番外編 -未知への訪問- 14 恐るべき罠
ミッシェルを助けて欲しい、とジギルは言った。
ジギルが逃亡を図ったのは、まさに絶妙なタイミングだったのだそうだ。
自身の戦闘能力ではクリストフ大将に及ばぬのは明白、そんな無駄な行動を取ってもミッシェルの救いにはならない――そう判断して、ジギルはミッシェルに聞いていたこの場所にやって来たのだという。
詳しく状況を聞くと、機導術式の開祖たるクリストフ大将が南部都市を訪れ、ミッシェルと何やら密談したらしい。
その際に交渉が決裂、戦闘になったのだと。
「クリストフ大将の強さは圧倒的、その引き連れた部下も一流の者達ばかり。それに……。ミッシェル様は、都市への被害を恐れて本気を出せませんでした。ですので、敗北は必然だったのです……」
それでも都市に被害が出たらしく、今も混乱が収まってはいないのだそうだ。
そしてジギルは、その混乱に乗じて都市を脱出した……。
「しかし、いくら俺達でも四甲機将を相手には出来ませんぜ?」
カルマンがそう言うと、ジギルもそれは当然だと頷いた。
四甲機将には、不意打ちも通用しない。
彼等は想像を絶する化け物、この世界最強の戦略兵器なのだ。
「わかっているわ。私もそこまでは期待していない。ですが、レジスタンスの力を集結させて、混乱する帝国軍の目を引き付けて欲しいのです。その隙に、少数精鋭でミッシェル様を――」
南部都市は混乱の極みにあり、帝国兵は四甲機将同士の争いに立場を決めかねているそうだ。
そこで出番となるのが、レジスタンスの部隊である。
ミッシェルが依頼して戦力を集める事になっているという話を聞いていたジギルは、それを利用してミッシェルを救出する作戦を考案したそうだ。そして、それをレジスタンスにお願いする為に、決死の覚悟で都市からの脱出を試みたのだという。
「なるほど。レジスタンスの戦力は不明でも、混乱している帝国にとっては脅威。上手くいけば、クリストフ大将を誘い出す事も出来るかも知れないって寸法ですね? しかし、他の四甲機将に動きは?」
「ミッシェル様が囚われたのは、一時間と少し前の話です。ミッシェル様とクリストフ大将の密談の内容が不明なのでハッキリとは言えませんが、まだ他の都市に伝わっていないと思います。他の四甲機将を動かすにも、ミッシェル様の罪状を明確にしなければならないでしょうから」
ライツの疑問に、ジギルが答えた。
他の四甲機将が参戦する可能性は低いという。
いくらクリストフ大将が最高位の軍事的権限を有していると言っても、皇帝の娘であるミッシェルを断罪するには他者を納得させるだけの理由と証拠を必要とするだろう。
それが用意されるまでは、問題が南部都市の中だけに留まるだろうというのがジギルの言い分だったのである。
「なるほど、お話はわかりました。わたし共としましても、ミッシェル様には今後も協力者となってもらいたい。ですので、協力は惜しまぬつもりです。ですが――」
「他のレジスタンスからの回答が得られぬ今、我等だけの判断での約束は致しかねるのです」
シャルマとリンドウは、ジギルに申し訳なさそうに応じた。
ミッシェルを助けたいという気持ちはあるが、出せる戦力が少なすぎるのだ。ジギルの言うような陽動を行うには、それこそ数を揃える必要があったのである。
「ジギル様、俺達はいつでも動けますぜ。どうせミッシェル様に拾われた命ですし、好きに使って下さいや!」
カルマンが笑って言うと、部下達もふてぶてしい顔を歪めて嗤いながら頷き合う。
カルマン達に対して、ザザの心境は複雑だ。
「俺としても、ミッシェル様の救出に向かいたい。しかし、俺まで出ちまうと、ここの守りが――」
ザザは苦悩しつつ、そう言った。
一緒に行きたい気持ちはあるが、それをすると非戦闘員である仲間達を置いて行くしかない。
ここが隠れ家となっているとはいえ、ザザはそれが心配だったのだ。
