35話 戦闘準備
ソウエイを送り出し、残っているメンバーに戦の準備をするように命令した。
しかし、全員で出陣する訳では無い。相手の能力も判明していないのだ、ここは早さ重視の構成でいきたい。
町の建設は順調なのだが、防衛施設などまだ出来てはいない。
その為、ここを攻められた場合は、移転を考えたほうが良い。そう判断した。
ならばどうするか? そういった事を考え、
「決戦は、湿地帯で行う。そこで勝てれば良し。もし、負けた場合、状況次第では速やかに離脱しここまで撤退してくる。
そうなった場合、ここで戦っても勝てる目処が無いので、封印の洞窟に立て篭もり、篭城を行う。
篭城し、人間に応援を依頼する。
ギルド経由で依頼すれば、多分なんとかなるから、皆はいつでも移動可能な様に準備を行って待っている事。
出陣する面子だが、
ベニマルを大将に、ゴブリン狼兵100で攻める。
シオンは遊撃に入る。
ハクロウは副官として、参加してくれ。
俺の『思念伝達』により皆をリンクし、随時指示する。
撤退などの判断は、総司令の俺が行う。
リグルは残りのゴブリン兵を統率し、町周辺の警備の強化を頼む。
以上だ!」
決定した方針を伝えた。
皆頷き、反対意見は出なかった。
ギルドへの依頼に対し、反対なり何らかの意見が出るかとも思ったのだが、思い過ごしだったようだ。
この前、冒険者とも触れ合っていたし、忌避感は無いのかも知れない。
ギルドへの依頼だが、"魔鋼"を売ればある程度の金は出来る。何より、このままでは人間にとっても脅威なのだ。
上手く話せば協力を取り付ける事は、可能だと踏んでいる。そこは、心配しなくても大丈夫だろう。
それよりも、豚頭帝がどの程度ヤバイ奴なのか、調べるのが先決なのだ。
ともかく、ゴブリン達の武具を揃えるのを優先させる。
カイジンに命じ、取り急ぎ100組の武具を用意して貰う。
ベニマルとハクロウ、そしてシオンにも武具が必要だろう。
ソウエイが返事を持って来る前に、準備を整えよう。もし、同盟が流れた場合、ガビルがどう動くかそれ次第で撤退を決めるつもりだ。
共同戦線が張れないのならば、先にリザードマンが相手に打撃を与えるのを待つ方が得策だから。
そうした事柄の打ち合わせを終わらせ、解散する。
会議を終え、皆が部屋から出て行った。
部屋に残ったのは、鬼人3名と、俺だけである。
何か確認か? そう思ってベニマルを見ると、
「リムル様、心配しすぎじゃないですか?
わざわざ、リムル様が出なくても、俺とハクロウが出陣するだけで何とかなると思いますよ?」
「左様。リムル様は、我等の主。戦場に出ずとも、我等に任せて頂いても宜しいかと。」
そんな事を言い出した。
いやいや、そういう訳にはいかないでしょ。大体君達、一回オークにやられてるじゃないか!
