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転生したらスライムだった件 作者:伏瀬

色々番外編

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番外編 -未知への訪問- 19 再生の日

 宣伝:
 本日、小説6巻とコミックス1巻が発売しました。
 活動報告にもお知らせを掲載していますので、良ければチェックしてみて下さい!
 時間停止を解除した。

「――我々が突入して、重力波の影響を中和しよう!」
「その隙に、ジギル様が」
「突入には付き合うぜ? どうせここまで来たんだ、最後まで面倒みてやらあ!」

 その途端、騒がしさが戻ってくる。
 俺の話を聞いてもらう為に、一度皆を落ち着かせねばなるまい。
 とりあえずの危機は去ったが、根本的な問題は解決していない。具体的に言えば、この世界の崩壊は免れたものの、この星の寿命は尽きようとしているのだ。
 そう思って口を開こうとしたのだが、その必要はなかった。
 ミッシェルが目覚めたのだ。

「静まれ!」

 一喝。
 それだけで、決死の覚悟で突入作戦を話し合っていた面々が口を閉じ、驚愕に染まった顔でミッシェルを見る。

「ミッシェル!」
「ミッシェル様、制御に成功されたのですか? しかし、どうやって"脳"の接続を?」
「馬鹿な、ありえん! 身体の制御が戻っただけでは、あの状態のエネルギー暴走を止めるなど不可能だ!!」
「ミッシェル様、俺の相棒が言うにはミッシェル様の状態が安定しているようですが、本当にもう大丈夫なんですかい?」

 と、今度は驚きに満ちた質問がその場を飛び交い始める。
 そりゃあな。
 いきなり問題が解決しても、それを信じるのは難しいだろうな。

「皆に言いたい事があるのはわかるが、今は待て。先に、私達は恩人に礼を述べねばならん!」

 再びミッシェルの言葉で、周囲の者達は少しだけ冷静さを取り戻したようだ。
 そして、その視線がヴェルドラに、そしてそのまま俺へと降り注ぐ。
 ポヨン。
 薄水色の球体――楕円形だけど――の生き物。
 俺の事だが、怪しい事この上なしだな。
 だがミッシェルは、そんな俺に真っ直ぐに視線を向けた。
 そして言う。

「貴方が私を、そしてこの世界を救って下さったのですね? 感謝致します」

 と。
 驚きな事にこのミッシェルとやらは、止まった時の世界の出来事を理解していたようだ。
 "脳"が肉体と切り離されていた事で、精神的に成長したからだろうか?
 それとも、無限機関メビウスシステムが生み出す特殊物質の影響かも知れない。ヴェルドラの『解析鑑定』も妨害されたようだし、シエル先生が興味を持つだけあって、無限機関メビウスシステムには不思議な性質があったのかもな。
 それなら話が早い。
 ミッシェルはかなりの立場に立つ人物だったらしく、周囲の者を従える覇気を纏っている。そんな人物がある程度の事情を理解してくれているので、俺としても話をしやすいのだ。
 具体的に、今後について交渉を行うとしよう。
 そう考え、一応の礼儀として人の姿へと変化へんげした。
 スライム状態の方が楽なのだが、視線を合わせるのが難しいのだ。

「初めまして、リムルという。俺の仲間が迷惑をかけたみたいだな」
「ミッシェルです。迷惑などととんでもない。こちらが協力をお願いした立場です」

 ミッシェルは緊張したように、そう挨拶を返してきた。
 俺の横ではヴェルドラが、「仲間とか水臭い言い方をするな。ちゃんと盟友と紹介せよ!」などと寝言をほざいているが、無視でいいだろう。
 俺に丸投げモードになっているヴェルドラを放置し、周囲に目を向けた。
 いつの間にか、辺りは静寂に包まれていた。
 そして、俺に突き刺さる周囲からの視線。
 なんなの?
 居心地が悪いんですけど?
 そう思ったものの、このままサヨナラという訳にもいかないだろう。
 問題はまだ、全て解決してはいないのだから。