「ですが、ザザさん。今が攻め時なのは確かかも知れませんよ? 四甲機将には及ばないが、こっちにはジギル様もいる。ミッシェル様の救出に成功しさえすれば、クリストフ大将を叩く事も出来るんじゃないっすか? それに、上手くすれば他のレジスタンスの方々も、この作戦に加わってくれるかも知れない訳でしょう?」
ライツが後押しするように意見を述べた。
ザザもライツの名は知っていた。不真面目だが、頭は切れると有名だった将校だ。
ライツの部隊とレジスタンス軍との交戦記録もあるのだが、両陣営から一人の戦死者も出ていなかった。
そんな切れ者のライツの意見は、ザザの心を揺り動かす。
「そうね、他の支部長がどう考えるのか、それ次第でしょうね。もしも全員が協力してくれるのなら、今までにない戦力を集結出来る。ミッシェル様の救出に成功すれば……」
「――陽動作戦を展開する予定のレジスタンス軍との挟撃も、夢ではないでしょうね」
シャルマが迷うようにそう言うと、その展開も想定済みだったザザが、溜息を吐きつつ頷いた。
そもそもの前提として、レジスタンスが協力し合えたならば、なのだが……。
それでも今、目の前には帝国の一角を崩す可能性が広がっている。
これを見逃すのは惜しい、ザザだけでなく、シャルマ達もそう思ってしまっていた。
――その時、痺れを切らしてヴェルドラが動いた。
重々しく口を開き、言う。
「まてまて。お前達、誰か忘れてはおらぬか? とても凄い人物で、こういう時に頼りになりそうな、秘密兵器的な人物を――ッ!!」
重苦しかった空気は、その瞬間に吹き飛ばされた。
「まさか、協力してくれるんですか!?」
「ミッシェル様との約束は、ここまでの護衛のはずでしたわよね……?」
ザザとシャルマが驚き問うが、ヴェルドラは高笑いするのみ。
それを見て、ラミリスとベレッタが小声でヒソヒソと相談する。
「ラミリス様、刻限は今夜です。確か発表会は今日だったはず……。時間の流れに差はなさそうですし、早ければ今日にはリムル様に我々の行動がバレますね。ですので、誤魔化すなら今直ぐにでも、向こうに戻るべきなのですが……」
「師匠ってばさ、完全にリムルに任せる気なんじゃない?」
「ワレもそうではないかと思っておりました。今からでは、戻って誤魔化すにも時間が足りない可能性が高いですし……」
「そうよね、私もその意見に賛成かな。大体さあ、このままこの世界を放置して戻るってのも後味が悪いし、また戻って来た時には全てが終わってたとか、そんな最悪の展開もありうる訳じゃん? だったらさ、ここで最後まで見届ける方がいいと思うワケ」
ラミリスとベレッタの意見も一致し、ヴェルドラの支持に傾いていた。
ベレッタには、誤魔化すのが面倒、という本音も見え隠れしている。その役目を押し付けられるのは間違いなく自分だと、ベレッタはそう確信していたからだ。
下手をすれば、工作が間に合わなくて文句を言われる恐れさえある。小細工を弄するのは危険だと、ベレッタは悪魔的な本能で察知していたのだ。
なので、ベレッタにも異論はない。
怒られるなら、皆一緒に! それが、偽らざるベレッタの本音であった。
「クアーーーッハッハッハ! 陽動は、我の得意とするところである。そのまま敵を滅ぼしてしまっても構わんのだろう?」
得意気に言い放つヴェルドラ。
その横では、
「それって、ただ暴れたいだけよね?」
とラミリスが呟き、
「ですが、ラミリス様。悔しい事にこの場では、ヴェルドラ様に暴れてもらうのがもっとも効果的なのは確かです」
とベレッタが応じている。
二人にも異論はないようだ。
ヴェルドラが協力する――それが、皆の決断を促した。
しかし、問題が残っている。
「ヴェルドラさんが手伝ってくれるとなると頼もしいんだが、どっちにしろ陽動に全戦力を回すのは難しいな。この地の守りも必要だし、少数部隊しか……」
守るべき者を残して全戦力を出すというのは、やはり論外であった。
なのでザザは、最小限の戦力での陽動を提案する。
他の支部からの援軍があれば楽になるだろうが、それは当てにせず自分達だけで派手に暴れるつもりなのだ。
ザザにとっては、決死の覚悟である。
帝国のお膝元でそんな動きを見せれば、間違いなく包囲殲滅されてしまうだろう。
