180話 飛空船上の決闘
更新が遅れて申し訳ない。
仕事から帰ってきて、つい眠り込んでしまいました。
皇帝ルドラの叫びを聞き、反応は二つに分かれた。
驚愕する者達と、激怒する者達である。
同時に、"暴風之剣"により帝国軍が大混乱に陥っていた事が、近衛騎士達と悪魔達の勝敗を分けたと言えるだろう。
アゲーラは腰に下げた刀に手をかけて、慎重に相手の出方を伺っていた。
今までずっと守勢に回り、自分から攻撃は仕掛けていない。
主を馬鹿にされて激昂はしても、戦いは別であると理解していたのだ。故に、慎重に相手の攻撃に対処し、ダメージを蓄積させつつも、見に徹していたのである。
「はっ! 腰抜けが。悪魔だ何だと偉そうにしても、我等最強騎士の敵では無い。
皇帝陛下の御前にて、貴様等を討伐してくれる。
どうせ貴様の主も、近藤殿の敵では無いのだ。あの世でも仕える事が出来るだろうさ!」
「ふむ。それは結果を出してから言うセリフだろうね。
我輩は結構気長なのだが、アンタはせっかちが過ぎるようだぞ?
まあ、カレラ様も短気で単純だから、我輩が世話をせねばならないのは確かなのだがね」
「この俺がせっかちだと? まだ実力差に気付かないのか?
あの紫紺色したポニーテールの少女みたいな悪魔は確かに強い。
だが、お前等はクソみてーに弱いだろうが! さっさと諦めて死ね!」
剣を打ち付けながら罵声を浴びせる近衛 No.05 ガルシア。
大柄な体躯に漲る霊力。そして、究極付与『代行者』による"討伐制覇"――討伐の意思を力に還元する――効果を上乗せし、悪鬼悪霊悪魔といった邪悪な存在を討伐する。
それは身体へも影響を与え、強力な肉体を生み出していた。
身体を守る伝説級の鎧により、自らの力の反動を心配する必要も無いのだ。
高度に能力を使いこなすガルシアは、口で挑発しつつも油断はしていない。
デーモンロード級の悪魔とは、魔王とも呼ばれる最上位の脅威なのだ。舐めてかかれる相手では無いのである。
そして、彼の行う挑発も意味は無い様子。精神生命体である悪魔は、感情によって能力が影響を受ける。
挑発すれば隙が出来るかと考えたのだが、効果は無かったようだ。
「アンタはせっかちな上に、下品だな。
人間が全て下等だと我輩は思ってはおらぬ。
しかし、な。
魂にも品格がある。魂が下品な者は、何をしたところで、それを隠す事は出来ないのだ」
逆に、挑発によりガルシアの方がペースを乱す事になった。
そして数合、アゲーラは刀を抜かずに、最小の動きと魔力の使用で、ガルシアの攻撃を捌きながらガルシアを観察していた。
致命傷を受けない限り、アゲーラに負けは無い。
身体の傷は回復の兆しを見せてはいない。恐らくは、ガルシアの究極能力の効果によるものなのだろう。
しかし、アゲーラが精神生命体である以上、戦闘が終われば治癒する方法は幾らでもあるのだ。
実力では劣る事を認識し、自身の能力では究極能力に対する有効打は難しいと実感する。
だが、身体能力では自分の方が圧倒的に上なのだ。
であるならば、目の前の獲物のように、力の集中を覚えさえすれば……
そして、皇帝ルドラの叫びを聞き、事態は遂に動いた。
「皇帝陛下がああ仰せである。速やかに貴様と、貴様の主も始末せねばならぬ!」
目の前に立つガルシアの言葉を聞き、アゲーラの忍耐の緒が切れた。
(我等が神、リムル様までも……下等な魔物と蔑むのか!!
しかも、言うに事欠いて……始末する、だと!?)
激怒。
アゲーラは自然に、流れるような動きで刀を抜き放つ。
抜刀術――八重桜――八華閃。
「は? ……え?」
ガルシアには見えなかったし、理解も出来ない。
今、何が起きたのか。
防御一辺倒――しかも、手傷を負いながら――だった獲物が、反撃に転じたのだと理解には至らなかった。
その前に殺されてしまったのだから、仕方ない。
彼の自信の根拠たる、究極能力の防御効果を付与された"鎧"が、薄紙であるかの如く切り裂かれたのだ、などと理解出来る筈もなかったのだ。
そして彼は一瞬で8回切り刻まれて、思考する間も許されずに命を絶たれたのである。
アゲーラは手に持つ刀を鞘に納め、
「主を侮辱されて、黙っている武士など居らぬわ、戯けめ!
