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いつ、どこで、誰が、何をした。

作者: 三角 仁

 二時間目の休み時間にヨシキが僕のところへやってきた。にやにやしながら来るので、何かいつもの話になるんだろう。

「なあ、カズキ、今日の放課後にちょっと集まろうぜ。」

「今度は何するの?」

 ヨシキは度々、僕らを集めることがあった。何をするのかと言えば、こっくりさんだとか、ひとりかくれんぼだとか、そういうオカルト的なことをしていた。ヨシキの明るい人柄もあり、オカルトなことをしているわりに怖くなったりはしなかった。僕たちは結構楽しんで、それらの、言ってみれば悪趣味な遊戯にハマっていた。

「『いつ、どこで、誰が、何をしたゲーム』って、覚えてるか?」

「ああ、小学校のときにレクリエーションでやったね。」

 それは簡単な言葉遊びだった。『いつ』、『どこ』、『誰』、『何をした』に当てはまるキーワードをそれぞれが考えて紙に書き、くじ引きの容量でランダムに選んでキーワード同士を繋げる遊びだ。意外性のあるキーワードが思わず繋がるとなんとなく面白くなるので、不思議と楽しかった覚えがある。

 しかし、それにしてもだ。

「でも、僕たちももう中学生だよ。ちょっと幼稚じゃない?」

「いや、それがだね。面白い噂を聞いてさ。音楽準備室があるだろ。」

「ああ、あのいつも開いてないとこだろ。」

「なんで開いてないか知ってるか」

「さあ、知らないけど。」

「昔、事件があったらしいんだよ。しかも生徒の変死体まで見つかったらしいぜ。」

「マジかよ。」

 僕は思い返していた。音楽室の隣のあの部屋。準備室なのに音楽の先生だって入っているのを見たことがない。いらないものを詰め込んだ倉庫のような部屋。

「で、ここからが本題なんだけど。その死んだ生徒は何人かで『いつ、どこで、誰が、何をしたゲーム』をやっていたらしいんだよね。」

「どうやったらあのゲームで死人が出るんだよ。」

「実際に起こるんだ。」

「え?」

「あのゲームで繋がった文章が実際に起こるんだ。そういう噂になってるんだよね。」

 まったくヨシキはそういう噂をどこで聞いてくるんだか。

「で、やるにしても音楽準備室でやるってことだろ? どうやって入るの?」

「これなーんだ。」

 そうやって、ちらちらと鍵を見せるヨシキ。

「お前、それ。」

「そう。音楽の三木先生がさ、持ってるの見たからちょっとね。」

 三木先生。おっとりとした女の先生だ。たしかにぼーっとしたところのある先生だが、これはまずいだろう。

「大丈夫なのか?」

「大丈夫ダイジョーブ。今日一日やったらこっそり戻しておくさ。」

「まったく、どうせ止めてもやるんだろ? そういえばサトシは大丈夫なのか?」

 僕らがこういう遊びをするときにはもう一人、サトシがいつも加わっていた。怖がりのくせになんだかんだ言っても参加する僕らの仲間だ。

「今から伝えに行くけど、まあ、大丈夫だろ。じゃあ、放課後はちゃんと残っておけよ!」

 そう言ってヨシキはサトシの席に行った。やっぱりサトシは嫌がっていたけど、結局首を縦に振っていた。満面の笑みでヨシキは僕にピースサインを送ってきた。


 今日の授業が滞りなく終わり、僕らは音楽準備室に向かっていた。今日は部活が休みの日だったから、いつもよりに放課後は静かだ。差し込んでくる夕焼けが廊下を赤く照らしていた。

「ねえ、こういうのやっぱりやめにしようよお。」

 いつも通り、サトシが弱気な声を出した。

「なあ、サトシ。本当にゲームの内容が実際に起こると思うか?」

 ヨシキが四つの箱を抱えながらサトシに聞いた。

「いや、思わないけどさあ。」

「じゃあ、大丈夫じゃん。」

「うう……。」

 この会話もいつも通りだ。そんなやり取りをしているうちに音楽室の前まで来た。音楽準備室は音楽室の中から入れる小部屋のような部屋だ。鍵がかかっているのはその小部屋だけで、音楽室には普段から鍵はかかっていない。僕らは音楽室に入った。そして小部屋の前まで行く。