異常な強さを見せるヴェルドラは生き残れるかも知れないが、凡庸なザザ達には、そんな望みなど持てるはずもなかった。
だがそれでも、ミッシェルの救出に繋がるのならば――
ザザはそう考え、覚悟を決めたのだ。
だがしかし。
「ザザよ、安心するがいいぞ。ベレッタとラミリスがここに残る故、戦える者は派手に参戦するがいい。その為の武装は、明日までに我が用意してやろう」
と、迷いなくヴェルドラが言ってのけたのである。
だが、それに納得しない者がいた。
ラミリスだ。
「ちょ、ちょっと待ってよ師匠!? アタシも師匠と行くよ!!」
ヴェルドラの肩に飛び乗り、そう宣言するラミリス。
留守番など、ラミリスに我慢出来る訳がないのだ。
「チッ、貴様が来ると、我が面倒を見なければならぬではないか」
「いいじゃん、それくらい!」
口論となりかけたのだが、そこでベレッタがラミリスに助け舟を出す。
「ヴェルドラ様、ワレが同行すればいい話では?」
しかし、それに対するヴェルドラの反応は明確だった。
「待て、ベレッタよ。お前はここに残り、ここの者共を守ってやらねばならぬ。ザザが心置きなく戦えるように、な」
そう言われれば、ベレッタとしては納得するしかない。
ヴェルドラのその言葉で、ベレッタの居残りが決定した。
残るはラミリスなのだが……。
「アタシは絶対に付いていくよ?」
その退かぬという決意、それを前にしてヴェルドラが諦める。
「しょうがないヤツめ。まあ、我が守ればいい話だが、それでは本気を出せぬではないか……」
「いいじゃん! 出す必要が、ないじゃんよ!!」
ラミリスの言う事ももっともである。
ヴェルドラが暴れたいだけなのが明白なので、寧ろストッパーとしてラミリスが同行する方がいいかも知れない、とベレッタは思った。
守りに関しても、ヴェルドラがいれば問題などあるハズもなし。
なのでベレッタも、ラミリスはヴェルドラに任せる事にした。
結局、ヴェルドラとラミリスが陽動作戦に参加、ベレッタは留守を任される事になったのである。
「よし! それじゃあ、俺が陽動部隊を率いる! ヴェルドラさん、援護を宜しくお願いしますよ!」
「任せるがいい」
ザザが決意表明し、ヴェルドラが大きく頷いた。
こうして、ヴェルドラ達の協力を前提として、大筋で作戦が立てられたのである。
◇◇◇
さて、現在。
一晩経って、早朝に作戦決行となっていた。
カルマンと四人の部下達は、ライツの補給運搬艦にて帝国を目指している。
後の作戦会議にて、綿密に打ち合わせを行い正式に役割分担が決まったのだ。
『よしよし。カルマン達は都市内部にも詳しかろう。潜入してミッシェルを救出するがいい。我はザザの指揮の下、せいぜい派手に暴れてくれるわ!!』
おばあさんは川へ洗濯に、おじいさんは山に芝刈りに。
そんな風に気軽に宣言するヴェルドラ。
そんなヴェルドラの脳内では、刈――狩られているのは芝ではなく帝国の兵士達だろう。
そんな出発風景を思い出していたカルマンに、ジギルが話しかけてきた。
「ところでカルマン、気になっていたのですが――」
「は、何でしょうか?」
ジギルは値踏みするようにカルマン達を見回してから、慎重に口を開いた。
「貴方方も、あのヴェルドラという方と戦ったのですよね? ミッシェルが言うには、『自分に匹敵するかそれ以上の相手だった』との事ですが……」
そんな相手と戦って何故生きているのだ、とジギルは問うたのだ。
そういえば報告がまだだったかと、カルマンはジギルに説明する。
「いやいや、俺達が戦ったのはベレッタさんですぜ。五人がかりで向かったんですが、一蹴されましたよ」
「信じ難い事に、中性子収束砲が通用しませんでした」
「プラズマの類も一切通用せず、ベレッタさんも化け物でしたよ」
「だが、なあ?」
「ああ。ヴェルドラさんは別格だぜ。なんせ、超獣を殴って倒せるお人だからな」
カルマンだけでなく、部下達も口々にそう語った。
その言葉には敬意以上の気持ちが込められており、皆がヴェルドラやベレッタに惹かれているのが丸わかりだ。