そう思ったが、口には出さない。
進化前はノーカンとでも、思っていそうな感じだしな。
「まあ、いいだろ。俺は上空から、戦の様子を観察するつもりだし、指揮そのものはベニマルに任せるよ。」
「なるほど、そういう事でしたら!」
そう言うと、納得してくれたようだ。
そもそも、軍の指揮なんてした事ない。シミュレーションゲームは遣り込んだけど、実戦なんて経験あるハズもないのだ。
そういう訳で、俺は上空から俯瞰し、指示を出すのに徹するつもりなのである。
「それよりも、お前らも、装備を整えろよ。何も着けずに、戦に行く気じゃないだろうな?」
俺の言葉に頷く3人。
という訳で、さっそく製作部屋がある建物に向かった。
製作部門の、拠点とも言える建物。
体育館のような大きさの、木造の建物である。その内、モルタル等で壁の補強を行う予定なのだが、今は手が廻っていない。
それでも、建てられた建物の中では最大の部類なので、そこそこ立派な感じである。
中に入ると、騒々しく何人もが作業を行っていた。俺の命令で、100組の武具を用意しているのだろう。
とは言え、実際に造るのは、ドワーフのガルムとドルドの二人。それに、弟子ゴブリンの10名である。
残りの者は、材料の運び込みや、完成品の運搬要員なのだろう。
中を進む。
最近、織物専用の部屋も用意してある。
そこはシュナ専用部屋となっており、他者は入れない。高等技術すぎて、習得するのに時間がかかるのだ。
女性達も機織を習いたがったのだが、今はガルムの下で、麻布等の衣服作成を行っている。
追々、腕の良い者から絹製品の取り扱いにも従事させる事になるだろう。
防具の前に、まず衣服。
俺達は、シュナの部屋に到着した。声をかけ、中へ入る。
シュナは笑顔で、俺達を出迎えた。
いつの間にか、自分で織ったのであろう、見事な着物を着ている。
純白ではなく、薄紅色に染まっていて可愛い感じであった。
椅子から立ち上がり、
「お待ちしておりました。
妾も会議に参加したかったのですけど、お食事の世話くらいしかお役に立てず、申し訳御座いません。
ですが、リムル様の服を用意いたしました。お兄様達の服も、ついでに。」
「ついでかよ…」
「ホッホッホ。仕方ないじゃろ。」
「まあ、シュナ様の絹織りは見事な腕前ですから。私の服もあるのですか?」
3人の返事などお構いなしに、
「これで御座います!」
そう言いつつ、衣を差し出して来た。
真っ白な、着物。
俺達が受け取ったのを見届けると、着替える為の部屋へと案内してくれた。
まず、俺が中に入り、着替える事にした。
子供形態に擬態すると、黒い毛皮の装備を纏った姿になる。
装備を外し、シュナから受け取った衣を身に纏った。
艶々とした手触り。極上の絹よりも、素晴らしい感触である。
ズボンは前に貰った物を着用している。衣服を身に纏うと、ピタリと、俺の体に適したサイズになった。
これもまた、魔法装備の一種なのだろう。
俺の魔素と混じりあい、身体の一部のようにしっくりくるのだ。
試しに、大人形態になってみたが、予想通り、服のサイズが自動調整された。
完璧な仕事をしてくれたようだ。
衣服の上から、黒い毛皮の装備を装着すると完了である。
そうそう、俺は懐からあるモノを取り出した。
それは、一つの美しい仮面。
シズさんの忘れ形見の、"抗魔の仮面"であった。
俺の身体からは、微小な魔素が妖気のように放出される事がある。
意識していれば防げるのだが、たまに無意識に出してしまう事があった。
だから、この仮面でそれを防ぐつもりなのだ。
一度壊れかけたのだが、ドルドに修理して貰ったのである。
仮面を装着した。不思議と、落ち着いた感じがする。
本来呼吸の必要も無い為、人形態での呼吸も必要は無いのだ。
肺を再現しようと思えば作れるのだが、肺呼吸する必要が無いのに、作る必要が無い。
仮面を付けると、呼吸していない事を誤魔化す事も可能だと思ったのだ。
付け心地に違和感は無かった。
良し。今日から対外向けには、この格好で出向こう。
子供形態に戻りながら、俺はそう考えていた。
装備を着用し、外に出た。
一頻り、俺の事を褒めるシュナを尻目に、次々と着替える鬼人達。
この衣服。着用者の妖気を吸収し、同化する性質を持つ模様。
俺の服は、黒く変色し、漆黒の衣になっていた。
ベニマルは、真紅の衣。
ハクロウは、純白。
シオンは、当然、紫である。オレンジとかだったら、説明つかない。
多少破れたりしても、自己修復するようだし、魔力を込めると修理可能な様子。
完全に、自分専用の魔法装備なのだ。
実に素晴らしい! 形状も、ある程度は思いのままに変化すると聞き、驚いた。
着替えが不要な感じである。もっとも、これを買うとすれば、値が付けられないかもしれない。
人間の町の魔法武具がどんな性能なのか知らないけれども、Aランク相当の能力者が製作した作品。