「さて、そちらにも色々と事情があるようだが、この混乱を収めたいという気持ちは一緒だろ? 今後について話し合いを行いたいのだが、いいかな?」

 ヴェルドラ達はレジスタンスに肩入れした。
 決定的に帝国と敵対した訳だが、このミッシェルさんとは協力関係にあるらしい。
 要は帝国も一枚岩ではなく、様々な事情を抱えているという事。
 これだけの事態になった以上、それらをつまびらかにするのが筋というものだ。

「勿論です。レジスタンスの代表の方も、是非聞いていただきたい。こうなっては、隠し立てする意味もないでしょう。帝国の恥を晒す事になるとしても、もうそんな事を言っている場合ではないでしょうし……」

 と言ってミッシェルは、達観したように小さく微笑んだ。
 そして俺の提案を受け入れ、隠されていた真実を話し始めたのである。

「――対立する民族、言葉の壁、経済格差、宗教の違い、そうした事情を鑑みて、私の父であるアルムスバインは都市シティの住民の選別を行いました。全ては人類の生き残りを賭けた策であり、それを善悪の概念で論じるのは無意味だと、私は断じます。何故なら、それを実行していなければ、私達の文明はとっくに滅んでしまっていたでしょうから」

 以上ですと言って、ミッシェルは話を終えた。
 これが、プロジェクトの全容。
 切り捨てられた者に納得しろと言われても、とうてい承諾は出来ない話だろう。
 だがしかし、為政者としては決断せねばならなかった、か。
 話し合いで解決出来るならばそうしただろう。しかし、利害が対立する以上、どうやったって纏まる話ではない。
 となれば、話し合いを行っている間に、資源は枯渇し人類が滅亡してしまっただろから。
 だが、それでも――

「足りぬのだよ、ミッシェル。それでもまだ、我等には未来がないのだ……」

 疲れたように座り込んでいた男が、小さく呟いた。
 その声は何故か響き渡り、周囲で戸惑いながら話を聞いていた者達にも良く聞こえたようである。

「フュードラ、何を――?」

 フュードラというのか?
 最後までミッシェルの傍で、重力波の暴走に抗っていた男だな。
 見た目は青年なのに、フュードラは酷く老け込んで見える。
 そして見た目同様に疲れた声で、ミッシェルだけではなくこの場に居る者達に聞こえるように話を始めた。
 それは絶望に満ちた内容であり、それでいて、とても正確な現状分析。

「我等には、未来がないのだ。残る資源を有効活用したとしても、養える人類には限りがあった。既にレジスタンスと呼ばれる都市外の人間に回す余力などなく、都市シティでさえ、西部ウエストは時間の問題。北部ノースは既に破綻が始まっておる。だからこそ、無限機関メビウスシステムが必要だったのだ――」

 力なく告げられたその言葉。
 シエル先生が導き出したこの世界の未来予想図と、かなりの精度で近しい認識だったのだ。

「――待て。それはどういう事だ? そうした予想に抗うべく、汚染除去計画を推進したのではないのか?」
「いいや、ミッシェル。それは建前なのだ。人類の可能性の芽を残すべく、超獣計画は生まれたのだよ。あらゆる汚染環境でも生き抜ける生命体を生み出し、そこに知性が芽生える事を期待して、な。我等人類は、既に未開の地では生きてはいけない。文明と切り離されては、何も出来ないのだ。汚染が除去されただけでは意味がないのだよ」