しかし、話を聞く立場のジギルからすれば、とても納得がいく内容ではない。
「ありえないわ。中性子収束砲が通用しない? 物質を透過して亜光速で原子核を撃ち抜く中性子を、どうやって防いだというのよ!? それに、超獣を殴って倒した? 貴方、私を馬鹿にしているのですか?」
その質問には、カルマンも苦笑する他ない。
「いやいや、俺達の方がそう言いたいですぜ。実際に戦ってみて、そんな非現実的な光景を見せられたんですからね?」
そんなカルマンの反応に、ジギルは「本当なのね」と呟いた。
「だがよ、あの三人はどういう技術で改造されているんだろうな?」
「謎だな。だが、たった一晩で俺達を改造してのける技術力を見れば、どこかの都市の最高科学者だったと言われても信じるぜ」
カルマンの部下達の会話を聞いていたジギルは、少し思案した後に確認するように質問する。
「ミッシェルから聞いたのはヴェルドラという方との戦いの事だけだったけど、ベレッタという方も頼りになりそうね。それに、貴方達を修理したのも、そのベレッタさんなのですね?」
「ええ、その通りでさあ」
「ふーん、そうなのね……」
そこまで聞いた時、ジギルの唇が歪んだ笑みを浮かべた。
三日月のように両端が釣り上がり、邪悪に。
「一人残るのは面倒だと思ったけれど、都合が良かったわね。その知識は有用そうだし、後でゆっくりと捕獲するとしましょうか」
その余りにも自然な豹変ぶりに、カルマンは一瞬、何を言われたのか理解出来なかった。
「は? ジギル様、一体何を……?」
カルマンは恐る恐るジギルに聞く。
それは、致命的なまでの失策だった。とはいえ、ジギルを信用した時点で既に手遅れだったのだ。
「察しが悪いわね、カルマン。貴方が馬鹿で助かったわ。油断ならないザザならば、こんなに簡単に罠に嵌ってはくれなかったでしょう。少なくとも――」
そこまで言われて、ようやくカルマンも事情を察した。
「チクショウが!! お前等、散れ! そして、格納庫まで突っ走れっ!!」
カルマンは叫んだ。
しかし、時既に手遅れである。
「――こんな初歩的な失敗はしなかったでしょう。誰が裏切り者なのか不明なのに、ミッシェルの腹心だというだけで私を信用するなど、愚の骨頂よ。せめて誰か一人くらい、格納庫に残すべきだったわね」
カルマン達は、武器となる強化外装を着用していない。
それは今、格納庫に収納されている。
そして轟く小さな爆音。
希望が潰える音だった。
「ジギル様、いや、テメエ、まさか……ヴェルドラさん達を――ッ!?」
「ええ、今頃は私の指定した場所に軍を展開させているでしょう。弱小兵力のレジスタンスなどいつでも潰せるけど、ミッシェルが警戒するような相手は始末しておきたい。なので、死地を用意してあげたのよ」
「死地、だと?」
「ええ。六連暴爆帝、聞いた事はあるかしら?」
「――ま、まさか……都市すらも灰燼に帰すという、最強の兵器……?」
「そうよ。旧兵器だけど、威力だけは本物だもの。使わなければ勿体無いじゃない?」
そう言って微笑むジギルを見て、カルマンは背筋が凍るような恐怖を感じた。
(コイツは、狂ってる。とんでもなく、危ない思想の持ち主だ……)
そう考え、そして違和感を抱いた。
そんな狂人を、果たしてミッシェルが見抜けぬものなのか? と。
だからカルマンは、自分の意思ではなく勝手に口が開いていた。
「――テメエ、最初からミッシェル様を裏切ってやがったのか!?」
恐怖と、そして疑問を込めた視線でジギルを睨み、カルマンが吼えた。
しかしジギルは、小さく首を振ってそれを否定する。
「いいえ、それは違う。私はね、生まれ変わったのよ。偉大なる真皇帝フュードラ様の手によって、最強の戦士――生体改造人間としてね」
そう高らかに言い放ち、直後、ジギルは瞬きよりも早くカルマンを殴り倒した。
「ぐぼぁ――っ」
頬を殴られ、腹部に蹴りを入れられて、カルマンは地面を転がる。
だがしかし、規定以上の痛覚は遮断され、カルマンは思った程には苦しみを感じなかった。
それよりも問題なのは、ジギルの今言ったセリフだ。
