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転生したらスライムだった件 作者:伏瀬

天魔大戦編

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222話 王都騒乱 -急転-

 立ち上がったヒナタは、ライナーを冷ややかに見る。
 その瞳には優しさが一片も見えず、侮蔑の色で埋め尽くされていた。

「ひ、ヒナタ様――大丈夫なのですか? ここは、マサユキ殿にお任せしたら?」

 ニコラウスがそう声を掛けるが、ヒナタは取り合わない。
 ニコラウスの言葉を聞いたマサユキが、ギョッとしたように硬直したのもお構いなしに。
 ヒナタの口元には、小さな笑み。
 それは以前のヒナタを彷彿とさせる、酷薄な笑みであった。

「何も、問題ないわ。そう……何も問題ないのよ。全ては、予定通りだったのですもの」

 ニコラウスに答えるというよりは、自分の考えが正しかったのだと納得し、思わず口にしたという感じで呟くヒナタ。
 事実、その通りなのだろう。
 ヒナタは、自分の推測を信じ、それを実行したに過ぎないのだから。
 そう。ヒナタには、この結果まで全てが視えて・・・いたのだ。
 つまりは、全て予定通り。
 自分がライナーに甚振られる事さえも、全ては予定通りの出来事であった。
 実はここ最近、ヒナタは激しい既視感デジャヴュに襲われていたのである。
 一度体験したかの如き正確さで、数秒から数分先の情景が視えたのだ。
 何度か同じ体験をして、これはこの先の未来の体験であるとの確信を得ていたのである。
 今回は運よく――とは言えないかもしれないが――自分がライナーに甚振られ、手足を切断され目をくり貫かれるという行為を受けている光景が視えたのだった。
(流石に、手足を切られたら回復は困難になるし、顔を傷付けられるのは面白くないわね――)
 それがヒナタの感想である。
 顔が不自然なまでに綺麗だったのは、ライナーが手加減した訳ではなく、ヒナタが回避したというのが正解だった。
 手足については、不自然ではない程度に攻撃を受け、腱を切断される程度に留めたのである。
 それもこれも、未来がわかっていたからこそ可能な事だった。
 そして、ヒナタにとっての勝利条件とは、民衆に真実が暴露されるまで生き延びる事ではなく、教会に避難してきている住民達に被害を出させない事である。
 下手な抵抗をした場合、ライナーの指揮の下に騎士達が教会に攻撃を開始するというのも、未来で見えた可能性の一つであったのだ。
(これは、クロエと魂が繋がっていたのが原因なのかしら? 私の能力とも思えないし、ね)
 恐ろしい程正確に、事実を看破するヒナタ。
 クロエとの小さな繋がりが、クロエの能力を断片化してヒナタにも未来の記憶を見せていたのである。
 だが、そんな事はヒナタにとってはどうでも良い話であった。
 重要なのは、最善の結果へと繋がったという現実のみ。
 ヒナタの目論見通りに事は進み、目の前には侮蔑の対象であるライナーがいる。
 今まで散々にヒナタを嬲っていた男であり、同情する余地は微塵も無い。

「さて、と。ライナーと言ったかしら?
 貴方、私と戦いたがっていたわね。いいでしょう。本気で相手をしてあげるわね」

 ヒナタは慈愛に満ちた笑みを顔に浮かべ、ライナーを見た。
 しかし、ヒナタの瞳は冷たいままだ。

「く、クソが! 貴様を殺し、勇者も殺す。この俺が最強である以上、結果は同じよ。
 この事を知る者を全て殺し尽してやるわ!」

 狂気に染まりきった思考で、ライナーは叫んだ。
 そして剣を構え、ヒナタに向けて突進するライナー。
 ヒナタは慌てずに、細剣レイピアを構える。
 一方的に甚振られていた先程迄と違い、既に遠慮する必要は無いのだ。
 大振りで斬りかかってくるライナーの剣を潜り抜け、迷わずに足を貫いた。

「ぎゃあああーーーーー!!」

 絶叫するライナー。
 激しい痛みにより、意識が少しだけ冷静さを取り戻す。
(何だ、何なのだこの痛みは――)
 異常な痛みを感じ、歯軋りするライナー。
 自身の保有する『痛覚遮断』が効果を発揮しない事に、戸惑いを隠せない。
 ダメージは大した事は無いのだが、痛みだけが引く気配が無いのだ。

