201話 レオン陣営の準備
大戦二日目。
魔王レオン・クロムウェルの支配領域である、黄金郷にて。
四凶天将カガリが、動き出そうとしていた。
魔王達の宴が終わりそれぞれの魔王が対策を取るべく帰国した時、レオンの下に黒騎士卿クロードが帰還していた。
クロエと別れた後、ユウキに気付かれぬように慎重に行動した結果、少し時間が掛かってしまったのだ。
例え時間が掛かったとしても、黒騎士卿クロードからしてみれば、念には念を入れる必要があったのである。
帰還してレオンに目通りを願い出る。
当然ではあるが、自分が洗脳されている可能性も考慮されるだろうし、面会までには時間が掛かるとクロードは考えていた。
だが、クロードはそのままレオンの下まで案内される事となった。
そして、それまでの出来事を全て、説明したのである。
分身術にて"影騎士"を残していた事で、その後の状況も把握していた。
つまりは、"灼熱竜"ヴェルグリンドによる"紅蓮の粛清"の事も、その後のユウキによるルドラからの究極能力『正義之王』奪取の状況までも。
そして、魔王リムルとユウキの確執に至るまで。
死ぬ事なき"影騎士"からの通信にて把握出来ていたのだ。
その後、ルドラが発動させた"天使之軍勢"の天使との接触により、"影騎士"は破壊されてしまった。だが、それでも十分な内容の情報収集に成功したと言える。
クロードは、命を賭してでもこの情報を、忠誠を誓う主たるレオンに届ける事を優先させたのであった。
そして、その願いは叶い、レオンは全てを知る事になった。
「よくやった」
一言。
あまりにもあっけない対応である。しかし、クロードからすれば、その一言が値千金なのである。
「勿体無きお言葉――」
感無量となるクロード。
しかし、状況は感動に浸っている場合でないと理解していた。
そしてそれは、レオンも同様である。
魔王達の宴で魔王リムルより詳しい状況を説明されてはいたのだが、今、腹心たるクロードの持ち帰った情報により裏付けも取れた。
魔王リムルがその他の魔王を出し抜こうとしているのでは? という疑いも捨て切れていなかったレオンだが、それは無いと判断したのだ。
リムルとクロードの状況説明に矛盾は無く、敵戦力を大げさに誇張しているという疑いは晴れていた。
となれば、敵は余りにも巨大な戦力を有すると言う事になる。
「クロード、今のままで対抗可能だと思うか?」
自分の腹心の中で、最強の騎士たる黒騎士卿クロード。
そのクロードに意見を求めるレオン。
「怖れながら……正直な感想を申し上げます。
彼我の戦力差は大きく、防衛に専念したとしても天使の軍勢5万に対抗するのが精々、かと。
まして、都市結界を出て討って出るとするならば……敗北は必至でしょう――」
「何だと!? クロード殿、我等が敗北するとでも?」
「私達はレオン様の最強の騎士です。天使如きに後れは取りません!」
そのクロードの発言に対し、魔法騎士団の各団長が気色ばむ。
だが、それをレオンは制した。
目を閉じ、思考するレオン。クロードの発言は正しい、そう考えていた。
単純な戦力比で考えても、準魔王級である団長クラスは兎も角、一般の騎士達では天使達数体を相手にするのが精一杯であろう。
恐らくは、クロードの所属していたという混成軍団の者を取り込んだ天使達は、Aランクを超える戦闘力を有するだろうから。
その特殊な者のみで構成された天使軍団が来たならば、数の上でも戦力でも有利性は無い。
敗北は必至というのも頷ける予測であった。
(結界を強化させて、俺自身が討って出るしかないか? だが、それは余りにも悪手……)
思考するレオン。
だが、彼の配下をカガリにぶつけた場合、勝率は低いと思われた。
何しろ、覚醒魔王に匹敵する超高密度のエネルギー体である熾天使級の天使と融合したらしいのだから。
カガリならば、何百年も生きた元魔王であるカザリームであったならば、覚醒魔王に匹敵する能力を得たとしても不思議ではない。或いは、上回っている可能性すらあると考えるレオン。
であるならば、自分が戦う他にない訳だが……
(だがそれでは、天使軍団そのものへの備えが厳しい、か)
それが問題であった。
自分が戦うならば、カガリ相手にも負けは無いと考えるレオンであったが、同時に、天使の軍団にクロード達が対抗出来ないと予想する。
まして、カガリとの戦闘に長引いた場合、自国を壊滅させられた後に天使軍に背後から襲われる可能性もあった。
速攻でカガリを始末出来るならば問題ないだろうが、それは余りにも楽観視が過ぎるだろう。
何しろ、カガリにはレオンの奥の手である究極能力『純潔之王』を目撃されているのだ。