(って事は、ミッシェル様が騙されていた訳でも、裏切られた訳でもないんだな。最悪の状況ではないが、かといって、俺に何とか出来そうな状況でもねーな)
そこまで考え、カルマンは自分に思ったよりも余裕がある事に気付いた。
その事に戸惑うよりも早く、カルマンには答えが閃いていた。
(間違いねえな、あの改造手術のお陰だろうぜ)
そう悟って、ヴェルドラへの感謝の気持ちが湧き上がるカルマン。
(改造されてなきゃ、今のでお陀仏だったぜ。それにしても、この身体はスゲエな。数値でダメージ量がわかるが……今ので頭部に十%と、腹部に三%程度か。油断させる為にも、ここは死にかけてるフリをするか……)
そう考え、カルマンは苦しそうに演技しつつ、這い蹲った。
「あら、生きているの? 帝国でメンテナンスを受けているだけあって、思った以上に頑丈ね」
カルマンはジギルの嘲りを聞き流し、部下達に『念話回線』を繋げる。
『お前等、俺は無事だ。だが、このままでは不味い。何としても、生きて脱出するぞ』
カルマンが倒され動揺していた部下達は、その一言で冷静さを取り戻した。
『おお、御無事で!』
『しかし、どうします? 強化外装は壊されちまったみたいですぜ?』
『遠隔操作も反応がありやせんぜ……』
素早く正確に、現状を把握する部下達。
そして『念話回線』という裏技により、ジギルに知られる事なく速やかに方針が定められる。
『いいか、お前等? 俺達は機械化兵だが、強化外装がなければ雑魚だと思われている。そりゃあまあ間違っちゃあいないんだが、ヴェルドラさん達の改造技術は凄まじいものだ。俺は今のジギルの攻撃で、そこまでダメージを受けちゃいないんだよ。そして、自己修復機能も凄まじくてな、腹の方の怪我は三分もありゃあ治っちまうみたいだぜ』
『なるほど! それならひょっとすりゃあ、強化外装も――』
『ああ、まだ使えるかも知れんぜ。だからよ、希望を捨てるんじゃねえぞ? この補給運搬艦から何とかして脱出してしまえば――』
そんな風に結論を出したのだが、その希望は無残にも打ち砕かれる。
「ジギルさん、終わりましたよ。命令された通り、そいつらの強化外装はオレっちがキッチリと破壊してきました」
ヘラヘラとそう言いながら、ライツが艦橋に入ってきたのだ。
「ご苦労様。性能の解析は?」
「一応データは取ろうとしたんですがね、この船の設備では解析不能部分が多かったんですわ。勿体ないが、破壊を優先しましたよ。なんせ、あれを着用されると帝国の戦闘型機械化人間に匹敵する戦闘能力になる。着用される前に壊す、常識っしょ。けどまあ、生体改造人間たるオレっち達の敵じゃないっすけどね。用心し過ぎじゃないっすか?」
どんな戦術級の兵器であれ、使用される前ならば簡単に壊せる。
ライツはそう言って嗤った。
そしてそれは、カルマン達の望みが断たれた事を意味するのだ。
「――クソが!」
叫ぶカルマン。
「おや? 生きてるじゃないですか。ジギルさん、手加減したんですか?」
「狂犬みたいな男だったし、思っていたよりも頑丈だったのよ」
「そうでしたか。ですがまあ――」
ライツがニヤリと笑い、その右手を刃の形状に変化させた。
それでトドメを刺すつもりなのだ。
だがその時――
ジュ――ッ!! という音に続き、小さな爆音が響いた。
艦体制御用のコンピュータ部分が、熱線銃で撃ち抜かれたのだ。
『警告。本艦の制御装置に、致命的なエラーが発生しました。本艦は、後五十秒で地面に激突します。繰り返します。 本艦の制御装置に、致命的なエラーが発生しました。本艦は、後五十秒で地面に激突します――』
自動音声にて警告が流れ、艦橋に緊張が走った。
ニヤリと嗤うカルマン。
「へへっ、やってやったぜ? こうなってしまっては、俺達では勝てないだろうぜ。だがよ、この船を制御不能にしちまえば、アンタ等を道連れに出来るぜ。この船が音速超えで地面にキスすりゃあ、アンタ等がどれだけ頑丈でも生きてはいらねえだろう?」
その手に葉巻を取り出し、カルマンは不敵にそう言った。