 と、フュードラは告げた。
 そしてフュードラは、狂ったように哄笑する。
 場は騒然となり、喧々諤々と言い合いが始まる……。


      ◇◇◇


 そうなんだよね。
 シエル先生曰く、「技術の継承が出来ていないので、文明レベルを下げる事は不可能でしょう」との事。
 今の生活を維持するには文明的な都市が必要で、その維持には膨大なエネルギーコストが生じる。
 どうやら食物も全自動で栽培しているようだし、それを人の手で行うにも、その方法が失われているという事だ。文明が最適化し過ぎて、アナログには戻れない的な感じかな。
 まして、汚染された土壌。
 その汚染が消えたとしても、それを耕すにも技術がいる。
 何よりも、水がない。
 土地は乾燥し、作物の育成には向かない。
 川などどこにもなく、見渡す限りの荒野なのだ。
 それどころか、どうやら海までも干上がっている様子。
 太陽も見えないし、まさに世紀末といった有様なのだった。
 人類が生き残っているのが不思議なレベルである。

 こうした状況を人の手でなんとかするのは絶望的で、ならば都市シティで生活するしかない訳だが……それには限界がある。
 核融合炉とて、無から有を生み出せる訳ではなく、やはり燃料が必要なのだから。
 それらを総合して考えると――

 この世界には、未来がない。

 ――だからこそフュードラという男は、無限機関メビウスシステムに夢を見たのだろう。
 そしてそれが失敗してもいいように、邪魔となりそうな者達の抹殺を企んだのか。
 要するに、人類の間引きだな。
 もしかするとこのフュードラという男は、大罪を犯かす覚悟をもって行動したのかも知れない。
 フュードラを処刑するという話になっているし、それに俺が口を挟んでも解決にならない。
 だが、処刑などという物騒な真似は、断固阻止だな。
 フュードラはかなり優秀なようだし、この世界で処分されるよりも俺の役に立ってもらおうと思う。

 この問題を利用して、こちらが有利になるように交渉を進めよう。
 フュードラが暴露した事で皆も現状を認識してくれたようだし、これならば話は早い。
 何を勝手な真似をと、後から文句を言われずに済む。
 作戦は決まった。
 具体的に言えば、この世界の問題を解決して恩を売り、フュードラの身柄は俺が預かるようにもって行く。
 と同時に、ヴェルドラ達が仕出かした件に目を瞑ってもらおうと考えた。
 このまま話し合いを続けるという雰囲気ではないし、先に問題を解決するとしよう。

「君達にも事情があるだろう。色々な言い分もあるだろう。だけどここは一つ、君達の状況を俺達に任せてもらいたい。それをもって、かけた迷惑を帳消しという事で頼む。今後については、その成果を見て話し合おうじゃないか!」

 俺は彼等のやり取りに割って入り、そう告げた。
 どっち道、知ってしまった以上無視は出来ないし、やれやれと思うが好都合でもある。
 本来なら、異世界との交流は慎重に行うべきだった。
 だから勝手に行くなと言っておいたのだけど……。
 しかしヴェルドラ達がここまで関わってしまった以上、見捨てる方が問題だ。
 ぶっちゃけ、寝覚めが悪くなる。
 今度じっくりと、ヴェルドラやラミリスと、自重という言葉について語り合う必要がありそうだな。
 だが、それは今は置いておく。
 この世界の事情にどこまで口を出すべきか――そもそも、口を出してもいいものかどうか、非常に悩ましい。
 だからこそ、この世界を救う為にも名目が必要なのだ。


 俺が発言した途端、いきなり静かになった。
 そして、戸惑うように俺を見る者達。
 その目には、怯えの色まである。
 解せぬ。
 怪しいスライムだと失礼だからと、わざわざ人型になったのに。
 だが、そんな彼等の困惑を利用しない手はない。

「リムル、殿……一体何を――?」

 というミッシェルの問いには答えずに、俺はヴェルドラに視線を向けた。
 ヴェルドラは俺がミッシェルの相手をしている隙に、ラミリスやベレッタと会話をしていた。
 時間停止中に決まった事を自慢気に説明しているようだ。
 俺がいるからと、ミッシェル達への対応は完全に他人事だな。
 無限機関メビウスシステムをベレッタに搭載する事を自分の手柄として話しているようで、ラミリスとベレッタからの尊敬を集めていたようである。
 ちょっとイラッとしたが、まあいい。
 遠慮なく、働いてもらう(扱き使う)としよう。