ユウキとの戦闘時、ユウキとカガリを逃がしたのは大きな失敗であった。
そのつけが今、レオンの身に降りかかっているのである。
レオンは閉じた目を開くと、自分の部下達を見回す。
筆頭騎士たる、銀騎士卿アルロス。
最強騎士たる、黒騎士卿クロード。
そして、四つの騎士団を率いるそれぞれの騎士団長。
赤騎士団・・・攻撃魔法を得意とする魔法騎士が所属する。
4,000名所属。団長は、赤騎士フラン。女性。
青騎士団・・・補助魔法を得意とする魔法騎士が所属する。
2,000名所属。団長は、青騎士オキシアン。男性。
黄騎士団・・・防御魔法を得意とする魔法騎士が所属する。
3,000名所属。団長は、黄騎士キゾナ。女性。
白騎士団・・・回復魔法を得意とする魔法騎士が所属する。
1,000名所属。団長は、白騎士メーテル。女性。
その6名が、魔法騎士団最強の者達であった。
単体でも上位魔将に匹敵するか、打ち倒せる者達である。
フラン等は、一度"死"を体験した事により、より強力な魔法を操る者へと成長している程だ。
他の魔王軍と比肩しても、決して見劣りはしない陣容だと誇っていたのだが……
(この者達を全員見殺しにするならば、勝機はあるだろう。だが――)
死ね! そう命じれば、この者達が喜んでその身を捧げてくれるとレオンは知っている。
だが、だからこそ、それは決して出来ない命令だった。
さて、どうしたものか――
「レオン様、お客様がお見えのようです」
思案するレオンに、涼やかな女性の声が告げる。
防御魔法を得意とするキゾナが、結界に侵入した者を察知したのである。
そして、侵入者達の訪れにより、問題は一気に解決する事になる。
やって来たのは、ギィ・クリムゾン配下の悪魔、ミザリーだった。
そして、レオンに向けて、恐るべき提案をして来たのだ。
「レオン様、魔王達の宴でお疲れの所、申し訳御座いません。
この度は、主たる魔王ギィ・クリムゾンの意を受けて参上致しました。
協力して大戦に備えよ! との事で御座います」
恭しく一礼し、レオンにそう申し伝えて来るミザリー。
レオンはミザリーを眺める。
眼前にて跪き、レオンに対し頭を下げている。
だが、そのミザリーから受ける印象は、以前に比べるべくも無く強力であった。
恐ろしく力が増しているのを感じ取れる。
レオンがギィの友であるが故に謙った対応を取ってはいるものの、その実力は覚醒魔王に匹敵するものとなっているようだ。
(一体、何があった?)
疑問には思うが、敵対している訳では無いので、今は心強く思う。
ミザリーの協力があるならば、カガリにも対抗可能であろう、と。
「ふむ。見栄を張っても仕方ないか。
正直、助かる。だが、ギィの守りは良いのか?」
「私如きがあのお方の心配をするなど、不敬でありますれば……
それに、ヒラリーも控えております故」
「そうか、それもそうだな」
確かに、最強たるギィを心配など、そもそも必要の無い話であった。
頷くレオンに、ミザリーが一つの提案を申し出たのはその時だ。
「ところでレオン様、一つ提案があるのですが、お聞き頂けますでしょうか?」
「ふむ、何だ?」
「はい、実は――」
ミザリーは顔を上げ、艶然と笑みを浮かべて、レオンに告げた。
「此方の6魔将軍と、其方の6色騎士達を、禁断の秘術にて融合致しませんか?」
そう問いかけるミザリーは、悪魔に相応しく邪悪な笑みを浮かべていたのだった。
場が騒然となる。
6魔将軍とは、ミザリーが引き連れて来た上位魔将達であろう。
悪魔公と呼べる程では無いが、通常召喚に応じるようなアークデーモン等とは比較にならぬ力を有しているのは見て取れた。
流石はギィの手駒であると言える。恐らく、レオンの配下である上位6名――ミザリーが言う、6色騎士とは彼等の事だろう――に匹敵する戦力である。
どちらが上か甲乙付けがたい、恐るべき魔人達であった。
「その意図は何だ?」
問うレオン。
「正直に申し上げます。
上位魔将程度の戦力では、この先の大戦にて役に立たぬと考えます」
言い放つミザリー。
この言葉にアルロス達は気色ばむ。それは、自分達が役立たずだと言われたに等しいからだ。
しかし、クロードとフランの2人は、ミザリーの言葉に納得していた。
確かに自分達は弱いのだ、と。
筆頭騎士であるアルロスでさえ、魔王リムルの配下の一人に、まるで歯が立たなかったではないか。
あのシオンという女魔人が、リムル配下の中で最強という訳では無い。上位幹部の一人なのは確かだが、更なる上が居るのが現実なのだ。
激昂するアルロス達をクロードは宥めた。そして、ミザリーに続きを促す。
それに一礼を返し、ミザリーは説明を続けた。
「宜しいでしょうか?