「それじゃあ、開けるぞ。」

 ヨシキはポケットから鍵を取り出し小部屋の鍵穴に差した。カチリと音をたてて鍵が外れた音がした。そのままヨシキはドアノブに手をかけると扉を開けた。軋んだ音が響く。僕らは中に入った。

「うへえ、かびくせっ。」

 たしかにかび臭い。だいぶ長い間、人の出入りがなかったようだ。

 部屋の中には壊れた楽器が積まれており、どれも緑色のさびがついていた。部屋の中央には机が四つ、給食の班を作るときのように並んでおり、僕らはその机を囲んで座った。

「じゃあ、始めますかね。」

 ヨシキが僕ら二人をにやにやと見回すと抱えていた四つの箱を机の上に置いた。

「ルールみたいなものはあるのか?」

「ああ、ゲームは十回繰り返す。中断せずに十回やらないと呪われるらしいからね。」

「呪われるの!?」

 サトシが青くなった。

「う・わ・さ・ではな! で、『誰』の部分は俺たちの名前を書く。『いつ』と『どこ』と『何をした』の部分は自由だ。箱を四つ用意したから、それぞれのキーワードを一人、五個ずつ紙に書いて入れようぜ。」

 四つの箱にはそれぞれ、『いつ』、『どこ』、『誰』、『何をした』と書いてあった。準備のいいことだ。僕たちはそれぞれ考えながらキーワードを書いていった。僕は適当に書いたが、ヨシキは「面白いやつ、うーん……。」とにやけながら言っていたし、サトシは「安全なの安全なの」とぶつぶつ言いながら真剣な顔で書いていた。それぞれが書き終わり、紙を箱の中に入れていく。

