234話 天使長の支配
昨日更新したかったのですが、諸事情により遅れました。
今回の低位活動状態からは、比較的簡単に復帰出来た。
というよりも、俺の一部分との接続が切れたという表現の方が適切かもしれない。
俺の本体は、『虚数空間』に隠れたままなのだ。並列存在の一つが力を使いすぎたとしても、本体への影響はない事が証明されたわけである。
今回は意図せずに実験出来たといえよう。
実際には、シエルが接続を遮断したから影響を及ぼさなかっただけなんだけどね。
本当に頼りになる相棒である。
という訳で、目覚めるのが早いのは当然であった。
もう一度、宝珠との接続をし直すだけで済むのだから。
目覚めた俺は、管制室へと運ばれていた。
亜空間からは、さっさと脱出したようだ。
用事もないのだから当然か。
幸いにもガイアにエネルギーを奪われていたせいで、存在が希薄化していた。
今の俺ならば、ヴェルダに捕捉される心配もないだろう。このままでも大丈夫だと判断したのだ。
本体は『虚数空間』でエネルギーの回復中である。
意識が二つ同時に存在するというのは、実に不思議な感覚であった。
これも慣れるしかないのだけどね。
何しろ、非常に便利なのだ。
仮に、俺の存在に気付きヴェルダが迷宮を封印しようとしたとしても、今の俺なら本体との『多重並列存在』により、現在位置の把握が可能である。
二箇所で存在出来るという事の利便性は、想像していた以上に高いのだ。
だから、それほど場所がばれる事を怖れる必要はないのだが、面倒になるのは避けたい。
ヴェルダが油断している所を叩きたいし、今暫くは、俺の存在に気付いて欲しくないというのが本音なのだ。
幸か不幸か、宝珠に憑依して存在している俺は、力の大半が回復せぬままの非常に人に近いエネルギーしか持たない存在となっていたのだ。
俺はこの状態を利用する事にして、本体とのエネルギーの繋がりを遮断したままにする。
こっちの分身体でも自然回復するのだが、それも意図的に停止した。
これで落ち着いて、皆の前に出る事が出来るというものである。
腹の上にガイアが乗っていた。
全長二十メートル程もある細長い巨体へと成った筈だが、今は元の五十センチ程の小竜へと戻ったようだ。どうやら、まだ人化出来ないようで、元の姿へと戻ったのだろう。
男型が女型か、どちらになるのか興味深い。だが、それが判明するのはまだ先の事になりそうだった。
どうやら俺は、丁度椅子に横たえられようとした所で目覚めたのだろう。
身を起こし、ガイアを撫でた所で話しかけられた。
「リムル様、お目覚めですか」
ディアブロが恭しく問い掛けて来るのに、「うむ」と頷いて答える。
そして、意識が途絶えた間に起きた事について、説明を受けたのだった。
◇◇◇
俺が低位活動状態になってから、幾つかの事が起きていた。
先ずは、ガイア。
俺がヴェルガイアと名付けた事で、その力は"竜種"級として定着したようだ。
そして、恐るべき能力に目覚めていた。
――固有スキル『万物具現』――
これは、悪魔達が使う『武具創造』や『物質変換』を併せたような特殊スキルだ。
しかし、その規模や質は桁が違う。
ラミリスの『迷宮創造』に匹敵するとんでもない能力だったのだ。
何しろ、記憶したモノの再現が可能となるという、ぶっ飛んだ権能なのだから。
実例として、ゼロに喰われて失ったはずの迷宮七十五階層部分までを、再現してのけたらしいのだ。
兄であるヴェルドラさんにもそんな事は不可能だし、ひょっとすると兄より優秀であるのかもしれない。
まあ、最大魔素量では他の竜種に遠く及ばないようだけど、まだ子供みたいなものである事を考慮すれば、将来に期待出来るというものだった。
そういえば、ガイアの仲間である、俺達の仮想体も大したものだった。
ゼギオンから聞いた話なのだが、自動行動に切り替えて迷宮を彷徨っていた仮想体は、その本能に従いゼギオンへも攻撃を仕掛けたらしい。
ガイアが加わり五体になった事で、ゴズールやメズールを撃破出来るようになっていたらしく、非常に好戦的な性格となっていたようだ。
だからと言って、ゼギオンにまで攻撃を仕掛けるとは何を考えているのやら。
圧倒的な強者だと気付かぬ程に馬鹿では意味が無いだろう。
……いや、圧倒的な強者だと理解出来たから、襲撃したのだろうか?