「ヴェルドラ。この世界だが、なんだかヤバイみたいだね」
「うん? その様だな。それでどうするのだ、リムルよ? 子供達だけでも、引き取るか?」
「いいや」
「むう、冷たいではないか! 我の偉大さを教えるべく、助けられる者だけでも助けてやってもいいであろう?」

 そんな事を言い出すヴェルドラに、俺はニッコリと笑って見せる。
 その俺の笑顔を見て、ヴェルドラは危険を察知したようだ。

「な、何をする気だ? その物騒なハリセンをしまわぬか!」

 俺は敢えて音が高く響くように、ハリセンをパシンと打ち鳴らした。
 動揺し、怯えた目をするヴェルドラ。

「ところで、俺に内緒で勝手に行動した罰だが――」

 そこで区切り、もう一度パシンとハリセンを鳴らす。
 ヴェルドラの目が揺れ動いたのを確認し、続ける。

「次の企画からは、お前とラミリスを外す事にしようと思う」
「何だと!?」
「――えっ? まさか、アタシも!?」
「いや、だってそうだろう? お前等、約束を破って勝手な行動をするんだもん」

 俺がそう言うと、ヴェルドラだけでなくラミリスまでアワアワと慌て始めた。
 ラミリスは完全に自分は関係ないとでも思っていたようだが、俺が見逃すとでも思ったか。
 そう考えていたのだとしたら、甘いと言わざるを得ないだろう。

「アタシは関係ないじゃんよ! 巻き込まれただけ!」
「待つのだ、リムルよ! これには海より深い理由があるのだ!」
「うわーーーーん! 違うんだってば、リムルぅ!! アタしゃ師匠に拉致られただけなんだってばよ!!」
「ええい、やかましい!! 嘘を吐くでないわ! 嬉々として計画に加担したであろうが!」

 そして醜い争いを始める二人。

「――だが、不問に付す事を考えないでもない。幸いにも、お前達の抜け駆けを知るのは俺一人。少し頼みを聞いてくれるなら……」

 俺が勿体ぶってそう言うと、二人は面白いように食いついてきた。

「クア、クアハハハ! 水臭いではないか。何でも言ってくれ、リムルよ!」
「アタシ、何でもやるよ? 何でも任せて欲しいワケ!」

 チョロイな。

「――どうしようかな?」
「今後は約束を守ると誓おう! 決して抜け駆けはせぬぞ!!」
「アタシもさ! それに、やっぱりリムルがいた方が面白いし!」

 必死に主張するヴェルドラとラミリス。
 ベレッタはやはりこうなったかと言いた気に、ヤレヤレという様子で二人を見ている。
 実害はなかったし、二人も少しは反省したようだ。

「今度から抜け駆けはナシな?」
「うむ!」
「約束する!」

 喉元過ぎればまたやるかも知れないが、暫くは大人しくしてくれるだろう。
 今回はこのくらいかな。
 俺は頷き、二人を許したのだった。


      ◇◇◇


「それで、頼み事とは何だ?」
「何でも言ってよ!」

 俺の気が変わらぬ内にとばかりに、二人が急かすように聞いてきた。
 慌てなくても、もう怒っていないし。
 俺は気持ちを切り替えて、二人に答える。

「この世界をこのまま放置するのもなんだし、さっさと救済してやりたい。二人なら簡単だろ?」

 と、俺は気軽に言った。

「おいおい、リムルよ。いいのか? この世界への過度な干渉を禁じたのはお前ではないか?」
「そ、そうだよ? この世界の救済って、それはもうどうやっても誤魔化せないレベルで干渉する事になるんだけど?」