「よし、じゃあ、始めるか。じゃあ、俺から引いていくぞ。あとは時計回りでいいよな。」

 ヨシキが周りに確認をしながらそれぞれの箱から一つずつ引いていった。

「じゃあ、読むぞ。『百年後』『宇宙』で、『サトシ』が、」

「ぼ、ぼく!?」

「『ホームランを打つ』。ぷっ、」

 自分で言いながら吹き出し、「あはははっ」と、ヨシキは笑い出した。

「ふふ、良かったねサトシ。百年後には宇宙でホームラン王だぞ。」

 思わず僕も少し笑ってしまった。

「う、宇宙かあ、んふっ。」

 サトシもまんざらでもないらしい。

「よし、じゃあ、次はカズキが引けよ。」

「うん。」

 と、このような形で僕らはこの言葉遊びを楽しんでいた。組みあがった文章を想像するのはそれなりに楽しかった。

 しかし、七回目。

「よし、じゃあ俺だな。」

 ヨシキががさごそと箱の中を漁った。

「えーと、『十秒後』、お、近いじゃん。『ここ』で、『サトシ』が、」

「またぼくぅ!?」

「くくっ、『鼻水を垂らす』だってさ。あっはっは!」

 ヨシキが大げさに笑い、机の上のカビだかホコリだかが舞った。

「ちょっと、ホコリ……、ふ、ふぇ、ヘックション!」

 ホコリはサトシの顔面に直撃したようで、盛大なくしゃみをした。

「ああ、わりいサトシ……って、おい、おまっ、あははははっ!」

 顔を上げたサトシの鼻から、青白いものがにゅーっと出ていた。

「お前、本当に出しちゃってるじゃん! やっぱり噂は本当だったか! あははっ!」

「もうー、笑うなよなあ。」

 僕はサトシにティッシュを渡した。面白い偶然もあるものだ。

「いやあ、噂もバカにはできませんなあ、ふふっ、じゃあ次、カズキ」

 八回目、僕はさっと箱から四つのキーワードを取った。

「じゃあ、読むよ。『昨日』、」

「おっ、過去か。」

 ヨシキがにやにやしている。

「『夜八時』に『ヨシキ』が」

「お、俺か!」

「『チキンステーキを食べた』。何か普通の文章みたいになったね。ねえ、ヨシ……、」

 ヨシキが真顔になっていた。

「おい、変な顔するなよ。驚かせるつもりか。」

「……だった。」

「え?」

「昨日の夜八時の晩御飯、俺んちチキンステーキだった。」

「……偶然だろ。」

「チキンステーキって書いたやついるか? 夜八時は? 誰が書いた?」

 誰も答えなかった。

「おいおい、マジかよ。いたずらなら、今言ってくれよ。」

「一番いたずらしそうなのはヨシキだろ。」

「ちげーよ! できるわけないだろ! 今のはカズキがランダムに引いたんだぞ! 狙ってできるわけねえだろ!」

 ヨシキが声を荒げた。

「……わりい、大声出して。何かの間違いに決まってるよな。」

 そう言いつつもヨシキは見ていた。ヨシキだけではない。僕もサトシも同じ場所を見ていた。

 僕らが座っていない四つ目の席。誰もいないはずのその席が妙に気味悪く見えた。

 誰かがいる。僕らではない四人目がこのゲームに参加していた。

「……次、サトシ引いてくれ。」

「ひ、引かなくちゃダメかなあ……。」

「サトシ、頼む。」

 呪いのことなんて冗談だと思っていた。でも、今はバカにできない。

 九回目。サトシが震えながら紙を引く。

「い、言うよ。『今』……、『音楽準備室』で……、『カズキ』が、」

 僕か……!

「『鼻血を出す』。」

 サトシが読み上げた瞬間、鉄の匂いを感じた。鼻の奥から感じる流れ。流れは僕の顎を伝って、落ちた。

 机に点々と赤い模様が増えていく。鼻からつーっと血を流す今の僕の顔は、何も知らない人が見ればかなり滑稽だろう。しかし、誰も笑わない。それどころか、サトシもヨシキも泣きそうな顔で僕の名前を見ている。多分、僕も同じような顔をしているだろう。

 でも、続けるしかない。

「ヨシキ、最後だ。引いてくれ。」

「……。」

 ヨシキはひきつった顔で箱の中に手を伸ばす。『いつ』の紙を開く。

「読むぞ、『昨日』、」

 読み上げた瞬間僕らはほっとした顔をしていた。なぜなら、過去のことなら変わりようがないからだ。すでに起こったことを言い当てられるだけならば問題はない。

 ヨシキは力の抜けた顔をしながら、『どこ』の紙を開く。

「『自宅』で、」

 そのまま、『誰』の紙も開く。

「『ヨシキ』が、お、俺か、でも、もう大丈夫だしな。またチキンステーキだったりしてな。ははっ。」

 ヨシキは僕らに笑いかけた、調子を戻したようだ。そして、『何をした』の紙を開いた。

 ヨシキの顔から再び笑顔が消えた。

「どうしたんだ、ヨシキ。」


「『死んだ』。」


「え?」

「『死んだ』って書いてあるんだよ! そ、そんなわけねえよな! 昨日、俺が死んだなんて! じゃあ、今生きてる俺は何だっつうの! な!」

 そうやって、ヨシキは僕らに問いかけた。当たり前の話だ。今、ヨシキは目の前にいる。死んでいるはずはない。

 でも、この不安感は何だ!

 そう思っていると、突然、ヨシキは、


 消えた。


 今、目の前にいたヨシキが煙のように消えてしまった。

 僕とサトシは何が起こったのかもわからずに唖然としていた。

 すると、突然入口のドアが勢いよく開いた。

「あなたたち! なんでここにいるの!」

 音楽の三木先生だった。いつものおっとりした様子は微塵も感じられない。顔を真っ赤にして、そして、焦っていた。

「ここの鍵を今すぐに返しなさい!」

「か、鍵は持っていません。」

 そう、鍵はヨシキが持っていた。そして、ヨシキは消えてしまった。

「そんなはずないでしょう!」

 どこかに隠していると思ったのか、先生は部屋をぐるりと見渡して、そこで初めて机の上の四つの箱に気が付いた。先生の顔色が変わった。

「あなたたち、あのゲームをやったの……?」

 先生が僕たちの顔を青い顔で見ている。

「今、何回目? あと何回残っているの?」

「え、先生、なんでそれを……。」

「答えなさい!」

「じ、十回全部終わりました。」

「良かった……。」

 そう言って、先生は僕らを抱きしめた。先生は泣いていた。僕らを離したあと、僕の顔の血をハンカチでぬぐってくれながら、先生はさらに聞いた。

「それで、鍵は? あなたたちもわかったと思うけどこのゲームをここでしては絶対にいけない。この部屋は閉じておかないといけないの。」

「先生、鍵はヨシキが持ってるんだ。」

 それを聞いた瞬間、三木先生はまた、怒りの表情で僕を見た。

「ふざけないで! そんなことあるはずないでしょう! だって、ヨシキ君は、」

 待ってくれ、先生! その先は言わないでくれ!