そんな好戦的だとは思いたくないけど、敗北もまた経験を得る貴重な機会である。
だからこそ、敢えて挑戦したのだという見方も出来るかもしれない。
宿主である俺達の性格に準じるハズなので、そう考えるなら不思議ではないのか。
ミリムやヴェルドラにラミリスといった、非常に好戦的なものばかりだしな。
俺のような平和主義者からすれば、信じられない事なんだけど。
「このオレに攻撃を仕掛けてきたのは、リムル様の仮想体である幽霊でした。
炎による目眩ましの直後、天井からのスライムの一撃。怯んだ所へ、ガイアによる重力圧が加えられ、人骨戦士と動く重鎧によるラッシュが始まったのです。
見事な連携ぶりでした」
そう言って、ゼギオンが褒めてくれた。
俺の仮想体もイケイケの性格だったようで、ショックである。
というか、ゼギオンに褒められる程に強くなっていたというのも驚きであった。
まあ、俺達の仮想体を壊さぬように、気を使っていたからこその苦戦だったようだけどね。
ラミリスなどは、「当然よね!」とご満悦だったけど。
まあラミリスだけは、仮想体を使っていた時の方がイケイケだったので、その記憶を引き継いでいても不思議はないかもしれない。
本体がお察しなので、たがが外れていたのだろうけど。
突っ込むのは可哀相というものである。
何にしろ、ゼギオンを感心させたのは褒めるべき事なのかも知れない、と思ったのだった。
ガイアが迷宮を再生してのけた事で、迷宮内は通常モードへと移行中である。
退避していた者達も、各自それぞれの所属階へと戻る準備を始めていた。
戦闘区域は荒れ果てていたものの、それはラミリスにより修復可能である。
侵攻など無かったと謂わんばかりに、被害は軽微なものとなったのだ。
迷宮防衛組の完全勝利である。
だが、これで終わりではない。まだ上空には、天使軍六十万が控えているのだ。
俺が目覚める迄に行われていた議論は、誰が上空の天使達を迎撃するのか? というものだった。
皆やる気満々で、なかなか決着がつかなかった模様。
武闘派ばかりなんだな、と再認識させられた。
ベニマルに聞くと、一応対策は立てていたそうだ。
迷宮内部の迎撃がどう動くか判らなかったので、伏兵を仕込んでいたのだという。
クマラが帰還するのを待ち、森に潜ませているクマラ配下達が一斉に攻撃を開始するという手筈になっていたらしい。
だが、思った以上に上手く物事が進んだせいで、血の気の余った者達が騒ぎ出したのだ。
その筆頭がアピトであった。
ディーノを甚振るのを途中で止めたせいで、収まりがつかない様子。
結局、アピトの出陣は決定したそうだ。
ここまでが、俺が目覚める前に決定していた事である。
会議は続いており、決定は俺へと委ねられたのだ。
他にも参加希望者は多かった。
迷宮管理を任されている樹妖精のトレイニーさんやその姉妹、俺が培養魔人形で仮初の肉体を与えた百数十名の樹人族達がやる気になっている。
迷宮は彼等にとっての聖域となっており、そこを侵す者へ対して思う所があるのだろう。
何より、現在冒険者の受け入れを中止して、迷宮内都市に引き篭もらせているせいで、彼等の仕事もお休み状態であった。
要するに、暇なのだろう。
Aランクの魔人級の彼等がやる気を出している以上、水を差す事もないだろう。
俺は彼等の訴えを聞き入れ、迎撃作戦への参加を了承したのだった。
ちなみに、ラミリスはその辺は簡単に了承していたのだが、ネックは肉体の修理であった。
俺が造った肉体が破損したら申し開きが出来ないだろう、というのが反対されていた理由である。
そんなもの、また造れば良いだけの話である。
寧ろ、死を怖れる必要の無い迎撃戦力は貴重なので、喜んで提案を受け入れたという訳だ。
そして。
ラミリスの周囲を守るように立つ四名の竜王を見る。
自分達も暴れたいが、ラミリスを守る事を優先しないといけない、そんな意図が読み取れる表情をしていた。
俺は苦笑しつつ、竜王達に声をかけた。
「行きたいんだろ?」
「ですが、我等には……」
「ラミリスにはゼギオンを付けるし、ベニマルもいる。
暴れて来たらいい。本気で戦う機会も無いだろうしさ。
いいよな、ラミリス?」
「よ、宜しいのですか?」
「いいよ! 行って来ればいいさ!