私とヒラリーは、魔王リムル様による"進化の秘法"にて、悪魔王へと覚醒致しました。
ですが残念な事に、私に連なる者もヒラリーに連なる者も、祝福は極僅かしか行き渡りませんでした。
これは、我等の間に魂の絆が構築されていなかった事が原因であると考えます。
独り立ちした個たる悪魔に近い存在であるのに、我等に連なってもいる。
これでは、この者達の更なる進化は期待出来ないでしょう。
そこで、禁断の"生魔魂融合の秘術"により、全ての関係を初期化したいのです。
一度受肉した肉体を脱ぎ捨て、新たなる肉体に宿る。
下位の者達ならば失敗するでしょうが、上位魔将級であれば成功の可能性がある。
まして、同程度の者達であれば成功率は跳ね上がります。
デメリットとしては、どちらかの意識が消滅する事。
メリットとしては、両者を併せた、より強力な個体が生まれる事、です。
それこそ、旧魔王を凌駕する、悪魔公級の存在へと転生するでしょう!」
高らかに説明を終えるミザリー。
場に沈黙が訪れた。
悪魔達は納得済みなのだろう、動揺する事もなく平然と控えたままである。
アルロス含む騎士団長達は、今言われた事を噛み締めるように検討に入った。
力は欲しい。
しかし、一朝一夕で得られるものではないのは当然の話。
このまま天使の軍勢に対して大した働きが出来ないくらいならば、いっそその提案を呑むのも一つの手であろう。
ただし、自分の意識が飲まれてしまった場合、それは死ぬよりも酷い事になるのだろう。
だが、それでも……
「レオン様、私はこの話、受けたいと思います」
「私もです」
アルロスが申し出ると、一斉に皆が頷いた。
クロードとフランは言うまでもなく、ミザリーの話を聞いて覚悟を決めていた。
「レオン様、万が一、我等が悪魔に負けた時はご容赦を――」
6人を代表して、クロードがレオンに奏上した。
レオンは目を閉じ、沈黙する。
そして、
「許さん。必ず勝て。悪魔の力を獲得し、この俺に仕えるがいい」
暫しの時が過ぎてから、静かに呟いた。
レオンの言葉は、ミザリーの提案を受け入れた事を示す。
「「必ずや、ご期待に副って見せましょう!!」」
アルロス、クロード、そしてその他一同。
一斉に頭を下げ、レオンに誓う。
こうして、ミザリーの提案は受け入れられたのだ。
そのまま儀式が行われる事になった。
6魔将軍と6色騎士達が向かいあって並び立つ。
それぞれ実力が近い者同士が向いあい、相手を観察する。
負ければ相手に飲み込まれるという事で、騎士達は緊張した表情を浮かべていた。
それに対して、悪魔達は平静である。
悪魔達にとっては、ただ命令された事を実行するだけなのだ。気負う必要などまるで感じてはいないのである。
そして、その時は来た。
「それでは、"生魔魂融合の秘術"を行います」
ミザリーが宣言すると同時、悪魔将達は受肉した肉体をエネルギーへと変換させる。
精神生命体たる悪魔族だからこそ可能な秘術であった。
そして、騎士達がそれを確認した時、それが起きた。
ミザリーが突如、悪魔将達の核を一撃の下に切り捨てたのだ。
「皆様の覚悟、確かめさせて頂きました。
さあそれではお受け取り下さい!
魔王ギィ・クリムゾン様よりの贈り物で御座います。
遠慮なさらずに、新たな力を獲得して下さい。
想いは力となります。
より良き力を得る事が出来ますように、お祈り致しましょう!」
ミザリーが叫んだ。
そう、全ては最初から仕組まれていたのだ。
自身を失う事を恐れずに挑む者ならば、その力を授けるようにと悪魔達は命令されていた。
ギィの命令は絶対であり、逆らう者は居ない。
何より、自分達の進化が止まってしまっている以上、更なる強さを得る為にはこの方法以外に無いと理解していたのである。
ただし、新たな力を得る事を騎士達が恐れるようであったならば、悪魔主導での融合が為される予定であったのだった。
「な! 一体、何が!?」
「騎士よ、恐れるな。我等はお主達に取り込まれる事を了承している。
偉大なる魔王ギィ・クリムゾン様の命じるままに。
お主達は決意を見せてくれた。
ならば、我等の力を託すに相応しき者であると認めよう!」
「その通りだ。早くするがいい、核は既に破壊された。
崩壊まで時間は無いぞ?」
悪魔達に諭され、驚き動きの止まっていた騎士達が動き出す。
クロードが悪魔を取り込んだ。
フランが悪魔の力と自分の魔力を融合させる。
アルロスが、オキシアンが、キゾナが。
そして最後に、メーテルが悪魔を取り込んで、儀式は終了したのだった。
一人の欠落者を出す事もなく、"生魔魂融合の秘術"の儀式は無事に成功した。
こうして、6名の騎士達は悪魔公級の力を手に入れる事になったのだ。
レオン側の準備は滞りなく終了していた。
そして、間もなく決戦は始まろうとしていたのだ。