「うふふふふ。痛かったかしら? もっと良い声を上げて、私を楽しませなさい!」

 恍惚とした表情になり、艶かしく舌で唇を湿らせるヒナタ。
 そんなヒナタに熱い眼差しを送るニコラウスとフリッツ。
 流石にレナードだけは、

「――ヒナタ様……。せっかく最近、イメージ向上していたのに、台無しです――」

 と嘆いていたが。
 確かに台無しではあるものの、一部に熱狂的なファンを生み出すその仕草。
 それは、ヒナタには非常に良く似合っていた。
 上位者が下位の者を捕食する様を連想させるのだ。
 そんな周囲の反応など気にする素振りも見せず、ヒナタはライナーに追撃を開始する。
 掠っただけでも激しい痛みが生じるその攻撃を恐れて、ライナーは自然と防戦一方となっていった。

「き、貴様ぁ! 卑怯だぞ、剣に魔法を付与しやがって」

 口汚く罵るライナー。
 しかし、ヒナタは笑みを浮かべるのみで、ライナーの言葉に取り合う事は無かった。
 事実なので、否定する気はないのだ。しかも、自分の剣に魔法を付与して悪い道理もないのだし。
 この剣は特質級ユニーク魔法剣マジックソードである。
 一つしか無かったヒナタの聖霊武装はクロエに譲ったし、それ以前に量産型の精霊武装を借り受けたとしても、それを発動出来る程に力は残っていなかった。
 そんな時、リムルにより送られてきたのが、この細剣レイピアであった。
 銘を、幻虹精剣ファントムペインという。
 以前にヒナタが使用していた魔法剣マジックソードの、上位互換とも呼ぶべき性能を有する剣であった。
 七回の攻撃で相手を死に至らしめる『デッド・エンド・レインボー』も、当然使用可能である。
 以前の剣ならば、七回目で精神体スピリチュアル・ボディーを破壊するというものだった。
 だがリムルに譲られた剣は、星幽体アストラル・ボディーまでも破壊可能という恐るべきものだったのだ。
 本来ならば伝説級レジェンドの武具であるそれを、ヒナタでも使用可能なように再調整してくれたようである。
(以前のものとは比べ物にならない性能だな。これなら、力の落ちた私でも扱える)
 軽く感嘆しつつ、剣の性能に満足するヒナタ。
 そして目を細めて、残忍な笑みをライナーに向けた。
 現在、五回の攻撃をライナーに加えていた。
 後二発で即死させる事が可能なのだが、それでは面白くないと考えたのだ。
 そして、そういう状況でもこの剣は応用が利くのである。

「さて、そろそろ終わりにしよう。君の不快な顔も、そろそろ見飽きたのでね」

 ライナーに告げ、ヒナタは剣を構えた。

「な、舐めるなよ女狐めが! き、貴様如きが、この俺様に勝てる訳がないんだ!」

 ライナーは叫び、剣を旋回させつつ奇声を発した。

「女だから生かしてやろうと優しくしてやれば図に乗りおって――肉片となれい! 斬気烈衝波!」

 ライナーの鍛え抜かれた肉体が生み出す高速回転の威力を余すことなく剣に伝え、その衝撃でもって対象を粉砕する。
 まさに受けた者を肉片にかえる、ライナーが繰り出せる最高の一撃であった。
 だがしかし――

「甘いわね。その程度で――」

 冷笑を浮かべつつ、ヒナタはライナーの繰り出した一撃をすり抜ける。
 それはヒナタの残像だった。
 頭に血が上ったライナーは、初手の段階でヒナタの術中に嵌っていたのだ。

「ば、馬鹿な!」
「さようなら。三分という時間で、永劫の苦しみを味わいつつ、死になさい。六幻死痛覇デッド・エンド・ペイン!!」

 ヒナタが格下であると舐めきって、その実力を出し惜しみしたライナー。
 自身の最高の一撃が不発に終わった焦りも相まって、ヒナタの攻撃に対応出来なかった。
 ヒナタの一撃は、正確にライナーの心臓を貫いたのだ。
(この程度! 俺の『身体回復ex』があれば、心臓すらも再生可能――
 そして、最早容赦せん。殺してやるぞ、女狐め!)
 油断した自身を戒め、次こそ本気でヒナタを始末してやると誓うライナー。
 だが――
(は? 何だ、何故痛み……が?)
 ライナーは受けた傷を回復させようと『身体回復ex』を発動させようとしたのだが、能力は発動しない……。
 それどころではなく、『痛覚遮断』『体調管理』といった、身体制御系のスキル効果までも消えてしまったのだ。