しかし、やれやれ。我輩は、主を諌めるのが役割。
小物の言葉で自身が激昂するなどと……まだまだ……」
と呟いた。
今、明確に。アゲーラは能力の極意を手に入れた。
自身のユニークスキル『見識者』により敵を観察し、能力の効果的な使用方法を識ったのだ。
そして思い出す。
嘗て極めし、究極と呼ばれる位階にも達する、至極の一撃を。
嘗ての、人であった頃の名残である、"刀"とともに。
それまで無手で魔法に頼っていたアゲーラは、この時初めて、自分が武士の姿を取っていた意味を識ったのである。
遥か昔、この世界で悪魔として転生する以前の彼は、侍であったのだ、と。
「或いは我輩も、向こうの世界に生きた人間だったのかも知れぬな」
そう小さく思いを馳せると、思考を切り替える。
殺したゴミには最早興味は無い。
アゲーラは踵を返すと、忠義の対象であるカレラの下へと向かうのだった。
エスプリも満身創痍となり、その顔には余裕はなくなっていた。
しかし、皇帝の発した言葉を聞くなり、憤怒の表情となる。
普段からいい加減で、快楽主義者のエスプリ。
カレラの意に沿う事のみに腐心する彼女であったが、彼女達の神にも等しい至高の魔王、リムルを侮辱する言葉は聞き逃せない。
「あー面倒くせーな! もういいわ、お前は死ね!!」
「ははは、何を寝言を。無様に逃げ惑う貴女が言うセリフではありませんよ!」
そのエスプリの言葉を嘲る、近衛 No.04 ガードナー。
圧倒的に優位に戦況を支配しており、彼が負ける要素など何も無い。
そう、何も無かったのだ。
さっさと始末を付けていれば、彼は勝利出来ていたのである。
しかし、彼は弱者を甚振るのが好きだった。また、強者が泣き叫ぶのを見るのが何よりも好きだったのだ。
だからこそ、絶対強者であるデーモンロードが、それも美しい女性であるエスプリが泣き叫び、許しを請う姿を見ようと手加減していたのである。
エスプリが命乞いした瞬間に、殺す。
その歪んだ嗜虐趣味が、彼の命を終わらせる要因となった。
「このくらいで十分でしょう。反響反射!!」
エスプリは、その身で受けた全てのダメージを、そのまま相手に叩き返す特殊能力――ユニークスキル『反撃者』――を有していた。
圧倒的な悪魔の肉体に刻まれたダメージ。
その総量は、人間に耐えられるものではない。
肉を切らせて骨を絶つ。
エスプリの、特殊能力が発動した瞬間、ガードナーは物言わぬ肉塊へと変じる事になった。
「やれやれです。
この能力が無ければ、削られて敗北していたのは私でしたね。
敵を見下すな! という教訓、ですか……
これを教える為に、敢えて……格上の者との戦闘を演出する……?
馬鹿な、流石にそこまでは……いくらリムル様とは言え……」
その考えに思い至り、エスプリは背筋が凍る思いがした。
死ぬ事は許さん! という命令は、即ち、生き残り強さを獲得しろという意味。
そして、
「今の私よりも強い者に勝った事で、確かに私は強くなった……」
そう、精神生命体である悪魔は、意思の持ちようで強さが変わる。
滅多に無い事だが、格上と戦う場合は、アッサリと諦めて敗北する事が多いのだ。
悪魔に、挫けぬ心、不撓不屈の精神を植えつけるとは……
感動と崇拝の念が沸くが、その心を抑え込み移動を開始した。
さっさと主を侮辱した者達を、始末しなければならないのだ。
ヴェイロンは、悪魔公7柱の内、第二位の実力者である。
であるにも関わらず、目の前の武人に歯が立たず、地に伏すという屈辱を味わっていた。
近衛 No.03 グラニートは英雄である。
帝国の礎を築き、千年の平和を実現せしめた、立役者。
"軍神"グラニートと呼ばれた事もあるが表向き引退し、皇帝ルドラの腹心となった男なのだ。
その圧倒的な槍術は芸術のようで、悪魔であるヴェイロンから見ても流星のように素早く捉え所が無い。
そして、代行者を正しく使いこなし、完全に制御してエネルギーに無駄が無いのだ。
天と地とも言える実力差。
幸運だったのは、自分以外の者が相手していたら、一瞬で滅ぼされていたであろう、という点。
ヴェイロンは、たった今打ち砕かれた槍を、再び物質創造により生み出し、構える。
「悪魔よ、何度やっても無駄だぞ。モノマネではワシには勝てぬ。
致命傷を避け、生に執着するくらいならば、最初から隠れておれば良かったのだ」
「これは手厳しい。しかし、私はお嬢様をお守りするのが役目。
今貴方の相手をする者が居なければ、お嬢様と言えども、苦戦致しますからな」
ヴェイロンはウルティマの執事である。
長く付き従い、その身の世話を全て任されている。