かなりの高値になりそうな気がしてならない。
これだと、能力の全てを製作に特化させたクロベエの造る武器もとても期待出来そうだ。
俺達は礼を言い、ソウエイの衣服も受け取って、その場を後にした。
次に訪れたのが、クロベエの鍛治小屋であった。
最近、製作に打ち込んでいて、顔も会わせていなかった。
元気にしているのは知っているんだけど…、好きなことに打ち込むと周りが見えないタイプなんだろう。
ここ数日、寝る間も惜しんで製作に打ち込んでいるらしい。
カイジンが会議の前に、話してくれたのだ。
小屋の前までくると、扉は開いていた。
カイジンの工房から持って来た、道具一式が設えられている。
小屋の隣には倉庫が建てられて、持って来た素材が保管されていた。
俺の持つ、"魔鋼"もそれなりに渡してある。素材的には一通り揃っているのだが、鉄鉱石が心許ないのだ。
周囲の山の調査を行い、どこかで良質の鉱石が採取出来ないか、調査を行う予定になっている。
建設関係が落ち着かないと、作業の手が足りないのが現状なのだけれど。
小屋の中からは、金属を叩く音が響き、熱気が漏れ出してきていた。
高温の炉があるのは、ここだけ。粘土を固めて高温で焼き、炉を作成した。
『炎熱操作』で造ったのだが、案外上手くいった。この炉の使い勝手を調べ、順次炉の数を増やす予定である。
予定は沢山あるのだが、なかなか手が廻らないのだ。
それはともかく、俺達が来た事に気付き、クロベエが出迎える。
満面の笑顔を浮かべて…
「お待ちしておりました! ぜひご覧に入れたいものが!」
自ら製作した品を自慢したい、そういう気配が濃厚であった。
2時間経過した。
俺達は、死んだように濁った目になり、説明を受けている。
もういいよ。わかったわかった。すごいよ!
何度も、言葉が喉下まで出掛かり、ぐっと我慢する。
クロベエの嬉しそうな顔を見て、言い出せないのだ。どうしたものか…、そう思い始めた時。
(リムル様、今、宜しいですか?)
思念で、俺に話しかける者がいた。ソウエイだ。
同盟の約束を取り付けに行かせたが、何かあったのか? まさか、場所が判らないとか?
あれだけ格好よく出発して、スイマセン、場所が判らないのですが、どこでしょう? なんぞと言われたら、温厚な俺も怒っちゃうけど…。
少し心配になったが、勿論そういう用事では無かった。
問題ないと返答すると、
(蜥蜴人族の首領と会えました。同盟の話、受けても良いそうです。
ただ、此方から出向く形にして欲しいとの事ですが…)
なんだと! もう着いたそうだ。というか、早すぎじゃないか?
会議が終わって、まだ半日も経ってないんだけど…
(問題ないだろ。どっちみち、湿地帯で決戦予定なんだし。というか、もう着いたのか?)
(あ、はい。影移動で、湿地帯辺りまではスムーズに来れますので。知っている人物の元へは、一瞬で移動可能です。
それはともかく、会談の日取りはいつ頃が宜しいですか?)
それはともかく、って。滅茶苦茶凄い能力じゃねーか! どうなってんだ、影移動。
俺も使えるが、そんなに便利だっただろうか? まだまだ使いこなせていないという事か…。
ちょっとした、驚愕を受けてしまった。まあいい、
(そうだな、準備に時間がかかるだろうし、ゴブリン狼兵の移動には時間かかるだろうから、5日後で。)
(了解しました! では、そのように。)
(会談が終わったら、お前も一度戻って来い。分身にでも、見張らせておいてくれ!)
(御意!)
スムーズに会談まで漕ぎ着けたらしい。何という、有能な男。
ここから、湿地帯まで、結構離れているように思う。
徒歩で進軍するなら、2週間はかかるだろうけど、ゴブリン狼兵なら3日もかかるまい。
ガビルとかいうリザードマンは、移動用の大きな魔物に乗っていた。
あいつらが、戻るのより早く合流するのは不味いだろう。
背後を討たれる可能性があるのだ、様子を窺い、主導権を握るのは此方であるべきだ。
そんな事を考えつつ、いつ終わるかも知れない説明を聞き流していた。
「遅くなりました。」
背後の影から、ソウエイが出現した。
まさに、忍びの者。
ソウエイに衣服を渡し、着替えてくるように言った。
ソウエイの出現で、自分の世界から帰ってきたクロベエ。
オホン! と咳払いし、いくつか刀を取り出した。
やっと、本題に入れる。
取り出した刀は、6本。
シンプルな、直刀。
流麗な、太刀。
仕込み杖になっている、刀。
大柄で重厚な、大太刀。
そして、二本の忍者刀。
自信満々と言った顔で、それを並べて置いた。
そして、言う。
「リムル様には、この直刀を。これは、まだ基礎でして、完成ではありません。
リムル様のお考えになった、魔石を武器に組み込む刀。それを目指すつもりです。
カイジン殿と共同で研究を行っておりますゆえ、今しばらくお待ち下さい!
