で眠そうだったディーノが目を見開いている。
それに気を良くし、
「でしょ! でしょでしょ! まあね、これでアタシも発言力が増すってものね」
と、無い胸を張って威張り散らすラミリス。
それ造ったの、俺なんだけどね。まあいいけど。
ベレッタはうんざりしてるのかは不明だが、沈黙を守っていた。
暫しの時が過ぎ、ふと疑問に思った事を聞く事にした。
「ところで、俺達何処に向かってるの?
さっきまでは適当に道を歩いていたんだけど、お二人は会場をご存知なんですかね?
あと、従者の方とか連れてきてないの?」
見た所、気楽に二人で歩いていただけのようだったのだ。
俺の問に二人は顔を見合わせ、同時に笑いだした。
聞いたところによると、寝過ごしたらいけないからと、先に出発したのだそうだ。
そしたら俺達を発見、そして合流という流れだったのだと。
どうやら、この二人も道は知らないそうである。
だがまあ、
「「その内、迎えが来るだろ」」
と、呑気にしていた。
それなら歩くのも飽きて来たので、お茶にする事にした。
胃袋に収納してあった、テーブルセットとシートを取り出し、用意する。
どうせ迎えが来るなら、町で待っていても良かったようだ。
だがまあ、二人の魔王に知り合えたのだし、良かったと考えるべきだろう。
シュナに用意して貰っていた弁当を広げて、二人にも振舞う。
結構大量に用意して貰っているので、二人増えてもどうという事もないのだ。
味の方は、大絶賛された。
流石はシュナ。
ちなみに、シオンに料理はさせていない。
味だけは保証されているだろうが、味だけでは駄目なのである。
ユニークスキル『料理人』とか持ってるけど、基本が出来てないから宝の持ち腐れであろう。
食事の後のお茶を楽しみつつ、
「ところで、従者の人達は場所知ってるの?」
と聞いてみた。
従者はダグリュールの息子3名と将軍と戦士長の5名だそうで。
将軍と戦士長は何度か参加してるので、大丈夫だろうとの事。
息子達は、今回初参加。多分問題を起こすだろうと言っていた。
大丈夫か? と思ったが、人事だし口は出さない。
ディーノには従者が居ないとの事だった。
何でも、従者の居ない魔王もいるらしい。ミリムもそんな感じだったし、納得出来る。
ちなみに、人数指定してあるのには理由があるそうだ。
昔、新参の魔王が自分の威を示す為に主力100名を連れて来たそうなのだが……
国を灰にされて激怒中だった魔王の、絶望の妖気に触れて全滅したそうで。
連れてくるなら、最低上位魔人クラスの者を! という事に決まったそうだ。
今は滅びたその魔王によれば、連れてきた精鋭は上位魔人だったそうだが、そんなの誰も知った事では無いと無視されたらしい。
ともかくそれ以来、馬鹿な示威行動を未然に防ぐという目的で、人数制限がかけられたという事だった。
自分に自信の無い、新参魔王に多いそうだけどね。
そんな感じで話をしていると、突然空間の歪みを感知した。
どうやら、お迎えが来たようである。
目の前に、禍々しい門が出現したのだ。
門から、黒色の冥土服を着こなした美女が出てきて一礼してきた。
「お迎えに参りました、ラミリス様。
宜しければ、お連れ様もご一緒に」
それだけ言って、門の脇に控える。
徹底して己を殺している。物凄く躾けが行き届いているのが窺えた。
プロもいいところである。
そしてもう一点。
このメイド、悪魔公であるディアブロと同程度の威圧を感じる。
明らかに危険な相手であった。
「お、ミザリーじゃん。久しぶり〜! ギィは元気?」
「は、私如きが主様の心配をするなど、恐れ多き事で御座いますゆえ……」
「あ、そう。相変わらずだね、アンタも。まあいいけど」
そう言って、パタパタと門に飛んで行く。
俺達も後に続いた。ここで置いていかれると、辿り着けない恐れがあるのだ。
しかし、このメイドもギィってヤツの部下らしい。
どうやらギィとやらも魔王のようだが、出来るならば敵対しない方が良さそうである。
まあ、状況次第なんだけどね。
覚悟を決める時が来た。
この先に待つのは、この世界の支配者達なのだ。
だが、恐れる事は無い。
何故ならば、この俺もまた、この世界での最強の一角となったのだから。
俺は覚悟を決め、扉を潜ったのだった。