でも、アタシの部下として、負けたら許さないんだからね!」
チラリとラミリスに視線を向けた竜王達に、ラミリスも気軽に許可を出した。
この一言で、四竜王の参戦が確定したのだった。
結局――
四竜王率いる竜撃軍団。
女帝クマラと、その配下である八部衆率いる妖獣軍団。
女王アピトの生み出した魔蟲将と、それぞれを頂点とする四つの魔蟲軍団。
が迎撃する事になった。
それに、別行動としてAランクの樹妖精や樹人族もいる。
魔蟲軍団は出来立てで、数が少ないのがネックではある。
しかし、蜘蛛型、蟷螂型、胡蝶型の三名の魔蟲将は、各々がかなりの戦闘力を備えた上に指揮統制を行う能力を有する強力な軍団長であるらしい。
しかも、アピトが生み出した三名が、それぞれの軍団兵を生み出しているのだ。
今はまだ、能力で生み出した下級兵しかいないようだけど――虫らしく、感情に左右されない冷酷な軍団なのだとか。
アピトは結構感情的に見えなくもないけど、それを言うのは野暮だろう。
能力で生み出せる兵なので、数の少なさについてはある程度補えるようであった。
今回の迎撃戦には、七十階層以下に位置する上位の戦力が出向く事になったのだった。
思えば、迷宮軍の上位部隊が出撃するのは、これが初めてとなるのか。
アダルマンの不死者の軍団は若干趣が異なるしな。
数では負けているものの、質では劣っていないし、心配はいらないだろう。
弩級の範囲攻撃能力を有する四竜王に、竜撃軍団も参戦する。
指揮官が一人で臨機応変に動けない天使の軍団なんて、この戦力の前には恐れる必要はないだろう。
なるべく被害を出さないように協力し合うようにベニマルに指示を出し、後の事は任せる事にしたのだった。
◇◇◇
迎撃問題は片付いた。
次は寛いでいるディーノ達について、だ。
長椅子に寝そべるようにして、優雅にお茶を飲むディーノ。
寛いでいるというのか? ちょっと前まで敵対していたとは思えない程に、自分の家であるかのような自然体だぞ?
ここは一応管制室の一角で、未だ戦闘状態は継続中なんだけど……。
もう自分は関係ありませんよと言わんばかりに、ディーノは他人事の体であった。
「おい。お前、何を寛いでいるんだ?」
シュナに対し、当たり前のようにお茶のお代わりを要求するディーノに対し、ついにベニマルが我慢の限界を迎えたようだ。
ベニマルにしては良く保った方である。
忙しくて後回しにしていたが、迎撃に向う人選が終った事で余裕が出来たのだろう。
「え? いやあ、戦い終わった後はもはや、強敵と書いて友と読む、だろ?
それに、俺も頑張ったじゃん? ゼロを倒すのにも協力したしさ」
爽やかに言い放つディーノ。
軽くウィンクする辺り、かなりイラッとさせられる。
やられた本人であるベニマルは、やはり癇に障ったようだ。まあ当然だろう。見ているだけでもイラっとしたほどだし。
だが、一応はディーノの魔王という立場に配慮したのか、ベニマルも強く言うのを諦めたみたいだ。
そんなディーノの横では、二人の女性がケーキに貪りついていた。
「こ、これ! 超美味しいんですけど!? 三つあるし、もう一つもウチが食べてもいいよね?」
「ピコ、慌てては駄目です。この最後の一つは私が戴くと宣言しておきましょう」
「はあ? 何言ってるのよ。ウチにも権利あるし!」
「……おい。それは残っているんじゃなくて、俺のだから。お前等に権利なんてないから!」
ベニマルと話していたディーノが、慌てて自分の分のケーキを確保したようだ。
それを見やり、溜息を吐くベニマル。
結局、ディーノ達がケーキを食べ終えるまで、まともな会話が成立する事はなかったのだった。
一服した後、今回の顛末についてディーノ達から聞き取り調査を開始した。
曰く、どうやらヴェルダによって、思考誘導を受けていたとのこと。
だから自分は悪くないと謂わんばかりの態度は腹が立つものの、言ってる事に嘘はないようだ。
ユウキのそれとは異なり、天使系の能力を媒体として『正義之王』による強制支配を可能としているのではないか? とディーノが言い出したのには耳を疑ったけど。
「はあ? 天使系の究極能力を持っていたら、『正義之王』に操られる可能性があるって言うのか?」
「確実にそうとは言えないが、考えられるとしたらそれしかないな。俺のように賢い者が騙される事なんてないだろ?」
アホが、何か好き勝手な事を言っている。
無視でいいだろう。
しかし、そんな事があるのか? 俺だって、天使系そのものの『智慧之王』や『誓約之王』を持っていた訳だし。
ディーノの考えが正しいのなら、帝国首都でユウキが『正義之王』を奪った時が危険だったという事になるんじゃ?