今もまた、この危険な男を野放しにせぬように、足止めを行っているのだ。
そしてヴェイロンは主の勝利を信じているので、生き残れれば、ヴェイロンの勝ちなのだ。
だが……
(しかし、面白くないのは事実。出来るならば、一矢報いたいものだが……)
頼みの魔法はまるで通用せず、決定的な攻撃手段は全て封じられていた。
技術で圧倒的に上回られており、何とか致命傷を避けるので手一杯なのだ。
ヴェイロンの強大な魔力が無ければ、とっくに滅ぼされていたであろう。
手に持つ自分で創り出した槍は既に4本目。
魔法では防ぎきれないと判断し、最後の手段に頼ったのである。
ヴェイロンのユニークスキル『物真似師』により、敵の槍術をコピーして。
偽者である以上、どうやっても勝機は無い。無いのだが、何とか致命傷は受けていない。
だが、真似た能力での反撃は絶望的であった。
さて、どうしたものか……
そう考えた瞬間、轟音が轟き、皇帝が立ち上がり叫ぶ。
ヴェイロンの魂が沸騰しそうな程に怒りで燃えたつが、同時に、激しい屈辱に苛まれる。
怒りを昇華し、敵に打ち勝つ手段が見つからないからだ。
「皇帝陛下の御命令だ。
貴様も無様に逃げ回るのを止めて、覚悟を決めるが良い!」
武人、グラニートが、嘗ての"軍神"としての覇気を放ちつつ、そう告げる。
直後、
「旦那、凄いモノを見ましたぜ!」
そう言いながら、同僚たるゾンダが転移して来た。
「ゾンダよ、貴様役目は良いのか?」
「ああ、大丈夫でさ。モス様が、旦那の危機だって、教えてくれましてね。
それに、アッシも、今見たモノで凄い発想が浮かんだもので!」
ヴェイロンが執事なら、ゾンダは小姓。
同じ悪魔公でありながら、その格には違いがあった。
だが、二人は同じ主に仕える者として、非常に気が合った。
だからこそ、ヴェイロンの問いにゾンダは気安く答える。
「ほう……? それは、今の私の危機を挽回出来る程に、か?」
というヴェイロンの重ねた質問に、
「勿論でさ!」
自信満々に応える。
そして、
「今こそ御見せしましょう! たった今、発現したアッシの能力。
ユニークスキル『身体武器化』を!!」
叫ぶなり、その身を凝縮させて槍の形状へと変化した。
悪魔公の高密度の魔力を、一本の洗練された槍の姿へ、と。
精神生命体である悪魔であるからこそ可能な力技であった。
(へへ、どうです? ヴェルドラ様が武器になったんですよ!
アッシも真似てみたくてね。旦那の物真似好きが移っちまった!)
楽しげに、軽快に話すゾンダ。
コイツ……サボってリムル様の戦いを観戦していたな……とは、思ったものの、何時もの事だと諦める。
そして、自身の生み出した槍を魔力に戻し、その手にゾンダの化身を握りしめた。
悪魔のエネルギーの結晶。
通常は全身を魔力で覆い防御する、その全ての魔力を武器としてエネルギーに変換させた槍。
圧倒的なまでの魔力密度。
グラニートはその槍の危険性を察知し、顔を引き攣らせる。そして、
「そのようなものを使用させる訳にはゆかぬわ!! 破軍・激震烈衝!!」
渾身の威力を込めて必殺の一撃を放った。
だが、既に手遅れだったのだ。
悪魔の槍:ゾンダを手にし、ヴェイロンはその魔力を攻撃ではなく守備に全て転用させる。
攻撃はゾンダに任せて、自分は防御に徹する作戦に出たのだ。
そして、グラニートの必殺技から生き延びる事に成功する。
大ダメージは負ったものの、死は免れたのだ。
「さて、反撃させて貰おうか」
静かにそう告げて、ユニークスキル『物真似師』によりグラニートの"破軍・激震烈衝"を完全にトレースする。
身体動作に、力の配分。
ただし、その全ては悪魔の身体能力に上書きされて、今までの比では無い。
自分は攻撃を考えない、砲台なのだ。そして、放たれるのは悪魔公の高密度の魔力を込めた一撃。
自分の技の癖を知り尽くし対処に動いたグラニートは、何をする事も許されずに消滅する事になる。
余りにも桁外れのその一撃は、一瞬にしてグラニートの身体構成を崩壊させ、塵に変えた。そのままの勢いで上部甲板を走り抜け、隣接する飛空船数隻をも破壊してのける。
正しく、小規模な"暴風之剣"と言える威力であったのだ。
「ご苦労でした、ゾンダ。初めて君が役立ったと思いましたよ」
「酷いな、旦那! いつも役に立ってやすぜ……」
いつもの様に気軽な遣り取り。
その間に、ヴェイロンの傷は燕尾服の綻びも含めて修復されている。
あっという間に元通りであった。
精神生命体が最強たる所以は、ここにあるのだ。
そして二人は、彼等の主であるウルティマの元へと向かうのであった。
悪魔達の戦闘、書き始めると長くなってしまいました。