 珍しく、二人がまともな事を言った。
 俺の日頃の教育の成果か、思ったよりも常識が芽生え始めているのかも知れない。
 だがね、それこそ今更なんだよ。

「滅びに向かうのを知ったまま、このままこの世界を放置して帰れないだろ?」

 そんな事をすれば、寝覚めが悪いってもんじゃ済まされない。
 知らなければ気にしなくても済むが、知ってしまった以上、手を差し伸べてもいいと思う。

「クアーーーッハッハッハ、確かにその通りよな。では遠慮なく力を奮うが、構わんのだな?」
「ああ、やっちゃって」

 大きな気持ちで承諾する俺。
 元の世界に戻れば、この世界とはオサラバだ。
 なので、何度も利用されるような面倒な目に遭うかもとか、気にする必要もない。

「じゃあさ、じゃあさ! 眠っている精霊達を目覚めさせて、力を分けてあげてもいい?」
「いいけど、その力って――」
「嫌だよ、とぼけちゃって! リムルから貰うに決まってるじゃん!」

 ああ、やっぱり。
 決まってるんだ……。

「まあいいよ。今回だけだぞ?」
「オッケー! そこは信用して欲しいワケ!」

 全然信用出来ないんですけど?
 と思ったが、ラミリスもやる気になっている。水を差す事もないだろう。
 それに、精霊を活性化させておく事は、この星の寿命を延ばすという意味では正解だ。
 自然豊かな環境を維持するには、精霊の役割が重要なのだから。
 てな訳で、二人は行動を開始した。

「では始めるとしよう!」

 高らかに叫び、ヴェルドラはその本来の姿へと戻った。
 顕現するのは、偉大なる黒竜。
 抑え込まれていた妖気オーラが解放されて、膨大な量の魔素エネルギーがこの星を包み込んだ。
 流石だ。こうして見ると、やはり威厳が感じられる。
 それなのに、ヴェルドラの普段の言動のせいで、台無しになっているんだよね……。

「クアーーーッハッハッハ! 汝等に恵みを与えよう! 豊穣なる神秘の波動ファータイルパラドックス!!」

 大気に満ちた膨大な魔素エネルギー――それらが毒素を浄化し、奇跡を起こす――

 不毛の大地、汚染された土壌が、見る間に緑を湛えていく。
 太陽を遮っていた厚い雲は、嵐によって吹き飛ばされた。
 そして沸き起こる黒い雲は、水気を含み豪雨となる。
 地形は変わり、大地は色づいた。
 そして雨が上がると、降り注ぐのは温かい太陽の光。

 ――ヴェルドラが緑を復活させ、水を生み、大地を満たしたのだ。

 いやはや、実際にこの目で見ると凄まじいな。
 そう言えば、大戦の後にルミナスからも苦情が来たんだよね。
 砂漠が森林に変わり、都市が樹海に飲まれたとか何とか。
 やり過ぎだなんだと、激しくヴェルドラを非難していた。
 しかし当のヴェルドラは逃げてしまっていて、俺が散々謝ったのだ。
 今目の前で繰り広げられている光景を見れば、あの時のルミナスの文句も少しは理解出来る。
 結論としては、全てヴェルドラのせいなのだ。
 俺に文句を言うのは筋違いだし、多大な賠償金を支払わされたし、思い返せば腹が立ってきたが、それも全てはヴェルドラが原因だった。
 最近はヴェルドラが自重していないように思っていたが、これでもかなり大人しくしていた方なのだろう。
 ヴェルドラが自重を忘れたらどうなるのか、それを再認識出来たのは良かったと思う。


 奇跡は、それで終わりではない。

「次はアタシの番ね! 精霊達の楽園世界エレメンタル・ザ・ワールド!!」

 そう叫び、意気揚々とラミリスが力を振るう。
 俺の『虚無崩壊』のエネルギーをふんだんに奪い、大人の姿へと変貌して。
 麗しい妙齢の美女――しかしてその実態は、心は子供のままの残念なラミリスだ。