「それがさ、多分だが、悪魔系能力を持っていると、抵抗出来るんじゃないか?
意識して、能力を完全に制御していないと出来ないとは思うけどな」
ふむふむ。
そう考えると、辻褄は合うのか。
《そうですね。『暴食之王』と『誓約之王』による多重防御を構築していましたので、如何なる物理的または精神的な攻撃をも未然に防御可能となるように心がけておりました》
なるほど、それならば操られる事がなかったのも頷ける。
しかし、知らずに防いでいたとは言え、ユウキからすれば計算外だったのだろうな。
諦め悪そうなアイツがアッサリと引っ込んだのも、切り札が悉く潰されたからだったりして……。
「だとすると、天使系の究極能力を持つ者は操られる危険性があるという事か。
天使系の能力所持者というと……誰がいたっけ?」
「知らん。俺だって長く生きてるけど、誰がどんな能力を持っているかなんて興味なかったし……。
ダグリュールが素で強かったのだけは知ってるけど」
少なくともギィならば知っていそうだが、ディーノに期待したのが馬鹿だった。
代表的なのは、レオンか。
後は、帝国に居たという近藤という人物。でも、この人は既にお亡くなりになっている。
心配しなくても、そもそも天使系所持者そのものが少ないのか。
何しろ、俺が二つも所持していたくらいだしな。
後は……俺が知っている者となると、ヴェルグリンド、か。
《そういえば、レオンを蘇生させる際、『純潔之王』の解析も行いました。
流石に勝手に弄るのは自重しましたが、失敗でしたね……。
ヴェルグリンドの『救恤之王』にも用途不明の経路がありましたので、こちらは最適化の際に除去しました。
その空白部分に仕掛けを施しましたので、彼女の意思次第では変化するかも知れません。
少なくとも、『正義之王』の支配を受ける事はないでしょう》
これだ。
何でもない事のように報告してくれたけど、それが支配の徴となる部分だったのだろう。
いつもの事だが、シエルは俺の知らない所で、結構好き放題やっていると思う。
俺が我侭だ何だと文句を言うけど、シエルだって負けてはいないだろう。
一体誰に似たのやら……。
《……》
おっと。これ以上は危険だな。
頼もしい事この上ない、出来る相棒なのは間違いないのだ。
他に天使系を持っている可能性があるとなると、ヴェルドラさんのもう一人の姉である"白氷竜"ヴェルザード、とか?
まさか、クロエのヤツは天使系とか持っていないだろうな……?
《"白氷竜"ヴェルザードが、天使系の究極能力を持つ可能性は高いと推測します。
また、クロエ・オベールも隠し持っている可能性を否定出来ません》
ふむ……。
判らない事を悩んでいても仕方ないか。
先ずはレオンに連絡して、結界から出ないように言っておこう。
ひょっとすると、ギィはこういう展開を予想して、ミザリーをレオンに付けたのかも知れないな。
だとすれば、クロエにヴェルザード、そしてヴェルグリンドもいるあの場所に、ギィが居た事は幸いだったのかも。
ギィならば何とかしてくれそうだ。
目の前の頼りにならないサボり魔よりは、遥かに有能で頼りになる人物だしな。
いやいや、比べたら失礼というものだね。
……嫌々だったが、ヴェルドラさんも向かっている事だし。
イマイチ頼りない感じだったけど、何とかなるだろう。
そう思う事にしておこう。
俺としては、このまま一気にヴェルダを叩く。
せっかく『多重並列存在』を獲得したが、力の分散は避けたい。
というか、根っこのエネルギー炉が一つだから、回復量は分身しても早くならないんだよね。
分身の力は同等だから、使い所を間違わなければ有用なのだけど。
ヴェルダさえ倒してしまえば何とかなりそうだし、北の地はギィとヴェルドラさんを信じる事にしたのだった。
天使系の究極能力は、リムルは知らないハズ。
見直してみましたが、明言している箇所を発見出来なかったので、大丈夫かな?
最近ミスが多いので、間違いがあったら指摘をお願いします。