「ぐぎゃぉおおおおーーーーー」

 痛みにのたうち回り、苦しみに喘ぐライナー。
 『痛覚遮断』のお陰で久しく感じる事の無かった苦痛が、ライナーに激しい恐怖と苦しみを与えているのだ。
 それこそが、ヒナタの武器の能力の一つ。
 六回目の攻撃時点で発動する『デッド・エンド・ペイン』である。
 相手の能力を封じた上で、三分かけて精神体スピリチュアル・ボディーを破壊し尽くすという効果を発揮する。
 発狂する事を許さず、苦痛と絶望を感じさせながら死に至らしめるという、恐るべき能力であった。
 精神が破壊される痛みは、肉体の痛みの比ではない。
 この攻撃を受けた者は、三分間が永劫にも等しく感じられる事だろう。

「オヤスミなさい。良い夢を」

 ヒナタはライナーを寝かしつけるように、優しく声をかけた。
 そして、ライナーがもがき苦しむ様を満足気に眺める。
(まあ良いでしょう。私が受けた痛みを、万倍にして返してやれたのだし)
 納得し、ライナーへの興味を失った。
 その痛みは万倍所ではないのだが、それはヒナタにとっては本当にどうでも良い話なのだ。
 ともかく、絶望的な状況は回避された。
 それが何より重要なのだから。





 地面に転がり、ライナーが絶叫している。
 だが、誰もライナーを手助けしようとはしない。
 ライナーと王子に扇動されていた兵士達も、状況を理解するにつれてどう行動するのが正解なのか判断出来なくなっていたのだ。
 民衆の英雄である勇者マサユキの登場により、民意は完全にライナー達から離れてしまった。
 王子の告白が決定的だったのだ。
 護衛騎士達にとっては王族の護衛が任務ではあるのだが、王族殺しを守る謂れは無い。
 この場にて、エルリック王子に忠誠を誓う者は皆無であった。
 同様に、団長であるライナーにも正義が無いのは一目瞭然。

「お、俺達はどうすれば……?」

 動揺する騎士や兵士達。
 そんな一同を見やり、チャンス到来とマサユキが立つ。

「皆さん! 何が正しく、何が間違っているのか。この光景を見れば、一目瞭然だと思う。
 賢明なる皆さんなら、僕が言わなくても正しい答えに気付いている事でしょう――
 どうか、その答えを信じて欲しい。僕も、そんな皆さんを信じたい!」

 実は、未だ迷いがあるマサユキ。
 展開が速すぎて、状況に追いついていなかったのだ。
 だが、この場は民衆を誘導する最大のチャンスであると直感する。
 なので言質を取られぬように、姑息な言い回しにて民衆を誘導する事にしたのだ。
(完璧だよね。これで、例え間違ってたとしても、俺が責められる事はないもんね)
 内心で自画自賛する。

「おお、マサユキ様が我等を信じて下さっているぞ……」
「我等は一体何をしていたというのだ!」
「マサユキ様の期待に応えねば――」

 マサユキの言葉を受け、騎士達は剣を捨て跪いた。
 そして、マサユキに対し敵意が無い事を示す。
 そんな騎士達を見て、民衆にも安堵の空気が流れ始める。
 そして――

「勇者様が問題を解決して下さったようだぞ……」
「王子が王を――」
「だが、俺達には勇者マサユキ様がついている!」
「黒幕は、騎士団長のライナーだとさ」
「それでヒナタ様が……」
「だがそれを見抜き、ヒナタ様の窮地を救ったのはマサユキ様だぜ!?」
「流石は勇者様!」

 という風に、自然とマサユキの手柄が増えて行く。
 それは瞬く間に人々の間を伝播し、

『マ〜サユキッ、マ〜〜サユキッ!!』

 という、いつもの大声援が生じるのに、そんなに時間はかからなかった。
 片手をぎこちなく上げて、頬を引き攣らせつつ民衆に応えるマサユキ。
 その内心は涙目になっている。
 だが、それもまたいつもの事であった。



