挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

ブックマークする場合はログインしてください。

空をゆく

作者:キュウ
 大空の中を往く飛行船。
 時折、わずかに力を込めるだけの穏やかな風を受けて、フワリフワリと浮かんでいた。頭上に在るのは、手で引っ張り合ったような雲たちが流れる清らかな青空。真下に在るのは、まるで金粉を散らしたように輝く広大な海。
 男と飛行船を囲う人気の無い空は、見渡す限りどこまでも続いていて、まるで、空と海だけの、メルヘンチックな夢の中にしかないような、不思議と心地の良い世界に来ているようだった。男は、操縦しているのかいないのか分からなくなるほどに力が抜けていて、気持ちなどは、飛行船から腰を上げてプカプカ浮いているようだった。
 男は、子供の頃の事を思い出していた。
 幼い時分には、こうやって何者の阻害も受けずに、心ゆくまで大空を逍遥したいと思っていた。……自分は、それを叶えたのだろうか。
 男が視線を横にずらすと、一羽の鳥が、コチラを何やらもの珍しげな目で見つめていた。目が合うと鳥は、口ばしをパカパカさせながら話しかけてきた。
「君は何をしているんだい?」
「僕は……君たちのように、空を飛んでいるんだよ」男は答えた。
「ボク達のようにって、どんなようにだい?」鳥は首を傾げて更に訊いた。
「どこへだって、いつでも自由に行けるようなところさ。楽しいのだろう? 物心ついた頃からそんな調子なんだからね、君達は」
 男が言うと鳥は、不思議そうに目を歪ませ「んー」と呻った。
「ボクは自由じゃないよ。だって空を飛んでたって、何一つ出来やしないもの」
 鳥はそう言って数枚の羽を散らして、遠くへ飛び去ってしまった。
 男は、しばらく鳥の飛んで行った方を見つめていたが、やがて前を向き直した。いつの間にか空は赤く染まっていて、男はただボーッと、水平線のぼんやりとしている光の曲線を眺めた。
 海に沈んだ夕日は、男の横顔に影を付け、正面から見ると、まるで半分だけ仮面でも着けたかのように、男の表情を半分だけ隠していた。
 ボーッとしている内にすっかり夜になってしまい、空には真ん丸の月が浮かんでいたが、飛行船に乗る男に、その明かりの当たりようはなかった。
 男が視線を横にずらすと、月明かりに照らされた何羽かの鳥たちが、ゆったりと飛行していた。鳥たちは、彼らなりの規則が有るかのように、寸分の乱れ無い陣形を組み、前へ向かって羽ばたいていた。ある一羽が翼を上げれば隣の一羽が翼を上げ、その一羽に連動されるように隣の一羽が翼を上げていた。飛行船の影の下で男は、その様を見てすぐに正面を向き直った。
 ……本当に欲しかったモノとは何だったのだろう。そう思った途端、男は激しい焦燥と不安に駆られ、そのまま目をキュッと閉じた。

 真っ暗な中に映ったのは、幼い身体の自分自身だった。
 床に座り込みだるまを抱くように背中を丸くして、小さな飛行機の模型を作っている。手描きの飛行機の絵を傍らに置いて、時折それをジイッと見ては手作業に戻り、絵を見ては手作業に戻りを繰り返して、寝る間も惜しんで作業に熱中した。
 強い風を背中から感じて振り返ると、景色は一変していた。そこはなんだか見覚えのある丘であった。男は、すぐにそこがどこかを思い出した。子供の頃、何度もそこへ足を運んだ。周りに何も無いこの丘に寝転がると、空の中をふわりふわりと浮かんでいるように感じられたものだ。
 丘に寝転がろうとするさなか、一つまばたきをした直後に、また景色が変わっていた。そこは六畳間ほどの小さな部屋で、目まぐるしい量の本でそこらじゅう散らかっていた。窓際の二つの椅子には男自身と一人の若者が座っていて、空やら雲やら飛行船やら、男にとって興味を惹かれる話で、侃々諤々の論争も交えながら、大いに盛り上がっているようだった。大学生の頃の、親しかった友人との語り合いを思い出させた。
 男は振り返り、部屋の扉を開けて外に出た。扉の外はまたしても暗闇だった。景色を失った世界で、男は否応無しに考えさせられた。
 ただ独りの、だだっ広いばかりの空の中に居ては、もう、あの頃のような事はできない。思い返せば、なぜ自分は空へ発とうと思い立ったのか、よく思い出せない。随分と昔の事だったし、今はなんだか頭がスッキリしなくて、ちゃんと働かない。
 ……本当に欲しかったモノとは何だったのだろう。

 目を開くと、横からの光が眩しくて、光の方を見ると、早くも太陽が海から顔を出し始めていた。
 海から拡がって来る仄かな明かりは、空を薄紫に染めていて、海はそれを微かに反映させていた。少しだけ顔を出した太陽の明かりは、海に光の帯を作って、手を差し伸べるように男の方へ迫って来ていた。
 ……なんて、綺麗な「空」なのだろう。男はそう思った。……本当に欲しかったモノとは何だったのだろう。いや。今、手に入るモノとは、何なのか。……手に入るモノなど、在るのだろうか。
 太陽は、この世の光景とは思えない速さで昇っていた。もう、半分以上を海から見せている。
 そして、太陽が全身を見せた時、男は手を太陽に向けて伸ばした。手を、太陽を掴むように握らせたが何も掴めず、男は口を開いた。
「ああ……やっと、分かったよ」
 男は、進行方向を太陽の方へ変えて、飛び続けて逝った。
 それは、男が空に発ってから、七十年の時が経った日の、未明のことだった。
お疲れさまでした♪
HP(→http://kyunote.blog.fc2.com/)にて
コメントや編集後記、ほかのお話のまとめも掲載しておりますので
ぜひこちらにもどうぞ

評価や感想は作者の原動力となります。
読了後の評価にご協力をお願いします。 ⇒評価システムについて

文法・文章評価


物語(ストーリー)評価
※評価するにはログインしてください。
― 感想を書く ―

1項目の入力から送信できます。
感想を書く場合の注意事項をご確認ください。

名前:

▼良い点
▼気になる点
▼一言
お薦めレビューを書く場合はログインしてください。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