 ラミリスは歌う。
 その美声は、眠れる精霊達を目覚めさせた。
 そして――
 大地は祝福され、全盛期の様相を取り戻す。
 大地には花が咲き乱れ、大気は濃厚に芳しく、人の目には見えぬ精霊達の楽園となった。
 これならば、無茶な開発をしなくても、自然の恵みが生命を繋ぐ。
 流石はラミリス。
 精霊女王だったというのは本当のようだ。
 ずっとその姿でいれば侮られる事もないだろうが、残念!
 俺の力は貸しただけで、事が終われば回収する。
 文句を言われるのは間違いないだろうが、精神の成長なく力を与えるのは宜しくないだろう。
 これは本人の為なのだ。


 こうして、この星は生まれ変わった。
 食糧や水を奪い合って争わなくても、生きていく事が出来るようになったのだ。


      ◇◇◇


 さて、と。
 作業に熱中するヴェルドラとラミリスの護衛は、必要ないだろうがベレッタに任せた。
 そして俺は、放置したままだったミッシェルへとようやく向き直る。
 ミッシェル達は言葉もなく、呆然として成り行きに目を奪われていた。

「ああ、お待たせ」

 そう声をかけると、ミッシェルが驚いたように俺を見た。
 うんうん、わかるよ。
 ヴェルドラ達の非常識っぷりに呆れているんだろ?
 後ろに上層階から煙を噴き上げている巨大建造物が見えるけど、あれの原因もヴェルドラみたいだし。
 ミッシェルにも言いたい事が山のようにあるのだろう。
 だが、その苦情は受け入れられない。
 俺は二度と、ルミナスの時のような過ちはしないと誓ったのだ。
 苦情は、本人にどうぞ!
 という事で、俺はこちらの言い分のみを告げる事にした。

「あの二人に任せておけば、この星も間もなく再生すると思う。それであの二人から受けた迷惑を許してやってくれ」

 そう言うと、ミッシェルだけでなくその場にいた全員が、無言のまま高速で頭を縦にふった。
 ジェスチャーの意味は共通みたいだし、了承してくれたのだ。
 これで異世界間の問題となる事はない。
 後は――

「それと、提案があるんだけどいいかな? そこのフュードラって人を処刑するだなんだと聞こえたけど、それならば俺に預けて欲しい。キッチリと罰を与えておくから――」

 罰として、ラミリスの研究チーム入りだね。
 これで科学技術の発展が見込めるし、俺にとっては願ってもない展開となる。
 この世界の飛空船は宇宙にも飛び出せそうだし、夢が広がりまくりである。
 と、捕らぬ狸の皮算用をしつつそう言ったのだが……。

「お、お待ち下さい! フュードラ様に神罰を与えるのは、どうか考え直して頂けませんでしょうか!?」

 美青年――アルヴィンと呼ばれる人物がそう言って、俺の前に跪いた。
 神罰とか大袈裟な。
 と思ったのだが、他の人達の反応も俺を恐れているような気配がある。
 ヴェルドラが竜の本性を見せたからだな。
 俺まで同類と思われたようだが、まあいいや。

「いやいや、神罰とか大袈裟なものじゃなくてね……」
「フュードラ様は――」

 説明しようとした俺だったが、その前にアルヴィンが熱心に語り始めた。
 その内容は、俺の推測を裏付けるものだった。

 前皇帝のアルムスバインが死病に侵されていたので、その代理を行った云々。
 尊敬するアルムスバインに汚名を着せたくないと考えたフュードラは、自らが全ての罪を背負う決断をしたのだそうだ。
 まあ、難しい問題だな。

 世界が滅びます。
 全員で死にますか?
 それとも、少数だけでも生き残りますか?