「ヨシキ君は……! 昨日、亡くなったじゃない!」


 僕とサトシは改めて衝撃を受けた。やはり、そうなのか。

「で、でも先生、本当に僕らはさっきまで、ヨシキと……ひっぐ。」

 サトシが泣きながらおどおどと話す。それを聞いて三木先生は少し考える様子を見せた後、

「ついてきなさい。」

 と、言って僕らを学校から連れ出した。

 先生についていくと、ヨシキの家に着いた。玄関のインターホンを鳴らして、待っているとヨシキのお母さんが出てきた。

「あら、カズキくんにサトシくん。ヨシキの顔を見に来てくれたの? ありがとうねえ。」

 言いながら、ヨシキのお母さんの声が震える。泣きはらした目と血の気の引いた顔が、ヨシキがどうなってしまったのかを物語っていた。

 さっきまで、準備室で一緒にいたヨシキ。突然消えてしまったヨシキ。彼はどこに行ったのか。

 僕らは家の中に入った。

 居間に作られた簡易な祭壇。その前の棺の中にヨシキは眠っていた。生気を感じないその顔に、ヨシキがここにあるけれど、もうここにはいないことをさとった。

「先生。」

「何?」

「先生はなんであのゲームを知っていたのですか。」

「……もうわかっているでしょう。」

 昔、音楽準備室であった事件。生徒が変死体として見つかった事件。先生はそこにいたのだ。

「先生はなんで、この学校に戻ってきたんですか。しかも、先生は音楽の先生だ。あの音楽教室には行きたくもないでしょう。」

「ええ、そうね。私もできることなら二度と近づきたくなかった。でも、私はこの学校の先生に『させられた』。」

「どういうことですか。」

「今でも覚えてる。九回目、私が引いたのは、『大人になったとき』、『この学校』で、『私』が、『教師になる』だったわ。その次が例の亡くなった彼女。何を引いたかは、言わなくてもいいわよね。」

「先生になったことはやっぱり嫌なんですか。」

「今は、そうでもないわ。あなたたち生徒のことは本当にかわいいと思っているしね。だから、この学校の教師になったからには、やっぱりあの小部屋から生徒を守りたいとも思っているわ。……でも、ごめんね。守ってあげられなかった……!」

 先生の声が震えた。

「先生、ヨシキのこと、さっきまで僕らと一緒にいたって信じてくれるんですか。」

「正直、半信半疑だけどね。でも、あの小部屋のことだから。」

「先生、鍵ないと困りますよね。」

「そうね。でも、なんとかするわ。」

「あるかもしれません。」

「え?」

「多分ですけど。」

 僕たちはヨシキのお母さんに断って、ヨシキの部屋に入らせてもらった。そして、僕はクローゼットの中を見た。

 今日着ていたはずの制服がそこにかけられていた。その上着のポケットを探ると、やはりあった。

「信じられないわ。昨日は私、確実に持っていたのに、なんでヨシキ君の制服に……。」

「ヨシキは今日、先生からこの鍵を取ったようですから。」

 僕は先生に鍵を返した。


 ヨシキの家から出て、僕らは再び学校へ向かった。

 音楽室に向かい、あの小部屋の前まで。

 そして、先生は鍵であの忌まわしい音楽準備室の扉を閉じた。

 手に力を込めて鍵を回した。


 扉は閉じた。


 堅く。


 ……堅く。

 ショートショートを書くつもりがまたまた長くなりました。

 わかりやすく書くのは難しいですね。

 ゲームの内容がわかりやすく書けていればいいのですが。


 『いつ、どこで、誰が、何をしたゲーム』は本当に子どもの頃にやっていました。

 皆さんの中にもやったことがある人は居るのではないでしょうか。

 今回はホラーですが、テレビのバラエティなんかでやったら面白そうですよね。『どこ』に国の名前。『誰』が出演者。『何をした』が企画内容で、誰に何が当たるかは完全にランダムみたいな。

 そういう番組、見てみたいです。

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― 新着の感想 ―
[一言] ゲームの結果は、絶対。 そして『100年後に宇宙空間でホームランを打つ』と予言されし者サトシ…… つまりここから『ビビりの弱虫』だったサトシが100回中100回は死ぬような死地や冒険を幾度…
[一言] 思わず息をのみ、その展開にニヤニヤしました。 楽しませていただきました。
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