それまでの間、この刀はリムル様に馴染ませておいて頂ければ。」
そう言いつつ、直刀を渡して来た。
成る程、研究は進めるつもりなのだね? ワクワクしてきた。
言ってみるものである。
「わかった。」
俺は頷くと、刀を胃袋に飲み込み、収納する。馴染ませるなら、体内の方が良いのだ。
クロベエは一つ頷くと、一本の刀を取り出し渡して来た。
「これは、試作品で試しうちした物です。代用品として、お使い下され。」
有難く使わせてもらう。
最近、ハクロウに鍛えてもらい、剣術を習っているのだ。
一本持っておきたいと思っていた。受け取った刀を腰に差す。
何となく強くなった気になるから不思議だ。
各々、刀を受け取っている。
ベニマルは太刀。ハクロウは仕込み刀。
シオンが大太刀である。
どうやって抜くのか? という程大きな刀なのだが、
「大丈夫です。鞘は魔力で覆っているだけなので、念じれば消えます。」
との事だった。
普通の人間には、持ち上げる事も出来ない重さらしく、カイジンにも造る事は出来ないそうだ。
ドワーフもなかなか怪力なのだが、両手でしか持ち上がらなかったそうだ。
シオンは苦も無く片手で持てるようだったけど。
ソウエイも服を着て合流し、忍者刀二本を受け取っていた。二刀流なのか…。
何だか、様になる男だ。
武器を受け取った俺達の前に、ガルムがやって来た。
鬼人達の鎧が、出来たそうだ。
鉄鉱石が無い現状、鉄が希少である。その為、全身鎧等は用意出来ない。
魔物の素材で作った、甲殻鱗鎧だった。
前に、冒険者のカバルに渡した物の完成品であった。
これも、着用者の妖気に馴染むらしい。俺の渡した"魔鋼"もふんだんに使用され、強度は試作品の比では無いらしい。
俺には、黒毛皮鎧があるから、必要無い。
こうして、装備は整った。
翌日。
ゴブリン狼兵も準備を整え終わったようだ。
一週間分の兵糧を背負い、整列し、俺達を待っている。
今回は、短期決戦。行きと帰りの食料しか持って行かない。兵粘部隊等用意すれば、移動が遅くなる。
機動力が全てであり、ダメなら逃げ帰るのだ。
各自、自分の分の食料しか持っていないが、それで十分だろう。
準備に二日はかかると思ったが、前々から出来上がり次第支給されていたらしく、早く済んだ。
5日と言ったが、早く着いて周囲の状況を調べておくのもいいだろう。
「敵は、豚頭帝! では、出陣!」
とても簡潔に、俺は宣言した。
今回は、気負っても仕方ないのだ。流れを見極め行動する。
目的は、わかり易い方が良いのである。
俺の宣言に、皆、鬨の声を上げる事で応えた。
割れんばかりの大音声が、周囲を埋め尽くす。
ゴブリン達は、一度、牙狼との決戦を耐え抜いた者達がメインである。
新米も何人かはいるが、ゴブリン狼兵として、嵐牙狼を相棒として与えられるのはエリートなのだ。
皆、士気が高かった。
そういう、皆の気迫を受けて、俺の中の不安は払拭される。
今回も、勝てる。
楽観し過ぎるのは良くない。だが、負けると思いながら戦う必要も無いだろう。
俺達は、決戦の場である湿地帯へと向けて、出陣した。
準備に一話かかってしまった。
話が動き出す直前で、あまり動かなかったです。
でも、一応主人公のターン!