 こう問われた時、どちらを選択するのが正解なのか。
 為政者は、民を守るのが仕事である。
 守るべき民を見捨てたと言われれば、その後の統治に問題が生じる。
 そしてそれが後々の禍根となって、統治者と民の間に拭い去れぬ歪を生じさせるのだ。

 科学者であるアルムスバインやフュードラは、迷わずに少数で生き残る道を選択した。
 感情を排した、合理的思考で。
 ただしそれは、人が背負うには重すぎる罪。

 ――しかし、生贄の羊は必要なのだ。

 だからこそフュードラは、全てを清算して希望をミッシェルに託そうとしたのだろう。

「それは本当なのですか、兄上?」
「ああ本当だよ、ミッシェル」

 そのようにミッシェルの問いに頷きを返し、アルヴィンの訴えは終わったのである。


 フュードラは力尽きたように項垂れている。
 俺はそんなフュードラの肩を叩き、安心させるように頷いて見せた。
 そしてミッシェル達に向き直り、簡潔に告げる。

「安心して欲しい。神罰とか大袈裟な事はしないさ。貴女がこの世界を統治する皇帝を継ぐ為に、この人を俺が預かるだけだよ」

 という名目で、研究員ゲットだぜ! というのが本音だ。
 しかし、彼等の反応は俺の想像と違うものだった。

「おお……。ミッシェル様に王権を授けて下さる、と……」
「私、で良いのでしょうか?」
「え? ああ、それでいいと思いますよ?」

 そういう流れだったでしょ?
 前皇帝アルムスバインの娘ミッシェルが、次代の皇帝となる。それで合ってたハズだ。
 そういう意味で言っただけなのだが、反応が一々大袈裟だな。
 間違っていたのかと焦ってしまった。
 それとも、ミッシェルの兄のアルヴィンが皇帝になる事にしたのかな?
 それだったら申し訳ないけど、それはそちらの問題なので、自分達で話し合って欲しい。

 そもそも俺が口を出す事自体、完全に内政干渉となっている。
 王権を俺が認めるとかなんとか言っていたが、俺にそんな権限などないのだ。

「承知しました。私の全身全霊をかけて、貴方様が再生して下さったこの美しき世界を、守り導く事を誓います!」

 ミッシェルが跪いてそう言った。
 本当に大袈裟だな。
 再生したのはヴェルドラだし、それを維持する力を与えたのはラミリスだ。
 まあ俺も力を貸してはいるけど、実行したのは二人である。
 俺が功績を奪ったと、後でヴェルドラとラミリスから恨まれそうだ。

「うん……頑張ってね? それじゃあ、この人は預かるよ?」

 けどまあ、色々と有耶無耶にするのは成功した。
 その上、有能そうな人物を確保出来たし、色々と誤解されているようだが良しとしよう。
 結果良ければ全て良し!
 面倒なので、敢えて誤解を解く必要もないだろうしね。


 それから都市内に案内され、細かい点を話し合った。
 こっちの世界が落ち着いたら学校を作ってもらい、技術を学ばせる為に留学生を送る約束を取り付けたりもした。
 それにはミッシェルも大賛成のようで、快く了解してくれたのである。
 連絡手段を求められたので、通信用の水晶を渡した。
 これで今後何かあっても、連絡が可能だ。
 学校が出来て受け入れ態勢が整ったら、向こうから連絡をくれるだろう。
 こうして俺は、初の異世界間交渉を無事に終えたのだった。


      ◇◇◇


 ――余談だが、アルムスバインは生きていた。
 あの後魔物の国テンペストに戻ってから、フュードラが冷凍保存された"脳"を取り出して、俺に治療方法を研究したいと言い出したのだ。
 フュードラは死病に侵されていたアルムスバインを救う為に、仮死状態にして保存するという暴挙に出たのだそうだ。
 俺の回復薬で完全に再生し、治療も施せた。
 医療に関してもシエル先生は万能だった、とだけ言っておこう。
 本来は助けたりしないが、無限機関メビウスシステムについて意見交換出来るとなれば話は別――そう言われたわけではないが、そんな思惑が読み取れる出来事だな。
 この件に突っ込むのは、止めておくのが無難である。