口に咥えて葉巻を吸い、ゆっくりと煙を吐き出すカルマン。
部下達もニヤニヤとした笑いを浮かべ、誰一人として死への恐怖を抱いてはいない。
職業軍人として、自分達のやるべき事を為す覚悟を持っているのだ。
「面倒ですね、こりゃあ修復は無理ですよ。まさか、熱線砲を身体に隠し持っているとはね。本当、脳筋だからとカルマンさんを舐めてましたわ」
「忌々しい。これだから狂犬は。ミッシェルは何故、貴方方のような粗暴な者達に目をかけていたのでしょう? それに何故私も――」
ライツが肩を竦めてそう言うと、ジギルも頭を振りつつそう言った。
だが続けて、ライツがカルマンの余裕を砕く発言をした。
「残念でしたねカルマンさん。オレっち達だけなら、超高速飛行中の船からでも脱出出来るんですわ」
「何だと!?」
「当然っしょ? 旧型の飛行も出来ない機械化兵と違って、生体改造人間は優秀なんすよ」
「そういう事よ。私の手で殺しておこうと思ったけど、時間がなさそうね。心中は御免だし、先に脱出するわ」
「この船は貴方にプレゼントしますよ、カルマンさん。せいぜい高級な棺桶として使って下さいや」
そう言い捨てて、ジギルとライツは速やかに去って行った。
「チクショウが! 待ちやがれ――」
カルマンの叫びが虚しく響く。
が、しかし――
それはカルマンの計画通りだった。
「ふー、隊長は流石ですわ」
「迫真の演技、お疲れ様です!」
「なんとか乗り切りましたね」
「後は、激突の衝撃を乗り切れるかどうか……」
そんな事を口々に述べる部下達。
そんな部下達を、カルマンは一喝する。
「馬鹿野郎共! 時間がねえ、さっさと集まりやがれ!」
命じられ、部下達は円陣を組む。
それを見て、カルマンは一つ頷いた。
「悪いな、お前等。俺に付き合わせちまってよ」
部下達は黙ったままだ。
しかしその顔には人の悪い笑みが浮かんだままで、誰一人後悔している者などいない。
カルマンは小さく笑って続ける。
「ヴェルドラさんが言うにはよ、俺の機動躯体はミッシェル様と同様の構造なのだそうだ。つまりよ、四甲機将にしか扱えない特異連環障壁が使える、って事なんだよ。馬鹿みたいな話だが、俺の脳内のメニューにも表示されてるんだ」
「マジですかい……?」
「俺も冗談だと思ってたが、今はコイツを信じるしかないだろうぜ。まあ、ヴェルドラさんの話だからな……疑っても始まらないさ」
信じても、嘘だったら死ぬ。
本当だったら、生き残る可能性がある。
だったら、カルマン達は笑って、信じる道を――信じたい道を選ぶのだ。
『――衝突まで、後二秒です』
カルマン達は頷き合う。
「気合入れろよ、お前等! いくぜ、特異連環障壁――ッ!!」
カルマンが吼え、その体内の熱核融合炉が全てのエネルギーを特殊な波長へと変換し――黒い粒子の輪がカルマン達を包み込む。
不完全な機能を、ヴェルドラ、ラミリス、ベレッタが改良し、本来の性能へと限りなく似せたそれ。
特異連環障壁――理論上、ほぼ全ての攻撃から身を守る最強の盾。
――そして今、音速の十数倍もの速度で、七十メートル級の中型運搬用飛行艦――通称、補給運搬艦――が、地面に衝突する――
カルマン達は、その盾に自分達の命運を託したのだった。
◆◆◆
同時刻。
轟き響く、大轟音。
地上に太陽が落ちたような、そんな人智を超えた大爆発が起きた。
――六連暴爆帝――
それは、帝国が生み出した悪魔の兵器である。
と言っても、原理は単純。
一瞬だけ特異連環障壁を発生させる。それと同時に、特異連環障壁内部に描かれた六芒星を頂点として、六基のギガトン級核爆弾を爆発させるのだ。
発生した衝撃波と熱は、特異連環障壁内部で行き場を失い、その内部で想像を絶する破壊力を生じさせる。
それこそが、六連暴爆帝なのだ。
この超絶威力を前にすれば、四甲機将と言えども無事ではすまない。
不意打ちが効かなかろうが、特異連環障壁を最大出力にして身を守ろうが、暴君の怒りが収まるよりも前に焼き尽くされる事になる。
そんな恐るべき超兵器が今、ヴェルドラ達に牙を剥いた――