 場が静まるのを待ち、ヒナタはマサユキに歩みよった。
 そして右手を差し出し、

「お世話になったわね」

 と、マサユキに握手を求めた。
 ヒナタを至近に見て、その美しさに緊張するマサユキ。
 魔物の国テンペストにも美人は多いのだが、ヒナタの美貌はそれとは違った独特の魅力を持っていたのだ。
 慌てて手をこすり、ヒナタの求めに応じようとするマサユキ。
 だが――
 マサユキはヒナタに見蕩れて、足元に落ちている小石に躓くという器用な真似をしてしまう。
 その結果……。
 右手に感じる、ムニュッっとした柔らかい感触。
 そして、頬に感じるサラサラとした心地良い髪がくすぐったくて……。
 脳天を蕩けさせるような甘美な匂いが鼻を刺激する。
(い、一体何がどうなって……)
 余りの出来事に、一瞬現実が見えなくなってしまうマサユキ。
(というか、この右手の感触と、極上のクッションのような抱き心地のモノってもしかして……)
 そう。
 躓いたマサユキは、そのままヒナタを押し倒してしまったのだ。
 ご丁寧にも、右手はヒナタの豊満な胸を揉みしだいていた。
 これでもかという程の、ラッキースケベである。
 ただし、その結果は恐ろしいものになりそうだと恐怖するマサユキなのであった。
 マサユキが青褪めつつ、立ち上がって言い訳しようとした時――
(あれ? 今何か……)
 マサユキは、自分の頭上を何かが通り過ぎた事に気付いた。
 後頭部に何かが通り抜けたような衝撃を感じたのだ。
(うお! どこからか狙撃されたのか!?)
 しかし、それはマサユキの想像とは若干異なっていた。
 マサユキが気付いたのは、攻撃そのものではなく、遅れて到達した衝撃波だったのだ。
 つまりその本体は、マサユキが倒れたその僅かな差で通り過ぎていたのだ。
 マサユキが躓かなければ、その命は刈り取られていたであろう。

「ッチ。まさか――俺の暗殺の必撃アサシネイションを回避しただと!?」

 驚愕の声を上げ、一人の人物がマサユキ達の前方に出現した。
 黒い聖服に身を包む、純白の羽の生えたその男。
 懲罰の七天使エクスキューショナーズ筆頭のアリオスである。
 見慣れぬ男の出現に、困惑するマサユキ。完全に状況に追いつけていない。
 だが、マサユキの護衛をしていたヴェノムは即座に対応してみせる。

「良くやった、流石はマサユキだ。俺も警戒してたんだが、スマン!
 そいつの反応は全く掴めなかったぜ。マサユキ、良く気付いたな」

 そんな事を言いつつ、ヴェノムはマサユキの前に出た。
 それを聞いたマサユキが、顔面蒼白になっていた事など気付きもせずに。
 事実、ヴェノムはずっとマサユキを護衛をしつつ気配を探っていたのだ。
 油断したつもりはなかったが、一切敵の気配を感じ取れなかったのである。つまりは、目の前の男はそれだけ危険な人物であると言えた。

「お前の目的が何か知らんが、マサユキに手を出すって言うなら俺が相手だ。いいだろ、マサユキ?」
「え? あ、はい――」

 思わず頷くマサユキ。
 そもそも、マサユキが相手するなど無茶を言うなという感じなのだ。
 代わってくれるというのなら、断る理由などない。
 そして、未だ混乱中のマサユキに、頼もしい声がかかる。

「マサユキ兄ちゃん、俺達もいるぜ! ここは俺達の成長を見てくれよ!」
「マサユキさんが見ててくれるなら、僕達も安心出来るよ!」
「お兄ちゃん、アリス達の活躍を見ててネ!」

 そんな子供達に、どう返事するべきか悩むマサユキ。
 子供を戦わせて自分は見学とか、流石に如何なものかと思案したのだ。
(だけど、現実には俺よりも子供達の方が強い訳だし……仕方ないよね!)
 結局、そう納得する事にした。

「で、君はいつまで私の胸を揉んでいるつもりだ?」

 その言葉に慌てて飛びのくマサユキ。

「す、すいません。け、決してわざとでは……」

 上手い言い訳が思いつかなかったのだが、マサユキの言葉はヒナタによって遮られる。

「わかっている。逆に礼を言わせて貰うよ。あの男が狙ったのは私なんだろ?」

 そう言って、マサユキに頭を下げるヒナタ。
(いやあ、狙ったも何も……俺には何が何だかサッパリ何ですけど……)
 言葉にしたいが、これを言ってしまうと破滅が待っているような気がして、マサユキは押し黙るしかないのだった。

 実際、アリオスの狙いはヒナタであった。
 理由は、一つ。
 ユウキが以前、ヒナタを気にしていた事があったからである。
 今更どうという事もないような存在だと思いつつも、どうしても気になったのだ。
 取るに足らぬ人物であるからこそ、さっさと始末してしまおうと考えた。
 だがライナー達の計画を知り、隙を見てヒナタを暗殺しようと企んだのである。
 王都は狙わないとヴェルダが宣言した以上、なるべくなら自らは手出しせずにいたかったのだが――
 ライナー達は失敗した。
 その為、さっさと一瞬で暗殺し、撤退しようと考えたのだった。
 だが、失敗した。
 マサユキの強運は、ここぞというタイミングでアリオスの企みを潰したのである。

「こうなっては仕方ない。悪いが、全員死んで貰う!」
「抜かせ! 俺は強いぜ? こっちにはマサユキもいるしな!」

 アリオスの宣告に、ヴェノムが不敵に応じる。
 そして、静かに戦いが始まる。
+注意+
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