 ヴェルドラは、久しぶりに大暴れ出来て満足。
 ラミリスも同じ。その上、有能な助手が出来た。
 ベレッタも苦労したようだが、それに見合うだけの新たな力も得た様子。そして、無限機関メビウスシステムが完成したら搭載予定である。
 結局、異世界訪問は、三人にとっての楽しい思い出となったのだった。

 俺としても、異世界への門ディファレントゲートの運用データを取れた。
 そして、新たな文明との知己を得て、可能性が広がったのが嬉しい。
 結果だけを見れば、万々歳なのだ。
 しかし、油断してはいけない。
 だからヴェルドラ達に好きにさせてもいい、という話では断じてないのだから。

 迷惑をかけたり、かけられたり。
 こんな風に、俺達の日常は続いていく……。


      ◆◆◆


 後世にて、『再生の日』と呼ばれるようになる日――

 ザザは見た。
 その圧倒的な存在感。
 伝説や神話に登場する、神の如き存在を。
 竜。

(本当に……まさか、本当に――暴風を司る竜だったとは……)

 身体が震えるような、驚愕と恐怖、そして感動。

 その竜が一声咆哮するだけで、厚い雲が吹き飛び陽光が降り注いだ。
 その竜が翼をはためかせるだけで、竜巻が生じて雷雲を呼ぶ。

 超自然の化身、その呼び名に相応しい存在。
 ザザは歓喜に包まれつつ、青い空を見上げた。

「偉大なる竜よ……俺はなんという失礼を――」

 これまでの自分の態度を思い出し、思わず慙愧の念に駆られて呟くザザ。
 するとその時、

 ――クアーーーッハッハッハ! 相変わらず、堅苦しいヤツめ!――

 ザザの耳に、あの陽気で憎めない人物の、ヴェルドラの声が聞こえた気がした。

「そうか、そうですね。俺らしくもねえ……最後まで、貴方には敵わなかったぜ、全く」

 と、嬉しそうにザザは呟いたのだった。


 ザザに駆け寄る子供達が見える。
 その向こうには、カルマンも居た。
 シャルマやリンドウ、レジスタンスの仲間達。
 この美しく素晴らしい日を迎えた今、これ以上争いを続けるなど神の意に反する行為だろう。
 ザザはそう思った。

 ――そしてこの日を境として、帝国とレジスタンスは永続的な講和を結ぶ。
 歴史的な瞬間となるのだが、それは星が再生するという奇跡の前には霞んで見えたのだった。


      ◆◆◆


 ミッシェルは言葉もなく、その人物に目が釘付けとなった。
 プヨプヨとした謎の生命体が、美の化身へと姿を変えたのだ。
 そして、天上の言葉が紡がれる。
 世界を救い、この世界の統治を任されて――ミッシェルは誓った。

 ――私は、二度とこの世界を汚す事がないように、人類を導こう――

 そしてそれは皇家の義務として、代々受け継がれる事になる。
 それはやがて――

 ………
 ……
 …

 神話は伝える。
 美の化身が、竜と巫女を従えて降臨した、と。
 繁栄を誇る帝国は、王権神授によってその正当性を誇示しているのだ。
 歴代の皇帝は、神よりこの世界の統治を任命されたのだと主張する。
 ただし――

 ――皇帝の行為に正義がないと神が判断なされたならば、この世の繁栄は再び、夢幻の如く消え失せる事になる――

 ――と、碑文に刻まれている。
 それ程までに皇家は神を尊重し、その与えられた役割を全うしようと全身全霊を傾けて治世に取り組んでいるのだろう。

 神より授かった統治権――それは『再生の日』より連綿と続く伝統にして、神聖なる皇家の義務なのだ。

 ………
 ……
 …

 ――こうして、神話が生まれた。
 しかしそれはもはや、リムルとは関係のないお話なのである。
 これにて一旦完結。
 次回もまたどこかで!

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